アビドスの6人目   作:____―--

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Chapter6.5 Days IV
【セイア】眠りによせて


 傷がある程度癒えてきた辺りの時期。私はセイアに呼び出されて彼女の部屋に向かった。頼みがあるらしく聞いてみれば「久々に外を歩きたいので護衛をしてほしい」とのこと。

 

 側近などに頼めばいいのではないかと返してみたが、私直々がいいんだと一点張り。どうして私なのかと思うこともあったけど、断る理由も無かったので承諾した。

 

 モモトークで事前に内密に頼むと言われたので、人目に付かないようにこっそりと。

 

 セイアの部屋に入るなり、彼女はベッドの上でまどろんでいた。

 

「……ああ、先生か。急に呼び出してすまないね」

 

「大丈夫だよ。最近の体調は?」

 

「もう大丈夫だがナギサが少々心配性でね。あまり外には出したくないらしい」

 

「あんな事があったからね」

 

 暗殺未遂に巻き込まれたり、はたから見れば突如吐血して倒れたり、とナギサが心配するのも無理はない。

 

「先生こそ大丈夫なのかい? まだ傷は癒えていないだろう」

 

「もう大丈夫だよ。ミネ団長からしっかり外出許可も貰ったし」

 

「そうか。では、一緒に散歩でもどうかな? 実は、近々訪れたい場所があってね。古い文献を扱う書店なのだが、稀覯本の入荷が最近あったらしい。本来であれば一人でも構わないのだが……まあトリニティの情勢を鑑みるに、私一人では少々心細い。先生なら、護衛にもちょうどいいと思ってね。無論、断っても構わないとも。しかし、もし承諾してくれるなら嬉しいのだが」

 

「いいよ。セイアの頼みなら」

 

「ありがとう、先生。では行こうか」

 

 セイアはベッドから起き上がり出かける準備をしていく。そして二人でトリニティ自治区へ繰り出したのだった。彼女は病弱だから注意深く様子をみていたけど、特に体調が悪い様子は無さそうだった。

 

 最初に到着したのはある書店。古本を取り扱うのだから格式のある建物かと思いきや、ごく普通の大きな建物だった。中に入っていくとさっそく分かれることに。

 

「先生はここで好きに本を見るといい。私は稀少な本があるか探してみる。……そういえば君は大人だったね。『そういうコーナー』もこの書店にはあるから見ていくのもいいだろう。もしかすると君の生徒に会えるかもしれないね」

 

 セイアは袖を口元にあてながらいたずらっぽく言った。

 

「うん、胸とケツがグラマラスなものないか見てみるよ」

 

 動揺せずに返すと、彼女はくすりと笑って本棚の奥へと消えていった。

 

 まずはさまざまなコーナーを回る。歴史書、絵本、雑誌や漫画も取り扱っているし、古書もたくさん。小説や図鑑なども揃っている。ちゃんと彼女の言う通り十八禁コーナーも。コハルがこっそり中に入っていたりするのかなと、少し想像してしまう。

 

 一通り回ったら漫画の方へ。漫画の品揃えも豊富で、一番目立つ場所には人気作がずらりと並んでいた。冒険物やバトル物、恋愛ものなど。立ち読みはせず、表紙だけを眺めて次へ。最近はバトル系やスポーツ系が好きで勧められたものをよく読んでいたなと思い出す。

 

 次に雑誌のコーナーへ。車やバイクの雑誌に目を奪われ、すぐに手にとる。次にティーンエイジャー向けの漫画雑誌。表紙が水着の女の子で、少し気恥ずかしい。気になっている作品が連載されているのに、手に取るのはなんだか躊躇してしまう。

 

「……ふむ。先生はその雑誌が気になるのかい?」

 

「ひっ! セイア!?」

 

いつの間にか、私の隣には彼女がいた。そして私が手に取るか悩んでいた雑誌をまじまじと見る。

 

「視線が何度もそちらに向かっていたからね。なるほど、表紙が些か派手な装丁だ。確かに手に取るには少しばかり勇気が要るね。しかし先生、中身を読みたいのであれば表紙など些細なことだ。他者の目線を気にして自身の欲望を抑え込む必要など無い。……君が好きな連載作品も載っているのだろう? なら遠慮することはない。それとも私が代わりにレジへ持って行こうかい? 護衛を依頼した者の務めとしてね」

 

 彼女は雑誌を手に取り、レジへ向かおうとする。

 

「あ、いや! 後で自分で買うから!」

 

 引き止めてセイアが持っていた雑誌を棚に戻す。

 

「ふふ、君の恥じらいもまた、なかなか興味深いものだよ。そんな姿を見られただけでも、私には収穫だった。普段は落ち着いていて、頼りになる先生にも、こういった可愛らしい一面があるだと」

 

「あ、悪趣味……」

 

「なに、気にすることはないさ。私の方は目当ての本も見つかった。会計しようか」

 

セイアがレジに向かい私も彼女の後をついていく。会計を済ませて書店を出るなり、彼女は私に話しかけてきた。

 

