...And Justice for All 1
不便だなあと、車椅子を自分で動かして思う。通院を尽かさず、私はリハビリに励んでいた。でもまだ松葉杖が手放せないし、ミレニアムサイエンススクールに行って補助器具を貸してもらおうにも、まだ回復が必要とのことで、自力で動かないといけない。
右脚の完治の見通しはまだ先だが、必ず元に治せると医師は言っていた。
あとは無理な行動は極力控えるようにしているし、私もあまり無理しないように心がけている。というのも、トリニティ自治区内で一回でも転倒しようものなら救護騎士団が飛んできて団長の蒼森ミネによる有無を言わさない『救護』が待っているからだ。それ以外の場所でも危険に晒されようものなら、ホシノにヒナが飛んできてゴタゴタが加速していく。
という感じで、今は電車から降りてヴァルキューレ警察学校へ車椅子で向かっている最中。リンちゃんからのお願いで、公園を占拠しているSRT学園の生徒達の鎮圧を手伝うように言われたからだ。最初はただの小さいトラブルだと思われていたが、占拠している生徒の練度が高く、ヴァルキューレ屈指の実力者である公安局も返り討ち。メディア機関ことクロノススクールが動き出して大きくなってしまったので私が行くことになった。私に依頼しようとするリンの表情は本当に申し訳なさで一杯だった。
学園に向かおうとしていると、ある生徒が私に気をかけてくれた。
「車椅子……。大丈夫ですか? 私が押してあげましょうか?」
「大丈夫だよ。私一人で動かせるから。今、ヴァルキューレに用があって。ちょっと連邦生徒会からの要請で向かっているんだ」
「もしかして、シャーレの先生ですか!? とんでもない、私が案内しますって!」
「あ、ありがとう」
車椅子を押してくれる生徒は、ヴァルキューレの制服の上にグリーンのモッズコートを羽織っていた。腕章には公安と書いてあることから、公安局の生徒だろう。
「名前聞いてもいい?」
「あっ、申し遅れました。青島サクネと申します。ボートレース漫画と同じ青島です!」
「よろしくね、サクネ」
「はい、先生!」
車椅子を引かれ、学校の方へと向かっていく。彼女は建物内を案内しながら、公安局のオフィスへ。連邦生徒会のIDカードを首から下げられているのを目に入ったのか、みんなが私に敬礼しながら声をかけられるというなんだか変な体験をする。
「やっぱり人気者ですねー、先生」
「なんだか、変だね」
と車輪を押してもらったところで、大きな声でサクネを呼び止める声が聞こえた。現れたのは周囲から恐れられそうな強面の犬耳の生徒だった。
「青島、どこ行ってたんだ! まもなく作戦が始まるというのに!」
「すみません、尾刃さん。シャーレの先生が作戦に加わってくれるということで、案内をしてたんです」
「そ、そうか。失礼しました先生。私は尾刃カンナ、公安局長です。今回、公園で起きている事件の責任者も担当しています。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね、カンナ。状況は?」
こうしてカンナから説明をされる。
現在、公園を占拠しているのはSRT学園の生徒で、戦術のエキスパートで最新鋭の装備を持ち合わせている。そのため、迂闊に手が出せない状況だという。今から第二波を構成して鎮圧へ乗り出すが、その第二波の要となる作戦に私も後方指揮として加わってほしいという。
「わかった、協力するよ」
「すみません、先生。足の怪我がまだ治癒できてない状況で協力をお願いしてしまって」
「ううん、気にしないで。私もできる範囲で協力するから」
「お願いします。青島は先生の側で待機だ。彼女の身の安全を第一に」
「了解です! 先生、よろしくお願いしますね!」
こうしてカンナ達と一緒に公園へ向かうことになった。
――
公園周囲の状況は、騒然としていた。中継しようと企むクロノススクールのシノン達をカンナが圧力かけて追い返したり、占拠者にボコボコにされたヴァルキューレの子達がいたりと、なかなかの惨状だった。あとは生活安全局の中務キリノ、合歓垣フブキという子達が駆けつけてくれた。キリノはまっすぐで正義感が強い子で、フブキはどこか抜けているというか、だらけている子という印象だった。
