灰色の空、雨が降り頻る、トリニティ自治区の古聖堂跡にて。私は補習授業部ら三人を連れて交戦中であろうアズサの元へ急いでいた。遠くから銃声や爆発音が聞こえて、私は更に松葉杖を早める。
そして、見つけた。アズサとサオリが戦っているところを。
「アズサちゃん!」
ヒフミが私よりも前へ出て、アズサの元へ駆けだす。そしてアズサが倒れかかろうとしていたところに、ヒフミが彼女を受け止めた。
「ヒフミ……? なぜここに……?」
「アズサちゃんを助ける為です!」
ヒフミがサオリの方へ向き合う。その表情に恐れは感じられなかった。
「誰だ、お前は……」
「普通の、トリニティの生徒です」
「邪魔しようと言うなら、お前も……」
サオリがヒフミに銃口を向ける。
「ヒフミ、ダメだ! ここに来ちゃ……!」
「アズサちゃん、私は普通で平凡です。アズサちゃんが生きている世界と私がいる場所は違うのはわかっています。でも!」
ヒフミは紙袋のマスクを取り出し、それを被りサオリと向き合う。
「私もアズサちゃんが居る世界へ行くことができます! 私の正体は、『覆面水着団』のリーダー、ファウストです!!」
「お前が、あの覆面水着団のリーダー……!」
「ヒフミ! 嘘はやめてくれ……!」
「誰が嘘だって!」
遠くから、懐かしい声が響いてきた。セリカ、もとい四号の声だ。覆面水着団らのメンバーがヒフミの背後から続々と現れる。ただし、一号ことホシノの姿はどこにもなかった。
途中でヒフミが恥ずかしがって紙袋を脱いでしまったが、覆面水着団、もといアビドス対策委員会の四人らも加わり対峙する。そして正義実現委員会、風紀委員会らも現れる。アリウスらを包囲するように私たちは取り囲んだ。
ヒフミがアズサへ本心と決意を告げていく中で、私はサオリらをじっと見ていた。痛めつけられた憎しみからではなく、むしろ哀れみの目で。あの時は何も感じていなかったが、今になってようやくわかったのだ。彼女たちも、アズサと同じような香りがする、と。
「……っ! なぜ悲しい目で私たちを見るのだ! 殺意と憎しみで塗り固められた目なら、まだわかるのに……!」
サオリの銃口がぶれ始め、私はそれをただ見つめるだけ。
「錠前サオリ。もし人生をやり直したとして、同じ選択、同じ結果になるとする。その時、自分の人生を肯定できる?」
「何を言う! この世界は全て虚しい! 答えなんて、一つしかない!」
「そう。でも私は違う。……理不尽な仕組みからもし抜け出せたのなら、きっと私はこの人生も肯定する。ここに居る意義も、きっとそこにある」
「……何を言っているんだ?」
「ヴァニタス・ヴァニタートゥム・エト・オムニア・ヴァニタス。でも、明日は明日の風が吹くから」
私はそう告げて、ヒフミの隣へ立つ。
「誰が何と言おうと、何度だって言い続けてみせます! 私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!」
曇り空に一筋の光。雲を裂き、光が差し込む。
「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです! 私たちの物語……」
やがて雨は止み、青空が広がっていく。
「私たちの、青春の物語を!!」
ヒフミはそう高らかに宣言した。そして、私も青空に向けて叫ぶ。
「ここに宣言する!」
ここまで導いてくれてありがとう、先生。私はまだ壊れたままだけど、それでも私は未来を変えてみせるよ。
「私たちが、新しいエデン条約機構!」
そう宣言した瞬間、二つの戒律が相反し、ユスティナ聖徒会が混乱し始めた。
「戦闘開始!!」
正義実現委員会、風紀委員会、対策委員会らが一斉に動き出した。私は補習授業部四人らの指揮を取り、サオリとアズサの決着をつけるべく、戦いは始まる。
「先生は私と一緒に来てください!」
足が不自由な私をハナコが支え、必死に遮蔽物へ逃げ込む。
「私たちが狙うのはアリウススクアッド本隊! 他は仲間たちに任せよう!」
アズサらに指示を飛ばすと、彼女らは頷き、アリウス生らを倒しながらアリウススクアッド本隊へ向かっていく。私はその背中を見送りながら少しずつ前へ。しかし前方に弱体化したユスティナ聖徒会が立ちはだかる。
「先生、こちらは私たちが!」
「いひひひひっ……!」
正義実現委員会らが援護に入り、ハスミとツルギがユスティナ聖徒会を蹴散らして道を切り開いていく。
