アビドスの6人目   作:____―--

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DRINK IT DOWN 2

 車を運転していた。

 

 砂を被ったボロボロのピックアップトラックで、後部座席や荷台には大量の工具が積んである。修理バイトの帰りで、夜の砂漠を走っている最中。助手席にはある大人が同乗していた。付き合っても楽しいことないよと言っていたのに、なぜか付いてきて、私のバイトの様子をずっと見ていた。

 

"__は偉いね"

 

と先生は言った。

 

「そうかな、私なんて全然だよ」

"シロコの社会勉強のために同居して、セリカやアヤネの面倒を見て、バイトしてお金を稼いで。本当に頑張り屋だよ"

「そっか、ありがとう先生。実際、バイトから帰ったらヘトヘトで汗だくだからお風呂に入ってるけど、寝落ちしかけてたし」

"危ないよ!?"

 

 先生は動揺して、面白くて思わず笑ってしまった。

 

「浴槽浸かってたとき、慌ててたシロコに起こされたし」

"シロコも、アヤネも、セリカも。皆、あなたを頼ってる。だから、君も誰かを頼るべきだよ"

「じゃあ、先生に頼る。今度バイト全部肩代わりしてくれないかな〜?」

"ええっ!?"

「冗談。真剣に辛い時あったら必ず頼るよ」

"本当に? 今でも良いんだよ"

 

 そこで私は心中で浮かんだ考えに、ふと言葉を詰まらせる。でも、途切れ途切れながらゆっくり打ち明けることにした。

 

「私、先生みたいになりたいんだよね。経験と知識がすごくて、かっこよくて。誰にでも優しくて、頼りがいがあって。どうしたらそうなれるの?」

"難しい質問だね……"

「そっか。難しいか」

"でも"

 

 先生は決心したような表情を見せて、力強く答えた。

 

"君はちょっと真面目に生き過ぎていると思うんだ。だから、肩の力を抜いても良いと思う。行き詰まったり、上手くいかなかったら頼って、私も頼るから。誰かのためではなく自分のために"

「……肝に銘じておくね」

 

 それから車は走っていく。すると遠方の砂漠でビナーの姿が。なぜか頭部がペロロになっている奇妙なビナーが暴れていた。私は思わず声を上げて、慌てふためく。先生の方も目を見開いて驚きを隠せないようだ。

 

"な、なんでビナーが……!?"

 

先生はおののきながら話した。

 

「な、なんかわからないけど回避するよ!」

 

 アクセル全開にして距離を取ろうとした時、ビナーから光線が発射された。激しい爆発が広がり、車も巻き込まれて視界は炎に包まれていった。

 

 それでようやく深い夢の中に居たんだと自覚した。私はアビドスで借りていた部屋のベッドの中で横になっている。窓からは薄く光が差し込み、壁に吊るしてある時計を見ると5時前。もうすっかり朝だった。

 

「ふあ〜。おはよう先生」

 そばには椅子に座ったホシノが眠たげに欠伸をしながら挨拶していた。彼女の傍のテーブルの上には、私が使用した注射器が置いてある。

 

「おはよう、ホシノ。どれくらい寝てたかな」

「昨日の午後からずっとだったかな。私がずっと先生を看てたんだ」

 ホシノは心配そうな目で私を見た。

 

「そっか。ごめんね、迷惑かけちゃって」

「別に大丈夫だよ。それより、先生」

 

 ホシノは私の目を覗き込んだ。彼女の二色の瞳につい目を逸らしてしまう。

 

「シロコちゃんから聞いたよ」

 

 彼女は注射器を手にして見せた。

 

「先生がこれを使ってから、ずっと様子がおかしかったって」

 

 私は何も言えず、ただ彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「先生。この注射器はなんなの? なんでこれを使ったの?」

「……何かと契約したんだ。すごい存在で説明しづらいけど、契約したらそれを渡されて。使うまで、どういうものか分からなかったんだ」

「そっか、もう使わないでね。きっと良くないものだと思うから」

「うん、もう使わない」

 

 彼女に約束した。するとホシノが注射器を持ち出し、

 

「今から壊してくるね」

 

部屋を出ていく。しばらくして、何かを叩きつける音や、粉砕するような凄まじい衝撃音が聞こえてきた。しまいにはショットガンの発砲音が何度も鳴り響く。ようやく帰ってきたが、彼女の手には無傷の注射器があった。