たまたまクロノススクールが飛ばしたドローンのおかげで占領している四人の生徒の身元が判明できた。顔を見た瞬間、サクネは反応をした。
「あれ、ミヤコちゃん達!? というかRABBIT小隊のみんなじゃん!」
「知り合いなの?」
「そうですね……。ミヤコちゃんとしか知り合いじゃないんですけど、元SRTの同級生だったんです。こんなところにいるなんて……」
「という事は、サクネも元SRTとなるの?」
「今はヴァルキューレにいますけどね。となれば、この事態上手く収められるかもしれません」
「どういうこと?」
私は聞いた。カンナもフブキもキリノも、状況の打開策としてミヤコ率いるRABBIT小隊に降伏を呼びかけようと提案してきた。カンナは呑むはずがないと反対したが、サクネは秘策があるということで、どうしてもと押し切る。
カンナを折れさせた一手は、私の言葉だった。
「占拠者だろうと、生徒であることは変わりないから。彼女達と話し合えるなら、事情を聞いてみたい」
カンナは渋々了承してくれた。こうして、サクネが車椅子を引いて、公園の中へ突入するという無謀な作戦が決行された。当然シッテムの箱も常備しているので、被弾の危険性は限りなく低い。
車椅子を引いてくれる中、サクネは私に話しかけてきた。
「先生ってSRT学園についてどれくらい知っていますか?」
「ほとんど知らないかな。生徒の名前も全員は把握できていないし」
「じゃあ軽く説明しますね」
SRT学園とは厳しい選抜試験によって選ばれたエリートだけが入ることを許された、少数精鋭の学園で、連邦生徒会長直属の特別部隊でもあった。実力は前にも言われていた通り高い。だがSRT学園は少し前に閉鎖され、元々いた生徒のほとんどはヴァルキューレ警察学校に編入したという。サクネもその一人だ。
「でも、RABBIT小隊はSRT学園に残っているというか……。実質無所属の生徒なんです。ミヤコちゃん達はSRTの正義を信じていますからねー」
「どういう正義?」
「ダイレクトな正義と言えばいいでしょうかね、私達って誰かを逮捕しようとすると必ず手続きとか許可とか上層部の機嫌とかを伺って、その手続きに時間がかかってしまうんです。でも彼女達はそんなお上の機嫌なんて気にも留めず、正しいと思ったことを直ちに実行してしまうんです。だから私は毎回尾刃さんと喧嘩しちゃいますけど。『事件はあなたのオフィスで起きてるわけないでしょ!?』ってよく叫んだり」
「そうなんだね。ところでサクネはどっち側なの? お互いの立場を知りたいんだけど」
「私ですか? 私はどちらかというとミヤコちゃん達側ですかね。まあ、ちょっと微妙な立場というか……。どちらにも言えないといいますか……。でも、尾刃さんは尾刃さんなりに苦労しているは知っているんですけど」
サクネは困り眉で、板挟みになっているのが伺える。
「……先生、ちょっとショックになること言いますけど、いいですか?」
「いいよ」
「……SRT学園閉鎖決定の原因、実は先生にもあるんですよ」
「え?」
「あまり重く受け止めてほしくはないんですけど、連邦生徒会長が失踪してSRT学園の役割って宙吊りになっちゃったんです。で、私達が聞いた限りだと失踪当時、先生の直属部隊になるかも的な話を聞いてたんです。でも先生は遠回しに拒否したというか。ほら、サンクトゥムタワー復旧作戦、先生参加したじゃないですか。その時に権限を連邦生徒会に譲渡しちゃったせいでSRTが仕えるべき主を失っちゃったんです。それで、SRT学園は閉鎖という流れに……」
「……」
選択を誤った。私はSRT学園が存続できる道を、結果的に奪ってしまったんだ。やはり全ての生徒を救うことは難しいのだと、改めて実感した。
「落ち込まなくていいですよ。上に立つ人ほどきっと、些細な選択で未来が大きく変わることだってあるんですから。はい、ここからが正念場ですよ。先生!」
やがてRABBIT小隊達が潜伏するエリアに近づいてくる。そして前方から声が。
