アビドスの6人目   作:____―--

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Chapter4 エデン条約編 3章 -青空の破片-
LOVELESS 1


 

 恐らくだが、ナギサがエデン条約締結に全てを捧げていたのは親友のミカのためであったのだろう。次にホストとなるであろうミカのために、障害となるものを取り除いて統治をできるだけ楽にしようとした。だから私たち補習授業部を捨ててまで、手を汚して全てをミカに捧げようとした。

 

 ミカは聞く限り政治ができる人間では無いという評価だったし、ナギサが気にかけるのも無理はない。そして、セイアの殺害が彼女の疑心暗鬼に拍車をかけていた。セイアがやられたなら、次は私かもしれないという恐怖が。だが結局はミカがその手を振り払って裏切りという選択をしてしまった。

 

 これが補習授業部の裏側にあった悲しき友情の物語である。

 

 ティーパーティーの建物の中、私は通路で突っ立っていた。窓ガラスから見える外は灰色の空で、水滴がポツポツと垂れている。

 

 目の前には恐らくナギサが対処に追われているであろう執務室の扉がある。時々開かれる扉の隙間から彼女の姿が確認できたが、彼女は覇気を無くした表情をしており、心なしか良くない痩せ方をしているように見えた。

 

 補習授業部の一件の後、ナギサは各地に謝罪して回っていた。正義実現委員会、ヒフミ、アズサ、ハナコなど、補習授業部の一件で被害を受けたトリニティ生に。

 

 あの一件以来私はナギサと一言も話していない。私から決別を繰り出してしまったこともあったが、彼女のほうも私を避けるように行動しているし、酷い多忙により時間も取れないようだ。

 

 おこがましいかもしれないが、私はそれでもナギサにもう責めてない事ぐらい伝えようと思ってティーパーティーを訪れていた。

 

 今ちょうど、シスターフッドの歌住サクラコが扉を開いて出て、また閉まった。出て行った彼女の眉は険しいままで、足取りも重そうである。恐らくナギサに何かを糾弾した後なのだろう。

 

 誰も居ない隙に部屋へ入ろうとしたが、すぐに別の生徒がやって来て入ってしまう。すぐに扉の向こうから怒声が響いてきた。

 

 もう、今日は諦めよう。私は諦めて、その場を後にした。

 

 ミカはあの後学園内の監獄に収容されたが、彼女は悪い意味で吹っ切れてしまった。自暴自棄というべきか、全ての物事に投げやりな姿勢を見せている。私との面談も遠回しに拒否され、ミカの真意は分からずじまいである。ナギサも面談しに向かったが心は閉ざされ、ハナコが確かめたい事があると面会したが、あのハナコが本気で怒ってしまうほど酷い対応をされたらしい。

 

 虚しい、そんな思考がずっと頭の中をぐるぐるしている。もっと良い結果があったのでは無いかと。でも、もう終わってしまったことだ。

 

 建物を出て、傘をさしてトリニティ内の敷地を一人で歩いていく。あてもなく屋根付きのベンチと言えば良いのだろうか。野外の休憩スペースに腰掛けて、ため息をついた。

 

「あら、先生こんなところにいたんですね」

 

 俯いていると突然声をかけられた。顔を上げるとそこにはハナコが立っている。

 

「ハナコ……? どうしてここに」

 

「私も、色々調べたいことがございまして。先生と一緒ですね」

 

「そっか……」

 

 私はハナコと情報を共有をした。

 

 まず、百合園セイア殺害事件の真相である。まずセイア自身は死んだという情報は偽物であり、実際は生きている。アズサによる偽の爆破事件が起きた際、救護騎士団団長である蒼森ミネがセイアの身柄を隠蔽しどこかへ保護した。セイアの爆破の傷は癒えたものの意識は戻らず、原因はまだ不明。

 

 次にナギサ襲撃事件のとき、なぜシスターフッドが介入したかである。どうやらハナコが密かにシスターフッドとコンタクトを取っていたらしい。組織が事件に介入する代わり、ハナコを実質的にアウトサイダーからの助言者として迎え入れるという取引を。彼女が再び陰謀の世界へ踏み入れて大丈夫なのか憂慮したが、ハナコは大丈夫と。

 

 最後にアズサの今後の処分である。彼女は間もなくシスターフッドの承認を経て、正式にトリニティ総合学園の生徒となる。彼女はこれからもヒフミ達と一緒に過ごすことができる。

 

「……と、こんなところでしょうか」

 

「そっか、アズサは正式に認められたんだね。良かった」

 

「ええ……。先生、ここ最近ずっと思い詰めていましたよね。何かありましたか?」

 

「私もエデン条約の事で色々追われていてね。ここ数日はゲヘナとトリニティ間を行ったり来たりで、ちょっと疲れているんだ」

 

「……先生、それだけではありませんよね?」

 

 ハナコが私の目を見る。彼女の目はどこか不安げで、何かを訴えているように見えた。

 

