次に目を覚ました時、真っ白な監獄の中にいた。真っ白な天井、真っ白な壁。生活する上で必要最低限の設備が備わっており、監視カメラが複数個壁に張り巡らされている。
ベッドから身体を起こしてみると、手首には電磁石の手錠があり、今は電力が入ってないのか両手を自由に動かすことができる。どうにか出られないか部屋中を調べてみるが、扉を開く方法も窓を壊す方法も見当たらない。真っ白なドアは分厚く強固で力技での突破は難しそう。
私はため息を吐いて、ベッドに再び寝転がった。
「このままだとアリスが……」
今の私はリオとトキに身柄を拘束されている。そしてアリスのカウントダウンが少しずつ進んでいる。このままだとリオが何らかの方法でアリスのヘイローを破壊、命を奪おうとするだろう。それを阻止しなければ。
アリスにどんな力があるのか私にはわからないし、あのノートがアリスを守ってと書いてあったから、きっと何かがある。
だがそれ以上に……いつの間にか天童アリスは私の中で使命感や責任以上の何かの大きな存在になっていた。まだ人間としてはレベルが低いけど、純粋でゲームを愛する少女。モモイ、ミドリ、ユズの大切なパーティの一人。
私はベッドから起き上がり、ドアの前に立つとドアを力いっぱい押してみるがビクともしない。やはりダメか。
「……お願い。アリスはどこ」
誰に対してでもなく、縋るように私は呟いた。
その時だった。手錠から電流が発せられ、激痛とともに床に倒れてしまう。
「っ……!!」
扉が開けられ、複数のドローンが私の四肢を拘束しながら檻の外へ連れ出していく。横目には見たことのないような無人の大都市がガラス越しに見える。
私は手錠を力いっぱい引っ張るが、非力でしかも電磁石の力が私を上回っているため身動きひとつできない。ドローンに連れられて行くのを待つしかなく、やがて私はガラス張りの大きな部屋に到着した。まるで凶悪犯罪者を取り扱うように私の身体の自由を封じたあと、椅子に固定されてしまう。
次にリオとトキがガラス部屋を監視できる位置に立ち、私を見下ろす。
「最初に、手荒な真似をしてしまってごめんなさい」
メイド服の生徒の隣に立つ、黒髪の長い生徒、恐らくリオが私にそう謝罪する。
「でも、あなたはキヴォトス全体の安全においてリスクのある存在、そう判断したから拘束させてもらったわ」
返答はしない。沈黙を貫く。
「あなたの存在はキヴォトスにとって害をもたらすの。わかるわよね?」
そう投げかけると、私に映像を表示させた。そこに映っていたのはアリスと私が戦っている映像だった。
「この映像では科学などでは到底説明できないような現象が起きているの。シャーレの先生が浮遊し、超現実的な力で攻撃をしている」
確かに虚無に支配された私は、アリスの放った一撃を跳ね返し地面が抉れるほどのクレーターを作り出した。
「あなたは自身がもたらす危険性について認知はしているのかしら?」
小さく頷く。言葉は発しない。リオは私の存在がキヴォトスを滅ぼす存在だと断言している。実際、その通りだし反論なんてできない。でも説明し難い使命感がこの世界に私を繋ぎ留めている。私を生かしている。
「そう、自覚はあるのね。……名もなき王女AL-1Sはプロトコル『ATRAHASIS』を実行させるように設計されている。起動してしまえば、キヴォトスの終焉は避けられない。アリスと呼ばれた少女がどのような存在だったとしても、彼女は排除すべきよ。あなたについても同じよ。映像の通り、あなたの中にある未知の力は既に制御下にない。もし今のあなたを野放しにしたら、キヴォトスに大きなリスクを背負うことになる。二つのリスクが同じ空間に存在することは、どう計算しても許容できない。結論を言うわ」
私はリオに向けて見上げた。判決を待つ被告人のように。
「AL-1Sとシャーレの先生、二つの変数を排除する。それがキヴォトスにとって最も合理的な選択よ」
私はリオの言葉に何も反応せず、ただ彼女の言葉に耳を傾けていただけだった。
「何か異論はあるかしら? シャーレの先生」
そこで私はようやく固く閉ざした口を開いた。
「アリスと会話がしたい」
「……非合理的よ。死の間際になって、なぜAL-1Sと接触したがるのかしら?」
距離と光のせいでリオの表情を読み取ることはできない。だが声色から意表を突かれたような、少し驚いた様子が伺えた。
「せめて心残りがないように、伝えられることを伝えたい。これには合理性とかそういうのは関係ない」
「そう。……許可するわ。ただし拘束具は装着したまま、会話の内容は全て録音するわ」
「ありがとう」