「ゲヘナの風紀委員会の皆さん! 彼女らを援護してください!」
「了解したわ。先生、私のそばを離れないで」
「この前のお返しだ、覚悟しろ!」
次にヒナとイオリが飛び出し、ユスティナ聖徒会を薙ぎ倒して道を切り開く。バックアップにはチナツとアコがついていた。ヒナは私を庇うように常に前に立ち、イオリはユスティナ聖徒会を撃ち抜いていく。必死に松葉杖を動かし、ハナコと一緒に前へ。
「先生、危ない!」
ヒナが私を庇ってユスティナ聖徒会らの銃弾を受ける。しかし彼女は怯むことなく反撃し、次々と敵を倒していく。
「大丈夫、このぐらい」
「ヒナ、無茶はしないで」
「先生こそ、あまり無理をしないで。私が守ってみせるから」
「うん、ありがとう」
私はハナコと共に再び前進する。次にアビドス対策委員会らがアリウス生と激突。
「皆さんで先生の援護をしましょう!」
「わかってるわよ!」
「ん、先生を傷つける奴は許さない」
「敵が多いですが、きっと大丈夫です!」
アヤネの号令でセリカ、シロコ、ノノミらが突撃し、次々とアリウス生らを倒していく。
「小鳥遊ホシノはどこへ?」
「ホシノ先輩は準備があると言ってまだ来ていません」
「何か策でも……? まあいいわ、進みましょう」
戦況はこちらが優勢で、ユスティナ聖徒会はほぼ無効化。アリウススクアッドは後退し、聖堂の地下通路へと逃げていく。しかし隠れていたアリウス生らが背後から挟撃するように奇襲してきた。
「……補習授業部の皆」
ヒナがそう呼びかけると、四人は同時に頷く。
「ここは私たちに任せて。先生をお願い」
「わかった」
「は、はい……!」
サオリ達を追って地下へ。汗を流しながら必死に前へ。そして、地下のある空間へたどり着いた。待ち構えるのはアリウススクアッドといくつかのユスティナら。疲労を見せており、手負いの状態。
「サオリ、もう終わりにしよう」
アズサがサオリにそう呼びかける。しかし、サオリは銃を構えて戦闘態勢を崩さない。
「ふざけるなっ! お前だけが青空の下に居ていいものか! 全ては虚しい、全てが無意味! それが世界の全てなんだ!」
「サオリ……。先生、指揮を」
「わかった」
シッテムの箱を片手に、指揮を執り始める。ヒフミがアズサの隣で必死に戦い、援護するように戦っていく。やがてミサキ、ヒヨリらも倒し、残りはサオリのみに。
「まだ、終わってない……!」
ヒフミとコハルが銃を向けようとしたところで、アズサが前に出た。
「ここは私一人だけで十分だ」
「アズサちゃん……!?」
「最後は、二人だけで終わらせたい」
アズサは静かにサオリの元へ。そして二人は武器を構えて向き合う。サオリはまだ偽りの憎悪を叫び、アズサはただ静かにそれを受け止める。何度も繰り返される銃撃、アズサが若干ばかり反応が早く、その差がサオリの傷を増やしていく。弾が切れたら、今度はサオリ側がナイフを取り出し、アズサへ攻撃。しかしそれをアズサは格闘術で受け流して、いなしていく。
「なぜ、お前だけが……!」
「サオリ。私には仲間が居て、先生が居る。私は一人じゃない。いずれ、サオリにも分かる」
隙を晒した隙にアズサが回し蹴りを繰り出し、ナイフが弾き飛ばされて明後日の方向へ飛んでいった。サオリは満身創痍で、必死にもがいてナイフの方に向かおうとする。そこにアズサがナイフを拾い上げ、さらに遠くへと投げ飛ばした。そこにマスクを着けたフードの生徒、アツコがサオリのそばにゆっくり近づく。
「もうやめよう、サオリ。私たちの負けだよ」
「姫……。帰ったところで私たちは殺されるだけだ」
「……それでも最善を尽くさない理由にはならない、だっけ。逃げよう、一緒に。アズサが示してくれたように、抵抗してみよう」
アツコはサオリの手を握り、アズサに向き直る。
「……じゃあね。アズサ」
「ま、待って! 先生のところに……!」
アツコがサオリの肩を支えて立ち上がったところでアズサが叫ぶ。
「ううん、私たちは気にしなくて大丈夫。……向こう側でやらなきゃいけないことがあるから」
アツコとサオリは地下通路の奥深く、暗闇へと消えていく。アズサと私は追いかけようとしたところで、得体の知れない大きな『敵』が召喚され、その行く手を阻む。アズサもボロボロの状態で、このまま戦うには分が悪い。
「くっ……! どうしてこんな時にカードが使えないの!!」
大人のカードを出して念じても、何も応えてはくれない。
