『目標を確保。一時間ぐらいは気を失っているだろう』
「了解、次の段階へ」
アズサがナギサを拉致したのを確認し、ヒフミとコハルで体育館で待ち伏せを図る。
「私提案のローショントラップは上手くいくかな……」
「ローション!? なんか卑猥でダメ! 死刑!」
「ううん、有効だよ。もし部隊が密集して動いている場合は巻き添えも狙えるし」
「ふ、ふーん……? 意外と使えるのね」
「アズサちゃん……大丈夫でしょうか」
「大丈夫。彼女は私が鍛えたから」
小言を挟みつつ、しばらくするとハナコが到着する。
「お待たせ致しました。ナギサさんはしっかり隠しておきました」
「うん。あとはアズサがどれくらい稼げるか、だね」
アズサが引き連れて来るまで待機する。そして一本の通信が入る。
『こちらペンギン、まもなくポイントCに到達する』
「こちらビーバー、了解」
「アズサちゃん……、もうすぐです」
「うん。ヒフミもコハルも落ち着いてね」
通路から一人の足音が近づいてくる。さらに遠くからは荒々しい無数の足音も。
「……交戦開始! ヒフミはアズサの側で戦って!」
「あうぅ……い、行きます!」
アズサの体育館到着と同時に三人が動き出した。私はハナコと一緒にサポートへ。トラップが効いたのか、統制が乱れ、数がまばらなアリウス生徒を蹴散らすのは容易だった。しかし増援がどんどんとやってくる。
「ペンギン、この数は想定内?」
『いや、あまりに多い。アリウスの半数近くが……』
「妙です。正義実現委員会が動く気配がありません」
なんとか時間を持ち堪えさせる策は無いのか、必死に考える。しかし最適解と考えたら、ポケットにある注射器が頭をよぎる。副作用を覚悟の上で使うしかないのか、そう考えている内、アリウス生徒に包囲されてしまった。
そして、彼女が不敵な笑みを浮かべて姿を現わす。
「正義実現委員会なら来ないよ? 私がティーパーティーとして改めて指示をしておいたからね」
アリウスを指揮する聖園ミカが、そこにいた。
「やっ、久しぶり先生。また会えて嬉しいな」
絶句する。裏があるとは思っていたが、予想以上だった。
「まあ簡単に言うと、黒幕登場⭐︎ってところかな? 私が本当の、トリニティの裏切り者」
「ミカさん……」
「さて、ナギちゃんをどこに隠したのか教えてくれないかな? まあここにいる全員を消し飛ばしてから、ゆっくり探しても良いんだけどね」
「どうしてこんな事をしたの?」
私が質問をすると、彼女は少しだけ微笑んだ。
動機はゲヘナの殲滅。ミカはエデン条約について嘘をついていたらしく、アリウスと共謀してトリニティの乗っ取りを目論んでいた。アズサも道具として扱い、ナギサ暗殺の犯人として仕立て上げようとしていた。そして、セイア殺害の指示をしたのもミカだった。セイア襲撃の犯人はアズサである。
それを聞いて、私はひどく冷たい目をしてミカを睨んだ。
「うわっ、先生もそんな顔するんだね」
「これが、紅茶おしばきパーティなのね」
トリニティ総合学園、聞くだけで嫌になる場所だ。あのハナコが病んでしまったのも無理はないだろう。
「聖園ミカ、そこまでひどいことやられたら、私も助けられないよ。どうしてそこまでやるの?」
一歩ずつ足をミカの方へ踏み出す。
「先生、危ない! 彼女はとてつもなく強い!」
「関係ない」
アズサの警告を無視して、私は一歩ずつ近づいていく。
「へー、先生一人で私に勝てるとでも?」
「私一人じゃないよ、子ども。子どもには補習授業部という同じ子ども達をぶつけるの」
私の後ろにいる補習授業部に目をやりながら、ミカは嘲笑する。
「あははっ! 先生、私を子ども扱いしちゃうの? だって先生、私と少ししか違わないでしょ?」
「その考えが子供っぽいって言ってるのよ。大人の世界を知ったつもりでいて、誰にも言わずに、勝手に一人で抱え込んで……それでみんなを傷つけて……!」
足を止めて、ミカの目をまっすぐ見つめる。そして体育館に響く声で、ミカに向かって叫んだ。
「青いのよ、ガキ!!」
ミカの笑みが初めて歪んだ。苛立ちが顔に現れている。
「……先生、もう一度言ってみてよ。アリウス生に囲まれているのに、よくそんな大口叩けるよね。周り見えてないの?」
「関係無い! 私とあなたは先生と生徒、これは喧嘩の問題じゃない」
「じゃあ、何なの?」
「これはお説教よ! ミカ、あなたは間違っている。傷つけて、裏切って、それで手に入れる力なんて虚しいだけよ!」
