アビドスの6人目   作:____―--

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【ミカ】HONEY 3

 いつか、本音を彼女にぶつけないといけないのだろうか。彼女に隠し事のようなもの抱えたまま関わったらいつかすれ違って傷つける事になるかもしれない。だからミカと二人きりで話せる機会を作りたい。そして落ち着いた所に連れて行ってそこでちゃんと話し合おうと思う。

 

……という事で、休憩時間中に旅行サイトをぼんやりと見ていた。リゾート地とかよりも旅館の方が良さそうと思ったり。レッドウィンターにも旅館があったが、そんな寒いところではなく海が見えるようなところで泊まれれば最高だなと思いながらスクロールをしていった。

 

 ある程度目星付けた後の段階のこと。ミカに呼び出されて茶会を共にする。

 

「でね、最近ナギちゃんと一緒にお茶してたんだけど……私がちょっとからかいすぎちゃって、またロールケーキ口に突っ込まれちゃったんだよね」

 

「ふむ、ミカにはそういう所があるからね」

 

「先生、セイアちゃんのモノマネしてるの?」

 

「モノマネというには些か俗ではないかい? 人は無意識に受け取った言葉を自分の中で曲解し、自分の言葉へと変化させる……」

 

「先生やめてー! 先生がセイアちゃんみたいになるのは嫌だよ!」

 

「……なーんてね、冗談だよ。この前セイアとまた一緒にお話してね、話し方面白いなと思って真似してみたけどやっぱり無理だったよ」

 

「セイアちゃんもナギちゃんも先生と話しててズルいよー!」

 

「スケジュールが合わないこと多いからね、嫉妬?」

 

「うーん……。嫉妬、っていうか……。たまにね、先生が他の子とすっごく楽しそうに話してるの見ると…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけモヤモヤしちゃうっていうか……。やっぱり、ちょっとヤキモチ焼いちゃうかも。あはは……困らせちゃった? ごめんね、先生」

 

「やっぱり。そんなミカに……ある提案があります」

 

「えっ!? 何々!?」

 

 ミカがこちらに身体を乗り出し、苦笑いで応える。

 

「二人で旅館に一泊とかってどう? 海が見えるところを取ってさ、ゆっくりするのも良いと思うんだよね」

 

「えええーっ!? いいの!?」

 

「もちろん。ただし、条件があるよ」

 

「条件?」

 

「うん。ミカは『シャーレの先生である私』と行くか、『本当の私』と行きたいか、選んで欲しいの。前日までじっくり考えておいてね」

 

「えっとつまり、普段私が見てる先生はシャーレの先生という仮面で、本当の私はその仮面を外した素の姿ってことだよね?」

 

「そういうことになるかな。あまり見せたことないから、他の子に相談しても意味無いよ。ミカ自身で答えを出してね」

 

「う、うん。分かった! じゃあ、楽しみにしてる!」

 

 これで良かったのかは分からないけど、今の自分にできる最善の選択をしたつもりだ。

 

 これが、ミカと向き合える一番の方法だと思うから。

 

――

 

 ミカに選択を突きつけて数日も離れていたある日、彼女からの答えはスマホの振動で返ってきた。

 

「ミカどうしたの?」

 

 深呼吸一つ置いて、スマホを耳に当てた。

 

『あの……先生。旅行の話なんだけど……答え出たよ。先生が私の話を聞いてくれて、私を信じてくれて。一緒に背負うって言ってくれた、あの先生が好きなの。だから……『本当の先生』と行きたい。役割とか、立場とか関係なく一人の人として、私と一緒にいてくれる『あなた』と行きたい!』

 

 ミカの声色はいつも通りだったけれど、どこか震えているように感じた。

 

 きっと、怖いんだと思う。でも、覚悟は決めたみたいだ。

 

「うん、ありがとう。じゃあ、当日は楽しみに待ってるね」

 

――

 

 それから旅行当日の朝。私は寒色系のカジュアルファッションに身を包み、待ち合わせ場所の駅に向かった。先に着いたらしく、ミカの姿はまだ見えない。さっきコンビニ寄って買ったコーヒーを片手に待っていると、少ししてミカがやってきた。

 

