この世界にて、契約は強い効力を秘めているという。はっきりとしたことは言えないけれど、運命のような、言霊のような、とにかく形而上的な力が働いている気がする。
今私の目の前にはキヴォトスの外からの来訪者がいる。宇宙的でおぞましく、光を放っているようでその反転した闇が滲み出ているそんな存在。恐らく、『色彩』と呼ばれるものなのだろう。
色彩は姿を変幻させ、『私が反転したかのような姿』となり、いつの間にかあった席に座っていた。
「初めまして、先生。あなたと契約を結びに来ました」
「あなたのような雰囲気の人とは、何も契約を結びたくない」
「あら、酷い偏見。でも破滅の運命を変えたいのでしょ? 大人として、正しい先生として、生徒を救いたいのでしょ?」
色彩は私に対して言葉を投げかける。彼女は続ける。
「運命を変える力を与えましょう。私は過去も今も未来も見る事が出来ます。この契約を結べば、破滅の運命は絶対に回避する事が出来ます」
「そんな嘘みたいな事……」
「なら、これはどうですか?」
その直後、強烈なビジョンが私の頭に飛び込んできた。
銃弾を受けたヒナや、返り血を浴びた天使の少女、謎の巨大兵器起動に、病床で途切れる少女、浴槽にてそういう選択をしてしまった少女、生贄にされる少女。見ず知らずの生徒も含めて死んでいくビジョンだった。
「これは……、何?」
「これが未来。あなたの選択次第では、この光景が現実になる。でも、契約を結べば……ほら」
と絶望のビジョンを消し、再度別の光景を見せた。青空の下で、アビドスの皆が変わらない日常を過ごしているもの。
「あなたが望む世界。あなたが選ぶ未来。契約すれば、絶対に叶えられる。ただし代償としてあなたの夢と希望を少しずつ奪っていく。それでもあなたは選ぶ?」
私は沈黙した。でも彼女は続ける。
「あなた一人が酷い目に遭うだけ、それだけで世界が救われるのよ? マイ・フェア・レディ」
私が契約しなきゃ、あの未来が必ずやってくる。怪しい、怪しくないにしても、強烈な説得力を持つ彼女。選択肢なんて、一つしかないに等しかった。
「分かった」と。
色彩は笑みを浮かべ、「おめでとう、あなたの世界は救われたわ」と頭に手をかざした。その瞬間に強烈な眠気が襲ってきて、意識が途切れた。
目覚めた時には、近くのテーブルの上に透明色の液体が入った注射器が置いてあった。今までで見たことの無い、異様な雰囲気を放つ注射器。これが恐らく契約の印なのだろうと、バッグの隅に入れた。
――
それからはいつものラーメン屋に向かい、カウンター席で一人ラーメンを啜っていた。
「大将、大人の責任ってなんでしょうか?」
ずっと抱え込んでいた大人の悩みをふと大将に打ち明けた。静かで客も入ってない中、大将は口を開いた。
「大人の責任ってなあ……、そんな難しい事は考えた事ないが、まあ一つ言えることは……」
大将は恐らくサービスであろうバニラアイスを私の前に置き、
「誰かを守りたいと思った時、勝手についてくるもんだと思うぜ」
「そう、ですか……」
「先生は三年生の生徒と一歳しか違わない歳でなったんだもんな。そりゃ、責任は重いよな」
と大将が呟く。私は続けて麵を啜りつづけた。
「あまり気負わずにやって行けたら良いと思うぜ。先生も人間だ、神様じゃないんだし」
と大将は笑って言った。私は笑みで返した。
戸が開けられ便利屋68の四人が店に入ってきた。アルは驚いて私を見るが、落ち着くようにハンドサインを返した。「落ち着いて、今は私一人だから」と言いながら。
彼女達はテーブル席に座り、四つのラーメンを注文した。
一触即発のような緊張間ではなく、あれはあれと区切られたような、不思議な雰囲気だった。お冷に口付け、彼女達の会話に耳を傾ける。そのうち、大将が器四つを持ってテーブルの方に向かった。
「アビドスさんの子達と友達なんだろう? 替え玉欲しければ言いな」
と、大将が。しばらくしてアルは突然引っ掛かりのあるような表情で、
「友達なんかじゃないわ!!」
そこから彼女持論のアウトロー論について語り始めた。そしてハルカはどういう訳かこの店をぶっ壊すという結論に至り、C4……では無く大量のダイナマイトを持ってきていた。マッチに火をつけようとするハルカを、三人が芸人グループが如く必死に止めていた。