 

「うへ、おじさんには出来なかったよ。まさか傷一つ付かないなんて」

ホシノは手を挙げて降参した。でも彼女は手放さない。

 

「じゃあ、これは没収させて貰うね」

「わかった」

 

 素直に頷く。ホシノが帰ろうと部屋を出る際、一歩止まって口を開いた。

 

「そう言えば便利屋ちゃんからの伝言で、『報酬は元気になってから直接渡しに来なさい』だって。あと委員長ちゃんからの手紙あるからバッグの中確認してみて。おじさんは中身見てないよー」

 

 そう残して出て行った。

 

 しばらくして私のポケットに違和感を覚えた。手を入れると何か入っており、取り出してみるとあの注射器だった。ホシノが没収したはずのものだったはずだが、すぐに彼女に連絡を取る。

 

「ホシノ? 没収した注射器だけど、私の手元にあって……」

『ええっ? あれ、おじさんの手元から消えてる。確か没収したよね?』

「確かに没収したよ。どうして……」

『これが契約の力だろうね、何があっても先生の手元に戻ってくる。先生、私からのお願いだよ。絶対にそれは使わないでね。約束』

「わかった」

 再び強く念を押され、答えると通話を切った。

 

 私のヘイローは既に脆弱性をを持つ状態へ戻っていたのだった。

 

――

 

 ヒナが残した手紙には、一文のメッセージだけ。

"アビドスの捨てられた砂漠にて、カイザーコーポレーションが何か企んでいる"と。

 

 既に知っている私にとっては、そうだろうねとしか感想は出ないが、疑問は何故ヒナがそのような情報をアビドスでは無くシャーレの先生である私に直接伝えたのかである。

 少しだけ考えたものの、浮かばない以上その疑問は片隅に置いておくことにした。

 

 休養を少し挟んだ後、再び対策委員会の方に顔を出したが、それまでに色々あったとの事。柴関ラーメンの廃業、シロコがホシノの隠し事を疑っていること、アビドスの領地問題など。

 

 私の方からヒナから受け取った情報を皆に共有すると、次はアビドスの砂漠にてPMCと交戦しながら探索してカイザー連中の基地を発見。カイザー理事と初の顔合わせになったが、法外な利息をさらに引き上げる脅迫をされた。

 今のところは手を出されないまま帰還したが、目の前の対策委員会はそれに憤慨してめちゃくちゃな事に。

 

 シロコとセリカは武力的な手段を辞さない勢いだし、分裂寸前の危険な状態。

 

「皆落ち着こう〜? 頭から湯気出そうになってるよ」

 

 リーダーのホシノの声で、全ては鎮まった。

 

「みんなどうにかしたいのは分かるけど、今はちょっと一休みしよっか。頭冷やしてまた明日、 どうにかしよう。きっと大丈夫だからさ」

 

 その一言で委員会全体が静まり返った。セリカもシロコも、一旦それで納得しホシノ以外は帰って行った。

 

 私とホシノだけが学校に残り、夕方の廊下を二人で歩く。

 

「先生はさ、何でアビドスの為に色々してくれるのかな? こんな砂だらけで人がそんなに居ないような学校に」

 

 ホシノは窓に映る夕焼けを眺めながら、私に訊ねた。その瞳にはなにか縋るような、疑念のような、複雑な感情が渦巻いているように見えた。でも、私は取り繕って答える。

 

「私が先生だからだよ。どんな生徒でも私は助ける。そう決めてるんだ」

「そっか」

 

 つまらない回答と受け取ったのだろうか、ホシノの表情に一瞬影が差す。

 

「先生は気づいているんでしょ。退部届のこと」

「知ってたよ。シロコから聞いた」

「でも、止めなかったんだ?」

「そうだね。ホシノが退部する理由なんて考えられなかった。誰よりもこの場所に強い思い入れを持っているはずだから」

 

 ホシノは下を向いたまま立ち止まる。

 

「じゃあさ、先生聞いてくれないかな。私が今誘われている取引を」

「取引……?」

「カイザーコーポレーション、二年前からずっとスカウトを受けてたの。でも私はずっと断ってきた。対価はアビドスの借金半分を肩代わりと破格な取引条件。黒服というなんか異様な雰囲気出す奴にずっと付きまとわれて、ずっと断ってきた」

 