「お待たせー! ……わーお、先生のそういう姿見るの初めてかも!」

 

「普段スーツ着てるし。ミカはおめかししてきたの?」

 

 ミカは白のワンピースを着ており、髪はかなり手を加えていて綺麗になっていた。本当にお姫様みたいな見た目だ。

 

「えへへ、どう? 似合ってるかなぁ?」

 

「似合ってるよ」

 

「でしょー? ほら、もっと褒めていいんだよぉ~?」

 

「はいはい可愛い可愛い」

 

「むぅ……。なんか雑じゃない!?」

 

「はい、電車乗るよー? 遅れたら待つのめんどいし」

 

「ちょっと無視しないでよっ!!」

 

 そんなこんなで、私たちは目的地に向かうため、電車に乗り込んだ。電車の中に人が居なかったお陰で、座席に座れたのだが、調子乗ったミカが私の片腕にしがみついてくる。

 

「力入れないでね、ただでさえ私の身体はデリケートなんだから……」

 

「大丈夫だってー。あ、そうだ! せっかくだし写真撮ろうよ!」

 

「え、拒否。モモトークに上げそう」

 

「もうー! 良いじゃん別にー!!」

 

「カズサって子とツーショット撮って上げたらSNSが大惨事になったからね?」

 

「……へー、そのカズサちゃんと一緒に。ふーん……」

 

「あ、ヤキモチ」

 

「ち、違う! 別に羨ましいとか思ってないもん!!」

 

「そこまで言うなら、モモトークの友達欄言ってみてどこまでヤキモチ妬くかな? アカネ、アカリ、アコ、アズサにアスナ、アツコにアリスにアル……ぐえーっ!?」

 

 ミカからの力が強くなって私は変な声を出してしまった。

 

「先生の浮気者ー!」

 

「誰とも付き合ってないし、誰ともやってないよ!! うわ言もやめてぇー!!」

 

 という感じで私たちの日常会話はいつも通りだった。

 

 そして目的の駅に着いて旅館へ到着すると、そこには立派な和風の建物があった。手続きを私が済ませて、部屋に案内される。二人用の部屋を取っていたのだが、思ったより広くて驚いた。

 

「寝る時は押し入れにある布団取り出して敷くみたいだね」

 

「おぉ〜! なんか修学旅行気分!」

 

「トリニティに修学旅行ってあるんだ……。ベランダから海が見えて素敵だね」

 

「そうだね。さて、先生これから何しよっか? 温泉入る?」

 

「まだ早いよ。何となく散歩したいな〜」

 

「いいよ、行こっか」

 

 私たちは旅館を出て少し歩いたところにある海岸へ向かった。真昼の砂浜が綺麗で思わず見惚れてしまうほどだ。

 

「ブーツが汚れちゃう。サンダル持って来れば良かった……」

 

 足元に気をつけながら、私は慎重に歩こうとしていた。だがどうしても砂が入ってきてしまう。

 

「じゃあ、裸足になる?」

 

「砂が熱いからヤダ」

 

 周囲に人が居ないおかげで、波打つ音に風の音だけと静かな空間になっていた。私はその雰囲気が好きだったので、しばらくボーッとしていた。

 

「素敵だね。ナギちゃんやセイアちゃんにも見せてあげたかったなぁ……」

 

「いいじゃん、今度は連れて来てあげようよ。ナギサは仕事に追われてそうだから無理矢理でも引っ張ってさ」

 

「でも、今は先生と一緒に旅行できて嬉しいよ」

 

「気に召して頂けたなら何より。……そろそろ別のところ行きたいな。飽きた」

 

「えーっ!? もうちょっとここにいようよー」

 

「だって何もすることないし……。景色見て終わりじゃん。それとも夕暮れの砂浜のビーチで恋人がイチャイチャするみたいなことしたいの?」

 

「きゃー☆ ロマンチック〜!」

 

「とにかく私は飽きたの! ブーツも汚れるし」

 

「むぅ……分かった。じゃあ、次はどこ行く? まだお昼過ぎだし」

 

「んー、とりあえず歩きながら考えよっか」

 

 私達は砂浜を後にして、海峡の街を散策することにした。

 

