住む場所を変えた。
今まではマンションの一室を借りて殺風景なワンルームで暮らしていたがそこから郊外の一軒家へと引っ越した。
理由は……何となく誰かと一緒に寝泊まりするときに不自由しそうだったから。ユウカが泊まり込みで世話をしてくれるときや、当番の生徒が泊まってくるときに窮屈な思いをさせたくなかった。あと、趣味を置くのにスペースが欲しかった。ゲーム機置くスペースに本棚、音楽機器などがそろそろ置きたいなと思ったし、バイク弄りをするためのガレージも欲しかった。
少々広すぎる家だが、これから色々物が増えてくるだろうからこれくらいがちょうどいい。
「先生、この本棚はここでいい?」
「ホシノはいいよ、おじさんだから腰やっちゃうでしょ?」
「うへ〜、おじさんはこれでもぴちぴちの女子高生なんだけどな〜」
「言ってることが矛盾してるよ? さて、次はオーディオ機器かな」
引っ越しの手伝いにホシノが来てくれた。ピックアップトラック二往復で家具などは運べるほどで一人でもできそうだったが、彼女が手伝いたいと言ったので手伝ってもらっている。
一階の配置を整えていき、二階はまだスカスカという具合。
「こんなに広いところに引っ越しちゃって〜、誰か呼ぶの?」
「いや、一人で暮らすよ」
「そっか。じゃあ、おじさんもここに住んじゃおうかな〜」
「……ホシノ先輩はアビドスを守らなきゃダメです」
「冗談、冗談。おじさん、そこまで暇じゃないし。でもさ、時々遊びに来るくらいはいいでしょ?」
「それはもちろん。さて、ベッド運び込むから手伝って」
「は~い」
こうして引っ越し作業は夜までかかった。夜も遅いということで新居最初の夜はホシノと一緒に過ごすことになった。
――
それから朝早くランニング10kmから帰って野菜ジュースを飲んでいると、寝ぼけたホシノが部屋から出てきた。片手には電話が。
「おはよう、ホシノ」
「……おはよ~。先生っていつもこんなに早いの?」
「うん、日課だから」
「ふあ〜、セリカちゃんに呼び出されちゃって戻らなくちゃ」
「そう。車で送ろうか? まだ眠いでしょ」
「お願いしようかな〜」
「うん。今トースト焼いてるから、出来上がったらね」
少し待っていると、トーストの焼き上がりを知らせるトースターの音。ふわふわかりかりのトーストをホシノの口に突っ込んで、缶コーヒー二本を取り出したら車に乗って、アビドスへ。
学校に到着したら私はノートパソコンを持って、ホシノがセリカの方へ。
「学校にしばらく居ていいかな?」
「いいけど、何するの?」
「空気を味わいながら軽い書類仕事」
「まあ、いいよ。じゃあ先生、また後でね」
ホシノ遠くへ消えていくのを見届けてから、教室の中に入って椅子に腰掛ける。次にパソコンを開いて仕事を始める。連邦生徒会からの書類や各学園からの報告などに目を通してはデジタルハンコを押したりコメントを書いていく。たまにチャットで生徒と雑談したりして、気づけば昼になっていた。
この光景はよくあった、日常の一つだった。
昼のアビドス高等学校、誰も居ない教室でノートPCを開いて無数の書類を相手に、髪を耳にかき上げながら、たまにあくびをしながらキーボードを打ち続ける。
キヴォトスのあちこちで、色んな人が、それぞれの日常を過ごしている。生徒の皆がそれぞれの青春を駆け抜け、生きている。
「うへ〜、先生まだここに居たんだ」
用事を済ませたホシノがあくびをしながら入ってくる。
「そうだね。懐かしい空気を吸いながら仕事してた」
「そっか……。そういえば、シロコちゃんまた高台に行って双眼鏡覗いてたよ〜。また銀行強盗のこと考えているのかな?」
「そうかも。飽きないよね、アヤネにも沢山叱られてるのに」
私はそう言って微笑むとホシノもやれやれと肩を竦める。パソコンを閉めて立ち上がって言う。
「シロコと話してくるよ」
「うん。いってらっしゃい」
そんなしょうもない、ありふれた日常がある。
でもずっと、続いて欲しい日常でもある。
――
校舎を出て高台へ。昔の記憶を頼りに歩いていくと、すぐにシロコを見つけた。だが彼女の目線先は恐らく銀行でプランを練っているだろう。
「午後3時ジャスト。警備が厳しいけど……警備員が交代される時だけは死角もできるはず。業務を引き継ぐこの5分間で正門の警備員たちを制圧できれば、金庫までは一瀉千里に……」
「そうね。でもミレニアムの最新セキュリティのことは視野に入れてないのね」
後ろから声をかけてみるとシロコはビクッとして振り返った。
「せ、先生!?」
「そういうのはダメだよ?」
「えっと……でも……」
「アヤネかホシノ、どっちがいい?」
腕組んで言ってみると、耳をペタンと倒す。
「ん……ごめん、言わないで」
「よろしい。ほら、帰ろう」
