アビドスの6人目   作:____―--

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AFTER LIFE


 一日の目覚めは隙間から差し込んでくる窓の光。カーテンの隙間から朝日が差し込んできて、私の顔を照らす。眩しさで目が覚めてゆっくりと身体を起こすと、不自然に大きいベッドの上で一人寝ていた。

 

「……学校に行かなきゃ」

 

 ベッドから降りて洗面所へ。顔を洗ってしゃきっとさせるとリビングでは朝食作り。トースターに食パンを放り込んで、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出す。

 

 食器棚を見るが、一人暮らしには合わないほど多くの食器が並んでいた。皿を取り出したらフライパンを熱して油を引いて、卵を二つ割って落とす。目玉焼きが焼けるのを待つ間に野菜室から期限が迫っているものをいくつか見繕って、適当に切る。ベーコンが焼けて、卵が目玉焼きになって皿へ盛り付けると朝食の完成。

 

 テーブルの上に皿を並べて……誰かを呼び出しに行こうとしていたが同居している人なんて誰もいない。

 

「いただきます」

 

 一人で朝食を食べ始めるが、すぐに食べ終わる。食器を洗って、身支度を整えると学校へ向かう。家の中に誰かのロードバイクが置かれていたが、少なくとも私のものではない。

 

 通学路を歩いて学校へ。アビドス高等学校、私が通っている学校だ。校門をくぐって、『アビドス廃校対策委員会』の張り紙がされた部室へ。

 

「おはよー」

 

 部室に入ると、ホシノ先輩、ノノミ、アヤネにセリカが揃っていた。先輩は相変わらず寝たまま。

 

「おはようございます、ミコト先輩」

 

「おはよー。ふあ〜……」

 

「ミコト先輩、なんか眠そうですね。夜更かしですか?」

 

「ううん、何だろうね。すっごく疲れちゃってて……」

 

 セリカが私へ言う。私は適当に相槌を打ちながら自分の席に着く。

 

「で、セリカは週末何してた?」

 

「え? あ……えっと、図書館で本を……」

 

「あれ? セリカちゃんも居たの? 私も図書館に居たけど……」

 

「そ、そうなんだ〜? 気づかなかったな〜」

 

 セリカの嘘に私はにまにましながら彼女を見る。

 

「ミコト先輩のその表情は何よ!? 何なのよ!?」

 

「何でもない。セリカ、お疲れ様」

 

「ふふっ、楽しそうですね。ミコトちゃんは週末は何をしてたんですか?」

 

 ノノミが私に聞いてくる。私は……

 

「私? 私は……」

 

何をしていたんだろう。思い出せない。でも、とても大事な事だったはずなんだ。何か、大切な事を……忘れている気がするんだ。でも、何も思い出せなかった。

 

「忘れた!」

 

 アヤネとセリカが一斉にずっこけ、ノノミがくすくすと笑う。

 

「では定例会議をやりましょうか」

 

 アヤネが音頭をとって、会議が始まる。特に進捗もなく進んでいき、解散となった。

 

 時は過ぎていって夕方。私は一人で帰路へつく。

 

「ただいま」

 

 誰もいないのにそう呟くと、家へと入っていく。リビングでテレビをつけてニュースを見るが、特にこれといったものもない。そのまま夕食を作って食べて、食器を片付けてシャワーを浴びる。バスタオルで身体を拭いて髪を乾かして不自然に大きなベッドへダイブする。

 

「おやすみ」

 

誰もいないのにそう呟いて、私は眠りにつく。

 

 そんな日々がずっと続いていた。満たされているのにどこか空虚な日々。でもこれでいいんだと自分に言い聞かせて、私は毎日を過ごしていた。

 

――

 

 ある日、誰のものかもわからない水色のロードバイクに乗ってみようとふと思い立った。ボトルにエナジードリンクを入れ、ヘルメットを被ってから自転車へ乗る。

 