「黙って! 先生に何がわかるの!? 私はもう、もう……後戻りなんてできない! これしかないの!」
「だったら言えばよかったでしょ! 後先考えず、信頼できる友達にぶちまければ良かった。一人で抱え込むから、こんなことになるのよ!」
「……もういい、もういい!」
ミカが手を上げ、私の方へ振り下ろす。アリウス生の銃口が一斉に私に向けられた。
「やっちゃって!」
「先生!!」
発砲されると思った瞬間、凛とした声が体育館に響く。
「お待ちください!!」
体育館に入ってきたのは、シスターフッドらの集団だった。長であるサクラコが宣言する。
「シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます。聖園ミカさん、他のティーパーティーへの傷害教唆、傷害未遂であなたの身柄を拘束させていただきます」
「予想外だね。でもホストになったらいずれ片付けておきたかったし、ちょうど良いよ」
アリウス生とシスターフッドで交戦が始まる中、ハナコに手を引かれて遮蔽物へと連れられる。
「間に合いましたか……。先生、どうしてあんな無茶を……」
「……今までの憤りがちょっと出ちゃって。許せなかったんだ。いろいろなものが」
「先生、シスターフッドに加勢しましょう。指揮を引き続きお願いします」
「わかった」
私はシッテムの箱を片手に指揮を再開した。シスターフッドの加勢で戦況は逆転し、アリウス生は次々と倒れてミカを追い詰めていった。そして銃撃音が止んでいく中、ミカは包囲された。
「何これ、洒落にならないなぁ……。いつから計画が狂っていたのだろう。セイアちゃんだって殺すつもりなんて無かったのに」
「ミカさん、セイアちゃんは無事です。死は偽装で、救護騎士団が身を隠していただいています」
「セイアちゃんが……そっか。そうなんだ……。良かった」
ミカが武器を捨てて、両手を上げた。
「降参だよ。……ようやくわかったよ。計画が狂ったのは、私がシャーレの先生を呼んだときからだね。補習授業部の子なんて問題無いと思ってたし。先生なんてどうせ若いだけで何の力も持ってないだろうって。でも、違った。あーあ、シャーレの先生を呼ばなければ……」
「……ミカは、ティーパーティーのみんなとは仲良かったの?」
「先生、今それ聞くの?」
ミカは少しだけ笑ってから答えた。
「仲良かったよ。色々あったけど、友達だった」
「あとでごめんなさいって言ってね」
それからようやく正義実現委員会が到着。ミカは拘束されて連行されていくが、最後に私が呼び止めた。
「ミカ」
彼女は振り返らない。でも私は続ける。
「私は怒っただけだから。今回の事件をほどほどに反省できたら……。また私のところに来てもいいから」
そう伝えるけど、様子は変わらない。ミカは振り向く。少し寂しげな顔に見えた。
「じゃあね、先生」
私の言葉は伝わらなかった。そのまま連行され、彼女は正義実現委員会と共に向こうへ連れていかれた。
「先生……?」
ヒフミに声をかけられて、我に帰る。もっと良い方法があったのではないかという後悔の念が、私を襲っていたのだ。
「試験の時間間に合いそう?」
「あうぅ……忘れていました。あと一時間で会場に行かないと……!」
「私は事後処理をやらないといけないから、補習授業部のみんなはすぐに行って」
「は、はい! 行きましょうアズサちゃん!」
「ああ」
四人が走り出し、背中が遠くなっていく。
朝の陽に包まれた聖堂や格式ある校舎に囲まれ、噴水が水しぶきを上げている。その噴水に腰掛け、私は十字架のネックレスをぎゅっと握り締めて祈りをささげる。
やがて、午前八時を告げる鐘の音が学園中に響き渡った。
――
『合格おめでとう!』
合宿所内の教室に描かれた黒板の文字と共に、モモフレンズの絵が沢山描かれている。
今、教室にいるのは私一人。他のみんなは出る前の片付けや準備をしている最中。
結局の顛末である。
ナギサは無事で、調印式も問題なく臨むこととなっている。
ミカは学園内の監獄に投獄されることに。やった事の重大さから、釈放の見通しは立たず。エデン条約が終わるまではことが進むことはないだろうと説明をされた。
セイアはまだどこかに入院中らしく、起き上がるほど回復はしていないらしい。
