アビドスの6人目   作:____―--

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【ミカ】HONEY 1

 トリニティを訪れたある日のこと。セイアに呼び出され、彼女の部屋へと足を運んで紅茶を共にする。

 

「急に呼び出して済まないね、ある事で君と話をしたかったのさ」

 

「話って……」

 

「君が何故ミカを避けているのか、その理由を知りたくてね」

 

 やはりその事について聞かれてしまったか。私はただ黙り込むしかなかった。

 

「当ててあげよう。君はミカに依存されることを恐れて、どう接すればいいのか分からないのだろう?」

 

「うぐっ……」

 

 図星を突かれてしまい、思わず言葉が出てしまう。すると彼女はクスリと笑みを浮かべた。

 

「ふふ、予知夢は無くとも『勘の鋭さ』は健在さ」

 

「……そうだよ。怖いんだ、ミカとどう接すれば良いのか。彼女の世界を私の色に染めてしまわないか心配で。心脆い人って無意識に救いを求めてくるから」

 

「成程、ミカの中に自己の鏡像を見ているというわけだね」

 

「……うん」

 

 そう、私は恐れていた。彼女の世界はナギサ、セイア、そしてコハルと様々な色で溢れていて、そこに私が入ってしまうとどうなるか分からなかったのだ。

 

 セイアはカップをソーサーに置きながら私を見つめた。

 

「君は罪な人だね」

 

「え? どういう意味?」

 

「あれだけの言葉をかけておいて、放っておくなんて酷くないかい? 先生、君は優しく、そして臆病でもある」

 

「……」

 

 何も言い返せず、目線をカップに写る自分の顔に向けた。

 

「彼女が今求めているのは君である。それを拒絶することも、また罪だと思わないかい?」

 

「……そう、だね」

 

 その通りだった。私はずっと逃げてきた。でももうそろそろ向き合わなければならない時が来ているのかもしれない。

 

「ミカと向き合ってみる。……ちょっと慎重にだけど」

 

「ふふ、不器用だね。でも君らしい答えだ」

 

「ありがとう。じゃあ早速行ってくるよ」

 

 温くなった紅茶を飲み干し、席を立つ。彼女に見送られながら、私は部屋を出た。

 

――

 

 ミカは今どうしているか聞いてみたところ、彼女は今草むしりをしているとのことだった。

 

 近くの売店でフェイスタオルとミネラルウォーターを購入。それを持って彼女の元へ急いだ。

 

庭に到着するなり、ジャージ姿に長い髪をお団子にしたミカの姿を見つけることが出来た。

 

「……ミカ、頑張ってる?」

 

 声をかけると、彼女はこちらを振り向いた。私の姿を視認した途端、退屈そうな表情から一気に笑顔になり、

 

「せんせー! 来てくれたんだ!」

 

「わわっ……!」

 

 と立ち上がってバタバタと勢いよく抱きついてくる。突然のことに驚きつつも、なんとか踏ん張って受け止めた。

 

「っていけない! うぅ、こんな格好で先生に会っちゃった……」

 

「私は気にしないけど……」

 

 ミカの格好はジャージ姿で、汗かいて土まみれだった。本当なら綺麗な服や化粧でもして会いたかったのだろうか、でもそんなことよりも今は彼女のことが心配だ。

 

「どうして草むしりを?」

 

「罰のひとつでボランティア活動なんだ」

 

「そっか。ティーパーティーの二人とは上手くやってる?」

 

「うーん、変わらないね。ナギちゃんは相変わらずだし、セイアちゃんは小難しいこと言って私のこと、からかってばっかりだよ」

 

「なら良かった。はい」

 

 とミカにタオルと水を手渡す。

 

「ありがとー☆」

 

 そう言ってミカは早速受け取ったタオルで顔を拭き始める。

 

「タオルはあげるから。ちょっと用事があるから、この辺で失礼するよ」

 

「え? もう行っちゃうの!?」

 

「うん。ごめんね」

 

「そっか……残念だけど仕方ないよね……。また今度ゆっくりお話しようね!」

 

「わかった。じゃあね」

 

 手を振ってくれたので振り返してからその場を離れた。

 

 しばらくは会っては少しだけ話をして別れるだけという日々が続いた。私の方も仕事が忙しくなってきたこともあり、なかなか時間が取れないのだ。そんなある日の事だった。ミカからモモトークのメッセージがやってきた。彼女のメッセージは返信しづらいというか、なんとも言えない気持ちになることが多い。

 

『☆』

『先』

『生』

『☆』

 

 縦書きメッセージだ。短い間隔で通知音が四回も鳴ったので、少しだけ気になった私はそのメッセージをタップした。

 

『デコってどうしたの?』と返信するとすぐに既読が付いた。そして、続けてメッセージが来る。

 

『先生今日会えないかな? やっぱ忙しい?』

 

 私はすぐに返事をした。

 

『忙しいよ。夕方辺りには終わるけど』

 

『へえ……夕方?』

『じゃあ、ちょっとだけ時間もらえる?』

『ほんと、ちょっとでいいから』

 

私はこう返信した。

 

『行くよ、ただし門限は守ってね』

 

 本当なら夕方に行きたかったものの、仕事が積もって夜にずれ込むことになった。トリニティになんとか向かうと、ミカはすでに待っていた。彼女は私を見つけるなり駆け寄ってきて、

 

「あ、先生だ☆」

 

