【ハナコ】Blurry Eyes
調印式中にミサイルが着弾した直後の事でした。
私はサクラコさんから事前に託されていた通り、混乱していた統制を正すべくシスターフッドの指揮を代わりに取っていました。ゲヘナへの攻撃を止めるように抑えたり、負傷者の把握と救助の指示を。
ナギサさん、正義実現委員会、シスターフッド、各組織の首脳陣が調印式に出席していたことにより、組織の機能が麻痺。トリニティは混乱の極みにありました。
シスターフッドの幹部からの報告をもとに、連絡を取り合い指示を飛ばしていましたが、その時にある報告を耳にしました。
先生が意識不明の重体と。先生を搬送するゲヘナ救急医学部の車両が妨害に遭いましたが、自警団のお陰で何とか救護騎士団のもとまで運び込むことができたそうです。ですがその報告の直後、コハルちゃんが涙目で私のもとに駆け込んできました。
「ハナコ……! どうしよう……! 先生が、先生が……!」
「コハルちゃん、落ち着いてください。どうしましたか?」
「心肺停止だって……! 助かるかも分からないって……!」
「……っ!!」
その言葉で私は血の気が引きました。先生が……死ぬ? 私の前から居なくなる……?
次いでシスターフッドからの報告もありました。脇腹に銃弾が貫通、右脚に大口径の銃弾を撃ち込まれたと。出血多量で輸血も至急必要な危険な状態。助かる確率も五分五分と聞きました。
私はその報告を聞いて膝から崩れ落ち、目の前が真っ暗になりました。シスターフッドの皆さんが心配して声をかけてきましたが、何も耳に入りませんでした。ですが立ち止まっている場合ではないと数分の休憩の後、指揮に戻りました。コハルちゃんも先生が居る救護騎士団の建物へ向かっていきました。
統制がある程度取れてきた段階で、私も先生の容体を確認すべく、救護騎士団の建物へ行きました。そこにはコハルちゃんにヒフミちゃん、アズサちゃん、補習授業部のみんながガラス越しに集中治療室を見つめていました。
先生の様子はというと、心拍数が何とか動いているものの、いつ止まってもおかしくない危険な状態。口元には人工呼吸器がつけられており、輸血も行われていました。救護騎士団のセリナちゃん、ハナエちゃんなどの方々は血を浴びたのか、白衣や顔に血が付いていました。中にはゲヘナの恐らく救急医学部の方らしき人もいました。
コハルちゃんもぐずぐずに泣き疲れた様子で、ガラスに手を付けて先生を見つめていました。ヒフミちゃんはコハルちゃんを励ましながら、涙を堪えていました。
「行かないでください、先生……」
私もまた、ガラスに手を付けて先生へそう呟きました。
しばらくして、集中治療室の中で事態が動きました。ハナエちゃんが医療用のチェンソーを持ち出し、先生の右脚を壊死する前に切除しましょうと言い出したのです。セリナさんとゲヘナの方は反対し、室内で論争が起きました。
コハルちゃんはパニックになり、号泣してしまいます。そして、アズサちゃんは何かを決意したのか、強張った表情で出ていきました。
「こ、コハルちゃん……。アズサちゃんも……」
「ヒフミちゃんはアズサちゃんをお願いします。私はコハルちゃんを」
「は、はい!」
ヒフミちゃんがアズサちゃんを追いかけ、私はコハルちゃんを宥めます。
「コハルちゃん、今日はもう帰りましょう。先生のことは彼女達に託しましょう」
「でも、先生が、先生が……!」
「大丈夫です。彼女達が今最も先生を助けられる方達です。私達が今すべきことは、信じて待つ事です」
「……うん」
コハルちゃんを連れて戻る最中も、コハルちゃんはずっと泣いていました。私はただ慰めながら、彼女の手を引いていくことしかできませんでした。
彼女を寮の部屋まで送り届けたあと、ヒフミちゃんから連絡がありました。彼女は涙声で話し、アズサちゃんはアリウスの方のヘイローを『破壊』しに行くと告げて一人去っていったと。
建物の壁に手をやり、静かに私は涙をこぼしました。
「……どうしたら、この事態を解決することが出来るんですか? 教えて下さい、先生……」
その後、シスターフッドの本部に戻り、事態の収拾に追われました。逐次先生の容態が伝えられ、その度私はヒフミちゃんやコハルちゃんと連絡を取りながら指揮を執りました。
ようやく先生が安定したのは、一日経った頃でした。意識は戻らないものの、ようやく一命を取り留めたと。それを聞いて、私は胸をなでおろしました。
これが先生が目覚めるまでの顛末でした。
――
その日は珍しく、先生から夜のお誘いがありました。
『ハナコと一緒に夜の海岸を見たい』と。