そして補習授業部。彼女らは全員合格により解散に。コハルは正義実現委員会へ戻り、ヒフミは日常に戻っていく。ハナコは本当の友達を見つけられたから、退学する意思は無くなっただろう。アズサも、もう少しだけトリニティに居られるはず。
私はナギサとミカを助けることができなかった。先生なら、全員を救えたのだろうか。事が終わってから、何度も自身を問いかけていた。もっと良い方法があったのではないか、もっと良い言葉があったのでは。でも、答えは出ない。
「先生、ここに居たんですね」
ドアが開かれ、ヒフミが入ってくる。
「あ、ごめん……。もうみんな行っちゃった?」
「いえ、まだいますよ。あとは先生が来れば全員集合です」
「そっか、じゃあ行かなきゃだね。ありがとうヒフミ」
出ようとしたところで、ヒフミが止めてきた。
「先生、あの……。試験が終わってからずっと元気がないので、少し心配です。私で良ければ、お話聞きますよ?」
「ありがとう。……聞いてくれるかな? 先生として自信が無いというか、なんというか……。もっと良い選択肢があったんじゃないかって、ずっと考えてて。ティーパーティーもあんなことに……」
「先生」
ヒフミが隣にやってきて、私の手を握る。
「上手く言えないですけど……。私は補習授業部の先生になってから、良かったと思えたんです。ハッピーエンドでは無いと思いますけど、でも先生は常に私たちの味方でいてくれました。何があってもアズサちゃんを信じてくれましたし、ミカさんに対して一人で立ち向かいました。……私は、そんな先生を尊敬しています」
「ヒフミ……」
「だから自信を持ってください! 先生は良い先生です。そして、これからもずっと!」
「……ありがとう」
「さあ行きましょう! みんな待っています!」
ヒフミに手を引かれて教室を出て、みんなの元へ。
「皆さん! 先生を連れてきました!」
「みんないる? じゃあ、合宿所から本館まで一緒に行こうか」
歩いて行く四人の一番後ろを、私は歩いて行く。陽が照らす道を、五人で。そして本館の門前に到着し、最後の見送り。
「……先生、ありがとう。この恩は忘れない」
まずアズサが、そしてコハルとハナコが続く。
「あ、あの、先生! その……また会えるわよね?」
「トリニティにお越しの際には、また『色々』とお願いしますね♡」
「トリニティは……。しばらくはお腹いっぱいかな。でも来ることはあるから」
そして、ヒフミ。
「先生、また会いましょうね!」
「うん、またね。さようなら、そしていってらっしゃい」
四人は校舎へ歩き出し、それぞれ違う道を進んでいく。私は四人の姿が見えなくなるまで見送った。
――
「これが君の選択なんだね。君は振り切ることを選んだ」
夢の中、夜の古風で格式のある洋風のお屋敷のような場所で狐耳の少女こと、セイアが私に話しかけてきた。
補習授業部の一件を終えて、電車で帰路についているときのこと。睡眠時間取らなかったのが災いしたのか、席の中で急激に眠たくなってしまった。降りる駅は終点駅で、それまで少し時間がある。私は少しだけ寝ることにした。その時に見た夢がこれだった。
「うん、私の選択」
「君は幻影とは違うことを受容し、君なりに考えて出した結論だ。私は尊重しよう。でもまだ、物語には続きがある。君は見届ける覚悟があるかい? ここから先は、想像を絶する憎しみと悲しみが待っている。もしかすると、君は壊れてしまうかもしれない……」
「……セイア、ちょっといい?」
「なんだい、先生」
「生きていたなら……どうしてナギサやミカにも会いに行かなかったの? ティーパーティーがあんなザマになってどう思ったの? セイアは何を思ったの?」
「先生、予言は虚しいものだよ。破局の未来を視てしまったら、もう何もできなくなる。先生も分かるだろう、君の世界でたどった結末を」
「……」
「私は、何もできなかった。ただ見ていることしか……。だから、もう関わらないと決めたのさ」
「……私はその未来を変えないといけない。変えられないなら、私は死んでいるべきなんだ。だから私は行くしかない」
「先生……」
「私が壊れても、未来を変えられるなら喜んで殉ずるよ。……死者は死者に還るべき」
覚悟を持って発言したはずが、セイアの目には狂人を見るような、恐れのようなものを感じられた。
ごめんなさい、ミカさん本当は好きなんです
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