「止まれ!何の用だ!」
「待ってサキ!私だよ!青島サクネ!元SRTだよ!」
「サクネ?聞いたことはあるが、なぜここにいる?元SRTのお前が」
「手を出すつもりはないんだよ! この人が先生、事情を聞かせてあげたくて!」
サクネが必死の説得でサキという子と対話を試みる。色々と説得した結果、一応は納得してもらえた。そしてサクネがサキに銃を突きつけられた状態のまま、RABBIT小隊達が潜伏する場所へと案内してもらう。そこでサクネがRABBIT小隊のメンバーについて紹介してくれた。
月雪ミヤコ、コールサインRABBIT1。RABBIT小隊のリーダーでクールな真面目な子。指揮能力があって青臭い正義を掲げている子とサクネは言っていた。
空井サキ、コールサインRABBIT2。規則に厳しく、軍の人らしい感じの印象を私は持った。サクネによると、規則が無いとだらしなさ過ぎる子とのこと。
風倉モエ、コールサインRABBIT3。サクネが直々に危ない人と言っていた。銃火器にエクスタシーを見出す子で、火薬を与えると全部使って派手にやる子とのこと。
霞沢ミユ、コールサインRABBIT4。凄い狙撃手と聞いてるが、なんか印象が無いらしい。内気で、あまり喋らない子とのこと。
そしてRABBIT小隊の隊長であるミヤコが私達の前に現れた。
「ミヤコちゃん、この車椅子の人が先生だよ。話を聞いてくれるって」
「先生? その人が?」
ミヤコが私を見る。私は自己紹介をした。彼女と話してみるものの、警戒されているのか、なかなか会話のキャッチボールが上手くいかなかった。聞き出せた情報として、彼女らが公園を占拠した理由は連邦生徒会に対するデモであり、SRT学園閉鎖の撤回を要求としていた。
「私達は、SRT学園閉鎖が間違っていると思います」
ミヤコが私に訴えかける。彼女の目をまっすぐと見て、答えた。
「分かった。連邦生徒会と話してみるよ。だから待っていてほしい」
「……分かりました」
緊張の糸が張り詰めたままの会話は、そこで終わった。次にサクネがRABBIT小隊の四人に説得を試みる。
「ミヤコちゃん、お願いでさ。一回投降してくれないかな?そしてこの公園にまた戻ってきてほしい」
「何を言っているんだサクネ! 私達が降伏するとでも思ったのか!? 私達は一歩も譲るつもりはないぞ!」
サキが銃を構えてサクネに突きつける。
「サキ、このデモは無意味なんだよ。どっちにしろ全員捕まるし、この要求を飲まなければまた大勢がここに襲撃してくる。戦えたとしても物資や弾薬はいずれ尽きるし……」
「それでも私達は徹底抗戦するぞ! この要求が通らない限りは!」
サクネはため息をひとつついて、近くにある角材を拾った。
「じゃあ、もう一つ方法があるよ」
その直後、サクネが角材を私の方に向けてきた。何をされるかわからず、突然背筋が冷えてくる。
「シャーレの先生を人質にするなり首を取って連邦生徒会に見せつけて要求を飲ます事もできるよ?彼女は身動き取れないから容易だね」
「正気か!? そんな暴力に訴えるなんて!」
「その暴力だよ」
サキの言葉にサクネが反論する。
「暴力を伴った抗議なんて、もう抗議じゃないよ。世間からの心情なんて良くないし、既に不法占拠からのヴァルキューレへの攻撃で大義名分は向こう側にある。……だから一旦捕まってリセットしよう。尾刃さんのおっかない尋問に耐えて、ヴァルキューレへの編入検査で不適格判定貰えば、恐らくそのまま放り出してくれる。先生もSRT学園の事で動いてくれるし、きっと悪いようにはならないよ。だから一旦熱を覚ましてデモをやり直そう?」
サクネの説得に、ミヤコ達は少し考え始めた。公安の腕章を着けた彼女は手錠を四つ取り出し、公園のテーブルの上に置いた。
「私は選択肢をミヤコちゃん達に委ねるよ」
それから沈黙が流れた。RABBIT小隊の四人は見合ったままどうするか目線を合わせ始める。やがてミヤコが口を開いた。
「サクネ、あなたの口の上手さは相変わらずですね。……分かりました、投降します」
「ありがとう、ミヤコちゃん」