 街にはたくさんの店が立ち並んでいた。海産物を扱う店が特に多く、魚介を使った料理屋が多かった。そろそろ昼食にしようかと話していた時。

 

「おっ、魚介系ラーメン」

 

「えーっ、ここに来てまでラーメン食べるのぉ?」

 

「じゃあ何食べたいのさー」

 

「うーん、せっかくここに来たんだからさ、甘いものとか☆」

 

「流石、主食がロールケーキのお嬢様だね」

 

「それはナギちゃんのせいだからぁ!!」

 

「まあ、ミカに合わせるよ」

 

「やったー♪」

 

 私達はそこらの店で昼食を取ることにした。店内は広く、席数もかなり多かった。メニューを見ると、魚介類だけでなく、野菜や麺類などもあったから、お互いに好きな物を頼んでシェアすることになった。

 

「せーんせ! あーん☆」

 

「あーん……」

 

 すくったパスタを口に運ばれると、味が口いっぱいに広がる。

 

「先生も私にあーんして☆」

 

「はいはい」

 

「ってあつっ!?」

 

「ふーっしないから」

 

「むぅ……」

 

 そんなこんなで食事を終えた後はまたお散歩タイムである。今度は砂浜ではなくアスファルトの上を歩いていき、通りすがるローカルバスや潮風に長い髪をなびかせながらミカは歩いていく。

 

「トリニティの外って全く行ったことがないからさ、こうやって歩くだけでも楽しいんだよね」

 

「そっか……。ミカはトリニティの外って出た事ないんだっけ?」

 

「うん、だからこうやって先生とお出かけするの楽しいよ!」

 

「そっか」

 

 街の空を辿っていくカモメの群れを二人で見上げていると、ふとミカが足を止めた。

 

「ねえ、先生」

 

「何?」

 

「手……繋いでもいいかな」

 

「いいよ。はい」

 

 私が差し出した手をミカが握ってくる。彼女は指を絡めようとしてきたが、固く閉ざしてまだだよ、と口を開く。ミカはむっと頬を膨らませたが、すぐに笑顔になってくれた。

 

「えへへ……♪ 先生と手繋いじゃった」

 

 スキップ気味に歩くミカに引っ張られていると、小さな商店を見かけた。店の外にアイスケースが置いてあり、中にはゴリゴリくんや抹茶、いちごのシャーベットやチョコアイスが並んでいた。

 

「懐かしい……」

 

 近づいてアイスを物色していると、ミカが私の袖を引っ張ってくる。

 

「ねぇ、先生! 一緒に食べよ?」

 

「そうだね。私はどうしようかな」

 

 ふと、過去の思い出に耽っていた。夏のアビドスはとても暑く、ダウンしそうなセリカやアヤネのためにこうやってアイスを沢山買って持って行ってあげたことがある。六人で一緒にアイスを食べていたあの青春の思い出。

 

「ひゃっ!?」

 

 彼方へいっていた意識は頬に感じた冷感によって呼び戻される。

 

「他の子のこと考えていたの……?」

 

 ミカの手にはすでに買っていたチョコアイスが握られていて、パッケージが私の頬に当てられていた。

 

「ごめんって」

 

「先生、今は私と一緒にいるんだから。今は私だけを見ててよ」

 

「わがままだなぁ〜……」

 

 レモンのシャーベットを手に取って、ガラスのスライドドアを開けて店内へ。レトロなテレビで野球をずっと眺めてる店主に軽く会釈したあとに小銭をいくらか出して購入する。

 

 店の外に置かれたベンチに座って、フタを開ける。木のスプーンでざくざくとシャーベットを削りながら口元に運ぶ。

 

「ん〜、冷たくて美味しい!」

 

 ミカはチョコアイスを頬張りながら幸せそうな表情を浮かべていた。私もシャーベットを口に運ぶと、さっぱりとした甘さが口の中に広がる。

 

「先生も、あーん」

 

 カップ型のチョコアイスをこちらに向けて差し出してくるが、私はやんわりと拒否した。

 

「え、やだ。間接キスになっちゃうじゃん」

 

「私は気にしないよ?」

 

「私が色々気にするの」

 

「けち〜……」

 

