アビドスの6人目   作:____―--

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アクロの丘 2

 夢の中だとすぐにわかった。私はシャーレのオフィスにいて、窓から見える景色は真っ赤な空。

 

「最後の受難が始まった――」

 

 背後から声がして振り返ると、そこにはゴルコンダとデカルコマニーらしき人物がいた。ただし消えかかっているというか、存在が薄れている。

 

「ゴルコンダ、デカルコマニー……!?」

 

「ゴルコンダはもう居ない。私は『フランシス』だ。デカルコマニーと共に、新たにお前を見守る者。従って、最後の宣告を傾聴せよ」

 

 叫ぶ絵画で顔を隠すように掲げたコートの人物、フランシスが言う。

 

「私はようやく理解に至った。……あの方が作り上げた『筋書き』は我々が知る範囲を超越している。……あの方は、このキヴォトスの全てを知っている。そしてどう転ぼうと、これは()()()()物語だった。……あの方が望む結末へと導くために、我々はその筋書き通りに動くしかない」

 

 フランシスはそう告げると前に出て言う。

 

「この物語はお前が全ての始発点であり、終着点(アルファでありオメガである)もお前に結びつく。……お前は、最後の受難を乗り越えなければならない」

 

「その受難の果てに……みんなが笑いあえる未来は訪れるの?」

 

「それは必ず訪れる。……だが、それは解釈に委ねられる。お前が望む結末でも、あの方が望む結末でもないかもしれない」

 

「じゃあ……私はどうすればいいの?」

 

 フランシスは一呼吸置いて言う。

 

「これは最初から学園と青春の物語では無かった。……巡礼と受難の旅であった」

 

「巡礼と受難の旅……」

 

 私はそう呟く。何か恐ろしいことを伝えられているのはわかるが、完全に飲み込めず、ただ呆然と聞くことしかできない。

 

「しかして、始めるのだ。……最後の階梯を上り、昇天を果たし切るのだ」

 

フランシスはそう告げて消え、デカルコマニーもそれに続いて消える。そして私もまた、深い闇へと落ちていった。

 

……目を覚ますと、そこはシャーレのオフィスではなく、白い天井だった。よく見慣れた天井、私の家のベッド。家の中には誰もおらず、カーテンを開けると血のような赤い空が相変わらず広がっていた。

 

 そうだ、作戦最中なのだ。こんな悠長に寝ている場合ではない。外の防災スピーカーは絶えずに避難を呼びかける放送を流している。

 

 スマホを握りスリープから解除すると、着信履歴が何百件も。こんな量は捌き切れないと悶々としながらモモトークを起動。リンから業務的なメッセージが届いていた。

 

『サンクトゥムタワーが虚妄のサンクトゥムにより破壊され、連邦生徒会も機能不全につき不本意ながらシャーレを作戦本部として使用します。……先生の療養もシャーレで行うには騒々しいので、先生の家に身柄を移しました。今後は作戦の経過をこのチャットを通じて報告します。』

 

 続けて次のメッセージを見る。

 

『シャーレの名の下に全学園へ呼びかけをしました。虚妄のサンクトゥムの出現位置は事前情報の精度99%通りに。資料通りに戦力の分配を行い、二週間以内の同時攻略を目標とした作戦を展開中です。……現時点では、順調に進行しています。』

 

 私が指揮不能になった時点でリンに全権を委譲すると決めていたが、無事に引き継ぎはできているようで安心した。

 

『私も準備できたらシャーレに向かう。ちょっと待ってて』と返信し、次にリビングでノートパソコンを展開して資料、モモトーク、不在着信の音声を片っ端から確認していく。その中で絶句する情報があった。

 

「シロコが、行方不明……」

 

 シロコが行方不明になったという情報が、モモトークから発覚した。アビドスの四人から連絡が来ている。……もしかしたらこの滅びを招いた『ラスボス』がシロコを色彩に染め上げようとしているのか。

 

 止まらない動悸に、私は胸を押さえる。

 

「シロコ……」

 

 その時だった。突如異様な空気の流れに鳥肌が立つ。そして目の前には黒いワームホール、ポータルのような物が出現していた。

 

「な、なにこれ……」

 

私はノートパソコンを閉じて、恐る恐る近づく。すると突然ワームホールが開き、中から見覚えのある人物が現れる。その姿を確認した時、完全に固まってしまった。

 

