またもバイクのショーケースに左手を添えてため息をついてしまった。欲しいのか、欲しくないのか自分でもわからない状況に戸惑ってしまう。
ある用事の帰りでミレニアムの街並みを歩いている途中、どうしても気になってショーケースの前で足を止めてしまうのだ。ああ、ああいうものに乗ってみたい。でもバイクは高そうだし、維持費もかかるし……と引き留める理由を並べてみるけど、正直私の心は揺れている。
「よっ、先生! こんなところでなにしてんだ?」
肩をポンと叩かれ思わず悲鳴を小さく上げてしまった。振り返るとメイド服の上にスカジャンを来た小柄な生徒、ネルがそこにいた。
「ね、ネル!?」
「ここでずっと立ち止まってて、不審者に間違えられても知らねえぞ」
「ご、ごめんね。ぼーっとしてて……じゃあね」
と歩いて行こうとするがネルに肩を掴まれる。
「ちょっと待ちな」
彼女はショーケースのバイクを見て、私へ視線を移す。
「先生、バイクに興味あんのか?」
「え!? いや、その……」
しどろもどろになって答えられずにいると、ネルはにやりと笑った。
「なんだよ、意外に良い趣味してんじゃねえか。やっぱりかっけえよな、こういうの」
「……欲しいとは思うけど、こんなのが好きとか大人としてどうなのかなと。それにバイク乗りってマフラー改造して騒音被害とか出してそうだし、マナー悪そう」
「なんだ、そんなこと気にしてんのか。……関係無いだろ、そんなの」
「でも、うーん……」
「ああもう! うだうだうるせえな! 欲しいんだろ!?」
「それはそうだよ! お金も場所の問題も無いけど、なんか後ろめたかったの!」
「じゃあ問題ないだろ」
「え?」
「買えば良いじゃねえか」
ネルのズバッと言う言葉に私は戸惑ってしまった。でも単純に考えれば、欲しいなら買うべきで。でもなんかダメだと自分を無理やり納得させていたのだ。ネルに言われていつの間にか障害のようなものが取り払われたような心地になっていた。
「そう、だよね……。じゃあ買う前に準備しないと」
「準備?」
「うん。良いヘルメットに良い感じのスタイルを。バイクに合うような」
辺りを見回してすぐ近くにあったブランド品のデパートを目指そうと歩き出し、ネルが戸惑いながら私の後をついてきた。
――
「ネル、ジーンズとレザーパンツどっちが良いかな?」
「んー、ジーンズの方かな」
「じゃあそれにするね。あとはグローブに、ブーツに……革ジャンも欲しいな。ハードロックなタンクトップもあるといいかも」
「バイク買う前に普通服買うか!?」
「私服今まで一つも持ってなかったから。ネル、一緒に選んでくれる?」
「ったく……しょうがねえな」
呆れながらもネルは服選びを手伝ってくれて、私はこの世界で初めて自分が好きな物を選んでいく楽しさを知ったのだった。一通りコーデを揃え終わり、試着室のドアを少しだけ開ける。
「ネル、どう?」
「かっこいいじゃねえか。旧校舎で見たときの印象とは全然違うな」
「ありがとう。自分でも納得してるし、これにしよう。あとはヘルメットだね。ネルも私のバイクに乗る?」
「お、いいのか? 頼むぜ」
「じゃあ二つ買わないと」
次はヘルメットコーナーに足を向ける。炎のデザイン、ドクロのデザイン、無難にシンプルなもの。色もたくさんあって目移りしそうになる。
「うーん、どれがいいんだろう」
「な、な、先生! こいつはどうだ!?」
ネルが指さしたのはドラゴンのヘルメット。
「あ、じゃあそれにしよう。かっこいいし。会計してくるね」
「おう!」
会計を済ませ、遠回りしたけどネルと一緒にバイク屋に向かう。随分と遠回りしてしまったが、ネルが一緒に居てくれたおかげで退屈はしなかった。少しずつ欲しかったものに近づいてくる高揚感のようなものをかなり久しぶりの感覚で楽しんでいたのだった。
そして店の中に入り、ショーケースのバイクに指差してあれ欲しいと店員さんに伝える。ネルも同行してくれて、ヤンキーな座り方で店員さんをずっと威圧していた。変な契約はさせないぞと言っているような、そんな雰囲気だった。
こうして話し合いとか契約とか色々な話が進んでいく。
