NO MAP 1
「やあ、先生。見ない間に随分と変わったようだね」
久しぶりのトリニティ総合学園。セイアの部屋にて。私はようやく現実世界で彼女に会うことができた。しかし彼女の様子はあまり良いとは言えず、顔が真っ青で彼女の持つ予知夢の反動か現実と夢の区別もついていないようだった。
「セイア、久しぶり」
「久しぶりのトリニティはいかがかね。と言ってもその様子では抱え込んだ疑念は晴れない、か」
「そうだね。やっぱり慣れないや、ここは」
「ナギサとは話したのかい?」
「話したよ。でも距離を取られていた」
ここトリニティに再び訪れた理由はナギサからの頼みだった。ミカの退学をなんとかしてほしいと。そのためには明日行われる聴聞会に彼女を出席させて証言してもらわないといけない。しかしミカがナギサの説得に応じず、彼女は今だに殻の中に閉じこもったまま。ミカの説得を私に頼みたいとナギサは言っていた。私に頼むときの態度は恐れられているほど丁寧で、彼女自身も相当切羽詰まっているのが見て取れた。
「ナギサは今でも君に対して負い目を感じているのだね」
「……決別を繰り出したのは私の方だったから。あの時の私はナギサのことを何もわかってなかった」
セイアは返答せず、沈黙で返した。次の話題に移る。
「次に君はミカと話したんだね」
「うん。彼女も私と距離を置いていた。……彼女はこれ以上、ナギサとセイアに迷惑かけたくないみたい。なら、自分だけが退学になった方がいいって」
「私はもう彼女を責めてない。むしろ、私こそ彼女に対して負い目を感じている。私は彼女の苦悩に気づけなかった」
「セイア……」
「ミカが抱えていた幼気な感情、考えていたこと、状況、それらを知ろうとする努力を私は怠っていた。あの時は、悲惨な結末に悟った気でいて二人から逃げてしまっていた。……私は彼女を責めたりはしない。ミカと話そう。だがその前に、君にはどうしても伝えておかないといけないことがある」
「なに?」
「予知夢の話だ。私は……キヴォトスが終焉を迎える光景を視たんだ」
「……その話を、詳しく」
一瞬、血の気が引いた感覚を味わう。
セイアの話によれば、巨大な塔が飛来し、赤い空が広がっていたという。それは私が前の世界で見た光景と確実に同じイメージで、完全に気が動転してしまっていた。
「先生、大丈夫かい。顔色が優れないようだが」
「袋を持ってきて……。吐きそう」
すぐにセイアの側近が袋を持ってきてくれて、私はその中に嘔吐した。
「先生、これは君の世界が辿った結末と同じのようだ」
身体がふらつきながらも、近くのソファにゆっくり座る。セイアによると、この事態を招いたのはキヴォトスの外側から招かれた者、彼女はゲマトリアがこの事態を招くのではと推測していた。だから彼女は予知夢の力を使ってゲマトリアの動向を探ろうとしていた。
「セイア、やめて」
私は強くセイアに訴えた。
「先生、これはキヴォトス全体に降りかかる災厄だ。私はこの事態を食い止めたい」
「ゲマトリアは外道だ。奴らは姑息で、狡猾で、そして悪辣な大人達だ。そんな奴らに生徒を……セイアを関わらせたくない。お願い、やめて。あいつらは私がなんとかするから」
「しかし……」
「お願い」
セイアは私をじっと見つめて、そして『わかった』と告げた。
「私の身に何かあっては、ミカは今度こそ道を誤ってしまうだろう。今は君の指示に従おう」
「ありがとう、セイア」
「さて、ミカと話すとしようか。二人きりで話したいから先生も席を外してくれ」
「わかった。セイアも明日の聴聞会には出るのね?」
「ああ、私からもミカを説得してみよう。恐らく私の言葉で彼女はようやく耳を傾けてくれると思う」
「そっか。……頑張ってね、セイア」
