意識が覚醒した瞬間、片手に握っていた拳銃を握りしめ咄嗟に構えだしたが敵は誰もいなかった。
「……ごめん、起こした?」
目の前にいたミサキが私に謝罪する。
「いや、大丈夫だよ」
拳銃をしまいながらミサキに返答する。他にもヒヨリが見張りをしており、周囲を警戒していた。隣のサオリはまだ静かに寝息を立てている。
「見張りありがとう」
礼を言いながら水を口に含んで立ち上がる。
「こんな環境じゃ熟睡は難しいよね」
「ううん、こういうのも慣れてるから。ただ久しぶりで、少し気が立ってるだけだよ」
「そう……。まだ追手は来てないから、三十分くらいしたら出発しよう」
「わかった。……アリウスの歴史について、教えてくれない?」
「あまり楽しい話じゃ無いけど」
「うん、それでも聞きたい。私はアリウスの歴史をあまり知らないから」
ミサキとヒヨリはアリウス分校の歴史について教えてくれた。
アリウス分校は長い間内戦が絶えない、荒れ果てた土地だった。だが『マダム』ことベアトリーチェが内戦を終わらせ、アリウスの自治を始めた。奴は自身を生徒会長であり、主人であり、支配者だと名乗り、アリウスを少女兵製造学校へと作り替えた。
厳しく自立を許さぬ戦闘教育。厳罰主義による恐怖政治。そして生徒らに『Vanitas vanitatum, et omnia vanitas』という言葉を植え付け、トリニティ総合学園に対する憎悪を育ませた。
ベアトリーチェは『自分こそ真実を教える真の存在であり、生徒たちが従い、尊敬すべき大人なのだ』と教え、アリウスの少女たちはベアトリーチェを崇拝した。生徒らは奴を無垢に疑うことなく受け入れ、反抗しようものなら暴力も辞さない。アリウスの生徒全員がベアトリーチェを神格化し、絶対の忠誠を誓った。
「ひっ……!? 先生!? すごい顔になってますが……!?」
ヒヨリがいつの間にか私の顔を覗き込んでいた。こぶしは強く握られ、今にも血がにじみ出そうな勢いだ。
「ごめん、ヒヨリ。それで、アツコはなぜ特別扱いなの?」
話の続き。秤アツコは、かつてのアリウス生徒会長の血を引いており、『ロイヤルブラッド』と呼ばれていた。赤い奴がいなければ、本来は彼女がアリウスのトップの座に君臨するはずだっただろうと。アツコは幼少期のアリウススクアッドと関わりがあり、気品があって優しい少女だったため、アリウスの少女たちから慕われていた。だがいつの間にか彼女は顔を覆うマスクを着けて、声も隠されてアリウススクアッドに入った。
アツコが何故生贄として捧げられるのか、それは明確にはわかっていない。ただ、ロイヤルブラッドが関係しているだろうと推測はされている。
ある程度話に区切りがついたところで、足音が聞こえてきた。サオリが目覚めたのだ。
「面白い話をしているな」
「サオリ、体調は?」
「動けないほどじゃない……助かった」
「なら良かった」
サオリが目覚めて、私たちは移動を再開した。バシリカに侵入するため、アリウスの旧校舎を次の目的地として。
交戦を避けるため隠密行動を取り、寂れた街に侵入する。スクアッドらは違和感を感じており、以前見た街とずいぶん違うと話していた。そして、調印式で現れたユスティナ聖徒会の幽霊がなぜか街を歩いている。ヒフミらと一緒に立てた新しいエデン条約で無効化されていたと思っていたのだが。
ヒヨリの話を聞いてみると、エデン条約調印式襲撃の目的は『複製』という力を手に入れるためだった。そのためにどうやらアツコが古聖堂の地下であのマエストロと取引をしたらしい。そして、今度はベアトリーチェが複製能力を自在に行使している。もしかすると、トリニティ、ゲヘナを滅茶苦茶にすることはどうでもよかったかもしれない。そこまで生徒を好き放題弄ぶのか、あの赤い化け物は。
『ええ、あなた達の任務にそこまでの意味はありません』
答えは本人が語ってくれた。ホログラムの赤い女がそう発言すると同時にユスティナ聖徒会が包囲するように現れた。
「チッ……罠か」
サオリは舌打ちしながら銃を構える。
『トリニティやゲヘナを占領するかどうかなんて、私にとっては些末なことです。この自治区が長年抱いていた憎悪を統制するための方便ですから。私自身は、あの学園に何の遺恨もありません』
「凄い手腕だね、感動するよ。歴史の本に一文も書き加えたくないほど」
前に出て、皮肉を言い放つほど苛立ちが隠せなかった。
『錠前サオリ、あなたはいい子です。素直にロイヤルブラッドを生贄として捧げてくれましたから。そして先生』
「……」
『何度も言いましょう。あなたは生きてはならない存在です。我々が敵視する色彩を纏った存在、使える力をもって排除しなければなりません』
「あっそう。今度会ったら一緒にご飯でもいかが? 『パイナップル』をあーんして食べさせてあげる。頭が弾けるほど美味しいものをね」
『ええ、是非とも。あなたがバシリカに到達できるのなら、ですが。……やりなさい』
「強行突破! 行け!」
