アビドスの6人目   作:____―--

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VINUSHKA

 いつも通り早朝にアラームで私たちは起きる。ルーティンにまず髪を梳かして、歯磨きをして。

 

 シロコと一緒にライディングウェアを着込んだらガレージに置いてあるロードバイク2台をそれぞれ取りに行く。私のロードバイクはシロコと一緒に買ったもの。黒色と赤のスポーツな雰囲気のロードバイクだった。

 

「先生、準備できた?」

 

「うん」

 

「ん、今日は50km走ろう」

 

「わかった、じゃあ行こうか」

 

 ペダルに足を乗せて漕ぎ始める。住宅街から河川敷や公園を走っていく。シロコはやはりロードバイクのプロだからか、かなりペースが速い。無理して付いていこうしたら息が上がりそうなので自分のペースで走る。シロコも私の様子を見てペースを合わせてくれた。

 

「先生、大丈夫?」

 

「やっぱりシロコ速いよ……」

 

「ん、私は慣れてるから。先生、無理しないで」

 

「わかってる。行こうか」

 

 そこからはシロコに付いていく形で、別の地区へ。

 

「先生、この橋を渡ったら折り返して」

 

 とシロコが指さす。私は頷いて橋を渡り始めた。そして渡り切ったところでUターンして、また同じ道を走る。こうして軽く走って、私たちは家へと帰る。

 

「シロコ、お疲れ様」

 

「ん、先生こそお疲れ。……ちょっと休憩したらシャワー浴びて朝ご飯作ろう」

 

 とシロコがロードバイクを停める。私もそれに倣った。シャワーを浴びて朝食を作り始めると、私がキッチンに立って朝食を。トースターに食パンを二枚入れて、その間に卵を割ってフライパンの上に落とす。手間だからハムも並行して焼く。ケトルでお湯を沸かしてインスタントのスープを二人分。サラダも盛り付けたり、ヨーグルトも用意。

 

「先生、持っていくね」

 

「お願い」

 

 シロコが朝食をテーブルに置いていく。私はインスタントコーヒーを、シロコはオレンジジュースを。

 

「いただきます」

 

と私たちは朝食を食べ始めた。

 

 朝食を食べ終えて、片付けて、歯を磨いて……。出勤前にソファに座ってテレビを見る。シロコはソファでスマホをいじっていた。

 

「ん、先生。あとでお弁当をシャーレに持ってくるね」

 

「本当に? でも無理しないで」

 

「大丈夫。私が作りたいから。それにサイクリングの合間に行けるから」

 

「じゃあお願いしようかな。……そろそろ行ってくるね」

 

「行ってらっしゃい。先生」

 

「行ってきます、シロコ」

 

 ドラゴンのヘルメットをもって玄関の扉を開けて大型バイクに乗った。

 

――

 

 シャーレで書類仕事をしながらふと思う。シロコと一緒に過ごす日々に何か温かいものを取り戻している気がする。朝起きる時、誰かが一緒に起きてくれて。朝食を一緒に食べてくれる。そして家に戻ってきたら誰かが待っててくれる。そんな日常がとても愛おしく感じていた。

 

「先生、ぽーっとしてるよ?」

 

 ホシノの声で我に返る。

 

「あ、ごめんごめん」

 

「もしかしてシロコちゃんのこと考えてたのかな? このこの~。幸せそうな顔して~」

 

 とホシノが肘で小突いてくる。

 

「よくわかったね!?」

 

「でも……最近そんな表情するようになってちょっと安心したよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「そう。今の先生、以前と比べるとだいぶ明るくなったよ」

 

「……そっか。さて、頑張ろうか。お昼にはシロコがお弁当を届けてくれるというし」

 

「は~い」

 

とホシノが書類仕事を再開させた。私も手を動かすことにした。

 

――

 

 昼頃、シロコのお弁当を楽しみにしながら仕事をしていた矢先のこと。遠くで爆発音や銃声などが聞こえた。別にキヴォトスなら日常茶飯事なので気には留めなかったが、胸騒ぎのような何かを感じた。

 

「……アロナ、シロコの位置はわかる?」

 

『え……? あ、はい。……シロコさんは現在カイザーPMCと交戦中です!』

 

「っ! やっぱり!!」

 

「先生!?」

 