 黒ドレスを纏う『彼女』が、私を見つめていたのだ。

 

「この世界のシロコなら、『色彩の嚮導者』が攫った。……『あの人』があなたを呼んでいる」

 

「シロコを……攫った!?」

 

 私はそう言って彼女に掴みかかろうと近づくが、

 

「っ!?」

 

 彼女はあっさりといなし、私の腕を掴み上げる。

 

「今はあなたを傷つけるつもりはない。……でも、シロコを救いたいなら今は私に従うべき。私と一緒に来て」

 

「……準備する時間は?」

 

「いいよ。……でも、早く来てね」

 

 彼女はそう言ってリビングのソファにまるで元からいたかのように座り出す。

 

 どうしてこんなに平然としているんだと、私は彼女の行動に疑問を持つし、混乱しているし、怒りも沸いてくる。でも、今は冷静さを取り戻すことが重要だ。

 

私は深呼吸をして、二階へ上がる。

 

 そして自室のクローゼットを開け、ベルトポーチには中には手榴弾と弾薬をありったけ詰め込む。

 

次にアーマーを装着し、ホルスターのリボルバーを整備、アサルトライフルも装備する。あとはシッテムの箱。

 

そして最後に……砂を被ったボロボロのマフラーをじっと見つめる。前の世界にて拾い上げたもの。それをポーチの奥深くにしまい、ライフルを肩に掛けながら部屋を出る。

 

「準備できた?」

 

「……最後に電話は?」

 

「それもいいよ」

 

 許可をもらったから、リンに電話を掛ける。

 

『先生、どうされましたか?』

 

「リン。……あとはお願いしていい?」

 

『先生、今から何をされるのですか?』

 

「この事態を招いた親玉であろう奴のところへ単独で行く」

 

『単独で!? 危険すぎます、先生!』

 

「……リン。全てにケリをつけてくるから」

 

『先生、待ってください!』

 

 無理やり切って、彼女の方へ再び向く。

 

「もう一人だけ、いい?」

 

「いいよ」

 

 次にホシノへ電話を掛ける。銃声や様々な生徒の声が聞こえることからお取込み中だったようだ。

 

『先生、どうしたの? 今すっごく忙しいところなんだけど〜』

 

「ホシノ」

 

 真剣な声色でスマホに呼びかける。ソファに座る彼女の瞳が微かに動く。

 

「シロコを助けに行ってくる。だから何かがあったとしても……振り向かないで」

 

『……わかった。待ってるからね』

 

そう言って電話を切る。そして私は彼女の方へ向き、言う。

 

「行こう」

 

「……うん」

 

彼女は立ち上がり、ワームホールの中に入っていく。私もまた、その中へ入るのだった。

 

――

 

 きっと、遠く遠い場所に来てしまったのだろう。時間の流れすら今までとは違うような感覚がする。

 

 私周囲を見渡し、ここがどこなのかを認識する。……真っ白な床に暗闇のような外の空間。まるで混沌の世界だった。

 

「ここは『ナラム・シンの玉座』。次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う場所。ここはアトラハシースの方舟内部」

 

 黒いドレスの彼女が言う。遠くには、腕を拘束されて座らされたシロコの姿があり、駆け寄ろうとするも手で制止される。

 

「今、あなたは……シロコに干渉する権利はない」

 

「……」

 

 静寂の中、私と彼女の声のみが反響する。

 

「アトラハシースとは、何?」

 

「あなたが居たキヴォトスから、上空七万五千メートル。成層圏に位置する方舟。……安心して。あの映画みたいに宇宙服が必要なわけではないし、酸素も必要ない。物理的に到達は不可能だけど、『あなたの生徒達』ならきっと上手くここまでやってくる」

 

「その言いぶり、未来でも見えてるの?」

 

「私は未来は見れない。……でも、あなたは『滅びを経験した人』であるし、クレバーな人だったからきっとここまで導けると思う。あの生徒たちなら虚妄のサンクトゥムも撃破して、この方舟まで到達する」

 

「……光栄だね」

 

 静かに皮肉を呟いて質問を何度も投げかける。

 

「黒ドレスの死神さん。あなたは何がしたいの?」

 

「このキヴォトスを滅びへ導くこと。すべての人々をあの世へ導くこと。それが私の本質」

 

「本当にそうなの?」

 

