夜明け前。もうその時から私たちは動き出し始める。アラームが鳴れば私もシロコも同じ大きなベッドで目を覚まして、それぞれ準備を始める。顔を洗ったり、着替えたり、スムージーや水分補給。そして私はサンバイザーにスポーツサングラス、ウェアをまとい、シロコも準備完了。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
外へ出てランニングをスタート。言葉もなく並走して、一緒に10kmのルートを走る。息を吐く音に一定のリズムで刻まれる足音。住宅街から大通りに出て、橋を渡って、また住宅街へ。一周して終わり、シロコが先にゴール。私は少し遅れて到着し、バイザーを外す。
「先生お疲れ」
とシロコがタオルを渡してくれるので受け取って汗を拭く。そして二人で家に戻ってシャワーを浴びて着替える。それでようやく朝食だ。私がキッチンに立って焼き魚なり味噌汁なりを作れば、シロコがそれをテーブルへ運んでいく。和風ながら豪華な朝食がテーブルに並んで、二人で向かい合っていただきます。
「シロコは今日どうするの?」
「ん、サイクリング。先生は?」
「今日の仕事は午後からだし、それまでは射撃場に行こうかなって。最近やってないから腕が鈍ってるかも」
海苔をご飯に巻いて食べてから言う。
「先生のロードバイクはいつ買う?」
「次の休日だね。専門店に行って、いろいろ見てから買うよ」
「じゃあ私も行く。一緒に選ぼう」
シロコがそう言って味噌汁を啜った。私もそれに倣う。
朝食を食べ終わって歯を磨いたら服装を整えていく。シロコは先にライディングスーツに着替えて出かけて行った。私は色んな銃のメンテナンスをしてからバッグに積み込んで訓練場へ。バイクでおよそ30分くらい。
訓練場へ到着し、手続きや自販機で弾薬を補充して、受付でロッカーキーをもらってから射撃場へ。
まずは的当て。ハンドガン、アサルトライフル、ショットガンと色々な銃で撃ちまくる。しかし反応速度が鈍ったのか、タイムはあまり良くない。ランキング上位にいる『ホルスおじさん』や、『ウサギ1』などにはコンマ差でなかなか勝てない。長い間サボったのが響いたのか。
次は走って撃つタイプのコース型。これもまたランキングトップ10入るくらいが精一杯。継続しないことがどれほど恐ろしいかを思い知らされながら訓練場を後にして、車に戻る。
「ん……やっぱり鈍ってるな」
と一人呟いてからシャーレへ向かった。
――
一日の仕事を終えてバイクで自宅に帰ってくると、既にシロコが帰っていた。
「ただいま」
玄関のドアを開けてそう言うと、リビングからシロコが顔を出す。
「おかえり。夕食、できてる」
「ありがとう。すぐ食べるよ」
私はそう言って手を洗い、リビングへ。シロコの作った夕食を食べ始める。美味しいと伝えると、シロコが嬉しそうに耳をピコピコさせた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食器を片付けて自分で洗っていると、シロコが隣に立って手伝いながら言う。
「先生、お願いがあって私のロードバイク見てくれない?」
「いいよ」
洗い終わったらガレージへ行って、明かりをつけたら工具箱を持って水色のロードバイクの前に立つ。
「どこかおかしいところあった?」
「ブレーキの反応がちょっと悪い」
「分かった。ちょっと待っててね」
まず軍手をしてブレーキを掴んでみると、確かにちょっと効きが悪い。
「ブレーキのワイヤー見てみようか」
工具箱を開いていろんな部品を見てみたり、部品を交換していく。
「慣れているね、先生」
「過去にもこういう修理は何度もやったからね」
と作業しながら答える。
「ほら、ここ見てみて」
「ん、確かにすり減っているね」
「交換しよっか」
一通り部品を交換してシロコが再び試乗してみる。
「ん、いい感じ。ありがとう」
「どういたしまして」
私も頷いてから工具箱を片付ける。そしてガレージの明かりを消してリビングへ戻っていく。