 私はすぐにオフィスを飛び出して、全力疾走で現場へ急行する。そして現場に辿り着くと……。カイザーPMCに囲まれた傷だらけのシロコがいた。

 

「シロコ!!」

 

「気をつけて。あいつらの目当ては、先生……!」

 

 シロコに手を出された。あのクソみたいな企業の連中に。

 

 途端、凄まじい何かが私の底から湧き上がる。駄目だ。その力は、先生として……。人間としての一線を超えてしまう。

 

 付近の車が歪んでいく。アスファルトに亀裂が走り、地面が隆起する。

 

 どれだけ深呼吸しても、心臓の鼓動は収まらない。

 

「……先生? ……先生!?」

 

 私の身体の制御権が、別のやつに奪われてしまった。

 

――

 

 気がついた時、煙の匂いが嗅覚を掠めていた。倒れたままで視界はぼやけていて、誰かが目の前に居る。口元に何か無機物の感覚が。時間経過とともに視界は鮮明になり、目の前にはホシノが居ると認識できた。

 

 そのホシノは私の口に拳銃を突っ込んでいた。彼女は涙目で、傷だらけで、でも私を撃たないように必死に抑えていた。その様子で何があったのか、全て把握した。

 

「ホシノ……私だよ」

 

 私がそう言うとホシノは拳銃を口から抜いて、私を強く抱きしめた。

 

「先生のバカ……!!」

 

 ホシノの頭を撫でると彼女は嗚咽を漏らした。そして私は彼女を抱きしめる力を一層強めるのだった。シロコはどこかと探すと、離れたところで私たちの様子を見守っていた。だがその表情はどこか悲しげで、見てはいけないものを見てしまったような。そんな顔をしていた。

 

 ホシノに肩を貸してもらって立ち上がると、そこに広がっていた光景に思わず絶句した。カイザーPMCの車両が大破し、燃え上がる車両。一部の建物が半倒壊し、道路はひび割れ、地面が隆起していた。全部恐らく私がやったのだろう。

 

「早く離れよう。先生も、シロコちゃんも」

 

 ホシノに言われるがまま、私はシロコの手を引いてこの場所から立ち去った。

 

――

 

 シャーレのオフィスにホシノとシロコを連れて戻ると、私はソファに寝かされた。そしてホシノは救急箱から消毒液や包帯を取り出して、私の怪我を手当てしていく。その間も彼女はずっと無言だった。シロコは少し離れたところで立ち尽くしていた。

 

「はい……終わり」

 

「……ホシノは?」

 

「おじさんはもう手当したから。……先生」

 

「何?」

 

ホシノがこちらに目を向けず、俯いて言う。

 

「……シロコちゃんの居候は、今日で終わりにしようか」

 

「そうだね。こんな状況じゃ」

 

 私の身体の秘密をシロコは知ってしまった。他にもシロコに知られたくない秘密はいくつもあるが、抱えたまま一緒に過ごすのは最早リスクのある状況となってしまった。

 

「シロコ、今日で終わりにしよう」

 

 と私はシロコに言う。すると彼女は無言で頷いた。そしてホシノがシロコの手を引いてオフィスを出て行った。取り返しのつかないをしてしまった感覚、空虚な感覚が私を襲う。

 

 そしてしばらくしてから黒服に向けて、メールを送信した。

 

――

 

 一日の業務を終えて自宅に戻ると、静寂が広がっていた。

 

「ただいま」

 

 と誰もいない部屋に向けて呟く。何、いつも通りの日常に戻っただけじゃないかと自分に言い聞かせながら紛らわせるようにテレビをつけた。

 

『次のニュースです。D.U.シラトリ区にて原因不明の大規模な地盤沈下が発生し、周辺の建物に被害が及びました。また、その一帯はカイザーPMCの車両が多数確認されたことから、何らかの戦闘があったのではないかと……。現在ヴァルキューレ警察学校は原因を調査中です』

 

思わず私はテレビを切ってしまった。そしてリモコンを握りしめたままソファの上に倒れこむ。

 

「はぁ……」

 

 なぜか食事もシャワーもする気が起きず、そのままソファに寝転がる。すぐそばにあったウェーブキャットの抱き枕を抱きしめて、そのまま意識を手放した。その枕がいつの間にか湿っているのにも気づかず。

 

――

 

 メールにて黒服が指定した建物へ赴く。自身の体がどれだけ限界なのか。あとどれだけ、私は人間で居られるのか。不安に駆られながら地下へ繋がる階段を下っていく。

 

