調印式当日。古聖堂には二学園の重役達が集まっていた。
トリニティからはナギサ、正義実現委員会、シスターフッド。ゲヘナからは万魔殿、風紀委員会が出席している。私も事の全てを見届けるためにこの古聖堂まで足を運んでいた。
雰囲気としてはあまり良いとは言えず一触即発といった空気である。正直条約を結んだところで、トリニティとゲヘナが仲良くできる未来は想像できない。だが仮初の平和だとしても、契約の効力を発揮するならばそれは意味のあることだ。
時間がまだある中、シスターフッドのヒナタに古聖堂の中を案内してもらい、『カタコンベ』や『ユスティナ聖徒会』の説明を受ける。十分な説明を受けることはできなかったが、片隅程度には理解ができた。
そしてついに調印式が始まる。トリニティからはナギサ、ゲヘナからはマコトが壇上に上がり、互いに向き合う形で挨拶を交わす。
形式的な挨拶を二言三言交わした後、二人は書類を取り出しそれぞれサインをする。その時だった、ロケットのエンジン音のようなものが遥か彼方から聞こえてくる。その音は徐々に近づいていき、そして。
トリニティの生徒とゲヘナの生徒が握手を交わそうとしていたその時、強烈な爆風と共に全てはひっくりかえった。
――
「……先生! 先生!」
「アロナ……?」
目を覚ますとそこはシッテムの箱の中。私の目の前には、心配そうにしているアロナがいた。
「何が起きた……?」
「巡航ミサイルが着弾して、先生は爆風に飲み込まれました! なんとか私が守ったのですが、これ以上は……なんか眠く……」
アロナの身体が船を漕ぐように揺れ動く。
「先生、私はもう限界です……。後は頼みました……」
そしてそのまま彼女は目を瞑り、眠ってしまった。
「……ありがとう。あとは私でなんとか脱出する」
意識がシッテムの箱から抜け出すと、そこは地獄絵図だった。古聖堂だったものは瓦礫の山と化しており、各地で火の手が上がっている。負傷した生徒達がそこら中に倒れており、銃撃戦もあちこちで起きている。
私の身体は爆風から守られたものの、飛散した瓦礫が掠め、頭から血が垂れていた。右足も瓦礫に埋もれて身動きが取れない。
周囲に助けを呼べる人がいないか探すも、動けないか交戦中のどちらかでとても呼べる状況ではない。この状況から脱出しなければ、でなければ襲撃者に命を狙われる。この状況を打開する手段を頭の中で考える。しかし、考えられるのは一つの最悪なシナリオだけだった。
手をなんとか動かして、ポケットの注射器を一本取り出す。ホシノとの約束を破ってしまうことになるが、死が迫る今、そうは言ってられない。私は今死ねないのだ。
「ホシノ……ごめんね」
アセンションを自分に刺した。意識が一瞬シャットアウトされ、そしてすぐに戻ってくる。自身のヘイローが修復されたのを感覚で理解し、私は瓦礫から足を抜き出す。黒く煤けたアサルトライフルを取り出し、この場の状況を抜け出そうと走り始める。
「こちらチームB! 先生らしき人物が単独で行動している!」
アリウス生らに発見され、交戦状態に入る。走りながら仕留めていき、なんとか切り抜けていく。しかしあれがユスティナ聖徒会なのか、霊のような雰囲気を漂わせる人影が無数に現れ、私を取り囲もうとしてくる。
「邪魔」
アサルトライフルをリロードし、聖徒会らの頭部に弾丸を撃ち込む。そしてまた走り出すが、やがて一人の帽子とマスクのアリウス生に見つかってしまう。
「貴様が先生だな。……我々の長い憎しみのために、死んでもらう」
「誰だか知らないけど、どけ!」
同時にアサルトライフルを発砲し、交戦が始まる。
「ヘイローがあるのか、事前の情報と少し違うな」
咄嗟に黒く煤けたショットガンに切り替え、接近戦を仕掛ける。近づこうとすると、蹴りを繰り出して格闘戦を仕掛けてくる。次は拳銃に切り替え、格闘で応戦する。
「くっ、練度もあるのか……。だが」
アリウス生が一瞬の隙をついて拳銃を奪い、銃口を向けてくる。
「これで終わりだ!」
しかし、片手に取り出したショットガンが拳銃を弾き飛ばし、そのままアリウス生の頭部に直撃する。
「がっ……! ヒヨリ、狙撃を!」
スコープ付きのアサルトライフルに切り替え、咄嗟に三六○度見渡し、敵を探す。そして遠方にスコープの反射らしき光が見えた。一発だけ狙撃すると、その光は消え去った。
「隙だらけだ!」
アリウス生が銃身を掴み、私の腹部に強烈な膝蹴りを食らわせる。そしてそのまま掴まれて地面に叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
「これでお終いだな」
アリウス生は私に対して銃口を向ける。しかし、その銃声が響くことは無かった。代わりに聞こえたのは爆発音。自爆覚悟の手榴弾を投げつけ、帽子のアリウス生が吹き飛ばされる。
「奴のヘイローを破壊する……! ミサキ、アツコ! 援護を頼む!」
吹き飛ばされた隙に走り出し、アリウス生は私を追いかけてくる。時折振り向いて射撃しながら逃げ出し、廃墟に身を隠す。
