月虹 1
「すまないが君の過去を全て見させてもらったよ」
夢の中、夜の古風で格式のある洋風のお屋敷のような場所で狐耳の少女が私に話しかけてきた。
「君は前の世界にて、アビドス高等学校の生徒だった。その時は単なる生徒として、キヴォトスの日常という表面部分しか観測していなかった。だが君の日常は突然終焉を向かえ、君は死んだ。そして今の世界線へやってきた。今度は先生として」
少女はティーカップを机に置き、私に視線を向ける。
「君の中には常に一人の大人の幻影が取り憑いている。それは君にとっての先生で、私達からは観測しえぬ存在。君はその人を追いかけることで自我を保ち、そして自身を縛り付けてしまっている。彼はもういないながら……」
「何の話、なの?」
「これからの話だよ。エデン条約、夢想家たちが描く、甘い甘い虚像。ここから始まる物語は、君が今まで見てきた世界とは全く違う、不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰めるような……。嘘、思い込み、陰謀、そして裏切り。そんな世界だ」
狐耳の少女は私に近づき、私の目を見つめる。
「君はこれから様々な選択を迫られるだろう。だがその選択肢にヒントというのはもう無い。今まで君が感じてきたもの、見てきたもの。経験を持ってして選択をするんだ。幻影を振り切るか、追い越さない限り……君に未来は無い」
少女は私から離れ、部屋の扉を開く。そして最後にこう言い残した。
「……先生、もう既には賽は投げられたのさ」
ーー
トリニティ総合学園、これもまた詳しくは知らない学園。お嬢様学校で、格式高い場所。私が知っていることなんて、ヒフミがこの学校に通っていることのみ。今回シャーレに来た依頼はトリニティの生徒会「ティーパーティー」から直々の依頼。内容は知らされてないものの、三大学園のうち一つの首脳陣からの依頼となれば無視は出来ない。
ドレスコードに気をつけるべく、ジャケットの襟、ネクタイなど身だしなみに気をつけてからトリニティの学園へ足を運んだ。向かうのはティーパーティーの建物。入れば案内され、テラスへと通される。そして席に座っていたのは……。
「お待ちしておりました、先生」
トリニティの生徒会ティーパーティーの恐らくホストである少女が私を待っていた。何故かかしこまって頭を下げると、いいですよと口にする。そのまま彼女に促されるまま席に着く。
「改めましてこんにちは、先生。こうしてお会いするのは初めまして、ですね。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」
ナギサがそう言うとテラスにもう一人、バタンと扉が開けられ一人の少女が入ってくる。桃色の長い髪、サイドに団子がひとつ。ナギサが彼女の方を指し紹介する。
「そしてこちらは、同じくティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです」
ミカはナギサの隣の席に座った。そしてナギサが話し始める。
「あらためまして、お初にお目にかかります。私たちがトリニティの生徒会、ティーパーティーです」
ナギサは一礼すると、私もまた頭を下げる。
「へー、これが噂の先生かー。なんか思ったより若いというか、私たちと変わらない感じなんだね! なるほどー、ナギちゃんこの人で大丈夫なの? 経験とかあまり無さそうだけど」
「……ミカさん、初対面でその態度はあまり礼儀がなっていませんよ」
「あっ先生、ごめんね? とりあえず、よろしくってことで!」
ミカは私に手を差し出す。私はそれを握り返した。
「ええ、こちらこそ」
私がそう言うと、ナギサが話し始める。
「トリニティの外の方が、このティーパーティーの場に招待されたのは、私の記憶では先生が初めてです。普段はトリニティの一般の生徒たちには招待されない席でして……」
「えっと、光栄と同時にあまりそちらの文化を学ばなかったことに関して、申し訳なく思います」
そう畏るとミカがぶっと吹き出した。
「あはは、面白いね先生! 大丈夫だよ、別にそんな堅苦しくしなくてもいいって!」
「……ミカさん?」
ナギサがミカを睨むと、ミカは「ごめんごめん」とナギサに謝る。
「すみません、そうお堅くならなくても結構です。私たちは先生を歓迎します」
「ありがとうございます」
私は頭を下げると、ナギサは話を続ける。
