勉強を教える、という先生らしいことは漫画やドラマなど創作の世界でしかないと思っていた。私の時だとBDに図書館籠りで自分から知識や学びを得ないといけなかったし、テストなんてものはなかった。誰かからちゃんとした形で教わる機会自体なかった。それに私の青春は途中で終わってしまっている以上、学べたこともそう多くはない。
先生、私は生徒たちにうまく勉強を教えられるだろうか。
放課後の教室にて、補習授業部のみんなが集まっていた。これから毎日、私はこの四人の生徒に勉強を教えてあげることになるのだが……集まった生徒たちはなかなかの曲者になりそうであった。
一人目、阿慈谷ヒフミ。加入理由はペロロのゲリラライブによるテストすっぽかし。銀行強盗が理由ではないのかいと思わず突っ込みたくなったが、それは一旦置いておく。補習授業部の部長であり、ナギサからの指示で私のサポートを頼まれている。
二人目、浦和ハナコ。加入理由は水着で校内を徘徊したことから。露出好きな変態とみんなは言っていたが、私はそうは思えなかった。それに変態行為が原因で補習授業部に入れさせられるのはなぜか腑に落ちない。
三人目、白洲アズサ。加入理由は立て籠もり事件を引き起こし、多数の負傷者を出させたことから。ガスマスクをよく身につけていたり、軍隊出身らしい言葉遣いから彼女は戦いがよくある環境に居たのではないかと直感で思った。
四人目、下江コハル。加入理由は三回連続の赤点。ちょっとやんちゃで自身を正義実現委員会のエリートだと豪語している。この子に一番勉強を教えなきゃいけないと思った。
「それじゃ、全員席についたかな? これから補習始めるね」
初回の補習で、全員出会ったばかり。空気がやや堅苦しい中、片手で教科書を開いて私は話し始める。イメージするのは先生なら、どう教えていたか。チョークで黒板に字を書いたり、ときどき全員の様子を確認しながら補習を進行していく。ハナコだけ水着を着ていたが、制服忘れたのか聞いてみたところそうではなさそうだったので、ひとまずスルーする。
「じゃあ、問題出すね。黒板に書いてあるから五分で解いて。わからなかったら言ってね」
そう言って自習時間を与える間、教科書を開いて次に話す部分を確認する。緊張しているのかしどろもどろに話してしまっているし、堅苦しい雰囲気はどうしても抜けない。
立ち歩いてそれぞれの状況を確認をしていく。ヒフミは無事に問題が解けていたので、
「アズサが大丈夫か見てあげて」
「はい! アズサちゃん、ここなんだけど……」
アズサは上手く問題を飲み込めてないらしく、ヒフミが代わりに説明する。ハナコは既に解き終わっているが、コハルは何一つも進んでいない。
「大丈夫?」
「……っ!? 勝手にノート見ないで!」
「ん? 何か見せちゃいけないものでも書いていたの? ならごめんなさい」
「べ、別にそういう訳じゃないけど……。ただ……」
そこでハナコがフォローに入り、
「コハルちゃん、今見てるページは、今やっている問題の部分ではありませんよ」
「えっ、うそっ!? やっ、ちが……っ! 見る場所を間違えただけ! こんな問題、楽勝だし!」
「すみません、先生。コハルちゃんは私の方で見ますので」
「うん、ハナコお願い」
コハルの面倒をハナコが見るという事で教壇に戻る。今のところは部のみんなで教え合えれば、問題無さそうに見えてきた。そこで時間が来て、
「じゃあ、答えを書いていくね」
と補習は進んで行った。道中古代語分野の問題が出た時は、やけにアズサが博識でハナコが驚く場面があったりした。
こうして初日は無事終了となり、残ったヒフミと話を始める。
「先生、今日はありがとうございました。このままなら全員合格できそうですよね!」
「そうだね、わからない部分を補っていけば問題無いと思ってる。試験前には対策ドリルを作ってみんなにやらせようと思う」
「本当に良かった……実はすっごく心配していたんです……。実は、『もし一次試験で不合格者が出てしまったら、合宿をしてください』とティーパーティから言われてまして……。それに三次試験まで全て落ちてしまうと……あうう……」
「大丈夫、きっとみんな合格できるよ」
このまま無事に、何事もなく進めば良い。私はそう思っていた。
そして一次試験をみんな受けて、結果が帰ってきた。
「……みんな、結果返すよ」
試験の結果、ヒフミ以外不合格。テストの紙を一人ずつ返していって重い空気が漂う。ヒフミに至っては今にでも泡吹いて倒れそうなぐらい青ざめていた。
全員返したところで、私は総括を話す。
「という結果になったけど、みんな事前対策ドリルはやったかな?」
「あの、先生……! これは……」
コハルが発言しようとしたところで、私は苦笑いして返す。
「言わなくていいよ? 結果でわかるからね」
そう言うとコハルは怯えたような目をしていた。
「……じゃあ、この時間は各自反省会してね」
そう言って私は教室を後にし、廊下に出る。早歩きで逃げるように。
教え方で至らない点が色々あるのは振り返ってみてもわかる。でもどうしたら上手く勉強を教えられるかなんて、私にはわからなかった。
先生、あなたならどうやったの?