「さて、買い物は済んだね。次はこちらだ」

 

 彼女は再び歩き出し、私は何も言わずついていく。

 

 次にたどり着いたのは、スイーツバイキングのお店。

 

「ここって……」

 

「意外、と君は思ったかな? でも私はこういうものも好きでね。それにここで出される紅茶もなかなかの評らしい。一度来てみたかったのさ」

 

「ふーん……」

 

「では行こうか」

 

 セイアは店に入っていき、私も後に続く。店内の雰囲気は賑わいトリニティの生徒たちが楽しんでいる。スイーツを並べてスマホで撮影する生徒、談笑しながら楽しむ生徒。今どきの学生らしい光景が広がっていた。

 

「ふむ、なかなか盛況のようじゃないか。こっちだ、先生」

 

 セイアは店内を歩き、あるテーブルの前まで私を連れていき椅子に座らせた。そして彼女も私の向かい側に座って注文を行う。

 

「さて、まずは飲み物をいただこうかな。先生はどうする?」

 

「じゃあセイアのおすすめで」

 

「ほう、面白い選択だね。ティーパーティー元ホストの私に選択を委ねる、と。であれば、私からの推薦はこれだ。アールグレイのミルクティー。実に穏やかな味わいで、これからスイーツを堪能するに当たって最適な選択だと思うのだが」

 

「じゃあそれで」

 

 セイアは店員を呼び、注文を済ませる。

 

「ティーパーティーで供される紅茶は大抵がストレートティーなのだが……私個人としては冒険したい時がある。ミルクティーにすると、また違った味わいが楽しめるのでね。少し甘い飲み方も好きなのだが公の場では頼みにくい。なので、先生との外出の機会に注文してみたのさ」

 

「そうなんだ……」

 

「……こうして見ると、私たちは互いに相手の日常を垣間見ているのかもしれないね。君は私の選ぶ紅茶を通して、私は君の趣向と反応を通して。それはなかなか、親密な行為だと思わないかい?」

 

「そうだね。だけど、私はセイアのことを知っていくことが嬉しいよ」

 

「……ふふ、私も同じさ。考えてみたまえ、先生。人は何故、タブーというものを設けるのか? それは境界を引くことで、自らのアイデンティティを保とうとするからだ。『これは私らしい』『あれは私らしくない』……そうして線引きをすることで、自己という概念を固定しようとする。しかし、その境界線を時折越えてみることもまた、必要なのではないかな」

 

 セイアは、そこで一呼吸置いてから続けた。

 

「境界を越え、新しい世界を知ることで人は成長していく。だからこそ私は君に関わることを望んでいるし、君もまた私に関わってくれる。私が知る世界は狭すぎるが故に、その範囲を広げてくれる存在は貴重なのさ」

 

「外に出るのがそんなに嬉しいんだね」

 

「……おっと、すまない。少し話しすぎたようだ」

 

 彼女は店員が持ってきた紅茶を受け取り、一口飲む。私も彼女に倣って紅茶を口に含んだ。アールグレイの香りが鼻に抜けていき、心地よい気分になる。

 

「うん、甘くて飲みやすい」

 

「気に入ってもらえたようで、何よりだ。君の『うん』という、その簡潔な肯定。飾り気のない、素直な感想。……それが、私には嬉しいのだよ」

 

 セイアはまたカップを口元へ運び、紅茶を飲む。

 

「甘さというものは、時に軽んじられがちだね。『子供っぽい』、『深みがない』と。しかし、甘さには甘さの役割がある。疲れた心を癒し、緊張を解きほぐす。君がそれを『飲みやすい』と感じてくれたなら、私の選択は間違っていなかったということだ」

 

セイアは満足げに微笑む。そして、また紅茶を口に含むのだった。

 

「……先生、君は気づいているだろうか。今日、私たちが交わした言葉や選択の一つひとつが、互いの理解を深めていることに。些細なことかもしれないが、こうした積み重ねが、関係性というものを紡いでいくのだ。……予知夢で未来を見ることはできても、こうした『今この瞬間の温かさ』は、実際に体験しなければ分からない。だからこそ、私は今この瞬間を大切にしたい。君と過ごすこのひと時を……。いや何、柄にもなく感傷的になってしまったかな。紅茶が美味しかった、それだけで良いのだがね。さて、スイーツを取りに行こうか」

 

「そうだね、セイア」

 

私たちは席を立ってスイーツを取りに行くことにした。そして互いに好きなスイーツを皿に取っていく。私はケーキやクッキーを取っていくが、気になった最後の一個のマカロンを取ろうとしたところで。

 

「あっ……」

 

「あっ」

 

 猫耳の生徒と手が触れ合った。

 

「大丈夫だよ、どうぞ」

 

 と譲ると彼女は「ありがとうね」と恥ずかしげにマカロンを取っていった。仕方なく隣にあったケーキを皿に取っていって戻ろうとすると、セイアがある生徒グループと話していた。彼女は特にサイドテールの子と意気投合しているようで、少し話し込んでいる。

