アビドスの6人目   作:____―--

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もしも


天国

 

 向こうで泣き崩れている彼女へゆっくり歩いていく。そばに座って、何もしない。声もかけず、ただ傍にいるだけ。

 

 再会しても武器を向け合って殺し合ってお互いに傷つけあう。彼女を拾ったあの時からそうなるように運命が決まっていたとしたら悲しすぎる。

 

 私は不器用に彼女に寄り添ってあげる事しかできない。……瞳を閉じて、あの世界を滅びた後の時間を遡ってみる。

 

 全ての発端はシャーレが突如爆破された事件から始まった。当時当番生徒だった私も巻き込まれ、先生と私共々意識不明の重体となった。先に目覚めたの先生で、あの人は私を置いてどこかへと行ってしまった。

 

私はその後、意識を取り戻した。その時……病院は廃墟と化し、街は荒廃していた。赤い空に虚妄のサンクトゥム。誰一人おらず、代わりに色彩に触れたような敵が無数に徘徊していた。全身を包帯で巻かれた私は、世界を彷徨い、生き延びた。そしてアビドスへと帰ろうと命からがらに辿り着いた。でも、そこには何もなかった。誰一人居ない学校だった。何より最悪だったのが、シロコが大事に持っていたはずのマフラーを見つけてしまった事だった。彼女はもういないと、そう悟ってしまった。そこから私は……私じゃなくなって、ただ世界を彷徨い続けた。雨宮ミコトらしさ、人間らしさ、生徒らしさも全てを忘却した。

 

 徘徊の末、現れたのは黒ドレスの大人びたシロコ。色彩を取り込んでしまったシロコ。彼女は私の前に立ちふさがり私を殺した。それが終わった世界での記憶。

 

「……ミコト」

 

「どうしたの?」

 

シロコが私を呼ぶ。

 

「……ごめんなさい。許してなんて言えないけど、それでも……」

 

 彼女が言葉に詰まる。

 

「……おかえり」

 

 考えた末に出せた言葉がそれだった。

 

「ミコト……。ただいま」

 

 彼女は私に抱き着いて静かに泣いた。私も彼女の背中に腕を回して長い髪に手を添えるだけ。

 

「あの時、ミコトが生きているって早く知れたら……。私は……。でも、ミコトは私を恨んでるよね」

 

「もう、恨まない。……お互いに色々あったけど、またこうして会えたから」

 

 鼓動のポリリズムを感じながら静かにゆっくりとお互いのことを話していく。

 

 シャーレ爆破事件後、全てが崩れていったのはシロコもだった。ホシノも、ノノミも、セリカも、アヤネも悲惨な状況へと陥り、私はベッドで目を覚まさず、シロコは一人ぼっちの対策委員会へとなっていた。そんな日々が続くうちに、シロコは色彩に魅入られた。そして……無名の司祭という存在に唆され彼女の神秘、『アヌビス』が顕現した。

 

 こうしてアヌビスは色彩の嚮導者となり、あらゆるものに手をかけた。その中で……先生は私より一足早く意識を起こし、アヌビスを止めようとした。だけど、アヌビスの力は強大で先生を圧倒し、そのまま殺してしまった。……のではない。彼女は先生を撃てなかった。だが色彩が先生に接触をしてしまった。先生は……シロコが持っていた役割、『色彩の嚮導者』を代わりに引き受けると。無名の司祭にプレナパテスの名を押し付けられ、シロコと一緒に世界を滅ぼすと私を置いて行ってしまった。そして、私を殺すように指示したのもプレナパテスだった。シロコが『もう楽にさせて欲しい』と懇願したから。

 

 そこに『私たちの先生』がこちらへと歩いてきて、黒ドレスのシロコへ言葉をかけた。

 

"あなたのせいじゃないよ、シロコ"

 

"自分の生を、悔やんだり責めないで。 幸せになりたいと願う気持ちを否定しないで。生きることを諦めて、苦しみから解き放たれただなんて悲しい事を言わないで。苦しむために生まれてきたなんて、思わないで。そんな事は絶対にないのだから。"

 

"どんな生徒も、そう思う必要なんて無いのだから。子どもの「世界」が、苦しみで溢れているのなら……子どもが、絶望と悲しみの淵でその生を終わらせたいと願うのなら。そんな願いが、この世界のどこかにまだ存在するというのなら。"

 

"それは――その「世界」の責任者のせいであって、子どもが抱えるものじゃない。世界の「責任を負う者」が抱えるものだよ。"

 

"たとえ罪を犯したとしても、赦されないことをしたとしても。子どもが責任を負う世界なんて、あってはならないんだよ。"

 

"いつ、いかなる時であっても。子どもと共に生きていく大人が背負うべき事だからね。"

 

 先生はそう言った。

 

"ミコトも……ごめんね"

 

「子どもは責任を負うんじゃない……。よくそんな事言えたね」

 

