少し前、この世界に来る前のフラッシュバックを見ていた。荒れ果てた世界、並び立つビルはネオンを発さず、崩れ落ちた跡だけが残っている。灰色の空が覆う誰も居なくなった世界にて、私と『彼女』は殺し合いの末、私が倒れた。四肢の骨は軋みあげ、筋肉は断裂し、血反吐を吐いていた。そして、彼女はアサルトライフルを片手で構え、先端を私の左胸に狙いを定めている。視界が歪み、身体を動かすこともままならない私は、事の顛末を受け入れる前に、一つだけ喉の奥から言葉を発した。
「最後に殺すのが、私だったらいいね」
一瞬の後、発砲音が鳴り響いた。それが今日の夢の終わりだった。
午前八時に目を覚ましてしまった。大きな遅刻であり、モモトークには対策委員会から無数のチャットが届いていた。私は慌ててベッドから飛び起き、身支度を整えていく。
私は一時的に、アビドス内の使われなくなった家を貸してもらい、そこで寝泊まりしていた。数日も滞在しており、湿り気のない微小の砂が鼻を掠めるような空気が不思議とよく馴染んだ。カバンを持ったら、対策委員会が待つ部室へと急いだ。
ーー
遅刻をアヤネに謝罪した後、全員でヘルメット団のアジトを軽く潰し、部室に戻った後にセリカが『借金返済』という言葉を意図せず、漏らしてしまった。この世界でも、同じ問題を抱えているらしい。
アヤネに質問しようとしたところで、セリカが止めに入ってきた。他四人は話しても良いと言ったが、セリカは私を信用せず
「私は認めないから!」と、部室を出て行ってしまった。
その後をノノミが追いかける中、私は考えていた。
アビドスの皆は、一人を除いて良い大人に巡り合うことが出来なかった。私の世界もそうだった。生徒を食いものにし、金を増やすことにしか興味の無い悪い連中しか居なかった。私達の先生を除いては。だからきっと、みんなの中にも私を疑う気持ちがあるのだろう。唯一、セリカだけがそれを表面に出してくれた。
私は、前の世界の『先生』がそうだったように、彼女達の信頼を勝ち取る必要があるのだ。でなければ、運命を変える事なんて出来ない。
状況が落ち着いたところで、アヤネが借金について説明してくれた。
手紙だと、学園がそこらの暴力組織に襲撃されているので助けてほしいという内容だったが、それよりも深刻な問題が隠されていた。それは、この学校が借金まみれであるという事だった。カイザー連中からの法外な利子、九億の借金、奪われていく土地。先細りの中の崖っぷち。そんな問題を五人で解決しようと、彼女達は奔走していた。
はっきり言って無理難題であった。前世界線の経験をもってしても、この解決の糸口を掴むことすら難しい問題だった。
だからと、見捨てるなんて選択肢は無かった。アビドスの五人の青春を、こんな所で終わらせるわけにはいかなかった。私は先生だ。生徒誰一人見捨てるなんて、絶対にしたくなかった。
「みんなにお願いがあるんだ」
私はそう切り出した。
「私も、その問題の解決に協力させて欲しい。廃校を防ぎたいし、その借金だって、私が力になれるかもしれない。権力とか使って、九億ポンと出せないけれど、それでも、私はこの学校の生徒全員を救いたい」
私の言葉を聞いたみんなは顔を見合わせて頷き合った。次は行動で示さないと。
――
次の日、朝に住宅街を散歩していると、ある人物を見かけた。この辺りでツインテールの子なら、彼女しか居ないだろう。
「おはよう、セリカ」
「げっ、なんでここに」
手を振って挨拶すると、セリカは嫌そうな表情を浮かべた。
「ちょっと散歩しててね。それにしても、アビドスの空気って澄んでて良いよね。砂とかあちこちに積もっているけど、それがまた良いの」
「馴れ馴れしく話しかけないで、私は先生のこと信用してないから」
「じゃあ、どうすれば信用してもらえる?」
「アビドスから出て行って、私に関わらなければ信用してあげないこともないけど」
「そっか。……話変えるけどセリカは今日自由登校日だっけ。バイトとかやってるの?」
「何よいきなり! というかもう行くから、話しかけないで! ……もう、なんであんな人が先生やってるのよ」
セリカは足早に去って行った。追いかけるつもりもなく、ただ後ろ姿を眺めていた。そして、彼女の姿が無くなったところで、肩を上げて大きなため息を付いた。
「次は私の番か」と、呟く。
セリカが『私達の先生』に当たっているのは見た事あるが、今度は私にその番が回ってきた。軽々しく受け流すフリをしていたが、内心は針が突き刺さったように痛かった。彼女の悪口では無く、彼女との接し方が変わってしまった事が何より辛かった。でも、今は感傷に浸っている場合じゃない。学校へ向かうことにし、歩き始めた。でも、学校に行っても借金問題への進捗は無く、ただ時間だけが過ぎていった。
