今日も車椅子の車輪を動かしてヴァルキューレ警察学校へ。生徒たちの挨拶を受けながら公安局のオフィスに向かうと、マグカップを片手に持ったカンナとすれ違う。彼女は丁寧に挨拶を返してきた。
「先生、おはようございます。今日も青島と一緒に動くのですか?」
「うん。そのつもりだね」
「そうですか。……先生、青島が無茶なことをして怪我しないように見張っておいてください。あいつはいつも一人で勝手に突っ走って、周りを心配させるので」
カンナはため息を吐きながら言ったが、心から嫌悪しているような雰囲気は無かった。
「わかった。……カンナはサクネのことをどう思っているの?」
そう質問してみると、彼女は腕を組んで少し考え込む。と思いきや顎に手をやってすぐに口を開いた。
「すみません、ここでは話せないですね。……そうだ、先生、今日の夜は空いていますか? 場所を用意するので、そこで話しましょう」
「わかった。予定は空いているから、いつでも大丈夫だよ」
こうして私はカンナと夜に会う約束を取り付けると、彼女は書類の山が積んであるデスクの方へ戻っていった。
引き続き車椅子を動かしていってサクネの机の近くまでやってくると、インスタントのネギラーメンをすすっている彼女の姿があった。
「……はふっ、はふっ。……っ、先生!? すみません、わざわざこんなところまで来てもらって! 呼んでくれれば私が車椅子押してあげたのに!」
「ううん、私が勝手に来ただけだから。そのラーメン好きなの?」
「えっと、まあまあですかね。ゲーセンでたまたま大量にとれちゃって、仕方なく消費してるって感じです」
サクネはラーメンのスープを飲み干すと、ゴミ箱にカップを投げ入れた。
「さ、今日もご一緒しますか?」
「そうだね」
彼女は車椅子の後ろについて、再び公安局を出発した。校内を移動し、更衣室に辿り着くとサクネはモッズコートと制服姿から、黒ジャケットにパンツスタイルとガラの悪そうな恰好へ着替えてきた。
「また潜入捜査?」
「うーん、潜入捜査というか……。説明できないので実際に見てもらおうかと思います。」
サクネは再び車両置き場に向けて歩き出し、すれ違うヴァルキューレ生徒からは奇異な視線を向けられていた。車両置き場にやってくると、黒く光沢のある車が止まっていた。彼女から松葉杖を受け取り、車椅子から立ち上がらせてもらうと、サクネが車椅子を折りたたんでトランクに積み込んだ。そして運転席に座った彼女がエンジンをかけると、私は助手席へ乗り込んだ。
「さて、先生。行く直前から尾刃さんからある言葉を受け取っていたので先生にも教えますね。『起こったことは全部私が責任取るから、躊躇せずやれ』と。覚えておいてくださいね」
「わかった。……それで、これからどこに行くの?」
「D.U.シラトリ区の外郭区域にある民家です。じゃ、出発!」
サクネが車を発進させ、ヴァルキューレ警察学校から離れていく。黒い車が交通ルールを徹底的に遵守して走っていく中、ハンドル握るサクネが私に話しかけてきた。
「そういえば、ヴァルキューレに入った最初の頃って運転係だったんですよ」
「運転係?」
「そう。せっかくSRTから編入してきたというのに捜査とかにも介入させてもらえなくて。せっかく公安局に入ったというのに、雑用係ですごく悔しかった記憶があります。まあ、今は捜査とかに積極的に参加できるから良いんですけど」
「そういうもんだよね。私も先生になる前は雑用とか色々やらされたし」
「ですよねー。最初はみんなそういうものですか」
彼女はハンドルを巧みに回しながら車を走らせていく。30分ほどして車は停車した。サクネの案内で車を降りると、周囲にはまばらに民家が建っており、静かな住宅街といった雰囲気だった。そんな並ぶ家の何でもない民家一つにサクネは入っていく。玄関の前に立つと、サクネは拳銃を取り出し弾の確認をし始めた。
「先生、今から見るのは現実です」
確認が終わると、インターホンを鳴らした。
「はい」
と出てきたのは犬の大人だった。顔を見せた瞬間、サクネは首元に拳銃を突き付けた。