 ホシノは淡々と話す。黒服、前の世界先生の口から聞いたことはあるものの、姿などは全く知らない。ただ彼について話す先生の姿勢からして、黒服が嫌なやつである事は何となくわかってた。

 

「でもこんな状況だからどうしよっかって、ここ最近考えてた」

 

 そこでホシノは退部届を取り出し、私に差し出した。

 

「先生、これ以外に良い方法あったり……するかな?」

「今のところは……何もないよ。でもきっとあるはずだからそれは受理できない」

 

 ホシノは退部届を引っ込め、書類をちぎって近くのゴミ箱に捨てた。そして私の方を振り向く。

 

「やっぱいいや! やめとく、何か奇跡でも起こったらいいな。じゃあ先生、またね」

 

 ホシノは何事も無かったようににっこり笑って廊下を歩いて行った。少し歩くと振り返り、

「さよなら」

と静かに言った。

 

「さよなら、また明日会おうね」

 

と返した。ホシノは手を軽く振って、そのまま歩いて行った。

 彼女の後姿を見送りながら、心の中でホシノに対して謝罪をした。方法は私の中で一つあったのだが、打ち明けたところでホシノに反対されると分かっていた。だから言わなかったのだ。

 

 彼女と別れてから校舎外の車に乗りこみ、夜の砂漠をアクセル全開で走る。

ホシノよりも先に黒服の元へたどり着く。それが私の方法だった。

 

 今夜、皆に嘘ついてまでホシノはカイザー連中と契約しようとする。その前に黒服に会いに行く。借金が解決されるわけでも無いし根本的解決にはならないだろうけど、彼女が考えを変えてくれるか、それが私のやり方で一番焦点となるところだった。

 

――

 

 黒服が潜伏している場所は、ホシノに発振器をつけて行動の解析を行うことで事前に把握していた。プライバシーを侵害する悪い行為だという自覚はあるが、みんなに隠れて色々やっているのがそもそも悪いのだと、頭の中で愚痴をこぼしながらハンドルをきる。

 

 辿った先はとあるビルだった。入口のガードも居ない中で一人建物の中に入り、エレベーターのスイッチを押した。すぐにエレベーターはやって来て、中に入れば勝手に階層を指定して動き出す。

エレベーターが止まりある部屋の中へ入る。向こうには黒服が待っていた。

 

「お待ちしておりました、先生」

 

 初めて黒服の姿を目撃したが、その容姿は人では無い異形の何かだった。思わず警戒心を上げる。

 

「小鳥遊ホシノは来ているの?」

「いえ、まだ来ておりません。あなたが一番乗りです」

「そう。急いで話を進めようか」

 

 私は黒服の机の前まで歩くと、黒服が机の上に両肘を置き、指を組んで話を始めた。

 

「あなたは連邦生徒会長に指名され、シッテムの箱の主であり、シャーレの顧問。そして、このキヴォトスではまだあなたしか観測できてない『蘇りし者』」

 

 まだ一人しか打ち明けてなかった秘密を何故か彼が知っていた。

 

「あなたは破滅の道を辿った別世界からやって来た者。間違いありませんね?」と、黒服は私に問う。

「そうだとしたら?」

「まずは前提を話しておきましょう。私たちはあなたと敵対するつもりは無いです。ただ、あなたが私たちの計画の一番大きな障害となる。敵対する事は避けておきたい」

 

 黒服は私の回答を待たず、続けた。

 

「紹介が遅れました。私の名前は黒服でもお呼び下さい。いつの間にかそう呼ばれるようにもなりましたが、私自身も気に入っておりますので」

「くどい、時間稼ぎのつもり?」

「そう急かないでください。……続けさせてもらいます。あなたは既知の通り私たちはゲマトリアという組織に属しております。観察、探求、そして研究。つまりはそういうことをしております」

「映画にありふれた、イカれたマッドサイエンティスト集団という訳ね」

 

 焦燥感とイラつきを隠せずに私は吐き捨てた。

 

「そう受け取っておきましょう。お待たせしました、先生の要件を伺いましょうか。未来を知るあなたの目的は?」

「ホシノの代わりに私をカイザーに売って。その交渉しに来た」

 

 黒服は少しばかり驚いたようだった。

 

「これはこれは……。あなたはアビドスの生徒たちを、小鳥遊ホシノを救うためにここにいらっしゃったと」

「それ以外は何があるの? 黒服、あなたにはその選択肢しか選べない。私は顧問として、ホシノの退部届を受理しなかった。だからホシノはアビドスの所属を変えられない。でも私はアビドスの生徒。……私自身がアビドスそのものであったから、身代わりとして取引材料になる」