ーー
トリニティの夜、ナギサに呼び出されテラスにやって来た。
「あら、先生。お疲れ様です」
「お疲れ様」
「補習授業部の方はいかがですか? ……と言いつつ、すでにお話は聞いております。どうやら最初の試験は、上手くいかなかったですね」
「その点はごめんなさい。私にも至らない点があって」
「いえ、先生を責めるつもりはありません。まだ二回残っていますので」
ナギサのティーテーブル上に目をやると、チェス盤が置いてあり、白と黒の駒が置いてある。
「今日は先生に、お伝えしておきたいことがあったのですが……それよりも先に、先生の方から何か言いたげなことがあるように見受けられますね」
「ええ。三回とも不合格になったら……補習授業部のみんなはどうなるの?」
「ヒフミさんから聞かされたのでしょうか? ……お答えしますとみなさん一緒に退学していただきます」
「……っ!? は……?」
「トリニティは本来、退学に関する校則があり、長い手続き、確認と議論を経なければなりません。あのゲヘナとは違い、我々は手続きを重要視しますので。……ですが今回急造された補習授業部はこのような校則を無視できるように調整してあります。シャーレの権限を少し組み込ませていただいたこともあり、このような処置が可能となっているのです」
「そんな……」
「そもそも補習授業部は……生徒を退学させるために作ったものですから」
絶句する私に対してナギサは淡々と話を続ける。
「補習授業部、あの中に、トリニティの裏切り者がいます。その狙いはエデン条約締結の阻止です」
ナギサはチェスの駒をしなやかな指で取り、置いてあった駒を弾いて取る。
「先生、トリニティとゲヘナの長きにわたる敵対関係は、お互いに大きな重荷になっています。エデン条約はその無意味な消耗を防ぐための、おそらくは唯一の方法であり、キヴォトスにおける力のバランスを保つための方法でもあります。これは、連邦生徒会長が提示した解決策でもありました。彼女が行方不明になってしまい、一度は空中分解しかけたものを、私の元でどうにかここまで立て直したのです。ですが……締結直前に来て、妨害しようとする者たちがいるという情報を耳にしてしまいました」
次に彼女はナイトを動かす。
「まだ、それが誰なのかはわかりません。特定には至りませんでした。そこで、次善の策として……その可能性がある容疑者を一か所に集めたのです。それが補習授業部です。裏切り者はそこにいます。ですが、誰なのかは分かりません。であれば、一つの箱にまとめてしまいましょう……いざという時、まとめて捨ててしまいやすいように。先生、あなたにはその箱の制作にご協力いただきました」
次に動かしたのはルーク。
「……ごめんなさい」
ナギサはティーカップを持ち上げ、一口飲んでから話し始める。
「こんな、血生臭いことに先生を巻き込んでしまいました。私のことは、罵っていただいても構いません」
「……あなたの本当の願いは、補習授業部の裏切り者を見つけ出してほしいと」
「ええ。それが今回の、トリニティ生徒会からシャーレへの依頼です」
「裏切り者を判別する方法はあるのですか? もし裏切り者が補習授業部から漏れていたら?」
矢継ぎ早に質問をすると、ナギサは駒を再び動かし始める。
「……それはお答えできません。機密事項ですので」
「裏切り者は探してみます。ですが明確な指示がない以上、こちらのやり方でやらせていただきます。居なければ、私は何の告発もしません。ただ合格させてあげるのみです」
「ええ、それで構いません。……先生、チェスの駒を動かしていただけませんか? 白の方です」
「え?」
「少しの間時間を取るだけです」
「……わかりました」
私は白の駒を動かした。するとナギサは『チェック』と一言呟く。いろんな駒を動かしてみたが、全て『チェック』と返されるだけだった。
「先生、白はどう足掻いても勝てません。……試験は私のもとで管理されていることを忘れないでくださいね?」
黙って席を立ち上がり、退出時にナギサの方へ振り向く。
「あなた達がどう思っているか分かりませんが……。条約一つのために一人、数人を犠牲にしても構わないと考えているのでしたら、私は異を申し立てます」
返答を聞く前に私はテラスから立ち去った。そして強烈な後悔が私を襲う。
「あんな依頼、受けなければ四人は退学騒ぎに巻き込まれなかったのに……」
壁に拳を叩きつけたい衝動が走ったものの、なんとか抑え込んだ。