「こうして先生をご招待したのは、少々お願いしたいことがありまして」
「はい……」
「おおっ、ナギちゃんいきなりだね!? もうちょっとこう、アイスブレイクとか要らないの? ちょっとした小粋な雑談とかは?ね?」
そこで私はこほんと咳払いをすると、再び彼女はミカを睨む。私はこういう緊張した場では長時間集中できる身では無い以上、短時間で要点を把握できるならそうしたい。ミカには申し訳ないことしてしまったが。
「お願いについて聞かせていただけますか?」
「ええ、わかりました。では本題に入りましょう」
ナギサはそう言うと、一息ついてから話を始めた。
「私たちが先生にお願いしたいのは、簡単なことです。……補習授業部の顧問になっていただけませんか?」
「どういう部活でしょうか?」
「つまり、落第の危機に陥っている生徒たちを救っていただきたいのです。『部』という形ではありますが、今回は顧問というより『担任の先生』と言った方が良いかもしれませんね。トリニティ総合学園は、昔からキヴォトスにおいて『文武両道』を掲げる、歴史と伝統が息づく学園です。それなのにあろうことか、よりにもよってこの時期に、成績の振るわない方がなんと四名もいらっしゃいまして……」
「そうそう。この時期なんだよね。エデン条約の件で、今はバタバタしててね。その時に新聞でシャーレの活躍を目にしたの! 猫探し、街の掃除、宅配便の配達まで、八面六臂の大活躍! このシャーレになら、きっと面倒ごとを任せられそうだなって!」
返答は沈黙しかなかった。私はそんなことした覚えがあまり無かったから。
「面倒ごとなんて言ってはいけませんよ、ミカさん」
「ま、まあでも、ある意味本当のことでもあるし……。それに、『先生』なんでしょ? 今はみんなBDで学習する時代だし、学校の職員とか、教授とかならまだしも、『先生』って概念は珍しいんだよね。先の道を生きると書いて『先生』……つまり、『導いてくれる役割』ってことだよね? 尊敬の対象、あるいは生きる指針としてみんなに手を差し伸べ、導く……『補習授業部』の顧問として、これはぴったりだなって思って!」
「もう少々説明しますと……。この補習授業部は常設されているものではなく、特殊な事態に応じて創設し、救済が必要な生徒たちを加入させるものです。少々特殊な形ではありますが、急ぎということもあり、シャーレの超法規的な権限をお借りしつつ……といった形で、ですね。色々とややこしいですが、本質はあくまで『成績の振るわない生徒たちを救済すること』にあります、だからこそ、こういった特殊な形での創設が許されたわけですが……。いかかでしょう、先生? 助けが必要な生徒たちに、手を指し伸べていただけませんか?」
「一時的な顧問ですね。私にできることであれば、喜んで引き受けさせていただきましょう」
「やったー! ありがとう先生、よろしくね!」
ミカは嬉しそうに手を差し出した。私はその手を握ると、ナギサが話し始める。
「ふふっ、きっと断らないでしょうとは思っていましたが……。ありがとうございます。では、こちらを」
ナギサが補習授業部の生徒名簿を私に渡す。まだ中身は見ずと話を続ける。
「他に気になる点などはありますか?」
「エデン条約と補習授業部の間に、何か関係はありますか?」
そう質問すると二人は難しい顔を浮かべる。何かバツの悪いような、そんな表情だ。
「……その説明には中々時間がかかってしまいますので、また後日お話ししますね。一応、それなりに内部機密ということもありますし……。一応、関係はそれほどありませんとだけ」
「聞いた限りだけど、ティーパーティーにはもう一人生徒会長が居たはずでは?」
もう一つ質問すると二人の難しい顔はさらに深まる。
「セイアちゃんは今、入院中で……」
「本来であれば、今のホストはそのセイアさんだったのですが……そう言った事情で不在のため、私がホストを務めているところです」
「わかりました。回復を祈ってます」
こうしてティーパーティーとの初会合は終わった。……聖園ミカという生徒に、なぜか苦手意識が芽生えていた。空気をわざと読まない感じが、私の苦手なタイプと一致していたからだろうか。関係無い、生徒なのだから選り好みなどしている暇はない。
建物を出て名簿に目を通す。すると見覚えのある生徒が一人見つけたと同時に、心の中で大きな謝罪をせざる負えなかった。
銀行強盗に巻き込んでごめんなさい、ヒフミ。