私がそう答えるとリオのドローンが再び私の四肢を拘束し、また別の部屋へと連れて行く。
別室にはアリスが先に待機しており、アリスと私の間に透明の壁が隔てている。
「アリス、大丈夫?」
私はそう声をかける。三角座りの彼女は顔をこちらに向けると立ち上がってゆっくりこちらに近づいてきた。
「先生……。どうしてここに?」
「恐らく、私とアリスが同じだからだよ」
「それは否定します。アリスは……勇者ではなく魔王です」
アリスはそう答える。私は小さくため息を吐いて、彼女を見つめる。
「なら、私も魔王だね」
「先生?」
私の言葉に彼女は首を傾げる。
「私の中には闇のパワーがあって、制御できなくなってきている。いつかキヴォトスを滅ぼすかもしれないと」
「そんなことはありません! 先生は、アリスを励ましてくれるマスコットのような存在です!アリスに温もりを与えてくれる太陽のような存在で……」
「……そう言ってくれるんだ。アリスは」
アリスは私の言葉に大きく頷く。少し間をおいて今度はアリスの方から私に問いかける。
「先生、アリス、怖いです。アリスの中に知らない『セーブデータ』があって。いつまた暴走するか分からない、また誰かを傷つけるかもしれない。それが怖いんです。アリスなんて居なければよかったのでは……と」
「アリス、それは違うよ」
「でも! アリスは『名もなき神々の王女』で、『AL-1S』で、リオ会長の言う通り『魔王』なんです! 魔王は……倒されるべき存在なんです!」
彼女は自身のことを否定する。アリスは震えていて、彼女の潤んだ目からは大粒の涙が流れていた。私は手錠をつけられたままの両手を透明の壁に添える。
「アリス」
私は優しく彼女の名を呼んだ。アリスはこちらを見つめる。
「知ってる? 大いなる力には大いなる責任が伴うと。昔に見た映画で、とある叔父が言ってたんだ。アリスには強い力があるし、危険な力がある。でも……それがあなたの悪い存在だという証明にはならないはず」
「先生……」
私は彼女の目をまっすぐ見つめる。
「力をどう使うかはアリス次第だし、選択する責任はアリスにある。でもそれは重荷や罰ではない。自由なんだよ。どうにかして支配されるのではなく、制御できるようになればいい。とっても難しいことだろうけど、それがあなたに課せられた『クエスト』なんだと思う」
「でも、アリスの存在自体が間違いだったら……」
「アリス、それは違うよ。生まれたことが罪であっても、生きること全てを否定するのは極論すぎる」
私は大きく息を吸って、呼吸を整える。アリスは私の言葉をじっと聞いている。
「確かに兵器として作られたのかもしれないけど、生まれはあなたが選んだものじゃない。……少し前を振り返ってみて。たくさんの生徒と触れ合って、モモイ達とゲームをしていて。……楽しいと思える瞬間があったでしょ?」
「それは……」
アリスは言葉を詰まらせる。私は続けた。
「無理に否定しないで。アリスはアリスだよ。……きっと希望は消えない。いつかあなたの中にある力が制御できるようになるようになる時が来るように祈ってるから」
「先生……」
彼女は私の名前を口にして、それから涙をポロポロと流し始めた。その時だった。面会終了のブザーが鳴り響き、ドローンが私を拘束して部屋の外へ連れ出そうとする。
「アリス、またね」
私は彼女に微笑みかけると、涙と笑顔で手を大きく振りながら彼女は私を見送ってくれた。
――
また真っ白の監獄へと戻ってきた。すぐにベッドに横になり、解除された手錠で両腕が自由に動かせるようになったことを確認する。アリスの対話に意味があったかなんて分からないけど、とにかく彼女の為に出来ることはしたつもりだ。今の私には力もなく、口先でしか彼女を慰めることしか出来ないけれど、それでも何もしないよりはマシだったはずだ。
そんな事を考えながらぼーっとしていると、突如部屋の中にある生徒の声が聞こえた。監視カメラに取り付けられていたマイクとスピーカーから声が流されている。
「……先生、聞こえますか」
「ヒマリ?」
言われてみれば、ミレニアムに居たときは姿を見かけてなかった明星ヒマリの声が耳に入った。
「どうでしょうか、先生。この小鳥のさえずりのような私の声が殺風景な空間の中に響き渡るのは」
「どうやってこの部屋に?」
「簡単なことです。私も囚われの身でしたが、ハッキングでこうしてあなたに監視カメラ越しに話しかけています」
「囚われているって、ヒマリも?」
「ええ、残念ながらリオに捕まってしまいまして……」
「ヒマリも……」
私は監視カメラとは向き合わず、ベッドの上で腰掛けて淡々と話す。