 そして目の前の扉を開くと、そこには黒服……だけではない。他のゲマトリアも居た。ゴルコンダとデカルコマニー、マエストロ。あの赤いアイツだけは居ないが、それ以外は揃っている。

 

「よく来てくださいました。先生」

 

 黒服が手を広げて歓迎してくる。

 

「……この面子はなに? ベアトリーチェは?」

 

「今回先生を呼び出したのは其方の身体についてだけではないのです。私達も調査を進めていく上である人物が浮上したので」

 

とゴルコンダが話し始める。

 

「ベアトリーチェはまもなく追放される。彼女は最早憎悪に支配された怪物だ。このままではさらなる厄災へと転じるだろう」

 

「あの赤いビッチのケツを蹴れないのは残念ね」

 

「先生は独特の表現をされますね」

 

「そういうこった!」

 

とデカルコマニーが豪快に言う。

 

「クックック……代わりに私達が蹴っておきましょう。では、まずは順を追ってあなたの状態について説明しましょう……」

 

 黒服が話し始める。

 

「まず一つ、もうあなたはアセンションを行使するのは不可能となりました」

 

「……そう」

 

 そこにゴルコンダが補足する。

 

「しかし問題はアセンションが使えないことではないのです。ある時点で加速していた再反転のプロセスが突如停止した。それが問題なのです」

 

「つまり、どういうこと?」

 

「正確には、完成の直前で停止しているのです。最後の一手がまだ足りていない。それが何かは、まだわかりません」

 

「……そう」

 

 次にマエストロが話し始める。

 

「我々は虚無について探求すべく太古の資料を漁ってきた。その中である存在が浮かび上がった」

 

「ある存在?」

 

「『彫刻家』、太古のゲマトリアにいた者。唯一神の創造を崇高とし、その美学のあまりの残酷さに我々の前身の時に追放された。……彫刻家は概念の残滓へと姿を変容させ、今でも神の素体を探求している」

 

「その彫刻家が今までの話と何の関係があるの?」

 

「彫刻家が追い求める神の素体があなたである可能性が出てきたのです」

 

 黒服は手元にオーパーツを展開させる。

 

「過去の書物によると、彫刻家の美学はこうです。最も深い絶望と最も清い何かが融合した瞬間にのみ、本物の神が受肉する。その何かを突き止めることはできませんでしたが」

 

 黒服はオーパーツをしまう。

 

「一つ付け加えるとするなら……。無名の司祭もまた、彫刻家を知っています。しかし彼らは彫刻家の作品の贋作を作り続けている。彫刻家からすれば、本物を知らずに模倣する者として軽蔑するでしょう」

 

「待って、色々追いつかない」

 

 頭を抱え、呼吸を落ち着かせる。無名の司祭、アリス、Key。思い出してゆっくりピースを嵌めていく。アリスもKeyも無名の司祭が生み出したものである。つまり彫刻家は無名の司祭と対立関係にある。無名の司祭側のKeyが私を排除しようとしたのは、さっきの憶測が正しければ彫刻家を妨害しようと考えたからと。

 

 Keyが言った言葉、私は『階梯』を昇る存在だと。階梯、アセンション。二つの繋がりについて考えていく。

 

「じゃあ、アセンションは……」

 

 何度も使われた注射器をゲマトリアに見せつける。

 

「ええ、調べていく中でわかったのは、アセンションは彫刻家の道具であること。いわば、人間性を削り落とす『ノミ』のようなものです」

 

「ノミ……?」

 

「その道具はあなたの人間性を削り落とし、そしてあなたが人間でなくなった時……あなたは神となるのです」

 

「……そんな馬鹿な話ってある?」

 

「それが再反転の完遂である。先生、貴方が再反転を完遂してしまった時の姿をお見せしましょう」

 

 マエストロが指を鳴らすと、部屋が暗転する。そして目の前に現れたのは……。

 

「私……?」

 

 それは紛れもなく私自身だった。しかし私の身体ではない、もっと別の何かだ。純白のドレスを纏い、神性が極限まで高まった姿。金色の瞳は……何も映していない。ただ静かに全てを見下ろすような、そんな目だ。

 

「これが再反転の完遂した先生です」

 

「こうなってしまうと、キヴォトスは終わると」

 