『さあ、先生! 私の最高傑作に応えてくれ!』
どこからともなく、ゲマトリアの声が念力のように響いてくる。奴はヒエロニムスという教義から生み出された存在。つまり、『敵』を召喚したのもゲマトリアの仕業だ。
ユスティナ聖徒会も再び召喚されていき、私たちは追い詰められていく。そこに、コハルがアズサとヒフミの前に出た。
「コハルちゃん……?」
「……私だって、私だってできるんだから!」
コハルがヒエロニムスに対抗しようとショットガンを連射する。しかし、全く効かず、逆にコハルが撃たれてしまう。
「きゃっ……!」
「コハルちゃん!」
ヒフミも巻き込まれ、いよいよ追い詰めれていく。
「みんな、逃げて!!」
「でも先生が……!」
「いいから!」
私の呼びかけに誰も応じず、必死に抵抗していく。私は松葉杖を握りしめるしかなかった。そのとき。
「させない……!」
背後から突如複数の煙幕弾がばら撒かれ、私たちとヒエロニムスを区切るように煙の幕が貼られた。そして、私の横をホシノが駆け抜けていった。ボディアーマーに髪を結んでおり、ショットガンとハンドガンを持った『本気モード』だった。
彼女は煙幕の中に飛び込んでいくと、ヒエロニムスに発砲する。撹乱するように駆け巡り、弾をばら撒く。そしてヒエロニムスに発砲し、怯ませたところで手榴弾を投げ込んだ。
「みんな! 今だよ!」
ホシノが私たちに向かって叫ぶと、アズサらが一斉に反撃を開始した。銃弾が一斉にヒエロニムスに突き刺さり、ホシノの散弾が炸裂する。
そして、アズサが放った一発がヒエロニムスの核に命中した。奴は少しずつ形を崩して、やがて消えていった。
「ごめんね、先生。おじさん遅れちゃった」
「ホシノ……!」
「……先生撃った奴らはどこに行ったの?」
彼女は冷たい声と表情で私に問いかける。
「わからない。奥へ消えていった」
「そっか。地上の戦いは終わっているよ、ここが片付いたから終わり」
「終わったのね。じゃあ、帰ろう」
「うん、帰ろう」
ヒフミがアズサに肩を貸して立ち上がらせる。最後に私が松葉杖を使ってゆっくりとした足取りで向かおうとしたところで、またも奴の声が。振り返ると、拍手しながら異形の人間が姿を現した。人形の頭を二つ着けた、芸術家気取りの人物だ。
「心から感謝しよう、先生。蘇りし者としての美しさをこうまでも体現してくれるとは」
「マエストロ……!」
睨むが、奴は手で制した。
「そう身構えなくてもいい。もう用は済んだ。あとは黒服から伝言を一つ」
「伝言……?」
「虚無の進行を抑えるアイテムが完成した、近いうちに再び会おうと。では先生、そなたにまた会える日を心待ちにしている」
そう告げてマエストロは姿を消していった。
地上へ出ると、そこは青空が広がっていた。セイアが見ていた終局は回避され、トリニティもゲヘナも手を取り合ってアリウスという共通の敵を打倒した。
私は安堵し、青空を見上げる。やっと一区切りが着いた。でも、問題はまだ山積みだ。先生としての役割はまだ終わっちゃいない。
「アズサ、大丈夫?」
「……うん、ありがとう先生。ヒフミ達もありがとう」
「みんなで力を合わせたからだよ」
「ああ。先生、もう一度言ってくれないか、あの言葉を」
「うん。……『ヴァニタス・ヴァニタートゥム・エト・オムニア・ヴァニタス。でも、明日は明日の風が吹く』」
アズサは静かに頷き、吹き抜ける風がボロボロの彼女を撫でていった。
――
それから、全ては日常へと戻っていった。調印式で負傷したナギサも回復へ向かっていき、セイアも秘匿状態からティーパーティーへと復帰をしていった。また、入院中のセイアの世話をしていた救護騎士団の団長、蒼森ミネも復帰した。
ゲヘナでは相変わらずの治安となっており、ヒナ達風紀委員会は奔走していた。今度、ヒナと一緒にショッピングモール巡りしようという約束も交わしている。
そして、補習授業部は……二度と再結成されることは無いだろう。ヒフミとアズサはモモフレンズを愛好しながら日常を謳歌し、コハルは正義実現委員会の真のエリートを目指すために日々奮闘し、ハナコは変態行為で騒がせていく。でも、四人で一緒に過ごした思い出は本物だろうから、また集まって何かをするかもしれない。
私はというと、D.U.シラトリ区内の一番大きい病院にてずっと入院していた。アリウススクワッドに撃たれた傷はまだ完治していないし、時間もかかるだろうと医師からは言われている。
