あれからシャーレでの仕事の傍ら、リオを探し出そうと色々なことをした。探そうとしたが、リオの足取りはさっぱりつかめない。人に聞いても、パソコンを使っても情報はゼロ。ヴェリタスの手を持ってしてもダメ。ヒマリによると『あの下水の汚水のような女は電子戦のエキスパートです。簡単に尻尾を掴まれるような人ではありません』だそう。しばらくは徒労に暮れる日々が続いた。
どうしたものかと悩んでいると、最後の希望としてあるノートが目に入った。仕事用のバッグにずっと入れっぱなしながらトリニティでの補修授業部の一件以来開いてなかったノート。ノートを開き、ペンを持って書き始める。
『調月リオにどうしても会って話がしたい』と願いを込めるように。
書いたらノートを閉じて、しばらくしてから再び開いて確認する。するとそこにはリオに会うための方法と思われる手順が詳細に書かれていた。
「ありがとう、先生」
独り言を呟いて、私はノートをしまい込んだ。ノートの最後の文章には『近いうち、また会おうね』という文章が書かれていた。
――
ミレニアムの自治区にて、私はノートの指示通りに行動を始めた。キャップ帽を被り、メガネをつけるという変装をして指定された路地を進む。そしてしばらく歩いていたときだった。スマホの通知音が鳴り響き、私はスマホを取り出す。
『先生、届いているかしら』
なんとリオからのメッセージだった。立ち止まってすぐ返信する。
『届いているよ。どうしたの?』
『至急助けて欲しいことがあるの。先生にしか頼めないことが』
『すぐ向かうよ』
『ありがとう。ルートはこちらで指定するからその通りに来て欲しい』
『わかった』
スマホが示すルートを頼りに早足で再び歩き始める。リオがわざわざこちらに連絡して助けを要請するのだから、きっと非常事態なのだろう。
しばらく歩き、リオが指定したルートの目的地には人気の無い建物が。扉をノックしようとすると『鍵は解除してあるから入って大丈夫よ』とのメッセージがスマホに送られてきたので、ドアノブをひねって中に入る。
「大丈夫!?」
「先生……こちらよ……」
椅子やら何やらが乱雑している部屋の奥で……リオがゴミ袋の山に埋もれて身動きが取れない様子が見えた。
「今どかすね!」
ゴミ袋の山を一つづつ取り除いていき、彼女が身動きできるようにする。
「ありがとう……助かったわ」
ゴミ袋の中身を一つづつ観察していくと……コンビニ弁当に飲料水のペットボトルがほとんどだった。
「なに、この食生活……」
「料理は苦手で……。コンビニ弁当や冷凍食品を摂取して栄養を取りながら過ごしているわ。弁当は時間を計らって行けば割引で買えるし、味も申し分ない。合理的な選択よ」
「……野菜は? 弁当には野菜があまり入っていないよ。食物繊維やビタミンは取りづらいし」
「ビタミンならサプリで補えるから問題ないわ」
「食物繊維は!?」
「……そこまで大きな問題になるほどじゃないわ」
「あるって! ……今まではトキに世話してもらっていたの?」
「そうね……。せ、先生? 表情が怖いわよ」
「……調月さん、汚い床の上だけど正座してください」
腕を組みながらリオを見下ろすと、彼女は素直に正座した。
「……」
「今、自分が非合理的な事をしている自覚はある? 不健康で病院のお世話になる事態になれば、隠れていることがバレちゃうよ。……エリドゥの一件とか色々あるにしてもこの生活は見過ごすことは出来ません」
「でも、合理的に考えて……」
「言い訳は聞きません。……調月さん、しばらくは生活指導させてもらいます」
今私がどんな表情をしているかわからない。でもリオは怯えるような仕草をしてから、小さく頷いた。
「ええ……」
「コンビニ弁当は確かに美味しいし、先生になりたての頃はずっと食べている時期があったけど、ユウカにすごい叱られてから強制的に食生活を改善されたよ。……だから、今度は私が先生としてお世話するね」