放課後。背伸びをしながら校舎を出て、ふとある場所に寄りたいと思いついた。久しく口にしてなかったアレがもしかしたら食べれるのではないかと、小さな期待を胸に、街を歩き続けた。
――
まさか、店舗としてまた姿を見れるとは思わなかった。『柴関ラーメン』の文字の横に、大将が腕を組む姿が描かれた看板が立てかけられている。
店の前で立ち止まり、店の看板をまじまじと見つめる。もしかしたらセリカがここでバイトをしているかもしれないが、彼女は複数のバイトを掛け持っているから、その予測が外れる可能性もある。しかし、そんな事はどうでも良かった。この世界に来て初めての喜びのような感動のようなものが小さく渦巻いていた。
「あれ、先生? 奇遇だね〜」と、横から声がした。振り返ると、ホシノら四人がそこに居た。彼女達の目的は、セリカを探すためか、単に食事しに来たのか。その両方か。
「何か食べたいと思ったら、たまたまね」
「うへ〜、おじさんもラーメン食べたくなってさ」
ホシノはそう言うと、店の中へ入ろうとしたが、呼び止めた。四人の視線がこちらに向く。その時、手品のように隠していた私の財布を一瞬で右手に移動させ、見せびらかすように前に出した。
「みんなの分出すよ」
「先生太っ腹〜!」
と、ホシノは笑った。
「でも、本当に良いんですか? 先生。私が払ってもいいんですよ?」とノノミが心配してくれた。
「安心して、余裕はたっぷりあるから。ほら、後ろにお客さんいるし早く」と、ノノミを急かして入店させた。
店内に入って最初に聞いたのは、聞き覚えのある女の子の声。
「いらっしゃいませ……。なんで先生がここに居るの!?」
「奇遇だね、セリカ。五人でお願い」
と、私は言った。
「セリカちゃんのバイト先、ここかなーとは思ったけど、本当にそうだったなんてね〜。おじさんびっくりだよ」
と、ホシノは笑うが、少しだけあからさま感じが否めない。しかし些細なことだと思うことにした。
足を急ぐセリカがテーブル席に案内してくれた。先に四人が座るが、シロコとノノミが隣座るように手招きをしてくれた。
「じゃあ、ノノミで」と、私はノノミの隣に座った。
「まあ〜☆ 嬉しいです!」と、ノノミは喜んだ。シロコは一瞬拗ねる表情見せたが、数秒後にはいつもの顔に戻っていた。
「ご、ご注文はお決まりですか?」
と、少し上ずったセリカの声がして、注文を聞かれる。四人がチャーシュー麺や味噌、塩などを注文していく中、私は
即決で「ジャンボとライス大盛り。油多め味濃いめ麺硬め、ニンニク抜き」
と、注文した。
「ちょっと先生? 何頼んでるの!?」
セリカは驚いて声を上げた。そして、他の四人も私を見て呆然としていた。
「だ、大丈夫ですか?先生」と、アヤネは心配そうに聞いてきた。
「このぐらい食べないと、今までの借りは返せないから」
「借り? 先生、もしかして借金があるのですか?」と、ノノミが聞いてきた。私は頷いた。
「そういう意味じゃないよ。安心して」
五人に首を傾げられるも、苦笑いで返した。
数分後、皆の前には注文した品が並べられたが、やはり私のオーダーは皆の注目を誘った。
「先生、本当にこれ食べるの?」と、セリカが聞いてきた。
「もちろん」
私は即答した。そして、割り箸を割ってから手を合わせた。
「いただきます!」
――
「先生って、健啖家なんですね……」
セリカに照れ隠しの暴言浴びせられながら店の外に出た後、アヤネは唖然とした様子で言った。
「うへ〜、おじさん見てるだけで胃もたれしそうだったよ」
「汁ごと全部食べちゃうのは、流石に驚いたよ」
「先生の隠れた一面発見できましたね!」
と、いよいよ解散というところで、四人が同じ方向に帰ろうとする中、私だけ逆に歩き出した。
「あれ、先生どこ行くの?」とホシノが聞いてきた。
「もう一個行ってみたい場所が」
私はそう答えると、四人は不思議そうに私を見てくる。そんな視線を無視しながら、私は手を振った。
「また明日ね」
四人が手を振り返してくれたのを見届けてから、私はまた歩き出した。今度は来た道を戻らず、少し遠回りして行くことにした。記憶が正しければ、今夜事件が起こるはず。
――
夜になるまで、近くのコンビニなどで時間を潰し、日が沈んだところで柴関ラーメンから出て行くセリカを尾行した。ジャケットやシャツは脱ぎ、フード付きパーカーに着替える。そして、セリカの後を追うように私も歩き出す。路地や大通り、高架下などを駆け巡り、セリカを追跡する。