そんな騒動の中、開いた入口の向こう側に不良の車両が不自然に停車しているのを視界の隅に捉え、私は席を立った。不審に思った直感は正しく、窓から不良が乗り出しロケットランチャーを構えだす。
「ゲヘナ指名手配犯の便利屋68、覚悟ー!」
という声とともに、発射された。
「っ! 大将!」
カウンター席から飛び込んで、大将を庇うように覆い被さった。直後、爆音と爆風が店内に吹き荒れた。幸いシッテムの箱による防御で私と大将は無傷だが、店内は酷い有様へ変貌した。
「大将、大丈夫?」
「ああ……。先生こそ大丈夫か? 怪我はないか?」
「私は平気だよ」
ふつふつと湧き上がる怒り。指名手配犯やっつけるためなら、民間人が居る場所だってお構いなしにロケットランチャーをぶっ放すとは。
さっきの不良連中は車に乗ったまま逃走し、どこかへ走り去って行った。しかし襲撃はそれだけで終わりそうになかった。次に付近で複数の砲撃が襲いかかり、私は大将を庇いながらシェルターへと避難させた。
この砲撃は、不良連中がやったものではない。ゲヘナ風紀委員会が不良を追い詰めるために放ったものだ。その不良の枠組みの中に、便利屋68は含まれている。
恐らく前の記憶が正しければ、風紀委員会の目的は先生である私の身柄のはずだ。なら、そこらでもある戦力を集めて、風紀委員会に抵抗しなければ。
バッグを開いて封筒の中にある束を確認する。札束が無事なら大丈夫と今度は砲撃の嵐の中に便利屋68を探し出すのだが、案外すぐに見つかった。歩道の上で騒ぎを立てる四人組はこんな時でも目立っていてすぐに分かった。
「便利屋シックスナインの皆さん、さっきはお世話になりました」
作り笑顔を貼り付けて、四人組に声をかける。アルは顔面蒼白で白目剥いたままこちらに振り向き、ハルカは持っていたナイフでハラキリしようとしていた。
「え、えっと……。先生さっきは、その……。ごめんなさい!」
と、アルは私に謝罪した。
「何がごめんなさいかな。抗争に巻き込まれてロケット弾一発でラーメン屋がぶっ飛んだ事かな?」
「あ、あれは……。その……」
「今の状況で詰めても仕方ないから、後で話そうね。この砲撃は誰がやってるの?」
「ゲヘナ学園の風紀委員会よ! あいつら、治安活動のためにここまで……」
カヨコが代わりに返答した。私は知らないふりをして質問をさらに問いかけていく。
「その風紀委員会というのは指名手配犯を追い詰めるためなら、ゲヘナの外行ってあんな大規模な部隊で、民間人巻き込み上等な事をする冷酷で無駄な組織なの?」
「いや、そんな事はありえない! あの空崎ヒナがそんな運用をするとは……いや、あの行政官か」
「特例っぽい感じだね。狙いは……私?」
「あり得ると思う。意図は分からないけど」
「わかった。なら、一人で動くのは危ないね」
そこでようやく、バッグの中にある封筒から札束を取り出した。千円札二百枚の束を、アルの目の前でチラつかして、
「便利屋68、私のボディガードを依頼できない? 対策委員会の助けを呼ぶにも時間がかかるし、武力には武力が欲しい」
と私は札束をアルの頬に触れさせ、交渉を持ちかけた。
「望みなら前金100%でもいいよ。成果に応じて上乗せの交渉も良しとする。本当はこのお金で何かパーツとか買いたかったけど、今はそんな場合じゃないからね」
アルの目が札束に釘付けになっている。カヨコは逃げようとでも言いたげな目だが、ムツキも乗り気な表情だ。決断を下したのか彼女は悪役のような笑いをこぼした。
「その依頼、乗ったわ。ただし報酬は契約を完全に履行した時だけ。それまではこのお金は受け取れないわ」
と札束を私のほうに押し返した。
「ありがとう。まずは移動しよう」
札束をバッグにしまい、移動する中携帯電話を取り出してシロコに電話をかける。
『先生、どうしたの?』
「助けて! ゲヘナ風紀委員会に狙われている! 今は便利屋68がボディガードになって逃げているけど、大勢で敵わないかも! 出来る限りの戦力を集めて早く来てほしい! あと、来るときにモモトークで送ったものを買ってきて!」
『わかった。ホシノ先輩は居ないけど、ノノミとセリカ連れてすぐに向かう』
連絡を終えたら、引き続き逃げるために走り続ける。しかし砲撃は的確に私達を狙ってくるし、包囲しようとしてくる部隊もいる。このままではラチが開かない。