 瞳が一瞬揺れるが、すぐに睨み返しながら言う。

 

「私は色彩の嚮導者。『あの人』もただ私が利用しているだけ」

 

「私はあなたのような死神さんをよく知っている。……そんなのは本当の望みじゃないはず。誰かが背負わせてきた、重圧。それがあなたを苦しめている」

 

 彼女の目が鋭くなり、シロコの元へ歩いていく。

 

「このシロコには、どれだけあなたのことを話したの?」

 

 死神が彼女の肩をゆすり、起こすように促す。

 

「ん……。あれ、先生……?」

 

 シロコは私を見るなり目をこすりながら言う。

 

「……あなたはどれだけの事をシロコに話したの?」

 

「答えるわけ、ないじゃない」

 

 今度は向こうから口撃をしてくる。

 

「そう……。明かしてないんだね。なら、私から明かしてあげる」

 

「やめて」

 

 死神に近づこうと足を動かした途端、黒いアサルトライフルを首元に突きつけられ、動きを止める。

 

「シロコ、この子の言うことなんて聞かなくていい!」

 

「無駄。……聞きなさい。砂狼シロコ。……あなたは、キヴォトスを滅びに導く存在。あなたは、キヴォトスの敵」

 

シロコは目を大きく見開いて、私を見る。そして私は静かに首を横に振る。

 

「何を根拠にそんなこと言えるの!」

 

 私が叫ぶと、死神は淡々と言う。

 

「根拠は、私。この先生と呼ばれる女性と同じ世界線の砂狼シロコ。……彼女に育ててもらい、彼女を裏切って、そして殺した。そして世界を滅びへ導いた」

 

「……噓」

 

 シロコが震える声で言う。

 

「本当の事。……私にはわかる。先生を騙る彼女は、きっとここのシロコを避けていたはず。なぜなら裏切られた人と同じ人だから。……ずっと隠されていると思っていたでしょう。これが真実」

 

「先生……?」

 

 シロコが懇願するように私を見るが、目をそらして答える。

 

「ごめんなさい」

 

「どうして隠していたの!!」

 

 シロコが叫ぶ。私はただ、謝ることしか出来なかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 シロコとは向き合う必要がなくただの先生と生徒という関係程度で終わらせられると思っていた。でも私が、運命がそうはさせてくれなかった。全ての真実が今、明かされてしまった。

 

「先生……。どうして」

 

シロコが絶望した様子で言う。私はただ、謝ることしか出来なかった。そして死神は淡々と続ける。

 

「……やがてウトナピシュティムの本船がこの方舟に侵入してくる。あなた達の生徒がこちらを目指してくるけど、そうはさせないし、私が止める。……あなた達はここで終わり」

 

 黒ドレスの彼女は再びワームホールの中へと消えていった。この空間には縛られたシロコと私だけが残された。

 

「そんなこと言ったって、信じてくれるわけないでしょう……」

 

 私はそう呟きながら、シロコに近づいていく。

 

「来ないで!」

 

 彼女は叫び私の歩みが思わず止まってしまう。

 

「どうして先生は信じてくれなかったの?  どうして私には噓をついてたの?」

 

「ごめん。……でも、私はあなたを傷つけたくなかった」

 

 シロコが私を睨む。

 

「言ってくれたら、私だって一緒に戦えたのに……」

 

「そうだね……」

 

 私はそう呟いてすぐそこに座り込む。何を言おうとずっと考えてきた。でも何も思い浮かばない。……私は無力だ。ただそのまま時間が経っていく。世界を守るとか大口叩いたのに、大切な生徒一人すら救えない。

 

 ……しばらく経って突然、シロコを縛り付けていたものが解除され、立ち上がって白のアサルトライフルを持ち出す。

 

「……先生、動けるよ」

 

「うん。わかった」

 

 二人の間に交わせる言葉なんて、もうない。私もシッテムの箱を片手に空間を前に進んでいく。

 

「敵、発見」

 

 シロコが呟き、銃を構える。前方には異様な見た目をした人らしき存在が立っていた。無数のワイヤーを垂らしており、全身包帯でぐるぐる巻き。顔は灰色の仮面を付けている。

 

「あいつが私を拉致した」

 

 シロコが銃を構えているというのに、奴は一歩ずつシロコの方へ近づく。

 

「止まれ! 動いたら撃つ!」

 