私はソファから立ち上がり、部屋を出ることにした。その時、私の右足にはエンジニア部が作ってくれた補助用の器具が取り付けられていた。
次にティーパーティーの行政官に伝手を頼んだ。『セイアがミカを説得中』と。
そしてトリニティ校内を歩き回っているときだった。突然スマホに正体不明のアドレスからメールが来た。
『助けが欲しい。頼む。頼めるのは先生しか居ない』
その文面と共に待ち合わせ場所が記されていた。正体不明だし、ただのスパムメールかもしれない。でも、私はなぜか行かないといけないという衝動に駆られた。
そのメールに書かれていた場所へと私は向かうことにした。
――
夜、雨が降ろうとも構わず私はとある場所に足を運んでいた。傘をさして、裏路地を進んでいく。そして約束の場所にたどり着くと、ある一人の生徒が現れた。
白いコートに、口元を覆うマスク、帽子を被った生徒。アリウススクアッドの錠前サオリ。私を撃った生徒だった。だが、傷だらけで衣服もボロボロだった。
彼女は私の姿を見るなりフラフラと歩み寄ってきて、マスクも帽子も銃も置くと膝から崩れ落ちた。
「……先生。アツコが、連れて行かれた。他の仲間もアリウスの襲撃に遭って、散り散りに……」
サオリはそう告げていく。
「明日の夜明けに……アツコは『彼女』に殺されてしまう。だから……先生、助けてくれ」
雨に濡れた地面に頭をつけてまで、彼女は私に懇願してきた。
「サオリ」
私は彼女へ傘をさしながら、声をかける。
「まずは応急処置をしよう」
彼女を立ち上がらせて、近くの階段に腰をかけさせる。カバンから応急処置セットを取り出して彼女の傷の手当てをする。時々痛むのか、彼女は顔を歪めていた。処置が終わったら、彼女に傘を持たせて裏路地に待機させ、『何か買ってくるから待ってて』と告げて近くのコンビニへと足を運ぶ。
コンビニにて、軽食と熱湯を入れて作るタイプの即席スープを買い、裏路地へと戻る。
「食べて」
と彼女に押し付けると、すまないと言いながら食べ始めた。その間、私とサオリの間に何の会話も生まれなかった。別に私はサオリを心から憎んだり、恨んだりしているのではないし、嫌いでもない。ただ、落ち着くための時間が必要だった。私を撃った相手が助けを求めている。その現実にどう接すればいいかわからなかった。後の祭りと言ってしまえばそれで終わり。だからと見捨ててしまうのは絶対に違う。
「錠前サオリ」
食べ終わった彼女へ、私は声をかける。
「私に助けを求めるとき、どういう感情だったの?」
「それは……」
サオリは言いよどむ。
「『先生を撃った私が救われるなんて、そんな都合のいいことがあっていいのか』……なんて思ったりしなかった?」
「っ……!」
図星だったようで、サオリは驚愕の表情を浮かべた。
「私はね、サオリ。貴方が私を狙ったことはもう気にしていないよ。色々なことあったけど、私は貴方を恨んでなんかいない」
「先生……」
「助けに行こう。きっと、サオリにも色々事情があるんだろうから」
「すまない、本当に……」
サオリは申し訳なさそうに再び頭を下げた。
「じゃあ、爆弾全部寄越して。没収する」
「わかった」
サオリは爆弾と起爆装置全部を差し出し、私はそれを受け取って中身を確認する。それらを爆発物専用ゴミ箱に全部放り込んだ。もう殺し合いの世界なんて見たくないから。
「アツコはどこに?」
「アリウス自治区、アリウス・バシリカ。その地下にある至聖所だ」
「わかった。二人で行くには心許ないでしょ、まずはヒヨリとミサキを探しに行くよ」
「ああ、私が先導する。先生は安全が確保されたら合図を出すから、そしたら来てくれ」
「うん、行こう」
サオリと共に仲間を探し出すことにした。