「ほら、早く食べちゃいなよ。溶けるよ」

 

「はーい……」

 

 溶け始めたシャーベットを一気に口に流し込み、なんとか完食。軽い頭痛がしてきたものの、なるべく平然を装った。

 

「うぅ……。一気に食べちゃったから頭がキーンってする……」

 

「私も。そろそろ旅館に戻ろっか」

 

 ベンチから立ち上がり、歩いてきた道を戻ることに。

 

 旅館に到着したら、次は浴衣に着替えていく。

 

「じゃーん! どう? 似合う?」

 

「綺麗だね。髪、私が留めてあげよっか?」

 

「うん! お願い!」

 

 ミカの髪型をゆるめに一つに纏めて留める。一方の私は彼女の手によってハーフアップにされた。

 

「こういう手の込んだ結び方はしないんだよね。面倒だし」

 

「えー、勿体ないなぁ。可愛いのに」

 

「ん〜、ちょっと練習してみようかな」

 

 次に館内を探索しに行った。お土産屋、ゲームセンター、卓球台など。ミカから卓球を誘われたものの、彼女の怪力っぷりをみたら命の危機を感じたので丁重にお断りした。

 

「じゃあ、温泉行こっか!」

 

「そうだね」

 

 浴衣を脱いでタオルを片手に大浴場へ。中は広くて清潔感のある空間だった。洗い場でミカと隣同士の椅子に座って髪や身体を洗っていくことに。髪は交互に洗い合っていくのだが、

 

「つーん……」

 

「ひぃん!?」

 

 ミカの指先が私の肌をなぞっていき、悪寒を感じた私は悲鳴のような声を上げる。

 

「ちょっと、何してるの!?」

 

「えへへ……♪ 先生の肌ってスベスベだよね〜」

 

「くすぐったいからやめて!」

 

「やーだ! もっと触らせてよ」

 

「この、セクハラお嬢様! 上流階級!!」

 

「私はもう上流階級じゃないもーん」

 

「ほんっと、調子のってるね……」

 

「先生、お背中流してあげよっか?ね?」

 

「お断りします!!」

 

「あーあ、警戒されちゃった♪」

 

「もう、先入ってるからね」

 

 桶いっぱいのお湯を頭から被って、泡を流していく。次にタオル使って髪を纏めて湯船へ。

 

「待って、私も入る!」

 

 ミカが慌てて身体を洗い終えて湯船に入ってくる。浸かりながら温泉の効能が書かれたプレートをぽーっと眺めていく。

 

「肩こり、疲労回復……。私にピッタリだ」

 

「シャーレの仕事って退屈そうだもんね」

 

「そう。だから当番にミカ呼ばないようにしてるの。退屈でわーわー言いそうだからね」

 

「ひどーい!! 私だって、やる時はやるんだから!」

 

「冗談だよ。……でも、当番やりたいって子が何故か多すぎてね。だから当番をローテーションで回してるんだけど、ミカの番がなかなか回ってこないの」

 

「先生、やっぱり人気者だね」

 

「そうだね。……私はみんなのヒーローじゃないのに」

 

「でも……。私からすると、先生は王子様に見えてるよ」

 

「王子様?」

 

「うん。いつも私を助けてくれたり守ってくれたり……そんな所がね」

 

「……王子様は白馬に乗るし、いつも綺麗だよ。私は前も言った通り、闇の世界の住人だから。ただ、向こう側に行かせたくないというだけ」

 

「闇の世界か……。先生も何か失ったの?」

 

「あるよ。とても辛い過去が。それが私の全てを歪めてしまった。だからミカにもそうさせたくないと、そう思って動いていたの」

 

「先生……。私、知りたいな」

 

 心の中でミカにちょっと謝ることにした。本当の私を晒け出すといいながら、過去の全てを語らないのはフェアじゃない。でも、これはミカにとって重すぎることだから。きっと聞いてしまえば、彼女は全てをかけてまで私を守ろうとするだろう。その役割はセイアに譲るつもりだ。

 

「……ごめん、話せない。古傷を抉るような真似はしたくないから」

 

「そっか……。でも、いつか教えてね」

 

「……うん、約束」

 

 すこしの間静寂が挟まり、のぼせる前に湯船から上がることにした。

 