 毒づくように、私は先生へ言葉を投げかける。先生の仮面がうつむく。

 

「でも……きっと仕方なかったんだよね」

 

 そのままずっと黒ドレスのシロコを抱きしめていた時だった。突然腕の力が弱まり、次に全身を支える力が弱まっていく。

 

「ミコト……!?」

 

 シロコが私へ呼びかける。そして私はそのまま地面に倒れた。

 

「げほっ! ごほっ……!」

 

 血を吐いていた。白い地面に鮮血が滴り落ちる。

 

「先生……! ミコトが、ミコトが……!」

 

「シロコ……! マフラーを着けてる方の!」

 

 立つことすらしんどくなる中、この世界のシロコへ手招きする。

 

「先生……」

 

 シロコが私の元へと駆けてくる。私は最後の力を振り絞って、彼女に言う。

 

「シロコ、お願いがある。私たちのシロコを……この世界に引き留めて。生きる希望を失くしている彼女に……何か素敵なものを与えてあげて。そして、彼女が生きる意味を……見つけて欲しい」

 

「ん、わかった。」

 

「ありがとう……シロコ」

 

 そこでようやく私たちの生徒が到着した。扉を蹴破りホシノが先陣を切る。

 

「……先生!」

 

 ホシノが私へ呼びかける。私はなんとか顔を上げて彼女を見た。

 

「ホシノ……大丈夫。全て、終わったよ」

 

 私は精一杯の笑顔でホシノに答えた。でもそれは……間違いだった。

 

「ちょっと待ってて! 誰か、先生を治療できる人!」

 

 ホシノが必死に呼びかけ、色んな生徒が私の元へ駆けつける。一部はプレナパテスと黒ドレスのシロコに銃を向けようとしたが、なんとか下ろすように伝える。

 

「ホシノ、ほら。あのシロコ。私の親友だよ。……だから、撃たないであげて」

 

 私はシロコを庇うようにして言う。

 

「分かってるから! ……ダメ、止まらない!」

 

 ホシノが必死にどうにかしようとするも吐血は止まらず、鼓動も不規則になってくる。

 

 そこで突如この空間が揺れ動く。

 

「一体何が……!?」

 

 ホシノが驚くと、黒のアロナが伝えてくる。

 

『緊急。動力源を停止させてください。このままでは、アトラハシースが崩壊し、このキヴォトスに甚大な影響が及ぼされます』

 

「せん、せい……! 止めないと……!」

 

"分かっている。停止にはシッテムの箱が必要だから。そしてこれは私がやるべき事。"

 

 その時通信が割り込む。

 

『先生、聞こえるかしら。私よ』

 

「リオ……?」

 

『接続は問題ないみたいね。先生、脱出シーケンスを使用可能にしておいたわ。使用すればアトラハシースの方舟内にいる人々を地上の座標へ空間跳躍させる。使用回数は無制限。アトラハシースの方舟が崩壊しつつある以上、ただちに使用して』

 

「うん……」

 

『先生も早く脱出して頂戴、一秒でも早く戻れば生存できる可能性が高まるわ』

 

「うん」

 

『……地上で会いましょう。先生』

 

 その言葉を最後に通信が切れる。

 

「アロナ、行ける?」

 

「はい! 準備は出来ています!」

 

 私はゆっくりと両手を床につきながら何とか立ち上がる。

 

「みんな、脱出しよう」

 

「でも、先生は……」

 

ホシノが心配そうに言う。

 

「大丈夫……私がみんなを地上へ送った後にしっかり帰るから」

 

 そう言って私はシッテムの箱を掴んで、アトラハシースの方舟の脱出シーケンスを起動。一人ずつ脱出させる。

 

「先生……」

 

「シロコ。何度も言うけど、私の親友をお願い」

 

「……ん」

 

 シロコを帰した。

 

「先生、約束だよ。絶対に帰ってきてね」

 

 ホシノが私に言う。

 

「うん、約束するよ」

 

 ホシノを帰したら、残りは黒ドレスのシロコだけとなった。

 

「シロコ」

 

 声をかけると、そばにいた彼女が私を見る。

 

「ずっと、渡したかったものがあるんだ」

 

 色々なものが崩れていく中、ポーチの中からマフラーを見せる。

 

「これ……!」

 

「……忘れ物だよ」

 

 両手で丁寧にシロコの首にしっかり巻き付ける。彼女は両手でマフラーを触り、その感触を確かめる。

 

「ミコト……!」

 

 また泣きそうな彼女が私を見る。

 

「そんな顔しないで、シロコ」

 

 私は精一杯の笑顔で彼女へ言う。そしてシッテムの箱を握る手に力が籠もる。最後に黒ドレスのシロコを帰す時だ。

 

「行ってらっしゃい」

 

 そう言うと彼女は私の前から消えた。残るは私とプレナパテスだけ。

 

 先生を見つけるべく、限界状態のまま足を動かしてプレナパテスのいる場所へ。通路へと入ると……色彩に飲み込まれた敵達に足止めを食らっている先生がいた。

 

"ミコト……! どうして!"