「はぁ……、はぁ……」
息が切れて苦しい。だがここで死ぬわけにはいかない。まだやらなきゃいけないことがあるんだ。
だが、その時爆風とともに瓦礫と私の体は吹き飛ばされた。
「くっ……」
受け身も取れず地面に叩きつけられ、全身の骨が軋む。なんとか立ち上がり振り向くと、ロケットランチャーを持つ手首に包帯巻いたアリウス生がそこにいた。
「足掻いても無駄だよ、良い加減諦めて」
崩れ落ちた廃墟の瓦礫を退かして、包帯のアリウス生は私に近づく。まだ死ねない、反撃として私はアサルトライフルを発砲する。よろけた隙に、私は瓦礫の陰に隠れてアサルトライフルをリロードする。
包帯のアリウス生は遮蔽物を一つずつ潰していくようにロケット弾を撃ってくる。私が隠れている遮蔽物が壊される前に、黒く欠けた盾を展開し突進する。ロケットを撃ってくるも、黒く欠けた盾がそれを弾く。
「このっ!」
盾で包帯のアリウス生を殴り飛ばし、怯ませたところで……。
「これ以上はさせない」
顔全部をマスクで覆ったフードのアリウス生が庇うように立ち塞がる。そしてサブマシンガンをばら撒くように撃ち始めた。
私は盾でそれを防ぎながら接近しようとしたところで……。
「姫に、手を出すな!!」
先程のマスクのアリウス生が飛び込むようにタックルを仕掛けてくる。気をとられた隙をつかれ、そのタックルで吹き飛ばされた。そして爆弾が投げ込まれ、私の体は爆風に飲み込まれてしまった。
この程度ならヘイローが守ってくれる、はずだった。しかしヘイローがあったという感覚がない。
「くっ……!」
目の前のアリウス生ら三人相手に、盾とショットガンで応戦するも、徐々に押されていく。そして、放たれた銃弾が脇腹を貫いた。
「ぐあっ……!」
ヘイローを無くした事で激痛が走り、体勢が崩れる。だがすぐに体勢を立て直し応戦する。
だが……。
「うああああん!! 倒れてくださあああい!!」
不意に現れたもう一人のアリウス生が、私の身体を押し倒した。
「苦しいですよね……。すぐに楽にしてあげますから……」
アリウス生の手には壊れたスコープが付けられた大きなスナイパーライフルが握られており、銃口を私の右脚に向けられている。
「やめ……!」
そして、一発の炸裂音とともに喉が焼けるような悲鳴が灰色の空に響き渡った。
「ああああああっ!!」
身体全てを壊すほどの痛覚が走り、心臓が異常なテンポで鼓動する。四人のアリウススクアッドが私の元へ近づいて来る。そしてリーダーと思われるマスクと帽子の生徒がアサルトライフルを私に突きつける。
「全ては虚しいものだ……」
アサルトライフルの銃口が、私の心臓に向けられる。その時、前世界線で見たあの場面がフラッシュバックする。彼女は、全てを捨て切ったような目で私に銃を突きつけていた。私の死の直前の最後の場面。
結局、何もできなかったのか。未来を変えられないまま、ここで死ぬのか。深い絶望、怒り、世界への憎しみ、そして後悔。様々な負の感情が私の中に渦巻き始める。
「終わりだ、先生」
マスクと帽子の生徒が引き金を引こうとしたその時だった。
目覚めてはいけない力が動き出してしまった。
悲鳴とともに私自身から強烈なエネルギーが放出され、アリウススクアッドらを吹き飛ばしていく。そして念力のような力が、私を中心に広がり始める。瓦礫が宙に浮かび上がり、降り注ごうとする。
「みんな! 私の近くに!」
顔全部をマスクで覆ったフードのアリウス生がバリアのようなものを展開し、私を中心に広がるエネルギーの波を抑えようと試みる。しかし、そのバリアは徐々にひび割れていく。
「……抑えきれない!」
そして、彼女のバリアが砕け散り衝撃波が周囲を襲う。アリウススクアッドらは吹き飛ばされた勢いで叩きつけられる。
「姫!」
「大丈夫。逃げよう」
「ああ……!」
リーダー格のマスクと帽子の生徒は負傷した仲間を連れ、その場から逃げ出していった。
「ぐっ……! ああああっ! 痛い痛い痛い!!」
私は激痛でのたうち回る。右脚の感覚は無くなっているような、そして徐々に意識が遠のいていく。戦場に一人残された私は、立つことができず私の液で作られる赤い池に沈んでいきそうだった。そこに一人の生徒が駆け寄ってくる。
「先生! ……先生、しっかりして! 先生!」
傷だらけのヒナが、私の肩を揺さぶっている。
「セナを呼んだから、もう少し頑張って!」
「痛い、痛いよ……! ああああっ!!」
「先生! お願いだから、死なないで……! 出血を止めないと!」
ヒナは必死に私の傷を抑え、止血を試みる。しかし血が止まる気配は無く、ただ彼女の手を真っ赤に染めるだけだった。やがて、私の視界が真っ白に染まっていく。
「先生! 先生!! 嫌、嫌ああああっ!!」
ヒナの叫び声が、私の耳に遠くなっていく……。
死が目前に迫ってくる。恐怖もあるが、ようやく役割から解放されるのかという安堵感も同時にあった。
願うなら、青春の夢にずっと浸っていたい。
そして、私の意識はプツリと途切れた。