アビドスの6人目   作:____―--

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【ナギサ】いばらの涙

 セイアからの誘いは突然だった。モモトークにて、『そろそろナギサと話してみないかい?』と。……あれ以来、ずっと決別してきたナギサとの対話。私から切り出してしまった過ち。何度も和解を試みようとしたが、お互いの事情がずっとそれを拒んできた。分断が時間によって風化していくことは決してない。

 

『予定は必ず開ける』

 

 そう返答して、予定をすり合わせる。セイアがティーパーティーのテラスで茶会を催し、ナギサと私がそこに呼ばれるという形になった。

 

 真昼のトリニティに私は向かい、行政官がテラスに案内してくれる。テーブルが中央にあり、向こう側にナギサ、仲介するようにセイアが座っている。私が案内された席は、ナギサと対になるよう真逆の席へ。

 

「今回はセイアさんの方からお誘いをいただきました。この度はありがとうございます」

 

「なに、気にすることはないさ。ここには陰謀も駆け引きもない。ただ純粋に話せればいいと思ってね」

 

 私は不自然にお辞儀をするだけの対応を取ってしまった。緊張してしまっている、最初にテラスに招かれた時のように。

 

ナギサがポットを持ってきて、カップに紅茶を注いでくれる。ふわりとした香りが鼻腔をくすぐる。

 

 促されるまま紅茶を飲むが、胸騒ぎや心の中の汗は止まらない。それからセイアが話題を振ったり、ナギサもそれに答えたりして、ティータイムは進んでいく。だが、私の緊張は解けない。

 

 セイアは痺れを切らしたのだろうか、カップを空にして立ち上がる。

 

「すまない、急用が入ってしまったようだ。少しの間席を外すから二人でゆっくりしてくれたまえ」

 

セイアはテラスから出ていく。残されたのは、私とナギサだけ。

 

「……」

 

「……あの、先生」

 

 沈黙を破ったのはナギサだった。

 

「今回の茶葉は私が選びましたが、いかがでしたでしょうか?」

 

「うん、良かったよ。私はあまり紅茶に詳しいわけではないけど、お菓子に合ってそうな甘さというか、香りというか。ナギサのセンスはすごいね」

 

「ありがとうございます、先生」

 

ナギサは少しだけ笑顔になるがすぐにまた元の表情に戻る。

 

「ナギサは最近大丈夫? ホストって色々仕事があるんじゃ……」

 

「ええ、大丈夫です。先日は救護騎士団の方々にお世話になりましたが、今は特に問題はありません」

 

「無理、しないでね。ナギサが倒れたらみんな悲しむよ」

 

「ご心配ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですので」

 

 ナギサは淡々と答えていく。私は彼女の目を直視できないでいる。

 

「先生は……あれから、どうお過ごしでしたか?」

 

「……病院行ったり、ミレニアムで右足の補助器具のメンテナンスや調節をしながら、シャーレの仕事をしていた感じかな」

 

「そうですか。……あの、不自由などはありませんでしたか?」

 

「大丈夫だよ、今のところは……」

 

 本音が言えない。お互いにアイスブレイクばかりして、一歩も先に進めない。ナギサだって、きっと。だから私の方から、不器用なりに咄嗟に出た言葉を言う。

 

「ナギサ、ごめんなさい」

 

「……え?」

 

「補習授業部のことで、あなたを救えないと言ってしまったこと。そして、あなたに酷い言葉を浴びせてしまったこと」

 

「先生……」

 

「ナギサの事を何も分かってないまま、何を考えていたかも汲み取らないまま、私はあなたを傷つけた。……ずっと考えてきた。もっと良い方法があったんじゃないかと。もっとナギサに寄り添える方法があったんじゃないかって。……でも何も思いつかなかった。私は、立派な大人でもなければ経験積んだ先生でもない。ただの、大人になりきれない子供だった。だからその、ごめんなさい」

 

私はナギサに頭を下げる。彼女は少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの表情に戻る。

 

「頭を上げてください、先生は……出来る限りのことをしてくださりました。そして、今もこうして私と真剣に話をしてくださっている。それだけで十分です」

 

「でも……」

 

「それに……私も先生に謝らないといけませんから」

 

ナギサはそう言って、私に向き直った。

 

「きっとあの時は、お互いにどうしようも出来ない状況にあったと思います。だから、お互い様です。……強いて言うなら一つだけ。……辛かったです」

 

「ナギサ……」

 

「すみません、先生。少しの間後ろを向いてもらえますか?」

 