シロコがそう警告するが、奴は歩みを止めない。ある程度進んだところで歩を止めて、包帯だらけの手を動かして何か取り出そうとしている。

 

"…………。"

 

「う、動くな……! 手を上げろ!」

 

 シロコがの警告を無視し、奴は手をタブレット端末らしきものを取り出すと同時にシロコは発砲した。

 

"……我々は望む。ジェリコの嘆きを。"

 

"……我々は覚えている、七つの古則を。"

 

「……っ!? なんで、その言葉を!」

 

 シロコが放った弾丸は仮面を被った人物を避けるように外れていった。この言葉は……シッテムの箱を起動するために必要な言葉だった。つまり、奴が持っているのは私と同じシッテムの箱。

 

「あなたは、誰なの!?」

 

 シロコよりも前に出て奴に問いかける。

 

『先生の生体認証、完了。このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、A.R.O.N.A、命令待機中』

 

 アロナと名乗る、白い髪の少女が奴を守るように現れた。彼女は恐らく私か奴しか視認できない。

 

「水色の方のアロナ、どういうこと……? 全く飲み込めない。あいつは……先生なの?」

 

「え、ええっ!? わ、私が二人……?」

 

 アロナすら状況を飲み込めないようだ。

 

『一部肯定。対象は連邦捜査部シャーレの顧問である先生であることを確認。ただし、あなたと対象は全く違う存在です。そして……対象は既に死亡しております』

 

「つまり、あの先生は……ゾンビってこと?」

 

「違う」

 

 またワームホールが先生の背後から現れ、黒ドレスの彼女が現れる。

 

「あの人は私が撃った。でも色彩によって生かされている。先生は色彩の嚮導者としての使命を果たすための存在」

 

 シロコがグリップを強く握って身体を震わせている。

 

「……ふざけないで!!」

 

 シロコが激昂と同時に黒ドレスの彼女へと攻撃をしかける。黒ドレスの彼女は軽くステップを踏んで躱す。

 

「世界を滅亡させて、先生を殺す……? そんなわけない!! 私が、そんなことするわけ……!! ……っ!?」

 

 黒ドレスの彼女もアサルトライフルを取り出す。白と黒の銃がお互いを向き、二人のシロコが対峙する。

 

「この世界の砂狼シロコも……いずれそうなる。そう定められている」

 

『アトラ・ハシースの箱舟復旧システムを起動。シッテムの箱の権限により、破壊されたアトラ・ハシースの方舟を多次元の同一存在と交代・修復します。……箱舟に侵入したウトナピシュティムの本船は600秒後、自爆シーケンスに移行』

 

 私は何もできない。ただ突っ立って飽和していく状況を眺めるしかできなかった。黒ドレスの彼女がシロコを追い詰めていき、いよいよシロコが倒されて、黒ドレスの彼女がシロコに銃を突きつける。

 

『先生……聞こえますか!? 聞こえるなら……色彩の嚮導者を撃破して自爆シーケンスを阻止してください!』

 

 本船の方から通信も入ってきて、状況の混沌具合に拍車をかける。そんな中……注射器を取り出し、迷いなく首筋に刺した。

 

「先生!?」

 

 シロコが驚いて叫ぶ。そして私の体に変化が起きる。……体が焼けるように熱くなり、心臓が高鳴り始める。心拍数が二百超えてそうなほどに、鼓動が早くなる。

 

「アロナ、あの黒いアロナと喧嘩してどうにか自爆シーケンスを阻止して。今から、あいつとやりあう」

 

そう言ってシッテムの箱を置き捨てて、二人のシロコの方へ走り出す。

 

「私はあなたに同情するよ、シロコ。ここで、誰にも知られずに終焉を迎えられたら良かったのに。そうすれば、あなたは自身を愛する人たちの死を知らずに消えられたのにね。こんな事をするから――あなたはまた、苦しむことになる」

 

 黒ドレスの彼女がそう呟くと、引き金を引こうとする。その時、

 

「うあああああああっ!!!」

 

 私は、黒ドレスのシロコに飛び上がってスピアータックルを仕掛けて姿勢を崩させた。前転して受け身を取り、持っていたアサルトライフルを黒ドレスのシロコに向ける。

 

「砂狼シロコ、二回戦を始めよう」

 

「そう。なら私は、再びあなたを殺す」

 

 私に黒のアサルトライフルを向けながら言った。

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