「お風呂は入った?」
「ん、入ったよ」
「じゃあ、次は私だね」
シロコがそう言ってソファに座ってテレビを見始めた。私はそれを横目に給湯器のスイッチを入れて、お風呂に入る。やはり身体に出た灰色のあざはなかなか消えない。いつか黒服に相談しなければならないのか、そんなことを思いながら身体を洗って湯船に肩まで浸かる。
風呂から上がってソファに座りながらドライヤーをかけていると、シロコが私の後ろに立って、
「ドライヤーかけるよ」
とドライヤーを取って私の頭に温風を当ててくれる。私はされるがままに乾かしてもらい、時折ブラシでとかしてもらう。
「先生の髪と私の髪、同じ香りするのなんでだろうと思ってたけど同じシャンプー使っているからだね」
「そうだね。でもシロコの髪はサラサラで綺麗だけど」
「ん、先生の髪も綺麗だよ。それに……私と同じ匂いがするとなんだか嬉しい」
そう言って彼女は私の髪を一房手に取って匂いを嗅いだ。犬のように鼻を動かして、その匂いを堪能する。
「シロコ?」
と私が言うと彼女は慌てて手を離した。
「ごめん」
「いや、いいけど……そんなに気になるの?私の髪」
そう聞くと少し考えてから言った。
「……先生の匂いがするから」
「え?それだけ?」
思わず聞き返してしまう。すると彼女は小さく頷いて言う。
「ん、先生の匂いは落ち着くから」
そんなものなのかなあと思いながら私はドライヤーで髪を乾かし終えて、洗面所に持っていった後リビングに戻る。二人でソファに座って映像作品見放題の配信アプリで映画を見る。
私が選んだのは刑事と犯罪組織のリーダーの二つの視点で物語が進んでいくサスペンススリラー。犯罪組織は銀行強盗を企て、それを刑事が追跡するというストーリー。シロコがこの映画について聞いてきたので、あらすじを教えるとかなり食いついてきたので、嫌々見ることにした。
なぜ嫌がったのかというと、前の世界でもシロコにこの映画を見せたことがあった。しかしその映画のせいでシロコが銀行強盗に目覚めるという最悪のミスをしてしまった。だがシロコはこの映画を見る前に既に銀行強盗が趣味として目覚めていたので、まあいいかとそのままにしておいた。
「先生、これ面白いね」
とシロコは目を輝かせながら言う。私はそれに頷いてから映画に集中することにした。一番の山場といわれるのは中盤の銀行強盗決行シーン。激しい銃撃戦で、犯罪グループ側のキレッキレの立ち回りで銃をフルオートでぶっ放し、警察側と戦いを繰り広げていくもの。前世界線のシロコはそのシーンが好きで何度も見返していた。実際、今隣にいる彼女も目を輝かせて見ている。
「ん、先生は私と一緒に銀行強盗するべき」
「こら」
テーブルに置いてあるポップコーンをシロコの口に押し込んで黙らせる。
「んむっ」
と彼女はポップコーンを咀嚼する。私としては後半の犯罪組織が瓦解していったり、裏切り者が明らかになるシーン、空港での決着シーンなどもいいと思うのだが、シロコは明らかにテンションをトーンダウンさせていた。
そして映画は終わり、歯を磨いたら二階の大きなベッドで二人一緒に寝る。
「ん、おやすみ先生」
とシロコが私の隣で横になる。
「うん、おやすみ」
そんなやり取りをしてから私は眠りについた。
――
ふと、真夜中に目を覚した。隣にいたはずのシロコがいないが、下から物音がしたので一階にいるのだとわかった。水分補給のためにリビングへ下りると、目を赤くしたシロコが暗いリビングで水を飲んでいた。
「シロコ、どうしたの?」
と聞きながら冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを一本取り出して、一気に半分ほど飲む。
「ん、ちょっと怖い夢見たから」
と答えるシロコの隣に座る。
「どんな夢だった?」
「私が、先生を撃つ夢」
沈黙せざるを得なかった。前世界線にあった何かとリンクしているのか。それとも、私の無意識が彼女のほうに流れ込んで、それを夢として見たのか。そんなオカルトな話は置いておいて。