「……わかったわ」
「じゃあ、まずは部屋を片付けるね」
どうしてあんな食生活でリオのダイナマイトなボディができるのかという疑問は後回しにして、二人で散らかっているゴミ類をまとめていく。
「ゴミの収集日はわかる?」
「確か明日だったかしら」
「そう。捨てにいくのに支障はある? 監視カメラに見られたくないとか」
「その辺は問題ないわ」
「うん。ゴミがえっぐい量だから明日早朝にまたここに行くけど、いいよね?」
「ええ、来るときは連絡を頂戴」
「はいはい。掃除するから、近くのホームセンター行ってくるけど」
「お願いするわ」
リオの承諾を得て、私は一旦外へ出てホームセンターやスーパーへと足を運ぶ。掃除道具と食材を買ってから再びコソコソしながらリオのセーフハウスに。
それから隅々まで掃除をしていく。途中、黒くてすばしっこいアレが出てリオが悲鳴をあげていたが手袋つけた手で叩き潰し、しっかりアレの対策道具も設置しておいた。
「浴槽、使われた感じがしないけどずっとシャワーなの?」
「ええ、シャワーよ」
「時々お風呂に入ると気持ちいいよ。掃除はしているから試してみて」
「考えておくわ」
ベッドを動かしたり、無数のモニターやコンピューターを動かして配線を整理したり、リオにカーテンを開けていいか許可を取るために説得したり……色々と大変だったが何とか作業を終えられた。汗をかきながら一息つくとリオがとんでもないことを言い出した。
「ちなみに複数のアジトがあるから、また汚くなってしまったら呼んでもいいかしら」
「え、これと同じものがまだ沢山あるの!?」
「そうね。仮に特定されたとしてもすぐに動けるように備えてあるわ」
「……トキも大変だったんだね。というかネルとかに頼めないの!?」
「む、無理よ! 今は……」
「もう……」
冗談じゃない、あまり話したことがないがトキがいかに優秀なメイドなのかなんとなくわかった。カーテンの隙間から見える景色はもう夜になっており、冷蔵庫から買っておいた食材を取り出して夕食を作ってあげることにした。食材を取り出して台所を借りて料理していく様子をそばでリオが眺めている。手際よく料理をしている姿に感心しているようだった。
「手慣れているのね」
「趣味みたいなものだから。どう、リオ一人でも作れそう?」
「どうかしら、やってみないとわからないわ」
「まあ一人暮らしの自炊って面倒くさいからね。時間がなかったり、片付けが面倒だったり」
「そうね。……でも、先生が作ってくれるなら毎日作ってもらってもいいかもしれないわ」
「……はあ。それは無理だけど明日、真空パックした食べ物たくさん持ってくるよ。電子レンジで温めればすぐに食べれるものを」
「それは助かるわ」
今回作ったのはシチュー。よそって二つの器に盛って、リオに差し出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
それから無言で食べて、器を空にしたらリオが感想を述べる。
「美味しかったわ。あと……何か胸が温かくなるような、不思議な感じだったわ」
「そっか。久しぶりの手作り料理だった?」
「そうね。……うまく説明できないけど、とても温かみがあったわ」
空の器を持って行って、台所で洗っていく。
「手作り料理も悪くないわね。アバンギャルド君に料理機能を搭載してみようかしら」
「ついでにアバンギャルド君にメイド服を着せないとね」
「そのセンスは……前衛的ね」
「冗談として受け取ってよね……?」
夜が深くなる前辺りで、私はようやく荷物をまとめて帰ることにした。
「じゃあ、また明日ね。明日は早めに来るから、しっかり睡眠時間を確保してベッドで寝るように。あと、お弁当はほどほどに。またお弁当の箱だらけだったら怒るから」
「わかったわ。先生、今日はありがとう。……また明日ね」
ドアを開けて、私はリオのセーフハウスを後にした。