「恐らくナギサさんとミカさんのことでしょうか? ずっと面会を希望していましたが、面会を拒否されたと聞きました」

 

 図星の印として沈黙と同時に顔が俯いてしまった。何を打ち明けたら良いのか迷っていると、彼女は口を開いた。

 

「先生は、先生ができるだけのことをしたと思います。ですから、あまりご自分を責めないでください」

 

「うん……。でも、もっと良い方法があったんじゃないかなって……」

 

「……先生は、私たちの先生で良かったと思っています。先生は本当の私を受け入れてくれましたから」

 

「私は本当のハナコなんて見たことが……」

 

 今まで見ていなかった。いや、見ようとしていなかったのかもしれない。だからその言葉は間違っていると、私は言いかけた。

 

「先生はエロスで包まれた私を肯定も否定もせず、ただ受け入れてくれました。最初はそれが怖かったんです。でも、違う仮面を被った私でも静かに居場所を作ってくれた。だから私は今ここにいます。あなたは私に何の言葉をかけなかったと思っているかもしれませんが、私はずっとあなたに救われていました」

 

「ハナコ……」

 

「だから、あなたは良い先生です。自信を持ってください。……ナギサさんやミカさんもきっといつか立ち直ると思いますから」

 

「……そうなんだ。あの、勉強を教えてくれてありがとうね。ハナコ」

 

「いいえ、どういたしまして。先生ならいつでもお力になりますよ。……そろそろ行きましょうか」

 

「うん、そうだね」

 

席から立ち上がり、まだ曇り空の下で傘をさして歩き出す。

 

「ハナコも風邪引くから」

 

「あら、ではお言葉に甘えて……」

 

 ハナコが傘の中に入ってくると、片方の腕を私の腕に絡ませてきた。お互い冷たいのか、彼女の体温があまり感じられない。

 

「先生、こうすれば二人とも暖かいですよね? お互いの肌を擦り合わせて、大事な部分を暖め合う……。素敵ですね♡」

 

「……ごめん、今のはどう返せばわからなかった」

 

「先生は相変わらずですね」

 

 ハナコと私は、そのままトリニティの敷地内を歩き続けていた。雨は止みそうになく、まだ降り続けている。

 

――

 

 トリニティでの仕事を終えたら、すぐゲヘナへ行って条約の手続きを進めていく。万魔殿にも立ち寄り、羽沼マコトという政治をゲームだと思っていそうな議長と会議をしたり、棗イロハという戦車長に執拗にサボりを勧めてくる少女をあしらいつつ、風紀委員会にも顔を出してみたり。

 

 そして深夜。過労のせいなのか身体がふらふらになってゲヘナ自治区の道を歩いていると、突然声をかけられた。

 

「先生、危ない」

 

 赤信号に気づかず歩道を渡ろうとしたところで肩を掴まれて引き戻される。

 

「あ、ありがとう……って」

 

私の目の前には、見覚えのある少女がいた。

 

「ヒナ、どうして……」

 

「仕事が終わったから帰っているところ。先生、顔色が悪いよ」

 

「ここ最近、すごい仕事量でね。ずっと無理ばかりで」

 

「そう……。そのまま家に帰れる?」

 

「うん、大丈夫。ありがとう」

 

「……先生、そこは駅に行く方向と真反対よ」

 

「あれ? 地図アプリにはそう書いてあるけど……」

 

「先生、見間違えてる。……いいわ、このまま放って置けない。今日はもう私の家に来て」

 

「え?」

 

ヒナの突然の提案に私は驚く。

 

「いや、それは悪いよ……」

 

「先生、最近寝てないのでしょう? このまま帰したら心配になる」

 

「……でも」

 

「いいから……!」

 

 ヒナに手を掴まれて足速に連れて行かれる。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 ヒナに引っ張られて彼女の部屋にお邪魔する。仕事に追われて自分の時間が取れてないせいなのか、機能的で趣味のものがあまり無い部屋だ。さっぱりしようとシャワーに入った時、眠たくなったら慌てた彼女に叩き起こされたり。爪の手入れをうっかり忘れて彼女に慎重に爪を切ってもらったり。意識がふわっとする中彼女に髪を乾かしてもらったり。

 

「先生、これで大丈夫」

 

「ありがとう……」

 

ヒナに背中を押されてベッドまで歩かされる。そしてそのまま倒れるようにして布団に入った。すぐに意識が薄れていく中で、彼女の声が聞こえてくる。

 

「ゆっくり休んで」

 

 意識が遠のく寸前、私のお腹に彼女の両手が添えられているのが見えた。

 

 いよいよ、大事な日が迫ってきている。その中で私は何をすべきなのか、前世界線の記憶を頼りにまだずっと探し続けている。

 

 でも、今は。

 

「先生、おやすみなさい」

 

 ヒナのその一言が、私の意識を完全に奪い去った。

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