私はシロコの手を取って歩き出す。シロコは何も言わずについてきた。
「先生」
「なに?」
「……ん、先生も私と一緒に銀行強盗するべき」
「懲りてないの!?」
「先生はドライバーとして超一流。私と手を組めば絶対に上手くいく」
「シーローコー?」
ほら、シロコはこういう子だ。銀行強盗を趣味とする、運動大好きな子。変わらない。
「ん、でもこれは癖みたいな物だから。多分、これからもやると思う」
「でもダメなものはダメ」
「ん……」
校舎に向かって帰っていく。青空が橙に染まっていき、曖昧な時間が流れ始める。彼女の姿を見ると悲しみのようなものも感じて、砕け散った記憶のかけらが疼く。
「やっぱり先生、難しそうな顔してる」
「……今日の夕飯を考えてた。100%粗挽きハンバーグにしようかって」
「ハンバーグ……。うん、いいね」
「でしょ?」
シロコと他愛もない話をしながら校舎の前へ。私はシロコに手を振って、
「じゃあね。ホシノたちに迷惑をかけちゃダメだよ?」
「ん、わかった」
シロコは校舎へ、私は駐車場の方へ。
「あ、先生」
シロコが振り返る。私は少し驚いてから言う。
「ん? どうしたの?」
「……またね」
彼女は小さく手を振ってくれた。私も手を振り返して車に乗り込んで家へと帰った。
――
変わらない日々が過ぎていく。
朝はバイクに乗ってシャーレ近くの契約駐車場に止めて、そこから歩いてシャーレの部室へ。オフィスに入れば当番の生徒が待っていて、一緒に仕事をして夕方に解散。
その後は、特に用事がなければそのまま帰ってもいいし、まだ仕事が残っているなら残っていく。
そして夜になればバイクで家に帰って、気力があれば米に合う夕食を料理して、無かったら丼系の外食か、コンビニ弁当で済ませる。
次にシャワーを浴びて、髪を乾かして寝るだけ。ただ二階の誰も使ってない部屋が一つ気がかりだった。
そんな日々が過ぎていく。
でもある日の休日、インターホンが鳴らされた。見てみるとホシノとシロコが。二人の背にはリュックと、大きな荷物。
「どうしたの?」
「先生、ちょっとお願いがあるんだけど」
「荷物大変でしょ? 上がって話そう」
とドアを開けて二人を招けば、お邪魔しますと中へ入っていった。
リビングのソファに座ってもらい、私はキッチンでお茶を入れる。
「はい、どうぞ」
二人の前にお茶を出すと、ホシノは早速飲み始めた。
「あ~……美味しいね~」
「それはよかった。で、話とは?」
そう仕掛けるとホシノはお茶を置いて、
「先生、シロコちゃんをしばらくここに住ませることはできない?」
「ええっ?」
私の驚きの声が部屋中に響き渡り手が固まる。
「いやー、アビドスでやらなきゃいけない事がいっぱいあってさ。でも、シロコちゃんとはちょっと一緒居られないというか、ちょっとね。この子もいいよと言ってるしさ」
「ん、先生なら大丈夫」
シロコが頷く。ホシノは話を続ける。
「ということで、しばらくシロコちゃんをここに住まわせて欲しいんだ」
「それは……別に構わないけど……」
と私が言うとホシノが立ち上がって言う。
「よし、決まりだね! じゃあ私は仕事に戻るよ~」
「待って」
咄嗟に私はホシノの腕を掴んで止めた。
「ん? なに?」
「……シロコ、ちょっとホシノと話してくるね」
私はシロコにそう伝えてホシノをリビングから連れ出して外に。
「ちょっと、先生?」
「……図った?」
「え? うへへ〜いや、そんな訳は」
「わざとだよね?」
「うへ~、先生って鋭いなあ~」
ホシノは頭を掻いて笑う。
「でも、シロコちゃんも悩んでいるんだよ? 先生に距離取られているかもしれないって言ってきてさ」
「そんなつもりは……」
「分かってるよ。でもシロコちゃんは、今の先生との距離感に不安を感じてるみたい。だから……ね?」
ホシノは私の目をじっと見てくる。私もその視線を逸らさずに見つめ返す。
「……分かった」
「お願いね、先生」
再び中に入り、リビングに戻ればシロコがきょとんとしていた。
「先生、ホシノと何を話してたの?」
「ん? 内緒」
私はそう言って笑うとホシノも笑った。
「じゃあ、おじさんは帰るね~」
とホシノが立ち上がり、ドアの開閉音が部屋に響く。そこからは沈黙が部屋を支配する。
「えっと、シロコ」
「ん、なに?」
私は少し考えてから言う。
「……何か、食べたいものとかある? 近くのスーパーに一緒に買い物に行こう」
「わかった」
続いてシロコも立ち上がり、二人で家を出る。ガレージを開けたらボロボロのピックアップトラックに乗り込むと、シロコも続いて助手席へ。
「ロードバイクあったよね。ここに持ってきてもいいけど」
「いいの? じゃあ明日乗って来るね」
シロコがシートベルトを締めるのを確認してから私はエンジンをかけて、ギアをドライブに入れてアクセルを踏んだ。