 

「なにトロトロしてるの! 私の世界をめちゃくちゃにしたいの!?」

 

"ごめん。ミコト、助けて……"

 

「言われなくても、わかってる」

 

 ……片道切符だ。最初からそのつもりだった。注射器を取り出し、じっと見る。

 

「先生、今行くから」

 

 アセンションを首筋に刺した。そして注射器は粉々に砕け、再びヘイローが復活する。アサルトライフルを持ち、先生の前にいた敵を掃討する。

 

"それを使ってしまったら……!"

 

「一緒に責任を取るよ。それに私は……」

 

 背後にいた仮面の先生へ振り向きながら言う。

 

「私は……アビドス高等学校二年生、雨宮ミコトだよ。先生の指示で動くから」

 

"わかった……!"

 

 それから、崩壊していく方舟を二人で駆け回っていく。敵は撃ち落とし、先生の指揮に合わせて動く。そして、ついにアトラハシースの方舟の動力源が見えてくる。先生がシッテムの箱を使って動力源を停止させようとする。

 

"何かがおかしい……"

 

「どうしたの?」

 

"動力源の操作は無名の司祭達がやったかもしれないんだ"

 

「……あいつら、そんなに私たちのこと潰したいんだね」

 

 引き続き先生が端末をいじり操作をしていく。

 

"ミコト、伝えなければいけないことがあるんだ"

 

「なに?」

 

"……本当は、私は絶望していたんだ。だから色彩の嚮導者を受け入れてしまっていたんだ"

 

 沈黙しながら銃を構え、先生の言葉を待つ。

 

"私は……生徒を救うことが出来なかった。何百回、何千回、何万回も繰り返して……。でも、救えなかった。だから色彩の嚮導者を受け入れていたんだ"

 

「先生……」

 

"ミコトが先生としてここまで来てくれた時……私はとても救われたんだ。君は……本当に世界を救って、そして私も救ってくれた。だから、感謝しているんだ"

 

「感謝なんて、いらないよ。私は……私のやりたいようにやっただけ」

 

"それでもだよ。ありがとう、ミコト"

 

 その瞬間、動力源が停止すると同時に大爆発が前方を包み込んだ。私も先生も吹き飛ばされ、そのままアトラハシースの方舟は崩壊していく。一分もしないうちに全てが終わってしまうのだろうか。

 

「……かはっ!!」

 

"ミコト……!"

 

 がれきに巻き込まれてしまったのだろうか。私の腹を……鉄骨が貫いていた。

 

「先生……」

 

"諦めないで……!"

 

 もう二人とも動くことはできない。先生の方は足ががれきで埋もれている。

 

「大丈夫……きっと、あの子なら上手くやってくれるから」

 

"まだ……! 奇跡を……!"

 

「先生、伝えたいことがあるんだ」

 

"アロナ……! ミコトを助けて!"

 

「私は、先生みたいになりたかったんだ。でも……私は、なれなかった。上手くいかなかったんだ」

 

 視界が暗く、力が入らない。

 

「でも、ね。私は……」

 

 次の瞬間、まばゆい光が私たちすべてを包み込んだ。最後に見た光景は、真っ黒な大人のカードを私の方へ届かせようとする先生の姿だった。

 

――

 

 海の中で全身がたゆたっていた。とても深いはずなのに、不思議と苦しくない。孤独だけど、寂しくない。浮かんだ言葉も泡沫となって消えていく。

 

「……先生!」

 

 遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。誰の声だろう、確かに聴いたことがあるはずなんだ。

 

「先生、どうか返事をしてください……!」

 

 ふわりとずっと浮かんでいると、突然二人の手が私の腕を摑んで引き上げようとしてきた。水色の少女、白い髪の少女の二人。

 

「先生、あともう少しでキヴォトスに帰れますからね!」

 

「ミコトさんのバイタルが危険域です。ただちに処置を……!」

 

 先生? 誰のことを言っているの。私は……ミコトだよ。そう言おうとした時……二人の顔に突然ノイズが走って、誰かわからなくなってしまった。

 

「先生! 気をしっかり持ってください!」

 

「ミコトさん、どうか……! ダメです。何者かが先生を深淵へ引きずり込もうとしています!」

 

 その時、二人の腕が離れてしまい再び海の底へと沈んでいった。

 

 次に覚えた感覚は……懐かしい風だった。砂交じりの風で、砂漠特有の乾いた空気。辺りを見回すと砂漠に学園が建っている。私はそこに立っていた。

 

「……懐かしい」

 

 足を一歩ずつ踏み出し、アビドス高等学校へと向かっていった。




次は最終決戦の章です
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