そして、異変が突然訪れた。
セリカが路地を抜けた先で、数人のヘルメット団に絡まれていた。前も後ろも囲まれ、逃げ場はない。目的は誘拐だ。物陰に隠れ、そこらで調達したアサルトライフルにマガジンを装填して弾を込める。
「先生やめてください! 前も言った通り、先生にはヘイローが……」
「今度はシッテムの箱がある。だから大丈夫」
アロナの再度の警告に、フードを被った私はそう答えた。そして、セリカがヘルメット団と揉めている中、物陰から狙いを合わせ、セリカの背後からヘルメット団に発砲した。
数人程度が気絶したところで、物陰から飛び出し、撃ちながら距離を一気に詰める。
「銃を!」
私が叫ぶとセリカは所持していたアサルトライフルを手に取り、応戦する。
私は回し蹴りをヘルメット団の一人に食らわせて、蹴飛ばした。しかし向こうの連中が放ってきた弾丸がパーカーの袖に掠った。アロナが守ってくれるはずじゃ無いか、と心の中で愚痴りながら、即座に応戦した。
結局、ヘルメット団の数が減り切り、彼女一人で対応できると判断したところで一旦手を引いた。
裏路地に隠れ、左腕の袖部分に赤い染み跡があるパーカーを脱ぎ捨てる。タンクトップになったところで、左腕から一筋の傷が露になった。銃弾が掠めた跡だ。まずは飲料水を傷口にかけて、消毒液を傷口に塗った。次に包帯で巻いて圧迫止血した。
「守ってくれるはずじゃ無かったの?」
と、私はアロナに質問した。
「先生が明確に誰かを傷つけようとした時、私の防御機能は発動しません。だから言ったじゃないですか! 先生は戦わないでって!」
アロナがそう答えた。
「そっか。これもまた『バランス調整』みたいなものかな」
と、シャツを再び着ながら私は呟き、もう戦うことはやめた方がいいとようやく理解した。最後のボタンを留めた頃には、もう既にヘルメット団は全員気絶し、勝者の一人の少女だけが立ち尽くしていた。物陰から何事も無かったかのよう私は歩き出し、彼女の前に立った。
「あ、セリカ。奇遇だね」
「せ、先生!? どうしてここに!?」
彼女は驚きながら、質問してきた。
「散歩してたら、たまたまね」と私は答える。そして、セリカの背後に目線を向ける。彼女の背後には気絶したヘルメット団が倒れていた。
「ヘルメット団……? セリカ大丈夫だった?怪我は?」
と、私は聞いた。
「え? あ、うん。大丈夫だけど……。誰かが助けてくれたけど、いつの間にか居なくなってて」
セリカはそう答えた。
「そっか、良かった」
と言いながら、気絶してるヘルメット団のそばでしゃがんで、使っている銃などを物色した。
「へー、ヘルメット団にしてはいいもの使っているんだ」
と、あからさまな声で私は言った。
「先生、何してるの?」とセリカが聞いてきたので、指さして答える。
「ほら、パーツとか見て。これとか違法だったんじゃ無いっけ」
と彼女に見せると、表情が強張った。
「そうね。確かに違法だったはず」
「明日、ホシノ達に伝えてみて。襲撃犯の元を辿れば、黒幕が分かるかもしれない」
と、私は立ち上がったところで、セリカが口を開いた。
「先生、怪我したの!? 腕から血出てるよ!」
「あ、うん。ちょっとね」
私はそう答えながら、袖を捲ると、包帯巻いた部分から赤い染みが小さく広がっていた。
「転んじゃって、怪我しちゃったの」
「転んでそんな怪我するの!? まったく、足元気をつけなさいよ」
セリカは呆れながら、そう答えた。安直な嘘に騙されてしまう彼女を見て、少し心配になる。
「じゃあ、帰ろっか」
歩き出したところで、セリカが私の横に並んだ。
「先生が何しでかすか分からないから見ておくわ」
「何もしないよー」
と苦笑いしながら、私達は帰路につく。道中の自販機でジュースを奢ってあげると、彼女は少し驚いた後、素直に受け取った。
「ありがとう」
セリカは一言だけそう言った。
缶を片手に歩きながら、セリカに話しかけた。
「ねえ、セリカ」
「なに?」と彼女は聞き返してきた。
私は少し間を置いてから言った。
「……セリカが私を信用出来ないのはわかってるつもり。私は何の経験も無くて、口もそこまで上手くない。でもね、これからの行動や姿勢で、みんなの信頼を勝ち取るから。だからセリカも何か困ったら、私を頼って欲しいかな。……どうかな」
私はそう告げた。セリカは驚いた後、少し間を置いてから口を開いた。
「私は、先生のこと認めないから。でも、まあ……。何かあったらね」
と彼女は言った。私は安堵して笑った後、彼女の頭をポンポンと撫でた。
「な、何するのよ! 子ども扱いしないで!」と彼女は怒ったが、私はやめなかった。