予定を偽ってリオの隠れ家に毎日押しかけるのはいかがなものか。周囲には長期出張ということでシャーレを留守にしているが、いつ気づかれるかわかったものではない。
「ところで、先生はいつシャーレの業務に戻るのかしら」
「……いつ戻れるんだろうねー? 調月さん?」
隠れ家に来てゴミ袋をまとめていた時、リオにそんなことを聞かれて思わず暗い破顔になってしまい彼女は怯える。
「ひっ……!」
「……どこかの会長さんが一人でほったらかしたらすごく危なさそうな生活をしているから、こうやって指導しないとねー? ね?」
「……はい」
結局私は彼女のセーフハウスに通いつめている。掃除をしたり、食事を作ってあげたり。でもシャーレの仕事も疎かにはできないので、業務を早く再開できるように努力している。でもリオの自己管理が大丈夫だと思えるほど、改善してくれないと安心できない。
「それに今日は、絶対に家の外に出てもらうからね。しばらく陽の光を浴びてないんでしょう? 気分転換にもなるし」
「でも他の生徒に姿を見られたら……」
「変装するし、リオの服も用意してきたから」
「いつの間に!?」
「はい。これ。サイズ合わなかったら言って。適当だけれど」
リオに服と帽子、サングラスを渡す。
「わ、わかったわ……」
着替えるためにリオは別の部屋へと入っていった。私はその間にゴミ袋をまとめて掃除をしていく。重労働で、本当にトキの凄さを身にもって実感する。
「着替えたわ」
リオが私の用意した服に着替えてやってきた。陰気な雰囲気から一気に映画スターのオフのような雰囲気になり、サングラスをかけている。
「どうかしら」
「うん、似合ってるよ」
「……そう。ありがとう」
リオは少し照れた様子で、顔をそむける。そして私も変装として髪を結んでキャップ帽にストリートなコーデに着替え、最後にサングラスを装着する。
「これでよし、と。行こう」
リオの手を握り、隠れ家を後にして外へと出る。外は快晴で、日の光がまぶしい。
「眩しいわ……」
「サングラスあって良かったね」
「ええ」
リオはそこまでして人に見られたくないのか、私の背中にひっつくほどぴったりとくっついている。背中にリオのアバンギャルドなボディが押し当てられて、ふと思ってしまう。男だったらきっと至福の瞬間だったのだろうと。
「そんなに嫌なの……?」
「ええ。見られたくないわ」
リオはぎゅっと私の服を握りしめるし、人見知りの引きこもりかと言いたくもなったが現在は実際にそうだったので自己納得して言葉を飲み込む。
「そこら辺の喫茶店でも行く?」
「任せるわ」
ミレニアム自治区の都市からまあまあ離れた郊外にある喫茶店を目指しながら歩いていくのだが、リオが監視カメラや信号を見かけるたびにハッキングを仕掛けて痕跡を消すので、注意するべきか笑って逃すべきかでずっと葛藤していた。
「はい、ついたよ」
喫茶店は二階もあって、階段を上って隅の席に座った。
「何飲む? 私はコーヒー」
「私もそれにするわ」
リオがメニュー表をじっくりと見て、注文する品を決めたので店員を呼んで私も同じものを頼んだ。そして飲み物が来るまでの間、雑談をする。
「昨日、本を読んでからずっと考えていることがあるの。代替可能な存在とそうではない存在の違いを」
「難しそうだね」
「まずは聞いてもらえるかしら。機械はまず代替可能な存在なの。部品が壊れたら交換すればいい、ロジックが誤っていれば、修正すれば良い。……でも人間は違うわ。代替可能な存在ではないの」
「そうだね」
「その思考を深く掘り下げていくと、思うの。何をもって自己を証明できるのか。何の情報をもって代替できない存在だと証明できるのかと」
コーヒーはすぐに来た。二つのコーヒーカップから白い湯気がゆらゆらと立ち上る。
「興味深い話だね」
私はコーヒーを一口飲んで、リオの話を聞くことにした。
「あなたは『全部の部品を置き換えた船の話』を知っているかしら?」
「テセウスの船のパラドックスだっけ」
「ええ。……老朽化した部品を新しい部品に入れ替えていき、やがてすべての部品が新しいものに入れ替わったとして、果たして同じ存在と言えるのか。と」