「サクネ……!?」
「わかってるでしょ、あんた」
サクネは低い声で言った。
「……いつになったら借金返すのか答えを聞こうか。こっちはもう待てないよ」
「ま、待ってくれ! 今月は厳しいんだ。来月には返すから……」
犬人はしどろもどろに答えた。
「あんたさ、そうやっていつも先延ばしにするよね。……貸した相手が誰だかわかってんの? 借金貸す相手がそこらの連中ならまだマシだよ。でもあんたは大きいとこに借りてるんだよ。しょうがないから少しでも回収できるよう、私が協力してあげてんの。わかる?」
「ひいっ! お助けを……!」
犬人は震えながら土下座した。
「謝る暇があるなら、ギャンブルで負けてる時間はないだろ! 一万でいい、少しでも早く返せ、すぐに」
「わ、わかった……」
犬人は胸ポケットから財布を取り出し、一万円をサクネに渡した。
「また来るよ」
サクネは家のドアを閉じて車に戻って運転席に座る。私は恐る恐る彼女に話しかけた。
「あの、さっきの人って?」
「……次の居場所に着いたら話します。はぁ……」
サクネはハンドルに頭を突っ伏した。腕に隠れて顔の表所は見えないものの、何度もため息をこぼしていた。
「次の現場行きましょう」
彼女は気を取り直して車を発進させた。次に着いたのは廃墟ビル跡だった。車を降りて歩くと、廃墟ビルに落書きだらけでとても治安が悪い場所だと一目瞭然だ。ビルの一階には簡易的な事務所があり、そこにサクネは向かおうとする。
「先生は外で待っていてください。ここからは危険なので」
「うん……」
私は事務所から少し離れ、サクネの帰りを待つ。彼女は事務所の中に入っていき、しばらくすると怒声が中から聞こえてきた。そして銃声が沢山鳴り、私は思わず耳をふさいだ。事務所から出てきたサクネは多少の傷がついていたが、平然としていた。
「先生、事務所の中に入ってください」
彼女の指示に従い、事務所の中に入っていく。中には数人のロボットが気絶して倒れており、サクネが一人ずつ所持品を確認していく。次に引き出しを一つづつ開けていく。
「先生、この書類を見てもらえますか」
サクネが一枚の紙を手渡してきた。書かれているものはこの事務所に居座っていた反社会的組織とある企業のお金のやり取りに関するものだ。そして、その企業とは……。
「カイザーコーポレーション……!?」
カイザーコーポレーション。アビドスの借金問題にちょっかいを出してきた悪徳企業がここにも絡んでいたのか。あっけにとられていると、サクネが口を開いた。
「先生、これでヴァルキューレ警察学校の『トレーニング・デイ』は終了です。裏側を話します」
サクネは私にここまでの経緯を語り始めた。
サクネが今日やらされたのは、カイザーコーポレーションと繋がっている反社会的組織の使いで借金取りをすることだった。そして取った金を事務所にて納金したが、額が少ないとトラブルになり、サクネが事務所を滅茶苦茶にしたのだという。
ヴァルキューレ警察学校はカイザーコーポレーションと繋がっており、反社会的な行為を黙認したり見逃している。しまいには地上げ行為や、借金の取り立てを生徒にやらせているという。何故なのかはまだ掴めてないが、サクネはこういう汚れ仕事を全てたまたま『失敗』してきたと。
「先生には、この事実を知ってもらいたかったんです。そのためにここまで連れてきました」
「サクネ……」
「……恐らく尾刃さんもこの事実を知った上で、黙認せざるをえなかったんでしょう。私が今日やった事も含めて。……さあ、帰りましょうか。奪った金も返してあげて、始末書も書かないと」
サクネの表情はどこか暗く、虚ろだった。
SRTの正義に憧れた彼女が汚れ仕事を強制される立場に立たされている。その事実を知って私は胸が痛んだ。車椅子の私の横をサクネは通り過ぎて、車のほうへ戻っていく。前髪かかって目は見えず、表情も読み取れなかった。
「早く車に乗ってください。帰りますよ」
「……うん」
私は車に乗り込み、公安局に向けて移動を開始する。その道中に交わした言葉は少なく、重苦しい空気が車内を支配していた。