「すごい、芯まで火照ってるような感じがするよ」

 

「私も〜。ちょっと長湯しすぎたね」

 

 浴衣に着替えて、次は夕食へ。和食中心のバイキング形式で、海鮮や山菜などを使った料理が並んでいた。

 

「先生、そんな食べるの!?」

 

 私の皿には大量の料理が盛られている。焼き魚に天ぷら、刺身に煮付け、茶碗蒸しなど。

 

「ん〜、美味しそうでつい。それに普段はあまり食べられてないし」

 

「そっか、先生忙しいもんね」

 

席に着いたら箸を割り、料理に舌鼓を打つ。

 

「美味しい。お酒があればなぁ……」

 

「えー、なんかおじさんみたい」

 

「うへえ!? お、おじさん!?」

 

「あはは、冗談だよ。でも、私もお酒飲んでみたいなぁ」

 

「ミカがあともう少しの我慢だよ。私は飲めるもんね」

 

 こうして二人で談笑しながら食事を楽しみ、部屋に戻る。いよいよ夜は深みに入っていく頃合いで、就寝しようと布団を二枚隣り合わせに敷いていた。

 

「えへへ、先生と一緒に寝るのは初めてだよね?」

 

「そうだね。……ウェーブキャットの抱き枕無いからなんか違和感あるけど」

 

「へー、先生は寝る時は抱き枕使うんだ? ……じゃあさ、今日だけ私が代わりになってあげよっか?」

 

「ミカは胸が邪魔」

 

「もうー!! 先生は乙女心全くわかってない!!」

 

「ごめーん」

 

 軽く謝ると、彼女は頬を膨らませながら電気を消す。横になって分厚い掛け布団を掛けていく。普段の寝具とは違うせいで上手く寝付けるかの不安があった。触覚が違和感を察知する中、ミカの声が聞こえた。

 

「ねえ、先生」

 

「どうしたの?」

 

「こういう時ってさ、こっそり恋バナとかしない?」

 

「いいけど、何話すの?」

 

「好きな人について!」

 

「ああ、そういうことなら……」

 

「あ! 先生今誰を思い浮かべたのかな~?」

 

「……私に色々教えてくれた、先生かな。それが……たぶん初恋」

 

「居たんだ、初恋の人が……。そっかぁ……。で、どうなったの? その人と付き合えたの?」

 

「ううん、告白はしてない。と言うより実質死別かな。行方不明だと思うけど、ほぼ死んだと思ってる。……初恋は叶わないようなもの。それを知って、一歩ずつ踏み出していくしかないんだよ」

 

「そうだったんだ……。なんか、ごめんね。重い話させちゃったみたいで」

 

「気にしなくて良いよ。もうちょっと前のことだから。ほら、おやすみなさい」

 

「うん、おやすみなさい」

 

 目を閉じて数分後、隣から規則正しい寝息が聞こえる。その音を聞いていると自分も眠くなってくる。瞼を閉じると意識はすぐに遠退いていった。

 

 ――でも、深い眠りでは無かったようだ。汗をかくほどの暑い感覚が意識を再び覚醒させる。掛け布団をどかして身体を起こすと、浴衣をぱたぱたと扇いで風を送りながら室内の小さな冷蔵庫を開けた。中には缶ビールが入っていたので取り出してベランダへ出る。浴衣の上を脱いでタンクトップ姿になり、ようやく潮風が肌に心地よく感じるようになった。

 

 真っ暗闇の海は波の音だけを響かせ、遠くに見える水平線には月明かと星々の光が反射していた。夜空を見上げれば満天の星空が広がっており、都会ではなかなか見れない光景だ。三角座りになって、プルタブを開けてから一口飲む。冷えたビールが喉を通り抜けていくのを感じる。

 

「……苦い」

 

 お酒自体あまり飲まないせいもあって、この味はあまり好きじゃない。でも、雰囲気もあってか自然と進んだ。しばらく海を見ながらぼーっとしていると、背後から足音が聞こえてきた。

 

「先生……起きてたんだ」

 

 ミカが起きており、こちらに向かって歩いてきていた。

 

「ごめん、起こしちゃった?」

 