「どうにかして突破しよう」
「じゃあ指示してくれるかしら?先生」
「まずは前方の風紀委員会を倒そう。対策委員会と合流する」
空崎ヒナの居ない風紀委員会など、便利屋68にとっては容易い存在。包囲網を突破し、風紀委員会をあっという間に無力化する。
そしてようやく三人と合流出来た。セリカからは奇妙そうな顔で新品のケチャップを受け取る。
「先生、無事?」
「大丈夫。仕事出来る人を雇ったから」
シロコの心配に、軽めの返答をした。
アルの方を見てみると、後ろめたいものがあったのかあたふたと慌てている。しかしアビドス側はそんな過去の因縁を流したのか、矛先を風紀委員連中にに向けていた。
「よーし! 好き勝手する風紀委員達をやっつけてやるわよ!」
「先生をみんなで守りましょう!」
「数が多いけど、便利屋もいるからどうにかできる」
と三人がやる気を見せた。
そんな様子を見たアルはもう大丈夫なのか何か吹っ切れ、
「ふふっ、ふふふふっ、私達を追い詰めたと思ったかしら? 追い詰められたのはあなた達風紀委員会の方よ!」
と対策委員会と便利屋68が一致団結したところで、大通りの向こう側から二人の風紀委員会が姿を現わした。銀鏡イオリと火宮チナツだ。チナツは先生就任初日のある出来事で一緒にしていたので、複雑な再会となってしまった。
「先生……。まさかと思いましたが、こんな場所でお会いするとは」
「久しぶりだね、チナツ。突然で悪いけど、この風紀委員達を撤退させてくれないかな」
「すみませんがそれは無理です。ゲヘナ学園で校則違反をした方を捕らえるまでは、こちらも引き下がれません」
「どうしてかな。上からそう言われたとかそういう感じ?」
そう言うとチナツは沈黙を返した。
「そこは機密事項なので、お答えしかねます」
「チナツはどうかな。そういう事あまりやりたくないでしょう?」
彼女は目線を逸らして、少し間を開けて答えた。
「先生のご心配は嬉しいのですが私達はゲヘナ学園、風紀委員会です。校則違反者を逃がすわけにはいきません」
「チナツ、そろそろいいだろう? そこの便利屋とアビドスの連中! 便利屋を大人しく引き渡せばこちらは手出しはしない!」
イオリが呼びかけると、アヤネのホログラムが私の側に出現してきた。
『便利屋68のみなさんを引き渡して、本当に引き下がれるのですか? ここまでわざわざ揃えて何もしないで帰るのは少々変だと思います』
「いいから十秒以内に引き渡せ! でなければアビドスの連中も公務執行妨害として攻撃する!」
アヤネが異議を申し立てるも、イオリは取りつく島もない。私は数歩下がり、カヨコに耳打ちした。
「この戦いは、指揮官のみを止めればどうにかできそう?」
「恐らく。あの行政官が独断で動かしているはずだから、無力化できれば多分いける。でもあんな大勢相手じゃ……」
「意見ありがとう。今から出す私の指示に従ってくれる?」
「わかった。先生に任せるよ」
私達と風紀委員会達が沈黙して睨み合う数秒間が過ぎた。先に我慢の限界を迎えたのは、チナツとイオリだった。
「要求に応えないと判断した。これより全員攻撃する! なお事前の指示通り、先生の身柄は確保しろ!」
イオリの指示で風紀委員会達は一斉に銃を構えた。
「指示出すよ! シロコとアルは私のそばで護衛を! 他は好き勝手に暴れて包囲網を突破! 指示はアヤネとカヨコに全部委任する! 目標は好き勝手する風紀委員会をここから撤退させる事!」
私は指示を送った瞬間、全員が一斉に動き出した。
上手く散開し、残ったアルとシロコに守られながら、私達はイオリ達と対峙する。遮蔽物に隠れて銃弾を防いでいる中、私はある決断を下そうとしていた。
「先生、どうしたの? 何か考えがある?」
バッグから取り出した注射器を右手に持ってじっと見ている私に、シロコは話しかけてきた。私の中の迷いがこの決断を鈍らせる。しかし使うなら今がその機会なのだろう。
「シロコ、アル」
二人は黙ったまま私の次の言葉に耳を傾けていた。
「今から私の方を凄い注意してね。私でも何が起こるか、わからないから」
と、二人に警告した。
「え、ちょっと先生!? 何をやるのか教えて─」
というアルの声を遮って、 私は注射器を左腕に注入した。