それから大した会話もなくサクネと別れていった。
そして夜、カンナとの待ち合わせの時間がやってきた。待ち合わせの場所である屋台に近づいていくと、カンナが先に待っていた。
「先生、お疲れ様です。こちらにどうぞ」
カンナの隣の椅子に腰を下ろす。彼女はウーロン茶を注文しようとしたところで、私にも勧めてくる。
「先生もいかがです?」
「お願いしようかな」
「わかりました。注文します」
カンナが手を挙げて、ウーロン茶を二つお願いする。しばらくして湯呑みに入ったウーロン茶が二つ運ばれ、一つを私に手渡した。
「ありがとう」
「では、お疲れ様です。先生」
「お疲れ様」
二人でウーロン茶を一口飲み、カンナが話を切り出してきた。
「それで、青島のことでしたね。どう思っているか、ですか」
「うん。率直に聞かせて欲しい」
カンナは湯呑みを両手で持ったまま語った。
「……まずは嫌いとか憎いとか、そういう気持ちはありません。ただ、純粋だとは思います。正義に純粋で、その信念を貫こうとしています。でも、それ故に危なっかしいです」
「やっぱり」
「彼女とはもっと早くに出会いたかったです。そうであれば、私はもっと……。ともかく、私は彼女のことが嫌いではありません」
次にカンナが私の目を見て、話を続けた。
「私は青島の正義を否定はしません。ですが、理想ばかりではどうしようもない時もあります」
彼女は公安局局長として、色んなことに揉まれて出した言葉なのだろう。
「カンナ、今日のサクネがやったことは……」
「……すみません、そのことはあまり詳しく話せません」
そう言うカンナの表情は少し曇っていた。次にため息をついてウーロン茶を一気に飲み干す。
「ただ、そうするしか方法が無かったのだと思います。私も、彼女も」
「カンナ……」
彼女は代金を置いて立ち上がる。
「では先生、また今度」
「うん。また」
カンナと別れて帰路につくが、彼女の苦悩に満ちた表情が頭から離れなかった。
――
次の日は雨が降り注いでいた。ニュースでは大雨注意報が発令されて曇り空がより一層薄暗く、窓ガラスを叩く水滴が沈んだ気持ちを笑うように、不規則に音を奏でる。そんな中、サクネから連絡が
来ていた。雨具を着けてRABBIT小隊のキャンプに来て欲しいと。なんとかレインコートを片足使えない状態で着て、RABBIT小隊のテントへ急いで向かっていく。
土が水を喰らってぬかるみに変わっており、車椅子を回すのみ余計に力が要り、息も絶え絶えにテントまでたどり着いた。
雷雨が激しく鳴る中、サクネが既にそこにいた。彼女はスコップを手に、必死に穴を掘って排水路を作ろうとしていた。
「先生、わざわざご足労頂いてすみません! テントがガッタガタで、何でもいいから手伝って欲しいんです!」
テントを見ると支柱が倒れていて、サクネは雨に濡れて泥だらけだった。他のミヤコ達四人も必死にスコップを土に突き刺して、雨に濡れた額に髪が張り付いている。このままだと雨に濡れて風邪を引くかもしれないし、唯一の居場所すら失ってしまう。
「車椅子の私ができること……!」
私はサクネの向かいに立って、スコップで必死に掘り進める。だが、雨に濡れた土は予想以上に重く、なかなか思うように掘れなかった。
「やっぱり先生に力仕事は……。先生! どこに溝を作ったらいいか、指揮をお願いできますか!?」
「わかった!」
雨のせいで額に水が垂れてくるが、構わず車椅子を動かして水を流し込めそうな溝を探していく。
「みんな、ここはどう!?」
私が指揮をして、棒で地面に線を描いていくと、ミヤコ達がその線に沿ってスコップで穴を掘り進めていく。必死にみんなが掘って作った溝に雨水がどんどん流れ込んでいき、水位が下がっていく。雨が落ち着く夜になるまで、私たちは懸命に作業を続けた。
「みんなお疲れ様」
RABBIT小隊のテントもなんとか元通りになり、ようやく一息つくことができた。そこにミヤコが私に話しかけてきた。
「先生は、どうして私たちを助けるのですか? 私たちは連邦生徒会と対立する存在なのに……」