「終わる、は誤った表現でした。謝罪と訂正を」

 

とゴルコンダは頭を下げる。

 

「しかし、キヴォトスに唯一神が誕生することは最大級のタブーを侵すことになる。この世界には無数の神秘が存在し、それぞれが拮抗することで秩序が保たれる。しかし唯一神の誕生はすなわち『全ての神秘に上位者が君臨する』ことと同義。それによってもたらされる世界への影響は計り知れません」

 

 私は拳銃を取り出し、自分のこめかみに向けた。

 

「なら、再反転を止める方法は……」

 

「いけません、先生」

 

 黒服が厳しい声で言う。

 

「それですら、彫刻家の思う筋書き通りになってしまう可能性があります。ですからそのような短略的行動はやめてください」

 

 ゆっくりと拳銃を降ろし、ホルスターにしまう。

 

「一つ、我々の立場も明確にしておきましょう」

 

 黒服の真剣な声に他のゲマトリアは口を挟まない。

 

「あなたが神になることは、我々にとっても望ましくないのです。キヴォトスが変容してしまった場合、崇高の研究対象が消失する可能性があります。そうなった場合、我々の存在意義が消失してしまう」

 

「私への支援は打算だったと」

 

「利害の一致、と呼ぶ方が正確です」

 

 異形のスーツは淡々と言う。

 

「しかし……打算だけではないメンバーもいるかもしれません」

 

「そういうこった!」

 

 とデカルコマニーが豪快に言う。

 

 今までの複雑な話を理解しようと、私は額に手を当てて考える。ふと、ずっと聞きたかったことがあるのを思い出した。

 

 黒いカードを取り出し、黒服に見せる。

 

「これは大人のカード。アリウスの一件にて、いつの間にか使えるようになってたけど何故?」

 

「簡単なことです。カードがあなたを大人として認めた。ただそれだけです」

 

「じゃあ、私は大人なの?」

 

「ええ。……そして今、あなたはカードを削って奇跡を行使する権利を得ました」

 

「奇跡……。そう」

 

 カードを見つめ、私は考える。奇跡を使える。願い事を一つ叶えられるとしたら? そう置き換えて再反転に対抗する術を考えた。ずっと静かに考え、とうとう結論を導き出した。

 

 カードを前に掲げると、黒服が焦りを滲ませながら言う。

 

「……先生。確かにそれはあなただけの武器です。しかし私はそのリスクを薄らとですが知っています。使えば使うほど削られていくはずです、あなたの生が、時間が」

 

「もう、私には無い」

 

「今は使う時ではありません。先生、あなたにもあなたの生活があるはずです。食事をし、電車に乗り、家賃を払う。そういった無意味でくだらないことを、きちんと解決しなくてはいけないでしょう?」

 

「世界が終わったら、私がキヴォトスを書き換えてしまったら、そんなことも無意味だよ」

 

「先生。あなたは十分に先生としての役目を果たしました。被せられた役割を自分のものにし、あなたなりにキヴォトスを導いてきた。だから……」

 

「わかっててもやる。……ルールを書き換える。『私はどんな状況でも、私であり続けること』、そして『アセンションの代償を変える。命を代わりに差し出す』」

 

 カードに願いを込める。そして私は、最後の切り札を切った。目が眩み、ショックを受けるほど強い光が放たれ、光が収まる。

 

「……ルールの書き換えが受理されたようです」

 

 握った手に残ったのは、粉々になったカードの破片。

 

「先生、それは美しくない。しかし人間的だ」

 

 静寂が空間を包み込み、そして黒服が口を開く。

 

「……先生、最後に一つ。何故あなたは生徒たちを救うのでしょうか」

 

「答えは出せたよ」

 

 まっすぐな目で黒服を見つめる。

 

「この世界を愛しているから。今までは狭い世界しか見てなかったけど、旅に出て広い世界を見て、やっとわかった。何気無い日常を過ごしているみんながいる。ビデオゲームを遊ぶ日常、好きなグッズを追い求める日常、美味しいスイーツを求めにいく日常、友達と何気無い会話を楽しむ日常、そんな日常を奪わせたくなんかない。突然奪わせなんかしない。……ただ、それだけ」

 

「わかりました」

 

 黒服は淡々と言う。

 

「シャーレの先生、あなたはとても興味深い人間でした。どうか、良き旅を」




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