「えへへ、隣に先生が居ないから探しに来ちゃった」

 

 そう言ってミカもベランダに出て来て私の横に座る。

 

「先生が飲むところ、初めて見ちゃった」

 

「私だってお酒を嗜むことくらいあるよ。今はベストな機会だからね」

 

「ふぅん……」

 

 ミカはつまらなさそうな顔をする。

 

「一人で飲んで、ぼんやりと色んなことを何となく程度に考える時間が好きなんだよね。明日どうしよっかなって考えながら」

 

「寂しくないの?」

 

「私の周りには色んな人で溢れてるから。こんな寂しさも時には必要だよ」

 

「私は一人だと不安で仕方がないけどなあ」

 

「人それぞれだと思うよ。ミカみたいに常に誰かと一緒にいるのが楽しいという人もいるだろうし、逆に一人の時間を大切にしたいって思う人も居ると思う。……ねえ、ミカ」

 

「うん?どうしたの?」

 

「今から砂浜行かない? 夜の砂浜を散歩しようよ」

 

「いいよ、行こう」

 

 ミカの手を引いて立ち上がり、借り物のサンダルを履いて外に出た。街灯も明かりも何も無い砂浜は本当に真っ暗で、スマホのライトが無いと歩くことすらままならない程だった。波の音だけが静かに響いている。

 

「ミカ、手を」

 

「えっ!? う、うん……。先生から誘ってくるなんて珍しいね」

 

「センチメンタルになって」

 

 感傷的になった私の手は弱々しく彼女の手を握っていく。彼女も読み取ったのか、あまり口を開くことも無かった。ただ黙々と歩いていた。

 

「……真っ暗」

 

「何にも見えないね」

 

「ミカ。……今から話すことは、明日になったら忘れてね」

 

「う、うん……」

 

 彼女の了承を得てから、立ち止まって月を眺める。満月から少し欠けているものの、それでも綺麗な月が夜空に浮かんでいた。

 

「最初ミカに出会った時、苦手意識があったんだ。私とナギサで話しているのに、よく割り込んでくるなって思ってさ」

 

「あはは……。やっぱり嫌だったかな?」

 

「今は大丈夫だよ。そういう時って大体ミカに何か起きてるって何となく分かってきたし。あの時はミカの事まだ何も知らなかったけど。……本当、補習授業部の時に裏切り者として出てきた時は先生じゃなかったら見捨ててやろうかって思った」

 

「ごめんなさい……」

 

「うん。……でも、アリウスの一件を通じてこうして一緒にいるようになって。ふと振り返ると不思議だよね。私がこんな風になるなんて思わなかったし。でも、あなたの本心が聞けたから。しょうがない子だけど、守ってあげたいと思える」

 

「うん、ありがとう。……何か、伝えようとしてる? 怖いのかな?」

 

 その言葉を聞いて、私は黙り込む。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「何から伝えたらいいんだろう。色々とあって、自分でも整理出来ていない部分があるんだけどね。……本当はね、先生という仮面が無ければミカと友達になりたかったのかも。一緒にスイーツ食べに行ってみたりとか、服を見に行ったりとかさ」

 

「ん? 今でもそういう事出来るよ?」

 

「そうじゃなくてなんだろう。私はミカに気を使っちゃってるんだ。本当はもっと近づきたいと思ってるはずなのに。……ミカは私に依存しちゃうんじゃないかなって思って。だから、距離感が掴めなくなってるのかもしれない。でも本当は……私はめちゃくちゃなんだ」

 

「えっ……。どういうことなの?」

 

「……私がいつまで先生できるかも分からないし、この先どうなるかだって分からないじゃない? 何度も傷ついて、ベッドの上でちゃんと死ねるかなんて保証も無い。そんな状況で、あなたと一緒に居られる自信が無いんだよ」

 

「……」

 

彼女は何も言わずに私の話を聞く。

 

「だから、今のうちに言っておこうと思う。もし私がいなくなっても、傷ついてもいいからいつか前を向いて歩いてほしい。それが出来ないなら、せめて私以外の誰かを頼って欲しい。友達全部居なくなっちゃった私にはもう無理だけど……ミカにはまだナギサとセイアが居るはずだから」