一瞬だけ意識が全て閉じてしまっていた。注入した瞬間に。
しかし今は何ともなく、景色が元の光景に。いや、いつもと違う。何か変わったものが流れているような。私の中に何となくの強い確信があった。ケチャップをどうにか胸ポケットにしまい、状況を把握すると指示を飛ばした。
「アルとシロコ、弱そうなところからやっていって」
心配そうな目線を二人は向けてきたが、すぐに指示通りに動き始めた。その時に風紀委員が迫撃砲の雨を降らせて来る。私は次の遮蔽物へと走り出そうとしたがその道中、私は砲撃に巻き込まれた。直撃だ。
シッテムの箱があったら守ってくれたのだろうが、バッグの中に置き忘れてしまった。つまり、私を守るものは何も無く、そのまま無惨な姿になるはずだった。
しかし今の私には、ヘイローがあった。
まあまあな痛みに和らぎ、道端に仰向けになって倒れる。シロコとアルが大声で叫ぶ中イオリが誰かに向けて叫んでいた。
「アコちゃん、先生が巻き込まれた!! 上半身真っ赤で重傷!! チナツ早く!」
「……っ! 先生しっかりしてください!」
『な、何をしているのですか!? 先生は無傷で確保してくださいと指示を与えたはずでしょう!! 大至急先生を救急医学部へ搬送してください!!』
アコらしき人物との通信が聞こえ、風紀委員の二人が私の方へ駆けつける。
「先生、しっかりしてください! 先生!」
チナツが私に向けて必死に呼びかける中、私の心は冷たく笑っていた。いつの間にか手にしていた黒く煤けたショットガンを仰向けの身体に隠し、機会を窺う。
そしてイオリとの距離が最も近くなった瞬間、身体を起こしてイオリに強烈な一撃を加えた。彼女は向こうの壁に衝突してノックアウト。そして立ち上がり、周囲の状況は一気に混乱の渦へ。
「せ、先生……?」
チナツを置き去りにし周囲の風紀委員をいつの間にか切り替えたアサルトライフルで的確に倒していく。この部隊ではチナツしか居ない状況に。そして、私は彼女の目の前へ詰めていく。
「先生さっきのは……」
「私のシャツからどうしてトマトの匂いがするか、疑問に思うべきだったね。風紀委員を撤退させてくれる?」
そう声をかけるが、彼女は持っている拳銃をゆっくり私の方に向けてきた。
「お願いです先生。止まってください」
「ダメなんだ」
アサルトライフルでとっさにチナツの銃を弾き飛ばし、隙を見せた彼女に背負い投げを食らわせる。
「きゃっ!」
「じゃあね、私はアコを止めてくるよ」
倒れている彼女を背にすると、シロコとアルが駆け寄ってきた。
「先生、さっきのは……!?」
「指揮してる人を止めてくる。あとは任せた」
恐らく、止められないほどに今の私は冷たく、恐ろしい顔をしているのだろう。アルとシロコが信じられない表情で私を見る中、そこらにあった風紀委員の車両を奪って走り出した。
――
「アヤネ、行政官の位置はわかる?」
『先生!? 負傷したと報告が来たんですが……』
「私は無事だよ。どこ?」
『位置を送ります! シロコ先輩とアルさんは一緒だったのでは?」
「今は私だけ。指揮系統をやる」
『待ってください、先生も無理はしないで……!』
アヤネの通信を切って、シッテムの箱が位置を表示した。アクセルを思いっきり踏んで人気の無い場所を駆け抜ける。
しばらくの間は何もなかったが、風紀委員が私を発見し発砲を躊躇する場面も何度かあった。その隙を突いては包囲網を何個も突破し、行政官の下へと辿り着く。
アコらが指揮する部隊が私を発見し、ようやく発砲して足止めを図る。被弾しようと石ころが当たる程度の痛みで止まる理由はない。
車を捨てたら、黒く煤けたガトリングのようなマシンガンを両手で構え、周辺の風紀委員を一掃する。もう相手にするのはアコだけだ。
「くっ、先生がここまで戦えることは完全に誤算でした……! しかし空崎ヒナ、ゲヘナ学園風紀委員長がいれば、あなたなんて……!」
「お願いだけど、風紀委員達を撤退させてくれないかな。あなたがこれを仕組んだのでしょう? このゴタゴタは終わりにしよう」
「ここまでしてまだそう言うのですか!? 先生、今あなたは一人なのですよ! 私の指揮で風紀委員を動かせば、先生なんて……」
「しないのね。なら」