先生はまだ完治していませんし、移動には車椅子で誰かに押してもらう必要があります。なんなら、救護騎士団の下で療養した方がよっぽど安全です。なのに、先生は私に車椅子を押されて夜の海岸へと向かいました。
先生から何話されるのだろう。その疑問が頭から離れないまま、私は夜の海岸へとやってきました。先生は右足にギブスを嵌めて、車椅子に座ったまま。
「急に呼び出してごめんね、ハナコ」
「いえ、構いません。それより先生は療養中なんですから、あまり無理をなさらないでください」
月明かりが照らす夜の海岸は静かでした。波の音が絶え間なく続き、まるで世界が私たち二人きりのような錯覚に陥ります。
先生の横顔を見ると少し寂しそうに海を眺めていました。その横顔に胸が締め付けられる感覚を覚えながらも、私は先生に声をかけました。
「何か、あったんですか?」
すると先生は私を見つめ返します。そしてゆっくりと口を開きました。
「あのね、ずっと思っていたんだ。どうしてハナコは露出をよくするのかなって。その気持ちを今から確かめたくて」
「……!」
先生は両手でコートをゆっくりと脱ぐと、その下は裸でした。
「せ、先生っ!?」
思わず声が上擦ります。先生はそんな私の反応を見て小さく笑いました。
「どうしてびっくりするの? 普段ハナコがやっている事でしょ?」
「そ、それは……そうですけど……!」
私は慌てて視線を逸らしました。彼女身体は月明かりに照らされ白く輝いています。ですが脇腹に受けた傷が痛々しすぎて、私は直視できません。
先生はそんな私を気にせずに包帯とギブスを外していきます。そして全て外し終えると、右足には目を背けたくなるような痛々しい傷が残っていました。ですが何とも思わず全身で潮風を受け止めるように両手を広げます。
「これが、生まれたままの姿の感覚なんだね」
「先生……」
「もっと海の方へ近づける?」
「これ以上は無理です。傷口に海水が触れてしまいますので」
「そっか……。じゃあここでいいよ」
車椅子は波打ち際まで近づきました。
「先生、どうでしたか? 解放されてみた感想は」
「うん。やっぱり、この感覚は私には分からないみたい」
先生は少し寂しそうな表情をしていました。私はそんな彼女に何も言えず、ただ黙って見つめ返すことしかできません。
「何も感じない。少し前まではちょっとアレな漫画とか、映像とか、そういうのを見ていたし、性欲と言える部分がないわけじゃないと思う。だけど、今は何も感じない」
先生は自分の胸に手を置いて、心臓の音を確かめています。
「トキメキも、ドキドキも、何もない。恋愛感情がまるでない。私、どうしちゃったんだろう……」
私に問いかけてきますが、何も答えられません。
「困ったね、私このままだと子ども作れないかも」
冗談交じりに話す先生ですが、その目は笑っていません。
「先生は欲しいのですか? 子ども」
「分からない。今まで考えたこともなかったから……。でも、何かが欲しい。私が持っているものを誰かに伝えたい。刻みたい、残したい。私を支えてくれた友達、大人、彼女達がいた証も含めて、全部」
先生は自分の胸に手を当てたまま話を続けます。
「先生として誰かに伝えるのでもいいし、遺伝子を後世に残すのもいい。とにかく今は……いつ私が私で無くなるのか分からないから、そうなる前に何かをしておきたくて」
「……先生はIPS細胞についてご存知ですか?」
「ふふっ、定番ネタだね。女性同士でも子どもができるというのだよね」
彼女は笑っていますが、真剣に話を続けます。
「そうです。いつかはわかりませんが、ミレニアムの方で実用化出来たら……なんて。先生の中に意中の人はいらっしゃらないのですか?」
「いないかな。私は皆の先生だし」
先生は少し照れたように笑います。その笑顔に胸が締め付けられるものを感じながらも、私は続けます。
「少なくとも私には……先生から頂いたものがあります。先生が本当の私らしく生きていいと教えてくれたから、今の私はここにいるんです。ですから先生、そんな悲しいことを言わないでください」
「ハナコ……。うん、ごめんね」
先生が謝罪を述べると、私も制服を脱いでいきます。そして開放された姿になったら、車椅子に座るか弱い女性をそっと抱き締めました。
「先生、こうしてあげますから……あなたが無くしたナニかを、取り戻してください」
「ありがとうハナコ」
先生は私の背中に手を回して抱き締め返してきます。先生の鼓動が伝わってきて、私はその心地良さに身を委ねました。
Next Episode… (締切 1/5 0:00)
-
コハル
-
ワカモ
-
ヒフミ&アズサ
-
イロハ
-
ハルナ
-
ホシノ&ヒナ