「つまらない返しだけど、しっかりとした定義が決められてないと証明できないよね。……昔みた未来都市を舞台にしたアニメ映画があってね。あるキャラクターが、脳を除いて全身サイボーグ化されていたの。やがて脳も取り換えられたら、果たして自己はどこに宿ると思う?」
「……どこにもない、かしら」
「うんうん。……でも、その映画はね。情報の連続性が自己だと定義したの。形而上だけど、自身を構成する情報に連続性がある限り、そのキャラクターは自分であると。……怖い話だけど、結局は人も代替不可であるということだね」
「そういう考え方もできるのね」
リオはコーヒーを飲んで、一息ついた。その時、一階の方から何やら聞き覚えのある声が。その正体が分かった瞬間、リオのカップを持つ手が震え始めた。ユウカとノアが下のほうで談笑しているからだ。
『ユウカちゃんは何にしますか?』
『私は……サンドイッチとのセットで。……ノアは?』
『私はこのパンケーキにします』
「声は小さくしよう」
「ええ……」
リオは震える手でコーヒーカップをソーサーに置いて静かにした。リオとしては今一番会いたくないだろう二人が下にいる。何としても存在を悟られてはいけないのだ。
『リオ会長が居なくなってから仕事が山積みで……』
『今日も大変でしたね』
『ええ、本当に。……会長はどこにいったのかしら。沢山やらかしたのは認めますけど、帰って来れば説教だけで済ませてあげますのに。アリスちゃんだってもう気にしてませんから』
リオの震えがひどくなり、挙動不審になり始める。どうどうとなんとかなだめようとする。
『そうですね。……会長が居なくなってから、私も少し寂しいです』
「リオ? 深呼吸して。そっとね。……そう」
リオが深呼吸して、少し落ち着いたところで、また一階から声がする。店員の声もあるあたり、注文したものが届いたようだ。
『そういえば約一時間前、ユウカちゃんはヴェリタスの部室に行っていましたが、何をされていたのでしょうか?』
『シャーレのオフィスと先生の部屋に盗聴器を仕掛けられないか、相談していたのよ』
「……ええ?」
カップを持ち上げていた手が止まり、疑問が口から洩れる。
『盗聴器、でしょうか? どうしてですか?』
『ずっと先生のことが心配で、どうすれば安全に生活できるか考えた結果、先生の生活を四六時中監視すれば良いと気づいたの。そうすれば先生だって安全でしょう?』
『……ゆ、ユウカちゃん?』
今度は私が震える手でコーヒーカップをソーサーに置いて静かにした。
『でもチヒロ先輩が先生のプライバシー侵害は駄目と反対されたから、結局盗聴器は仕掛けられなくて。だからせめて、先生にGPSを埋め込めないか相談したのよ。そうすれば、先生はどこにいてもすぐに駆けつけられるから。でも逆に怒られて、しっかり寝なさいとまで言われてしまったわ』
『あの言葉はそういう意味だったのですね……。と、とりあえず、食事が終わりましたらどこかで一緒に休みましょう。疲れが溜まっているようですし』
『そうね、そうしましょう。そうよ、ノア! ミレニアムに先生専用の部屋を作るのはどうかしら! 部屋から出なくてもいいように、セキュリティは万全で、私たちが世話をできるように!』
『ユウカちゃん、やはり少し休みましょう……』
それから大きな雑談などはなく、しばらくしたら一階の二人は店を出て行った。その間、スタイルを決めたサングラスの女性二人がずっと震えているというシュールな光景が繰り広げられていた。
「先生……あなた、ユウカに何したの……?」
「ずっと心配かけさせるようなことやってきたから……。でも、盗聴器はやりすぎだと思う」
「……そうね」
リオがコーヒーを飲む。少し落ち着いたようで、私もコーヒーを一口飲む。
「先生、あの時私に向けて力を貸してほしいと言っていたわね」
「そうだね」
「その、近いうちに襲来する脅威について、詳しく聞かせて欲しいわ」
「うん、いいよ。……でも、ここよりもリオの家の方で話したい」
「わかったわ」
カップを空にして、すぐに立ち上がって私がリオの分を含めて支払いを済ます。リオの手を引いて、隠れ家へと戻ることにした。着いたらサングラスも変装用の服装も脱いで普通の格好に戻る。