彼女の拳銃を即座に撃ち抜いて、アコの手を全て使えなくする。そして背負い投げを食らわせ、アコの身体がうつ伏せで地面に叩きつけられた。
「この争いを終わらせてくれる?」
「誰が、屈しますか……!」
アコは息も絶え絶えに私を睨む。次の手段としてそこらのロープを手に取り、彼女の手足を縛った。そして、ロープの先を風紀委員の車両の後部に結びつけた。
「な、何を……!?」
「撤退させるか、アビドス観光ツアーか、どっちがいい?」
エンジンをかけ空ぶかしで威圧する。
「ま、待ってください!私はただ……」
と何かを訴えようとするアコ。
「何? 早く言って」
「わ、私はただ先生を……。条約の障害になると思って一時的に……」
アコが言いかけた時、通信が来た。カヨコからだった。
『先生、今何をしてるの!?』
「カヨコ、アコを追い詰めた。撤退するように要求しているけど、応じない。今は拘束して再度選択を迫っている」
『待って、行政官を脅迫しているの!?』
「そうだね。反抗的だから」
『止めて! 先生、あなたが何をしているのかわかっているの!? 今のあなたは大人らしくないし、先生らしく無いことをしているのよ!?』
カヨコが大声で私を窘めた。ふと我にかえり、自分のやろうとしている事に疑問を抱き始めた。先生らしく無い、その言葉で私はようやく過ちを犯している事に気付いた。
足元を見ると、怯えたように少女が震えている。それで酷いことをしてしまったと深く猛省した。
「ごめん、ようやく気付いたよカヨコ。今すぐ止める」
通信を切って、私はアコの方を見た。彼女は怯えており、その目に映るのは恐怖や私への恐れに。ナイフを取り出してロープを切って彼女を解放させた。
もはや戦意などは無く、力なくその場に座り込んでしまった。
「ごめんね。怖い思いをさせて」
謝罪して彼女の目の前にしゃがんだ。彼女は首を横に振り小さく口を開く。
「直ちに撤退させます。この件は私独断でやった事です。ヒナ委員長は関係ありません」
「ありがとう。ヒナという人に今回の事情を話した方がいいと思う」
彼女は小さく頷き覇気なく歩いていく。私はその側を歩き、静寂の通りを行った。
『アコ、今どこに居る?』
彼女の通信機からヒナの声がした。
「アビドスの自治区、今は先生と一緒です。申し訳ありません、ヒナ委員長。私の独断で兵を動かしていました。現在は撤退させています」
『……そう、今向かうわ。詳しい事情は後で聞くから』
と言って通信が途切れた。それから数分後に一人の少女が姿を現わした。白く長い髪に、背負われた大型の機関銃。ゲヘナ最高戦力の空崎ヒナだった。姿を確認したら、アコの肩をゆっくり押し、ヒナの方へ身柄を渡した。
「だいたい事情は把握したわ。そういうのは万魔殿に任せておけばいいのに……。あなたがシャーレの先生ね」
「初めまして。……アコに酷いことをしてしまった。申し訳ないです」
「まあ、いいわ。アコの方にも非はありそうだから、後で謹慎させておく。……それより先生、あなたは何者なの?」
ヒナの鋭い目線が私を射抜く。何者と言われて、先生と答える自信が今は無かった。大人として、先生としても中途半端で、ただ何でもない私。そんな自分に悩み、躊躇う。
「ただの大人で、何でもない私」
今はそれが答えだった。
「本当に? イオリも、チナツも、アコも、皆あなたにやられた。ただの大人がそんな力を発揮できるはずが無い」
さらに鋭い視線が私に向けられる。まるで不審者を見るような目で、今にでも武器を向けそうな殺気があった。そんな眼差しに耐えられず、思わず目を逸らした。
「私は本当に何でもない人間。背負わされたものをただ全うするだけのもの」
と素直に答えた。この答えでヒナは納得してくれるのか、それともこれ以上問い詰めるのか分からなかったが。
「……そう。今はそういう事にしておく」
そう彼女が言った時に私の視界が一瞬歪んだ。目眩のような感覚に思わず額に手をやる。
「……先生?」
彼女は心配そうな顔をするが、
「大丈夫、何でもない……」
そう言うも視界に靄が掛かっているような感覚だった。すると短時間で強烈な感覚に襲われ立つことすら困難になった。そして地面に膝をつき最終的には倒れ込んでしまった。
意識が途切れる直前、何かを叫んで私のところに駆け寄ってくるホシノの姿が、ぼやけた視界の最後に映った。