ミヤコは疑いの目を向ける感じではなく、戸惑い気味だった。
「目の前に困っている人がいるから。それがサクネの友達だったら、尚更だよ」
「それだけで……。私はあなたのことがよく分からないです」
「うん。それで良いんだ」
そこへ、サクネも会話に加わってきた。
「先生、本当にありがとうございます。こんな私たちのために手伝ってくれて」
「どういたしまして。……私じゃ力不足な所もあるけど。……くしゅん!」
雨で体が冷えて、くしゃみが出てしまった。
「すみません、こんな雨の中に呼び出してしまって」
「ううん。気にしないで。……くしゅん! 寒い……」
私はくしゃみを連発して、体が震え始めた。
「うぅ……シャーレの大浴場に入りたい……」
「でも先生、片足が不自由ですし一人で入るのも苦労するんじゃ……」
「そうだけど、頑張ればなんとか……」
と言いつつも、とても一人で入浴なんてできる気がしない。
「できれば、私がお背中を流してあげたいですけど仕事サボったんでいまから書類仕事が……」
「心配しないで、一人でなんとかなるから」
すると、ミヤコが隊員たちと顔を見合せた。
「……私が手伝います。他のみんなも、先生も構わないですね?」
隊員達も頷いて答える。
「ああ、私たちは使える装備や道具が無いか整理しておく」
「ごゆっくりお風呂入ってきてねー」
ミヤコが私の車椅子を押して、私の案内でシャーレの建物へ向かっていった。夜のシャーレはソラが店員をやっているコンビニを除いてほとんど出入りがなく、とても静かだった。ミヤコは誰かに出くわさないか警戒しながら、私をお風呂まで運んでくれた。
彼女が服を脱ぐのを手伝ってくれて、身体を洗おうとした時にミヤコは脇腹と右足の傷に目を止めた。
「先生、この傷は……」
「これはちょっと……ね」
ボディソープの泡が傷口に染みて時々痛むも、慣れたのかあまり感じなくなった。彼女は慎重に泡を私の全身に塗布していき、腕や足腰などを洗ってくれる。次に髪。突然のように伸びてしまった長い髪を彼女は丁寧に洗う。ミヤコの指が髪の間をかしゃかしゃと通り抜けていくのがとても心地よくて、私は思わず眠たくなってしまった。耳元で泡が音を奏でる中、ミヤコは静かに口を開いた。
「先生、髪はこれで大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう……」
ミヤコはシャワーで私の髪についた泡を洗い流してくれた。そして彼女は私を抱き上げて、湯船まで連れていってくれる。ゆっくりと湯船に浸かると、思わず「はふぅ……」と声が出てしまった。
ミヤコも続いて入浴し始め、二人で肩まで浸かる。しばらく沈黙が続いた後、私の方からミヤコに話しかけた。
「ごめんね、わざわざ手伝ってもらって」
「いえ、別に。……私は先生がどういう人なのか、知りたくて。だからこうして先生を手伝うのも、先生のことをよく知るいい機会だと思っています」
「私のことはわかった?」
「……いえ、まだまだです」
ミヤコは不服そうな表情をした。
「そうでしょうね。……私のことを全部知っている人なんてこの世界には一人もいない。でも、それでいいの。何となくで他人を理解すればいいから」
そう聞いたミヤコは湯船の中に少し沈んで少し考え込んでいた。
「私が良い人か、悪い人かは、私自身では決められない。他人に決めてもらうものだから。ミヤコが見えている私で、信じるか信じないかは……自由だよ」
「そう、ですね……」
ミヤコは少し複雑そうな表情をしていた。
「やっぱり、私はあなたみたいな大人がよく分からないです。私たちに何も求めず、ただ生徒だからというだけで助ける大人が」
「それでいいんだよ。……身体が温まってきたから、そろそろ出ようか」
「手伝います」
再びミヤコが私の身体を抱え上げ、浴場の外へ連れ出してくれた。
脱衣所で私の身体をタオルで拭いてもらい、ドライヤーまでかけてくれた。着替え終わって、綺麗な車椅子に乗り換えたらミヤコと別れてシャーレのオフィスに戻っていく。
「今日はありがとう、ミヤコ」
「……はい、気を付けて先生」