そして念願の……。
「ミレニアム郊外まで走ってみよっか」
「おう、頼むぜ!」
「まずは安全運転で行くよ。ネル、しっかり掴まってて」
私はヘルメットを被り、バイクに跨る。エンジンをかけて、マフラーの静音モードオンにしてある事を確認。ネルに後ろに乗るよう合図し、彼女は私の腰にしっかりと掴まる。
アクセルを回し、バイクが発進する。最初はゆっくり、マナーよく都市部を抜けていくが、次第にスピードを上げていく。都市部から離れ、自然豊かな勾配の激しい道になっていくとスロットルを回していく。人が居ないのを確認し、マフラーの静音モードから解放されて、最高にかっこいい重低音が辺りに響く。
「おぉ……すげえ!」
ネルの声が背中で響き、バイクは力強く加速していく。風が革ジャンをはためかせる。対向車線からバイカーがやって来ればハンドサインで挨拶うして山道や荒野を目指して走って行く。
だが道中にて。ミラーを見ると後方から高速で迫る一台の車が。そのまま追い越せばいいものをなぜか後ろギリギリについてずっと追い回してくる。しまいには昼間なのにハイビームやクラクションで煽ってくる。後方のネルがブチギレなのかサブマシンガンを取り出そうとするも、彼女のふとももをトントンと叩きやめるように伝える。
スマートに交わすため減速して端に寄せると猛スピードで追い越し、爆走して行った。恐らく背中のネルは不満げだろうけどこのままツーリングを続けた。
――
しばらく走ったらダイナー的雰囲気のあるバーガーショップで昼食をとることにした。ネルは辛そうな真っ赤のバーガーを、私は普通にチーズの大きめバーガーを頼んだのだが上手く食べれないのを見てネルは笑っていた。
食べ終わったらネルは隣のエンジェルでちょっとした買い物を、私はひと足さきにバイクに戻ろうとしたのだが……。少し前に煽ってきた車が駐車場に停まっており、チンピラ四人が私のバイクを囲んでいた。
「へっ! だっせえフォルムだよな、こんなもの乗るのおっさんぐらいしか居ねえよな!」
「しかもスピードも出ないしポトポトしたエンジン音、ダサすぎ」
「こんなんで走るとかマジありえねー!」
と私のバイクの悪口を言い始める。悪口言われるのも承知の上だったので別に精神的にくるものは……少しあるけれど、苦笑いして流そうとした。
「あはは……。これ私のバイクなんだけどね」
「は!? こんなんがあんたの? 冗談は顔だけにしとけっての」
「物好きな人だって居るからね」
「はー、こんなバイク乗ってるとかダサすぎ」
とチンピラが私のバイクに蹴りを入れようとした瞬間。
「おい」
ネルの静かな声が私の後ろから聞こえた。振り返ると本気の怒りを目に宿したネルがサブマシンガン二丁を構えていた。
「げえっ!? 美甘ネル!!」
「いくらなんでも人の趣味に口出しするのはどうかと思うぜ」
そして彼女は口角を上げて、サブマシンガンの銃口をチンピラたちに向けた。
「覚悟しろよ」
「ネル!? 私のバイク壊さないでね!?」
「分かってるって!」
C&C最強のエージェントの前にチンピラ達はなすすべもなく、倒れていったのだった。
「あぁ……かわいそうに」
私は被害者なのだが彼女らに同情しつつ、ネルと共にバイクに戻っていく。
「気にすんなよ、ああいう連中の言うことは」
「うん。ありがとうね、ネル。そろそろ折り返そうか」
「おう!」
お揃いのドラゴンのヘルメットを彼女に渡し、私もヘルメットを被って再びまたがる。エンジン点火したらギアを入れてスロットルを回し、そこからゆっくりダイナーを後にする。
夕方辺りにミレニアムに到着し、ツーリングは終了となった。ネルはバイクを降り、ヘルメットを外して私の目を見る。
「ありがとな先生、楽しかったぜ!」
「私も。背中、押してくれてありがとうね。なんかネルのおかげで色々吹っ切れた気がする」
「そりゃ良かった。また乗せろよな!」
彼女は手を振ってそこから立ち去って行った。再びバイクを動かし、夕焼けの街並みを走っていく。沈んでいく太陽を横目に、バイクを動かす喜びを何度も噛み締めていたのだった。