【トキ】ソナタの暗闇
ぼろぼろの車のハンドルを握りながら憂鬱な気持ちでミレニアムに向かっていた。一人の生徒がやらかしを起こしたせいなのだ。保護者というわけではないが、実質保護者のような立ち位置にいる私はその生徒を引き取りにミレニアム自治区へと赴いていた。
その問題を起こしたという生徒は飛鳥馬トキである。彼女はリオという主人がどっかに消えてしまってからヒマリに引き取られた。しかしトキはとんでもロジカルで私を新しい主人にすると言い出し、シャーレの業務につきまとうようになった。
トキは一回留年している。本人としてはあまり関してないどころか留年した分、長く補佐できるとまたもエキセントリックな理論を展開。
ミレニアム側もなんとか彼女に普通の学園生活を送ってもらってほしく、彼女の保護をこちらに依頼してきた。で、トキは何をやらかしたのかというと、授業中に問題を解こうとするため複雑なファイアウォールを突破してハッキングしようとしたり、突っかかってきた不良に過剰な火力でぼこぼこにしたり、しまいには寂しさからかアラート装置を使って私を呼び出したり。
懐かしいと一瞬思ってしまったが、こんな胃が潰れそうなことなんて思い出す必要なんて一切無い。
学校敷地内に車を停めて降りたら一つため息をこぼし、校内へ。廊下をのそのそと歩いて職員室に顔を出すと、トキのクラスを担当していた講師と話し合う、というよりも『お宅のお子さんはどういう教育をしているのですか』という内容をなるべく丁寧なトーンで一方的に言われた。
職員室を出たらまたもため息をこぼしながら居残り部屋であるトキのいる教室へと足を運ぶ。
「先生、お待ちしていました」
トキは背筋をピンと立てて、メイド服の格好で銃の手入れをしつつ待っていた。
「トキ、行くよ」
声をかければ学校鞄ではなく、アタッシュケースに荷物を纏めて車までついてくる。
「清潔な感じではないけど、我慢してね」
「問題ありません。先生の車内はそこらの空間と比べて独特ですが」
「独特……」
苦笑いしながらカーラジオのボタンを押したら動かしていく。帰り道、隣に座るトキに声をかける。
「今日の学校はどうだった?」
「いつも通りです。授業は力技で突破し、喧嘩を売ってくる問題児を全員倒し、学園の支配へ一歩近づけました」
「そっかー……。で、今日はアラートを故意に鳴らしたと」
「はい。今日一日中先生の姿をお見かけしなかったので、その寂しさを埋めるために」
「寂しいとアラートを鳴らすのはやめようね。先生も暇じゃないから」
「先生ならいつでも私の側にいてくれると思っていましたが……違うのですか?」
「不正解。無闇に鳴らしていると、オオカミ少年みたいになるよ」
「オオカミ少年とは? 私は超絶美少女メイドですが」
「……調べることを宿題としよっか」
「はい。調べました。退屈しのぎに『オオカミが来たぞ』と嘘をついて村を混乱に陥れ、最後は本当にやってきたオオカミに食べられてしまう少年の話ですね」
トキがスマホを使って一瞬で調べ、画面を見せてくるが運転中なので無視することにした。
「うんうん。そうやって学んでいこうね」
「はい。ですが先生が三時間以上私に会いに来ない場合は、また何らかの方法で先生を呼び出します」
運転中ながらため息をまたついてしまう。かまってちゃんかい、そうだったね。
「先生、今日の私の行動についてご質問はありますか?」
「……友達はできた?」
「いえ。授業が終わった直後、カフェテリアへ誘ってくる生徒が居ましたが素性が知れなすぎるので断りました」
「どうやって素性が知れないと判断できたの?」
「先生ならどう判断しますか?」
「こら、質問を質問で返さないの。直感で判断するよ。……でもきっとあの子はトキのことを知りたくて声をかけたと思うから、ちょっとはお話してあげたら?」
「ですが先生、もし貶めようとする輩だったら」
「そんな起きても無いこと考えたってしょうがないよ。それに仮にそうだったとしても力でわからせれば問題ないでしょ?」
「……わかりました」