 

「あー、また始まった」

 

 いつの間にか隣に居た猫耳の子がそう呟いた。

 

「また?」

 

「ナツってよく分からないばっかり言ってさ。口にテープでも貼っとこうかな」

 

「でもセイアは理解できてるみたいだよ? あ、私はシャーレの先生だよ」

 

「せ、先生なの!? もうちょっと大人びている印象が……。私は杏山カズサというの。よろしくね、先生」

 

「うん、よろしく。友達と来たの?」

 

「まあね。私達は放課後スイーツ部と言って、なんか友達と一緒にスイーツを食べる部活をしてるの。今日はここで食べ歩きしてたってわけ」

 

「ふふっ、平和だね。私もティーパーティーの子のお願いで一緒に来たの」

 

「ティーパーティー? ……ティーパーティー!?」

 

 カズサは驚いて見せた。彼女らはトリニティの情勢に関して疎いのだろう。カズサの友達であろう、ふるゆわな子とブロンドのツインテールの生徒があわあわとした様子でナツの方をちらちらと見ている。

 

「じゃあ、ナツが失礼なこと言わないように口塞がなきゃ!」

 

「実力行使はだめだよー」

 

「でも失礼があったら……」

 

「大丈夫。……多分」

 

 セイアの方を見てみる。まだ話に夢中のようで、ナツとソウルメイトといえるような関係を築いている。

 

「成程、君たちは甘味の求道者というわけか」

 

「そう、私達はロマンを追い求めてトリニティ中を駆け巡るスイーツハンターなのであーる」

 

「なんか話が大きくなっている気がするんだけど!?」

 

「あはは……」

 

 席に座っていたヨシミとアイリが、そんな様子を苦笑いしながら見ている。

 

「では私はそろそろ失礼しよう。君たちも、スイーツを楽しんでくれたまえ」

 

 セイアはケーキを持って席に戻っていった。私も自分の席に戻ろうとすると、カズサが話しかけてくる。

 

「えっと、先生……。もしよかったらなんだけど、いつか放課後スイーツ部の方にも来てくれたらありがたいなって。お願いとかは無いんだけど、なんかこう、スイーツの話とかで盛り上がれたらなって」

 

「友達感覚で話したいって感じ?」

 

「そうそう、そんな感じ!」

 

「了解、時間が空いたらね」

 

 カズサとモモトークを交換すると彼女は嬉しそうな足取りで友達のもとに戻っていく。私も席について、セイアと雑談しながらスイーツを堪能していった。

 

 お出かけもそろそろ終わりが近づいてきた頃、セイアがどうしても行きたい場所があると言い出した。そこは公園というよりも庭園に近い場所。緑が生い茂り、花々も咲いている。

 

「ここがセイアの行きたかったところ?」

 

「そうだね。ここは銃声も爆発音も噂話も聞こえない。ただ静かな場所さ」

 

 目を閉じて耳を澄ませてみると、水が流れる音や小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 

「座ろうか、先生」

 

 セイアはベンチに座り、私もその隣に座る。空はオレンジ色でやがて夜が訪れるだろう。そんな景色に不思議と感傷的にさせられる。

 

「今日のデートはいかがだったかな?」

 

「デートって、護衛のつもりだったけど……」

 

「ああ、あれは建前だよ。形式というものは時に便利なものでね。本音を言えば、君と共に過ごす時間が欲しかっただけなのさ。古書店を巡り、紅茶を嗜み、他愛のない会話を交わす、そんなささやかな日常をね」

 

「……そっか」

 

「強いて言うならもう一つ。君にトリニティの認識を改めてもらおうと思ってね」

 

「認識?」

 

「ああ。君が見てきたトリニティ総合学園というのは、陰謀に裏切り、そして軽蔑。そんな醜い世界だったのかもしれない。だが、それは一面に過ぎない。放課後スイーツ部を見ただろう? 彼女達は私達がやってきたことに対して気にも留めず、ただ純粋にスイーツを楽しんでいる。違う立場、視点からによって、見えてくるものもある。……私は、君にもそう感じてほしいのさ」

 

「そっか、そうだったね。私はトリニティを勘違いしていたのかも」

 

「そう思ってくれたのなら、ティーパーティー元ホストとして私も嬉しいよ」

 

 セイアの制服の上に小さい鳥たちが止まって囀っている。彼女は応えるかのように歌声を響かせた。

 

「先生、最後に見た予知夢のことだが、もう少しだけ待ってもらえないかい? 私の中で整理をつけたいんだ。……いや、これは言い訳だな。ただ私が怖いだけなのかもしれない」

 

「私は大丈夫だよ。セイアが納得いくまで待つよ」

 

「ありがとう、先生。近いうちに、必ず君には伝えよう」

 

 セイアの歌声に合わせて私は鼻歌を奏でる。鳥たちの鳴き声も合わさって小さなオーケストラができているようだった。




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