Arisu in Wonder Underground 1
真昼のミレニアムサイエンススクールの公園。私は一人、ベンチに座ってぼーっとしていた。視界の隅に映る少女は現在『冒険』をしている最中で、その様子を姉のように見守っていた。
「ぱんぱかぱーん! アリスは木の枝を手に入れました! 最弱の武器ですが、見習い勇者なら誰もが通る道です!」
アリスが木の枝を見つけて、それをわざわざ私に見せてくる。
「じゃあ、すぐにお金貯めて次の武器を買わないとね。でも光の剣じゃダメなの?」
「先生、アリスは新しくゲームを始めているのでまずは最弱の武器から始めないとダメなのです。いつかはきっと光の剣を手に入れます!」
「そっか、じゃあどんどん強くならないと」
今、部長のユズからのクエストでアリスと次回作のインスピレーションを探し出すというクエストを遂行中だ。久しぶりにモモイからの要請があったのでゲーム開発部に顔を出したら、次回作のアイデアが思い浮かばないので助けてほしいと。そんな些細なことでわざわざ呼びだされるのかと思うかもしれないが、私自身ゲーム開発部が大好きだったし、ここ最近は重大な事案しかやってなかったので丁度良い息抜きになると思って請け負ったのだ。
実際ゲーム開発部に来てみるとみんな相変わらずでほっとしたし、色んなゲームを一緒にプレイして楽しかった。やっぱりこんな何気無い日常が私は一番好きなのだと思う。
しばらくして、ある生徒の掛け声が聞こえてきた。『いち、に』と繰り返しながら一定のテンポで呼吸と足音を刻む音。そのリズムは徐々に大きくなっていくが、足音のテンポは変わらず一定で……。
「あっ、先生ランダムエンカウントです! 見つけました!」
アリスの声で私は音の方へと顔を向ける。そこにはスポーツサングラスにトレーニングウェアを着こんで、ランニングをしている一人の生徒。トレーニング部の乙花スミレが汗を流しながら走っていたのだ。
「スミレだ。今日もトレーニング?」
「あっ、トレーナー。今日も良い運動日和ですね」
彼女は足を止めるとタオルで汗を拭き、スポーツサングラスを外すと私に挨拶する。スミレは以前からお世話になっており、足を負傷した際にリハビリコースを彼女に依頼した。最初は負傷具合から慎重な反応されたが、エンジニア部から右足の補助装置を使わせてもらい、徐々にリハビリをしていった。その結果、道具込みで走れるほどに回復し、今は普通に走っている。それ以降はスミレとは一緒にトレーニングをするようになった。スミレのトレーニングは超苛烈というのがミレニアム内の共通認識で、あのネルですら顔を引きつらせるほどだ。私からすると負傷者だからか気を遣ってくれるのでまあまあなコースで、運動後はご飯が美味しくなる程度には負荷がかかるので丁度良い。
「スミレ先輩! 今日も運動冒険ですか?」
「ええ、アリスちゃんも運動はしていますか? 良い運動をすると気分がすっきりしますよ」
「アリスは毎日冒険しています!」
「それは良いですね。運動は地道にコツコツ続けるのが肝心ですから」
アリスもスミレと面識があったのかと今更ながらに思いながら、私からスミレに聞いてみる。
「ランニング止めて悪いけど、今から時間って空いてるかな。一緒にジムとかどうかなと。アリスもいい?スミレのトレーニングは結構ハードだけど」
「はい! アリスもついていきます!」
「良いですね。一緒に汗を流すのは私としても嬉しいです。では、行きましょう」
三人で軽めのジョギングしながらジムへ向かうことにした。
――
ジムに着いたらまずスポーツウェアに着替え、準備運動したらスミレ推薦のコースをやってみる。ウォームアップはランニングマシンで十キロぐらい。次にバトルロープを振り回すのだが、アリスが笑顔でロープをぶんぶん回す度に床に亀裂が入るほどの衝撃を与え、周囲の器具がガタガタと振動する。私とスミレでもうちょっと加減するように注意して次はタイヤフリップに。大型のタイヤを持ち上げてひっくり返すというトレーニングで、汗を垂らしながら何回もひっくり返す。なおアリスは片手でタイヤをひょいとひっくり返していた。
次にファーマーズウォークでダンベルを両手で持ちながら歩いて行くのだが姿勢が良いとスミレに褒められる。
「トレーナーは背筋をしっかり伸ばして歩いていますね」
「このぐらいならね。まだ、それほどは辛くないし」
次は屋外でメディシンボール。三キロの重さがあるボールをなるべく空高く投げるのだが、アリスがあまりにも高く投げてしまい……。
「一旦退避しましょう! どこに落ちるかわかりませんので!」
一斉に三キロのボールから退避した。数十秒後にボールが着弾し、クレーターできるほど地面にめり込む。やはりアリスに野球とかやらせてはいけないなと改めて痛感する。
最後にサンドバッグ打ち。あらかじめアリスに力を入れすぎないように注意して打ち込んでもらい、私はパンチとキックの両方で打ち込んだ。
こうしてトレーニングを一時間ほど行い、タオルで汗を拭きつつ水分補給。アリスとスミレはまだまだ元気が有り余っているようで、私はもうヘトヘトだ。
「はぁ……。けっこうやったけど、まだ腹筋とか割れないんだね……」
「恐らくタンパク質不足でしょう。筋肉をつけるためには食生活も重要ですから。特製のプロテインはいかがですか?」
「いただこうかな」