 ペダルを漕いで、工業地帯を経由したり、砂漠を走ったり。そうして百キロほど走ったあたりだった。妙な人を見つけた。道で倒れているスーツ姿の大人で、汗びっしょり。

 

「大丈夫?」

 

 私はロードバイクから降りて、その人へ駆け寄る。肩を叩いてみると『うぅ……』と呻き声を出していた。

 

「生きてた。道のど真ん中で倒れているから、死んでるのかなって。……アビドスは初めて?」

 

 その人がゆっくりと身体を起こしたら、水を求めていたのでボトルを手渡しながら言う。

 

"あ、ああ……ありがとう“

 

 その人は水を飲み干して一息つく。

 

「……そのまま口付けちゃうんだ。気にしないけど」

 

"ミコト……"

 

「え? なんで私の名前を?」

 

"ミコト……! 君を助けに来たんだ……!"

 

 その人は私へ抱き着いてきた。

 

「え? ちょっと、何?」

 

"シロコにみんなが君を待っているんだ……!"

 

「シロコ? シロコ……」

 

 なぜか聞き覚えのある名前に私は首を傾げる。なぜだろう、全く知らない人のはずなのに。

 

"ミコト、私と一緒に来て! シロコが……みんなが待ってるから……!“

 

「え? でも……」

 

 その時、一瞬だけ強烈な違和感が私を襲った。すぐに消え去ったものの、さっきの大人はどこにもいない。

 

「あれ……今、私……」

 

 あの人が持っていたボトルも地面に転がっていて、私はそれを拾い上げる。

 

「シロコ……。気のせいか」

 

 再びロードバイクのサドルに跨り、ペダルを漕いでいった。

 

――

 

 『シャーレの先生が重体になってから本日で三日目です。連邦生徒会主席行政官の七神リンが直近の容体を発表し、重篤な状態が続いています。体温、心拍の経過は以下のグラフ通りです。現在も各学園の医療従事者がD.U.シラトリ医療センターで治療に当たっています』

 

 コンビニでサンドイッチやおにぎり、飲み物を買い込んでから病院に戻る途中、街頭の大きなモニターからそんなニュースが聞こえてきた。普段は活気ある声で話すクロノススクールの子が制服を整え感情を抑えた声で話しているのが印象的だった。

 

 通りすがる人々もモニターを見つつ、不安や心配といった表情を浮かべていた。

 

 ……虚妄のサンクトゥム、ウトナピシュティムの本船を見つけて旅立ち、アトラ・ハシースの方舟での決戦。全てを終えてこのキヴォトスに平穏がようやく訪れた。でも、私達の先生は悲惨な重体に陥っている。

 

 病院に戻り、集中治療室の待合室へ。マフラーを深く巻いた『この世界のシロコちゃん』がずっと椅子に腰掛けて待っていた。私も隣に座って、買ってきたものを差し出す。

 

「シロコちゃん、食べよう。何か摂らないと」

 

「ん……」

 

 袋からおにぎりをシロコちゃんに渡して、私もサンドイッチを食べ始める。でも彼女はあまり食が進まない様子で、少しずつ食べては水で流し込んでいた。

 

 恐らく私もシロコちゃんも目のくまがひどいと思う。先生が運ばれてからずっとこの病院で待っていて、そんな長く寝ていない。アビドスの事はアヤネちゃんが全部やってくれると言ってくれて、何とかここに居ることができている。他のみんなはそれぞれやることが山積みでここにずっといる事は出来ないみたい。

 

「シロコちゃん、大丈夫?」

 

「……うん。私は平気」

 

 やはり声に元気がない。私もそうだけれど……きっと私より辛いと思う。一時期一緒に過ごして、そして先生への思い入れが私以上にあるはず。でも最後は喧嘩別れだったらしく、謝ることすらできないまま先生は昏睡状態へ。きっと、後悔しても後悔しきれなくて、ずっと辛い思いをしていると思う。

 

 先生がキヴォトスに帰還した時のことを目閉じて思い返す。

 