「それよりもアリスとの会話、聞かせてもらいました。素敵な関係性でしたね」
「……盗み聞きは趣味が悪いね」
怒りなどはなく、虚脱感だけで返していた。
「探究の性分なのでどうかご容赦を」
と彼女の小さい笑い声が。ヒマリは続ける。
「私は今までアリスはどうするかについて、秘密裏にリオと議論をしてきました。その末、リオはアリスは世界を終焉に導く兵器、私は可愛い後輩という結論に至りました。話し合いは決裂し、私はこのように……」
「ヒマリとリオの話し合いの中で何があったのか、それと調月リオについて教えてくれない?」
そう言うとスピーカー越しに様々な出来事の裏側について語られた。ゲーム開発部がアリスを連れてきたとき、リオとヒマリは裏でアリスの正体を確かめようと試み、ミレニアムタワーの鏡を巡る一件を引き起こすように誘導していたと言う。あの時感じた違和感は間違いではなかったと。
次に調月リオという人物について。彼女曰く、こっそりと都市を建てたり、防衛のための兵器を開発していたらしくその手腕は全知のヒマリをもってしても疑いもなく天才とのことだが、独善的な一面があるというより、決めたことに対しては絶対に曲げない性格をしている。邪魔が入ろうと、悪役になろうと、自身で正しいと決めたのなら突き進むタイプだ。私を誘拐したのもヒマリの意志はなく彼女の独断での行動であるらしい。リオとヒマリの相性は悪いのか、『陰気』、『浄化槽に浮かぶ腐った水』など、彼女は時折リオのことを罵倒しているが、どうにもお互いは相容れにくい関係にあるようだ。リオの方は感情を無視した合理性に基づく行動をとっているように見えるのに対し、ヒマリはデータや合理性を時折無視してオカルトや感情を優先した判断を下す傾向が見られそう。そのせいか、たまにリオの言動に対して理解に苦しむことがあるそう。
ベッドの上で目を閉じながらリオについて思索を巡らせる。
エリドゥは聞く限り来るべき終焉に備えて作られた都市らしい。リオがアリスを誘拐したのはキヴォトスでの安全が脅かされるためと。そこに私欲や邪な考えは一切無いように思えた。
……一寸先は闇はである。しかしその一寸先を知っている私からすれば、リオがエリドゥを建てるという行動に間違いはない。だが終焉のトリガーは恐らくアリスではないと思うのだ。確証はないけれど、きっとそうだろう。
リオは優秀だし、どうにか弾劾されるルートを避けてこちらの協力を仰げないものかと、今度はそちらに考えを巡らせ始める。ここを出たら、絶対にリオと話さないといけないと。
「先生って、不思議ですね」
思索の途中にヒマリの声が聞こえてきた。
「何が?」
「アリスに言った言葉。『生まれはあなたが選んだものじゃない』……あれは自分自身に言い聞かせているようにも聞こえました」
返答は沈黙だった。
「そう、かもね」
ようやく絞り出せた言葉はそれだった。
「先生とアリスが戦うあの映像も見ましたよ。空に浮いていましたね」
「……それも傍受してたの」
「リオの監視網はなかなか優秀なので。ただ……あれはDivi:Sionとも、AL-1Sとも違う何かでしたね。私の知識の外にあるものでした」
「私もあまりわかってない。リオはその力が危険だと。恐らくアリスの次は私が死ぬだろう」
「ええ、そうするでしょうね。……先生の中にあるものと、アリスちゃんの中にあるもの。リオは両方を変数と呼んだ。でも私には……どちらも同じ問いを抱えているように見えました」
「同じ問い?」
「自分の力が何者かによって決められたものだとして、それでも自分は自分でいられるか、という問いです」
「哲学的な話は……」
「いえ、今答えを出さなくても大丈夫です。ですが先生、あなたは……目を離すと消えてしまいそうな気がします」
「……」
返答は沈黙だった。
「さて、辺りが賑やかになってきましたね。そろそろ助けが来るはずでしょう」
「私は今どこにいる? アリス、リオはどこに?」
「先生は今、エリドゥの地下隔離施設に。私がいる中央隔離施設よりも地下にあります。アリスとリオはタワーの最上階に」
「ありがとう。出たらリオを止めてアリスを助けに行く」
「先生、あまり無茶しないでくださいね。……では先生、エイミが来てくれたのでここまでです」
監視カメラのスピーカーから声が途切れ、静寂が白い空間の中に響き渡る。しかし明らかに変わった点があった。遠くから爆発音や銃声が聞こえるように感じたのだ。そして二人の足音が徐々にこちらへ近づいてきて、扉が開かれた。
「先生!!」
ユウカとノアが部屋に入った瞬間、私の姿を確認して、二人はほっとした様子を見せた。