スミレからプロテインを受け取ってぐいっと飲むのだが、味や濃さが常軌を逸している。思わずむせてしまい、アリスに背中をなでられた。
「げほっ、ごほっ……。けほっ、これは濃厚なタンパク質だね」
「アリスも飲みます!」
アリスがプロテインを飲むのだが、ふと思う。アリスの身体は機械らしいのでしっかり吸収できるのか疑問に思っていたがわざわざ口には出さないことにした。
「それにしても、トレーナーの筋肉は変わっていますね」
スミレが私の身体全身をじろじろと見て、感想を述べる。
「そ、そう?」
「はい。本来アスリートは競技にあわせて特化された筋肉を身に纏うのですが、トレーナーの筋肉は全体的についていますね。実用的です。どんな競技を?」
「えっと、それは……そう! 総合格闘技、MMA! ほら、パンチキックに組み技、寝技とかで使い分けるから、全体的に筋肉がついてるの!」
「なるほど。体重管理はされていますか? 階級があるので体重管理はシビアなはずですが」
「あー、それはね……。今はオフシーズンというか、引退してて」
「トレーナーの体つきは特殊部隊が一番近いですね。……なるほど、だからですか」
スミレは何か納得したように頷いている。行き当たりでごまかしたのがバレていないと良いのだが……。
「アリス知ってます! 先生はレベル5のモンクです! 筋力が少しだけ高いだけの見習い戦士です!」
「アリス、私は軍師だってー」
と雑談しながら三人でシャワールームへ向かい、汗を洗い流したらスミレと別れて次の冒険へ。帰り際、モモトークにたくさんのプロテインのカタログが送られてきたのでスミレに感謝しつつ、朝食にプロテインはどうかと心の中で検討するのだった。
――
アリスが気のままに冒険を進めて行き、いつの間にかミレニアム郊外まで来てしまった。
「オープンワールドゲームならこういう裏路地とかにコレクションアイテムとかよく落ちてそうなんだけどね」
「いえ、先生! ここならきっと予想外のイベントも起こるはずなので、アリスはこのまま冒険を続けていきたいです!」
「そうだね。じゃあ、もう少し進んでみようか」
二人で進んでいくとある二人の生徒とランダムエンカウントする。C&Cの一ノ瀬アスナに、角楯カリンがギャルっぽく制服をアレンジして着崩した状態で私たちと鉢合わせる。
「あっ、ご主人様ー!!」
私の姿を見るや、アスナが嬉しそうに頭から突っ込んでくるのだが、トレーニングのお陰かなんとか姿勢を崩さずに彼女を受け止め、そのまま彼女を抱っこする。
「カリンもこんにちは。今日はぷちギャル気分?」
「いや、これは任務で……」
「任務? ……ああ、なるほど」
「二人はメイドから新しいジョブ、『女子高生』にチェンジしたのですね!」
「女子高生というよりは『JK』の方がトレンド感ありそうじゃない?」
「いや、あまり変わってないから……」
カリンが冷静にツッコミをいれる。アリスが引き続き話す。
「『女子高生』は強いジョブだとアリスは知っています!」
「そうだね、この世界ではトップに強いよ。魅力の数値が非常に高いから、なんでもできそうだし。ただ時限付きの期間限定ジョブなのがネックだけど」
「あははっ、二人とも詳しいね! そうだ! 先生も一緒に制服着ようよ!」
「えーっ!? む、無理無理!! 私はもうJKになれないし制服とかキツイというか」
「大丈夫だって! ご主人様程度ならまだ誤差だから! ほら、制服の予備もいっぱいあるよ!」
「なんで持ってるの!? か、カリン!」
助けの目をカリンに向けるのだが、カリンもちょっとだけ苦笑いしながら頷く。
「先生なら……見てみたいかも」
「カリン!?」
「よーし、レッツゴー!!」
C&Cの二人に捕縛され、近くの女子トイレに連行される。その後、本当に着替えさせられ、無様にもギャル姿でアリスの前に再登場した。
「先生! 似合ってます!」
「ううっ……、スカート短くてやだぁ」
「似合ってるってー! ね?」
「ああ、可愛いと思う……」
長い髪もサイドテールにされ、完全にJKの出来上がりである。
「先生のジョブが軍師から『女子高生』に変わりました!」
「違うよ。『女子高生』じゃなくて、これは『行き遅れコスプレ』というジョブで魅力も対して上がらないハズレジョブだよ……」
「『行き遅れ』とはどういう意味ですか? アリスのデータベースに該当するジョブが見当たりません」
「もういい……」
ずっとスカートを抑え、風に揺れる度に中が見えそうで怖い。
「そうだ! ご主人様も一緒に写メ撮ろうよ!」
「うぅ……」
アスナとカリンの三人で自撮りを強制され、一部始終が記録されてしまう。やけくそになったのか、なんとか顔真っ赤ながら笑顔を作り、両手でピースサイン。
「三人ともすごいです! 『メロン』が六つも並んでいます!!」
「アリス!? どこでそんな言葉覚えたの!?」
「はい、ピース!!」
パシャっと笑顔で写真を撮られる。次に「アリスも一緒に撮ろう」とカリンがアリスを誘い、四人で。
「ほらー、もっと顔寄せて!」とアスナが催促しきつきつ、四人での撮影を行った。
「うん、いい感じ! あ、そろそろ時間だから行くね! またねー!」
アスナが手を振りながら、カリンと共に去っていく。本当に嵐のような二人だ。
「アリス、私元の職業にジョブチェンジしてくるね……」
燃え尽きた私はズボンとシャツを持ちながら『神殿』へもう一度向かうのだった。