トキが軽く頷く。ラジオから落ち着く音楽が流れてくる中、私からめんどくさい話をふっかけることにした。
「学校は行けるうちに行ったほうがいいよ」
「なぜですか?」
「勉強が面倒、部活の成果に追われる、人間関係、色々あるけど、学校に通っている時にしか見えない世界、自由がある。だから今を大事にして。でないと私みたいに中退不良になるから」
「よくそれで先生になれましたね」
「本当だよ! なんでなれたんだろうね! ……まあ、トキも学校は行っておいて。留年もしないように」
行きたくても行けなかったから。なんてことは言わないようにした。
そこからは対して話すべく話題がなくなり、ラジオから流れる音楽をBGMに車は進んで行く。時折彼女がピースサインでアピールをしてくるが運転中なので無視せざるを得なかった。
――
それからトキと一緒に過ごす時間をなるべく作ってあげて様々なことをした。スポーツやレジャー、映画に買い物に音楽など。でも彼女のお気に入りは見つからないようで、私のお気に入りのアクション映画に限っては戦闘描写のツッコミ所を三十分にかけて熱弁された。確かに派手さ重視でつっこんだら負けな部分もあったけど、トキはそこが許せないらしい。
トキはもしかすると誰かに仕えることで自身のアイデンティティを確立させてきたのかもしれない。だから主人を求めて私のところにきたのだろう。
そんなある日、ミレニアムの自治区で一人歩いていたら前方に突如黒い車が停車した。悪寒を背中に感じ後ろに三歩ほど下がったら、四つのドアが開き、同時にマスク被り鈍器持った大人たちがこちらに詰め寄ってくる。
「もう! 何度攫われればいいのよ!!」
私は慌てて逃げ出した先に違ったマスクの大人達が待ち構えていて、咄嗟にファイティングポーズをとる。
一回目の角材の振り下ろしをかがんで避け、回し蹴りを繰り出すも数の暴力にあっけなく屈服し、後頭部の鈍い痛みで倒れた。
それから朧げな意識で、ずた袋に詰め込まれ車のトランクにぶち込まれ、どこかに移され……最終的には高層ビルの高いところに連れてこられた。手を拘束されたまま椅子に座らされ、目の前には見知らぬロボットの大人が。
「シャーレの先生、まずは手荒な真似して申し訳ない。だが君なら取引に応じると思ってこうさせていただきました」
「取引?」
「そうです。シャーレの先生の影響力はキヴォトスにおいて計り知れない。だから……シャーレの公認をいただきたいのです。モモフレンズグッズ製造工場の」
「は? 偽造工場作りたいの?」
「偽造ではありません。本物です。先生の公認がいただければ、ですが」
「くたばれ! クソ食らえ! モモフレンズを冒涜しやがって、絶対に許さない!」
足をドンと地面に叩きつけ、悪辣な大人どもに睨みを効かせる。
「少々興奮されているようですが、落ち着いてください。……ただのキモいマスコットにそこまで熱くなる必要はないのでは?」
「何にもわかってない!! 脳みそが無機物だからド低脳なの!? モモフレンズは……私たちの光だよ!!」
脳裏にヒフミとアズサの笑顔を思い出しながら、私は叫んだ。
「モモフレンズがあったから繋げられた絆があった! スカルマンがある子の心を救ってくれた! ウェーブキャットを抱くことで眠れる夜があった! そんなのを踏みにじろうとするなんて、絶対に許さない! あんた達の(ピーッ)から垂れ流すものなんて産業廃棄物の腐ったオイルに決まってる! この(ピーッ)!!」
「しばらく閉じ込めておけ。しばらくしたら催眠プロトコルを実行だ」
交渉にいっさい応じない姿勢に連中は業を煮やし、私を拘束したままどこかへと連れて行く。密室に身体を放り投げられ、床に全身を強打した。
「いたた……。でも絶対にモモフレンズの工場を作ろうなんてさせないから!」
他力本願だが、こんなことして私たちの生徒が黙っているはずがない。諜報、戦闘最強のヒナに、私に過保護なホシノ、私に何かあればあの二人が動き出して連中の組織は一瞬で壊滅するだろう。
監禁されてからしばらく経って、こっそりポケットに忍ばせたロックピックで拘束具を解こうとする。あの一人で戦っていた頃は何度も使ったこの技術も、今こうして役に立つとは思わなかった。