私の声とともに、アリウススクアッドがユスティナ聖徒会へ攻撃開始。サオリを庇うように私は前へ出たが、ユスティナ聖徒会も応戦してきた。強引に前へ進んでいくが、突如前方のユスティナ聖徒会が倒されていった。そして……ピンク髪の羽の生えた少女が銃を持って現れた。ミカだ。彼女は正気を失った目で銃をこちらに向けるが、少し経ってから銃を下した。
「……先生が指揮するアリウススクアッドをどう倒そうかなってずっと考えてたけど、やっぱりわからないや」
「ミカ……やめて」
「ごめんね先生。私、元々言うことを聞かない『悪い子』だったでしょ? 私は何度も先生を裏切ってきたし、いくら増えたって今更だよね」
「……ねえ」
「何?」
「もし、一線を超えようとするなら……。『体罰』するよ。私は本気だよ」
「あはは☆ それって先生としてどうなの? 怒ったら手が出ちゃうの? やっぱり先生って若いね」
「……本当に全部失った気持ちでいる気なの?」
そう言い放った瞬間、ミカの表情が一変する。
「ねえ、先生。……先生は私の何を知っているの? 知った風に言わないでよ!」
ミカは怒りを露わにして私に銃口を向ける。サオリらが銃を構えようとしているが、手を出して制止する。
「本当、不器用な子だよね。ミカは。極端に物事を考えて、極端な行動を取って」
「うるさい! 先生は何も知らないくせに!」
彼女が距離を詰めてくるが、動じない。
「だったら、ナギサがどう考えているかも汲み取ってあげてよ! あの子はミカを救いたがってるんだよ!」
銃口が私の左胸に向けられる。
「先生!」
「サオリ、手を出さないで」
「だが……!」
「大丈夫。……ミカ。まだ、全部失ってない。だから、まだ戻れる」
「……っ!!」
引き金を引かず、彼女は私から逃げるように距離を取った。
「先生、やっぱり嫌いだよ。初めて会った時から。私よりちょっと上だけという癖に、いつも偉そうで」
「大人だからだよ」
ミカは何かを言いかけたが、飲み込んだ。そして闇の中に再び消えていく。サオリらはようやく緊張の糸が切れて、大きく息を吐いた。
「急ごう」
バシリカまであと少し。私はアリウススクアッドを鼓舞して、再び前進した。
――
サオリの案内でアリウスの旧校舎までなんとか到着。どうやら他スクアッドのメンバーも入ったことがないらしく、初めて入ることに。
「急ぐぞ……回廊は地下にある」
サオリは先陣を切って進んでいく。そして地下への隠し通路を経由してバシリカへ。向かおうとするのだが、ミサキが足を止めた。
「リーダーの言葉通り、ここがバシリカまで一直線に繋がっている通路なら……この地形は危ない」
「待ち伏せの可能性なら私も考えている。だが、むしろ一直線なら……」
「いや、聖園ミカの話。先生の指揮能力は彼女にとって大きな脅威だったはず。だったら……柱を倒して私たちを分断する可能性がある」
「なら、急いで……!」
私も駆け足に。だが、ミサキの懸念は的中した。
「危ない!」
サオリが叫んだ瞬間、左右にあった柱が倒れ道を塞ぎ、私たちは分断された。私とサオリ、ミサキとヒヨリの二手に。
「り、リーダーと先生!」
「ミサキ、ヒヨリ! 私はいいから先に行って!」
ヒヨリの不安げな声に私はそう返して続ける。
「まずは二人でアツコの元へ! 敵わなくてもいいから、まずは耐えて!」
「わかった。行こう、ヒヨリ」
「は、はい……!」
柱の向こう側の二人は走り出し、私とサオリだけが残される。そして、暗い向こう側から足音が少しずつ近づいてきた。
「先生、下がっていろ」
サオリはマスクをつけ、武器を展開。私も銃を構える。
「……あーあ、先生残っちゃったか。できればサオリ一人だけにしたかったけど」
ピンク髪に天使の羽の少女が闇から現れる。そして彼女は武器を向けた。
「……先生の言うとおりだよ。私は不器用な考えしかできなくて、衝動的に行動してしまう。だからこんな事態になっちゃったんだ」
諦め切ったような、そんな表情。
「……そのまま先生に怒られて、見捨ててくれれば私はある意味楽だった。でも、先生は私を救おうとしちゃうんだ。鬱陶しいよね、先生」
「ミカ……」
「さて、先生。あなたがサオリを指揮して私を倒せば、助けに行った二人のところに行くことができるかもしれないよ。そうすれば、アリウススクアッドは綺麗なハッピーエンドを迎えられるかもね」
「それであなたは?」
「どうしようかな。私は魔女なんだし、憎悪と怒りを糧に生きるのがお似合いかな」
ため息をついて、ポケットから注射器を取り出しながらミカを見据える。
「私はね、闇の世界の住人なんだと思う。もう抜け出せないし、抜け出そうとも思わない。でも、あなたは違う。まだ、こちら側へ堕ちようとしているだけ。だから私は……闇の方からあなたを必死に押し戻す。光の世界の方へ。言ったことは変えないよ。一線越えようとするなら、体罰するって!」
持っていたアセンションを首筋に打ち込む。卒倒しそうになりふらふらになるも、じわじわとヘイローが修復されていき、再び立ち上がる。
「先生、今のは……」
「サオリ、二人で止めるよ」
「ああ……わかった」
罪人達の庭園に集まった三人。虚しい会合が、幕を開けようとしていた。