「私がコーヒーを淹れるわ」
リオが台所に立って、ケトルに水を入れて湯を沸かし始める。
「ありがとうね」
ついでに癖のようにリオの部屋をチェックし始め、軽めの掃除をすることに。机の上には工学デザインの専門書や、設計図が散乱していた。リオの趣味なのだろうと思いながらそれらは触れず、床に落ちているゴミを拾ってゴミ箱へと入れていく。やはり天才の部屋というべきか無数の専門知識の本や設計図が積み重なっており、一冊読んだだけでもよく眠れそうな内容だった。
「コーヒーできたわ」
リオがコーヒーを淹れてきてくれたので、それを一口含んでから本題に入ることにした。
「まず、前置きしておかないといけないことがあるの」
「何かしら?」
「これから話すことは突飛な話で、リオを混乱させるかもしれない。それでも聞いてくれる?」
「わかったわ」
リオは私の目をまっすぐ見つめ、タブレットを片手にメモする準備をしてくれる。一つ深呼吸してから、私は話し始めた。
「まず、私は何者かについて話すね」
それから私の過去、何が起きたのかを知っている範囲で話した。赤い空、謎の塔、それがキヴォトスに終焉をもたらしたこと。そのとき私は何を目撃したのか、どんなものと戦ったのか。
「先生がその、今とは違う世界からやってきた、ということかしら」
「そう。例えるならダークな魔法少女アニメで、ある少女を救うために時間遡行を繰り返すような感じ。別に精神が擦り切れるほどループはしてないし、同じ時間を繰り返したりはしてないけど」
「そう……。色々と聞いてみたいことはあるけど、今はいいわ。あなたはそれに対抗するために、私に協力を要請しているのね」
「うん。……リオが協力してくれると心強いよ」
「協力はしたいけど、私はもうセミナーを辞めた身よ。復帰しようと思えばできるかもしれない。でも……」
「そこは無理しなくていいよ。……でも、その機械を作るセンスとか、技術とか。……そして何より、リオの頭脳が私には必要だから」
「そう。……わかったわ」
リオは少し考え込んでから頷いた。
「可能な限り手を貸すわ。……ただ、表立って何かをするようなことは期待できないわ」
「そこは大丈夫。ぼんやり考えている構想でも秘密裏に進めて、私が動くから」
「わかったわ。その時がきたら連絡して」
「ありがとう」
本日二杯目のコーヒーが空になっていく。これだけ飲んでしまうと眠れなくなるのではと心配になるかもしれないが、私はどういうわけかカフェインが効かないので問題ない。
「にしても、アバンギャルド君というロボット、ちょっと気になるかな」
「先生もアバンギャルド君に興味があるのね」
ずっと気になっていた部屋の隅に置かれているロボットの彫像を見て呟くとリオが前のめり気味に反応する。
「うん、ちょっとね」
「先生はアバンギャルド君のどこに関心を持ったか、聞かせてもらえるかしら」
「り、リオ……?」
リオの目の色が変わっている。……アバンギャルド君について語り合いたいようだ。
「えっと、まずはこのデザインかな」
「そう、このデザインは……」
それからミレニアムトップの頭脳が誇る講義が延々と続いた。何一つ理解できない部分もあったが、リオがとても楽しそうだったのでまあいいかと思う。
そして日も暮れた頃、私はリオの隠れ家を後にしようとする。
「しっかりご飯食べて寝るんだよ?」
「……先生」
リオが私の手を握って、少し屈んで目線を合わせる。
「その、もう少しだけここに居てもらうことは、できるかしら」
少し頬を赤らめた幼さの強請りに、一息ついてから私は答えた。
「しょうがないなー。少しだけだよ?」
「ありがとう」
リオに手を引かれて、私はソファへと腰掛ける。するとリオは私の膝の上に頭を置いて横になった。いわゆる膝枕である。
調月リオはミレニアムにて、ビッグシスターと畏れられる存在であり、冷徹な合理主義者と言われていた。でも今はビッグシスターの意味が違って聞こえた気がした。
順番決め ※全員やります(締切 3/11 0:00)
-
ノア
-
コユキ
-
トキ