「眠れないでしょ。夜のドライブとか、どう?」
提案してみるとシロコは頷いたので、キーをとって外へ行く準備をする。軽く上を羽織り、シロコも同じく上を羽織って、ガレージのシャッターを開けて車に。
「じゃあ、行くよ」
エンジンをかけてギアをドライブに入れてアクセルを踏んだ。目的地は特に決めてないが、何となく遠くのドライブスルーで夜食でも買おうかなとぼんやり思う。
真夜中なのか、大通りを走る車の量も少ない。そんな道をゆっくりと走っていく。
「先生」
とシロコが口を開くが、耳だけで続きを促す。
「夢の詳細だけど……。やけに鮮明な夢だった。荒廃した都市で私は先生と戦っていた。でもその時の気持ちは憎いとかじゃなくて、哀しい感じがした。楽にさせてあげたい、そんな気持ちだった気がする」
「そう、なんだね……」
「私は先生を傷つけたくない。だからいつか先生に手を出すんじゃないかと思うと、凄く怖くなって……」
「それで眠れなかったんだね」
車はやがてバイパスを経由してスピードの出る道へ。
「シロコ、これだけ言っておくね。そんな未来は来ないよ。そんな辛い思いはさせない」
そう断言する。シロコが何か言いたそうにしていたが、私は続ける。
「それにね、もしそんな未来が来たとしても……私がなんとかするよ」
「……先生?」
「そんなことより……楽しい話とかしようよ。私の話、聞きたい?」
「ん、聞かせて」
シロコが私のほうを見て言う。私は少し考えてから言った。
「そうだね。……私がシロコくらいの時、ちょっと短気だったんだ」
「そうなの?」
シロコが意外そうに言う。私は頷いて続ける。
「そう。一番怒った事件があってね。その時、車とかバイクを弄るのが好きで今あるようなガレージに大型のエンジンをおいていたんだけど。ある日、ヘルメット団が盗んじゃってね。その時凄い怒ったんだ」
「どうやって怒るのか想像が付かない」
「でしょ? もう仲間達が総勢で私を止めに来るくらいの怒り方で、先輩すら焦っていたよ」
「どうなったの?」
「みんなで取り返しに行ってヘルメット団ボコボコにしてきた」
「ん、そうするべき」
「でしょ?」
と私は笑って言う。シロコも微笑んだ。
「やっぱり短気は損だよ? 私みたいにならないように」
「ん、わかった」
しばらく走ると目的のドライブスルーに辿り着き、専用のレーンを走る。
「何食べる?」
「……あのクッキーとバニラのシェイク」
「あれ美味しいよね。私は……ホットココアでいいかな」
音声越し注文して、商品を受け取って車の中で食べる。
「こういう夜食ってギルティだよね。背徳感がある」
「ん、確かに」
シロコがシェイクを飲みながら言う。交差点で止まったらホットココアにそっと息を吹きかけて、少し冷ましてから一口飲んだらカップをドリンクホルダーに置く。
そこから深夜のラジオについて話をしながらしばらく走って、シロコがうとうとし始めたので家に戻ることにした。
「ん……ごめん先生……」
「大丈夫。着いたら運ぶから」
彼女はすぐに寝息を立て始めた。家に戻ったら助手席で眠るシロコをおんぶして、二階のベッドまで運ぶ。
「おやすみ、シロコ」
そう言って私もベッドに入って眠りについた。
――
「シロコちゃんがそんな夢を見たんだね……」
スマホに耳を当てながらノートパソコンを操作していく。シャーレでのお仕事中、シロコが見た夢についての話についてホシノに伝えていた。
「うん、そう」
「シロコちゃんに何か話した?」
「話せるわけないよ。あんな突拍子もない信じ難いこと、あの子には重すぎるよ」
「それもそうだね。……それで先生」
「なに?」
「そろそろ、何か対策立てない? よくわからないけど、近いうちやってくる大きな事件などについてとか」
「しっかり考えてあるよ。もう少しだけ待ってね。……もしその時が来たら、ある程度の人を集めて話し合おう」
「わかった。じゃあね、先生」
「うん、またね」
そう言って電話を切る。そして私は自分の仕事に戻った。