「よし……外れた」
拘束具が外れて自由になった直後、外側で轟音が鳴り響いた。大型の銃火器を取り回したり、ビーム音、爆発音が絶え間なく鳴り響きわたる。
注意が向こうに向いているかも知れない。なら脱出は今だ。鍵かかったドアを蹴り飛ばし、そのまま廊下を駆け抜ける。全員の注意は戦闘の方に向いているようで、私に気づいたのは一人もいなかった。近くにあったかなり長いロープと金属製のガラクタなどを手に取り、咄嗟にグラップリングフックを作成。
頑丈なものにひっかけ、ぎゅっとロープを握ったら……窓ガラスをぶち破って高層ビルから飛び降りた。しっかりフックはかかったようで、慎重にビルの外壁を伝って降りていく。
そのとき、ある生徒の怒声が聞こえてきた。その生徒はアビ・エシュフを装着し、ビルの外壁をえぐりながら降りていくトキだった。
「何をしているんですか、先生!!」
「トキ! 助けに来てくれたの?」
「当然です。私は先生のメイドにしてエージェントですから。早くこちらに!」
「え、ロープからトキの方に飛べと!?」
アクション映画びっくりのスタントに思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
「安心してください! このアビ・エシュフの演算能力なら、先生を確実にキャッチできます! それに、攻略出来たのは……ネル先輩一人しかいません。さあ、私に抱きついてきてください!」
「わかった! じゃあ……お願い!」
振り子のように勢いをつけて、ロープを手放して空を飛んだ。今のコースだとトキに届かない、そう思ったとき瞬時に落下コース上にトキが現れ、私をお姫様抱っこしてキャッチする。そのままと降下していき、地面へとゆっくり降り立つ。
「先生、ご無事ですか?」
「うん。流石C&Cのエージェント」
「もっと褒めてください。キヴォトス最強のメイドであるこの私、飛鳥馬トキを」
何も考えずにトキの方に飛び込んで抱きついてしまったが、今思うとかなり恥ずかしい。しかし彼女はご満悦で、その表情を見ていると何も言えなくなってしまう。
「ちなみに先生を拉致した組織ですがまもなく『お掃除』されるのでご安心ください。あと先生……あのような無謀な行為は絶対におやめください」
「はい……。ごめんなさい……。ところでいつ降ろしてくれる?」
「降ろしません。このままミレニアム自治区へ帰ります」
「……ちなみにこれ、飛べる?」
「いえ、飛べません。なので徒歩で」
「徒歩で!? ごっついパワードスーツで道路の上を歩いて!?」
「ご安心ください。先生をしっかりと守ります」
「いや、歩くだけでアスファルトの上にはっきりと跡がついてるんだけど」
「確かにC&Cは色んなものを壊しますが、ネル先輩がユウカに言われるだけなので何の問題もありません」
「問題大アリだよ! ネルに怒られない!?」
「問題ありません。先生を守れたので」
「もう……」
道中、コンビニでポテチが食べたいとトキが強請ったので、コンビニで降ろしてもらってポテチを買ったらまたトキにお姫様抱っこされながらチップスを彼女の口元に運んでいた。
「先生、もっとください」
「はいはい」
トキはポテチをもぐもぐと食べていく。まるで親鳥が雛に餌をあげているようで、なんだか微笑ましい光景だ。
「ねえ、トキ」
「はい、なんでしょうか」
「助けてくれたお礼としてどこか一日、トキのお世話するよ」
「……! ありがとうございます。ではメイド服を着て私に奉仕してください」
「なんで!?」
「無理でしたら、バニーガールでも問題ないです」
「むしろそっちの方が問題だよ!」
「どちらにしますか? 可愛い可愛い私を悲しませないためにも、先生が決めてください」
トキは表情を変えずポテチを頬張る。私はため息を漏らした。
「わかった……。メイド服ね」
「ありがとうございます。では楽しみにさせていただきます」
トキはしてやったりという表情で、道路をぶち壊しながらミレニアム自治区へと帰還していった。
次はコユキです