お見舞いに色んな生徒が来てくれる。今日は連邦生徒会からリンが多忙の中来てくれた。彼女は右脚のギブスと包帯を見て、表情を険しくする。
「先生、お怪我の方は……」
「うん、まだ治らないみたい。でも元気だよ」
リンにそう笑いかけるが、表情は変わらなかった。沈黙が流れ、やがてリンが口を開く。
「個人的ですが、エデン条約の件、連邦生徒会が介入しなくて良かったと思っています。……先生がこんなことになるとわかっていたら、私は止めていましたから」
「リン……」
「……あなたにとっては止めてほしくないでしょう。ですが、先生が傷つく姿を見ると、私は胸が張り裂けそうになります。……先生」
「どうしたの?」
「もう、無茶はしないでください……。では、失礼します」
彼女はそう告げて、病室から去っていった。私はその背中を見送りながら、自分の無力さを改めて痛感するのだった。
リンとすれ違う形で、ホシノが見舞いに来てくれた。二人がすれ違うとき、ホシノはリンを睨んでいた。それもそうだ、ホシノからすればアビドスを見捨てた組織の長だから。でも彼女は何も言わなかった。
「また無茶しちゃって、先生」
「……ごめん、ホシノ。あの注射器また使っちゃった」
「でも、生き残るためでしょ?」
「そうだけど……。使ったとき、まずい力が流れこむのを実感した。多分、あの力が暴走したら誰の手にも負えない」
「わかった。……いざとなったら、先生を撃たないといけないんだね」
「うん、お願い。……ねえホシノ」
私は重い口を動かし、彼女に尋ねる。
「なに?」
「……先生を辞めたい。投げ出したい」
そう告げると沈黙が訪れ、彼女は腕を組んで考え込んだ。
「そうなんだね。……先生辞めたらやりたいことってあるかな?」
「やりたいこと……」
「うん。なんでもいいよ」
私は考え込む。でも、何一つ思い浮かばない。
「わからない」
「そっか。……じゃあまだ早いかもね。頑張らなくてもいいからさ、もっと色んな子と一緒に遊んでみてよ。やりたい事きっと見つかるよ」
「うん……」
ホシノは『じゃ、また来るから』と言って病室を去っていった。私はその背中を見送った後、窓から空を眺めるのだった。
――
病院の夜、眠りについた時に夢を見た。また夜のテラスの夢だった。終わった事だと思っていたが、まだ夢見るのかと私は少し戸惑いながら、テラスの手すりに寄りかかる。
「先生」
後ろから声をかけられる。振り返ると、そこにはセイアが居た。今までの達観した表情から一転して、穏やかそうな顔つきだった。
「君のおかげでありふれた日々へと戻ることができた。感謝しているよ」
テーブルの上に置かれたチェス盤は、相手をチェックメイトに追い込んだ盤面に変わっていた。
「私は何もしていないよ」
「いいや、君が未来を変えられると証明した。だから私も予言を盲信してはいけないと、不確かなものを信じてみるようにしたのさ」
「そっか」
「先生、しかし君の存在意義、魂、形而上的なものはまだ不確かに見える。だから君の旅はまだ続くのだろうし、私もまたその旅路に付き合おうと思う」
「セイア……」
「約束しよう、先生。私は君の過去を受け止めた上で、君の未来を見届けると」
「……なんか、告白みたいだね」
「ふふ、そうかもしれないな」
セイアがいつの間にかティーポットを手にし、『共に夢見る茶会をしようではないか』と誘ってきた。私は快諾してセイアの向かいに座ると、カップに注がれる。口付けして、その実在しない味に舌鼓を打つ。
その時だった。夜空が突如ひび割れ、そこから見覚えのある『赤い空』が覗き始めた。
「勝ったとお思いですか? 先生」
現れたの異形の赤い女性、おそらくゲマトリアの一味のうちの一人だろう。
「シャーレの先生、あなたはこの世界に存在してはいけない存在なのです。我々の生徒を行使し、あなたを抹殺するまでは終わりません」
「先生、彼女はベアトリーチェだ。……アリウス分校の生徒会長だ」
「……直感でわかる。彼女は危険だって」
ベアトリーチェが手を上に掲げると、チェス盤が動き出し、最初の状態へと戻っていく。
「そしてシャーレの先生。あなたにハンデを与えましょう」
ベアトリーチェは自陣にあった黒い駒を四つこちらへと移動させた。
「あなたに守り切れるでしょうか? では始めましょうか。最終ラウンドを」
次はハナコのお話です。