 

「……先生、だから私を助けようとしてくれたの?」

 

「うん。……ごめんね、こんなこと言って。でもこれが本音だよ。……多分、これからもずっと同じ気持ちだと思う」

 

「そっか……」

 

 彼女は少し悲しげな表情を見せた後、いつものように微笑む。

 

「……あとね。私だって、お姫様になりたいの。誰かに甘えたり、助けられたり、そんな存在にだってなりたい。でもそうなったらきっと戻れなくなっちゃう気がする。……じゃなくて、えっと。あのさ、私が助けてと言ったらミカは王子様にでもなってくれたら嬉しいかなって思うんだけど……」

 

「先生」

 

 照れ隠しで言うが、ミカの真剣な声がそれを遮る。

 

「本当の先生を見せてくれて、ありがとうね。……絶対に助けに行くよ。王子様は無理かもしれないけど、でも私の大切な人だから。だから……勝手に遠くに行かないでね? 約束して」

 

そう言うとミカは小指を差し出す。私は恐る恐る小指を絡めた。

 

「死んじゃったら、ごめんね」

 

「それはダメ! 絶対に約束守ってもらうんだから!」

 

 指切りげんまんの歌を歌うと、私はミカの方に身体を預ける。そしてそのまま目を閉じた。

 

「先生?」

 

「忘れてね。……私酔ってるみたいだし」

 

「うん。わかったよ」

 

 確認してから私はミカの身体から離れ、自分の足で立つ。

 

「そろそろ眠いから戻ろう」

 

「そうだね」

 

 私たちは手を繋いで部屋に戻る。だけど、帰り際でミカの小さな呟きが聞こえてきた。

 

「……嘘つき。絶対に忘れないよ」

 

――

 

 朝の目覚めは無邪気な姫によって起こされた。布団の奥深くに潜っていた身体を引きずり出される感覚が襲ってくる。

 

「せーんせ☆ おっはよー! ほら起きて!」

 

「ん……ミカ、もしも私が連邦生徒会長になったら、まず、朝のうたた寝を邪魔する奴をチェリノ書記長のように粛清する法律を作ることにする……」

 

 布団を剥ぎ取られながら、私は不機嫌そうな声を出す。

 

「あはは☆ 面白いこと言うんだね! ほら起きて、朝のバイキング行かないとなくなっちゃうよ?」

 

 ミカにひょいと体を持ち上げられ、朝の支度を色々させられてしまった。

 

 朝食はヨーグルトにサラダ、トースト、フルーツといったシンプルなものだったけど、どれも美味しかった。食べてる最中は目玉焼き、ハンバーグなどにどんなソースをかけるかでしょうもない議論をしていた。食べ終わったら荷物をまとめてチェックアウトをし、ホテルを出る。

 

 そして帰りの電車に乗り込み、席に座りこむ。遠くへ霞んでいく海峡の景色を窓越しに見つめていると、隣に座っていたミカが話しかけてきた。

 

「先生、ありがとうね。ずっと楽しかったよ。戻るのが嫌になるくらい」

 

「そう言ってもらえるなら嬉しいよ。……ねえ、ミカ」

 

「何?」

 

「今回の旅行は夢だから。日常に戻れば私はシャーレの先生として、ミカはトリニティの生徒として変わらない日常を過ごすことになると思う」

 

「うん、そうだよね。こんな先生の姿なんて、他のみんなには見せられないもんね!」

 

「ひどい〜……。でもそうだね、なかなか見せないよ。でね、もし夢の続きを見たかったり、私の方にもっと踏み出したいと思ったら……」

 

 私は一息置く。

 

「ガラスの靴も、綺麗なドレスも置いてきて、私の方まで走ってきて。そうしたら勝負してあげる」

 

「えっ? それってどういう意味?」

 

「どうかな。任せるよ」

 

「うーん……。よくわからないけど、わかった! 私頑張るから!!」

 

「楽しみにしてるよ」

 

 私の手の上にいつの間にか彼女の手が重ねられており、指が絡められているのに私は気づかなかった。

順番決め ※全員やります(締切 2/16 0:00)

  • イチカ
  • カズサ
  • サオリ
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