 

 黒服は私を見て、そして少し間を置いてから口を開いた。

 

「なるほど、前の世界のある時期にあなたはアビドス唯一の在校生であった、いや生き残りでしたね。だから学校の生徒会よりも大きな役割をあなた一人で統括出来ると。これはよく考えられてますね、厄介で面白い概念です」

 

 黒服はくつくつと笑い、そして話を続ける。

 

「検討させて頂きましょう。私から一つ質問をさせて頂いても?」

「早くして」

「何故あなたは生徒達を救おうとするのですか?」

 

 黒服は私にそんな疑問を投げかけた。

 

「私は先生だから。生徒を導くのが私の仕事」

「それはあなたの本心からですか? 前世界で救えなかった贖罪感では? 先生としての愛情ではなく、自己満足では?」

「っ!? 何を言って……!」

「先生、あなたは何を持って自己を定義するのですか? 生徒の時にあった名前すら忘却しながらも、今は先生らしくない口調が漏れていますよ。アイデンティティの矛盾です。あなたを先生と定義するのは簡単です。でもあなたは生徒としてでは無く、デラシネとしてこのキヴォトスで一人彷徨い続ける。そんなあなたが何故生徒を救うのですか? 先生として」

「うるさい!」

 

 拳銃を引き抜き黒服に向けて構えたが、黒服は椅子から立ち上がり私の方へ詰め寄った。

 

「なぜ? なぜ? 私は質問をしています。先生の行動原理を探究したいのです。あなたはなぜ生徒を救うのですか? なぜ?なぜ?なぜ?」

 

 引き金を引けなかった。私という存在の認識が曖昧で、銃を持つ手が震えてしまう。黒服はそんな私の様子など気にせずに、さらに詰め寄りながら続ける。

 

「私からの仮説を一つ、あなたにご呈示しましょうか」

 

 ふるえる銃口の先に黒服がたどり着き、左胸をわざと押し当ててきた。

 

「先生、あなたは破綻した本来の人格を隠す為に先生の皮を被っているのです。あなたは生徒にも、先生にもなれない死人に過ぎないのです」

 

 その言葉が私の思考、全てに強烈な負荷をかけてきた。私という存在を根底から覆してしまう程の、衝撃的な言葉。拳銃を握る力すら抜けてしまう。

 

「あなたがこの世界に留められるのは使命があるだけであって、本来はこの世界にとって招かれざる客なのです」

 

 拳銃を取り落とし、そのまま地面に膝をつく。

 

「というのが私の仮説です。では先生、取引は成立です。あなたの身柄はカイザーの方で預かり、アビドスの借金は約束通り半分負担としましょう。……カイザー理事はアビドスの土地を要求していましたが、今の取引では土地を奪うのは難しそうです」

 

 黒服は力なく座る私を見下ろす。

 

「とは言え、キヴォトス最高の神秘よりも一度死んだ人間が再び蘇る現象は興味深く、そして対処しなければならないケースです。その取引は快く受けさせていただきましょう」

 

 その言葉の後、扉が荒々しく開けられる音が背後から響き、複数の足音が私を囲むように近づいてきた。カイザーPMCらが銃をこちらに向け、両脇の二人が強引に私の両肩を抱えて立たそうとする。

 

「貴重なサンプルなのでくれぐれも丁重に扱って下さい」

 

 黒服がそう告げ、拘束された私は暗い部屋の外へ連れ出されようとする。

 

「先生、もう一つ伝えておきましょう。今のあなたは小鳥遊ホシノに酷似しております。行動や立ち振る舞い、被っている仮面など、様々です。ではすぐにまた会いましょう」

 

 理解できない言葉を浴びせられながら、私は部屋から連れ出されビルの屋上のヘリポートに連れて行かれた。

 

 既にヘリが待機しており、兵士に囲まれながら私はそのヘリに強引に乗せられる。離陸していき、私はただ呆然と窓の外を眺めていると、ピンク髪の少女が地表を必死に走って追いかけてくる姿が目に入った。

 

「アビドスはあなたの手で守ってよ。一人勝手な先輩」

 

 誰も相手にしない独り言を呟き、少女の輪郭は夜に溶け込んで、消えていった。

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