私は言われた通り彼女に背を向ける。すると、背中越しに彼女が強く抱きしめてくる感触がした。彼女の体温を感じる。心臓の音すら聞こえてきそうな距離だ。

 

「今まで、ずっと、ずっと何度も考えました。もちろん、私のしたことは私の責任です。補習授業部の件は、もっと酷い誹りを受けても仕方ないと思います。ですが……どうして私ばかりこんな目に遭わないといけないのか。そんな風に思ってしまうこともありました」

 

「……ごめん」

 

 彼女の声が震えているのを感じながら、ただ謝罪の言葉を口にするしかなかった。背中のスーツが湿っていこうと、何一つ動じずに。

 

 結局、エデン条約に関わる出来事はどれだけ被害を軽くするかによる、ダメージコントロール的な面だったのかもしれない。私が補習授業部の顧問として呼ばれた時点で、全員が幸せになる結末なんてものは存在しなかったのだろうし、それぞれの学園には長年抱える問題があって、いつかそれが噴き出して大きなうねりへと発展してしまう。それが今回だった。それだけの話なのだと思う。

 

 それにミカが声を上げなければ、アズサが光を見出すことも、アリウススクアッドにモラトリアムが与えられることも無かったはずだから。結局、なるようにしかならなかったのだ。

 

「ごめんなさい、ナギサ。ずっと謝りたかった」

 

 ナギサが落ち着くまで、私はずっと黙っていた。彼女が泣いている間も、何も言わず、ただじっとしていた。

 

 やがてセイアが扉を少しだけ開き、私達の様子を確認しにきた。彼女から見れば、ナギサが私に抱きついているような構図になるのだろうか。セイアは静かに微笑み、『どうぞごゆっくり』とでも言いたげな表情で去って行った。

 

「お見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありません」

 

 ナギサの表情はまだ涙で濡れていたけれど、それでも憑き物が落ちたように晴れやかになっていた。

 

「良かった。……ナギサ、もう一度やり直したい。関係性というか、そういうものを」

 

「……ええ、私も同じことを思っていました」

 

 そう言って彼女は私の手をそっと握った。

 

「セイアさんがまだ戻って来ていないようですが、もう一度茶会をやり直しませんか? 今度はお互いの関係性の再出発のために」

 

「喜んで」

 

 それから私達は、お茶会の続きをした。今度は菓子も紅茶も味がするように感じられた。

 

「あともう一つ、先生に感謝しなければなりませんね」

 

「感謝?」

 

「はい。私の親友、ミカさんを全てをかけてまで救って頂き、ありがとうございました」

 

「ミカは最近どう? 頑張っている?」

 

「ティーパーティーの特権を失われて色々と苦労されていますが、最近はようやく慣れてきたみたいですね。先生はミカさんとあの後話されましたか?」

 

「実は、まだ何も話していないんだ。いつかは話そうとは思っているんだけど……」

 

「ミカさんは先生が来るのを心待ちにしているようですね。先生がここを訪問する度に探していましたから」

 

「あ、あはは……」

 

「ごふっ!?」

 

 突如、ナギサが紅茶を噴き出しかけた。私は慌てて彼女の背中をさする。

 

「大丈夫!?」

 

「だ、だいじょうぶです……少しむせただけなので……」

 

 何かの言葉が引き金になって彼女が取り乱したように感じたが、それは私には分からない。

 

「と、とにかく、先生はミカさんと話す機会を作ってあげてください」

 

「う、うん」

 

 そうして、私達はしばらく雑談を続けた。途中、ナギサからケーキをあーんしてもらったりと、ティーパーティーのホストという鎧を脱いだ彼女の素顔にふれた気がした。

 

 そして、ティータイムも終わりに差し掛かった頃だった。

 

「先生、もう少しだけ私と二人きりでお話しませんか? 今までの埋め合わせとして、もう少しだけ」

 

「時間はあるからいいよ」

 

「ありがとうございます。そうですね……。私が描いた絵画でも見ますか?」

 

「ぜひとも」

 

 彼女に案内され、作品を見させてもらったがどれもロールケーキを題材にした作品で目が丸くなってしまった。なお、彼女の解説は正直に言ってしまうと退屈だった。私自身絵画に関する知識が無いため、説明されてもよく分からなかったのだ。だが、彼女は終始楽しげであった。

 

 そういえば、セイアは出たっきり茶会を放ったらかしたままであったなとふと思い出していた。




次はミカの話です。
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