 と。私は彼女に軽く挨拶を返してどうしようか考えたのだが、ミカはモジモジしながら色々とポンポン話を展開させていく。お茶しようかな、お店行こうかなでも閉まっているよね、どうしよう折角来たのに帰っちゃう?とか何とか。

 

「先生が私と一緒に歩いてたら、色々と噂されちゃうかな?」

 

「そういうのは関係無いよ。週間雑誌とかがよくゴシップと称して私と生徒の恋愛記事を書くけれど、大抵はフェイクだし」

 

「そっかぁ……」

 

「それより、これからどうしよっか」

 

私がそう言うと、ミカは少し俯いて黙ってしまった。

 

「あっ、私の部屋とかどうかな? 今は寮暮らしだけど」

 

「寮じゃ、私が入るのは不味くない? 私は部外者なんだし」

 

「大丈夫だよ! ルール的に問題無いし、今日は休日だから門限は遅いから!」

 

「……まぁ、それならいいけど」

 

 そんなこんなでミカの部屋に行くことになり、彼女が私の腕を掴んで引っ張っていくという構図になった。

 

 建物の中は歴史があるのか改築されてないのか、かなり古びた感じだった。階段もギシギシ音が鳴るし、色褪せた壁の色に年季を感じさせた。

 

「ごめんね、ちょっと寂れた場所だよね。古い建物だからあんまり人気なくて、住んでる子も少ないの。この前なんかネズミが出たんだよ……。うぅ、前いた檻が恋しくなるレベル……」

 

「ネズミが出るならしっかり対策グッズ買っておかないとダメだね。もしくは軍手つけて捕まえるのも手だけど」

 

「うえぇっ!? 手でネズミ捕りなんて無理だよぉ……!!」

 

 ミカは顔を青ざめさせて、ブンブン首を振った。そんなに嫌なのだろうか。

 

「あ、そうだ! 今度出た時は先生を呼ぼう!」

 

「手間かかるからやめてね。どうしてもならナギサに頼み込めば?」

 

「うーん……考えてみようかな」

 

 そうこう話しているうちに非常階段の前に。彼女の部屋はいちばん高いところ、即ち屋根裏にあるらしい。

 

 急な階段を上るとそこは薄暗い空間が広がっていた。天井が低いせいか圧迫感があって息苦しさを感じる。

 

「ようこそ、私の部屋へ! 狭いけどゆっくりしてね!」

 

「お邪魔します……」

 

 元は物置部屋だったのか、捨てられた家具などが隅に雑多に置いてあった。

 

「ふーん……」

 

ゆっくり部屋の中を見回していくと、ミカが突然声を上げた。

 

「そろそろかな?」

 

 その瞬間、チャイムが鳴り寮監の声が聞こえた。

 

『それでは点呼を行います! 現時刻をもって正門を閉鎖! および各生徒は自室の前で待機するように! 上の階から点呼を取ります!』

 

「はあ!?」

 

 思わず声が出てしまった。まさかこんなタイミングで来るとは……。

 

「たいへーん! 先生はしばらく私の毛布にくるまってて!」

 

「えっ?ええっ?」

 

 ミカは自分のベッドへ私を押し込んで毛布を被せた。

 

少しして非常階段を上る音が聞こえて、寮監とミカが会話するのも聞こえる。

 

「はい! ちゃんといますよー!」

 

「はい……大丈夫です……」

 

「……」

 

私は黙って毛布の中で丸まっていた。心臓が激しく鼓動し緊張が高まる。

 

やがて足音は遠ざかり扉を開ける音がした。そしてまた閉まる音。

 

「ふう……なんとかバレずに済んだみたいだね」

 

「これは一体どういうことなの……?」

 

「しーっ……。この建物はよく声が響くから静かにしないとダメだよ。それに……先生は騙されたんだよ?」

 

「騙された……?」

 

「そう。どうしようね? もう朝までここに居るしかないよ? ……こーんな簡単に私を信じちゃうなんて」

 

 呆れるようなため息をつきながら口を開く。

 

「構って欲しいからって、これは度が過ぎてるよ」

 

「……今更だよ? 私って悪い子なんだもん。先生だって知ってるよね?」

 

「それはそうだけれど……」

 

「ほんのちょっとだけ、先生と一緒に居たかったからこんな事しちゃったけどさ」

 

「帰る。ダンボールはある? 一人分隠れるほどの大きさがあればいいんだけど」

 

「ええっ? 寮監が居るのにここから出る気なの?」

 

「見つからずに出るから。ほら、早く出して」

 

「……ちぇっ。せっかく二人っきりだったのに」

 

 不満げに呟きながらも彼女は私の言う通りにしてくれた。そしてダンボールを被って寮から抜け出す。RABBIT小隊に教えてもらったダンボール術がこんな所で役に立つとは思わなかった。

 

 帰り、ふと思った。私が先生でなかったら、彼女とは仲良く友達になれていたかもしれないと。

 

 本当だったら夜通しミカとお話したり、門限破って夜のスイーツ探しだってしたかった。でも私は先生だから。それに、彼女はギリギリの状態である以上、距離感には繊細にならざるを得ず、この関係を壊したくはなかったのだ。

 

 道中、ミカから連絡があった。

 

『無事帰れたんだよね?』

 

『帰れた。二度とこんな事はやらないでね』

 

 そう返信してスマホをしまって、またため息を吐いたのだった。

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