 私は先生の手によって地上へ帰還された。先生は最後に脱出したらしく流れ星のようになってD.U.シラトリ区に降下した。だが全身真っ赤、着ていたアーマーはボロボロで、腹部からの出血が止まらない状態だった。あのリンちゃんすら取り乱すほどの混乱ぶりだったらしい。私に情報がやってきたのは少し経ってからの電話。まさかのあのリンちゃんからの電話だった。『先生がキヴォトスに帰還しました。ですが、重体で予断を許さない状態です』と。

 

 私は急いでシロコちゃんと一緒に病院へ駆け込んだ。できることなら『向こう側のシロコちゃん』も連れて行きたかったが連絡先も、どこへ行ったかも分からなかったから連れて行けなかった。

 

 そして着いた時には『手術中』の赤いランプが点灯していた。待合室ではユウカという子が泣き崩れていて見るだけで心が痛んだ。

 

 それからずっと人が変わろうと私とシロコちゃんだけはずっとこの場所で先生を待って、待っていた。

 

 先生が死にかけている。そんな情報を耳にしてもなお私は冷静だった、というよりは現実感がなくてどこか遠い世界の出来事のように思えている。『おかえり』と告げたあの時から守ると誓ったのに、私は何もできなかった。あのユメ先輩のように、私の大切な人が何度もこぼれていってしまう。

 

「先生……」

 

 どれだけ自分を責めようとも、先生が戻ってくる訳じゃない。でもそうしないと……心がどうにかなってしまいそうだった。でももう、私の大切な人は戻ってこないかもしれない。

 

「ホシノ先輩……」

 

 シロコちゃんが私の名前を呟いた。

 

「ホシノ先輩は先生のこと知ってたの? 先生が元々アビドス高等学校の生徒だったということ」

 

「うん、知ってたよ。先生がカイザーPMC攫われて助けに行った時、教えてくれたんだ」

 

「そう……なんだ」

 

シロコちゃんは私に言う。

 

「……知った時、どう思った?」

 

「驚いたよ。でも……納得がいったんだ。先生が私達の知らないことを沢山知っているのは、きっと元々アビドスの生徒だったからなんだって」

 

「……」

 

 シロコちゃんは沈黙して再びおにぎりを食べる。私は不意に言葉を紡いでいた。

 

「先生は今頃……向こう側で私達と遊んでいるのかな。おじさんやノノミちゃん、セリカちゃんにアヤネちゃんも居て。でも帰ってきて。まだシロコちゃんがここにいるよ。……これ以上、あの子を悲しませないであげて」

 

 そんな願いを私は口にしていた。その時背後から間隔が速い足音が聞こえて、私とシロコちゃんは振り返る。

 

「あ、リンちゃんだ」

 

「……誰がリンちゃんですか」

 

 白い連邦生徒会の制服を着たリンだった。

 

「今日の先生の容体の経過について報告をもらいに来ました。……長くここに居ますね」

 

「うん。先生、まだ起きないから」

 

 リンが私達の向かいに座り、ため息を深くついた。

 

「今ようやくシャーレの引き継ぎが終わりました。連邦生徒会の数名、先生の代わりとして派遣しました。ただし先生ほどの人柄ではないので期待はできませんが」

 

「だよね〜、アビドスのことを見捨てた組織だし」

 

 さらりと返すとリンは俯いて、私に言う。

 

「ホシノさん、アビドスの件は……本当に申し訳ありませんでした」

 

「リンちゃんが謝ることじゃないよ。きっと多忙で手が回らなかっただろうから」

 

「……私は連邦生徒会長ではないので。彼女のように超人ではなく、彼女のように人柄が優れてるわけでもありません。不信任決議案も一時的とはいえ可決されましたから」

 

「うへ〜、それは大変だ」

 

 サンドイッチを食べ終え、私は言う。

 

「リンちゃん、ごめんね」

 

「何がですか?」

 

「……なんか、逆恨みっぽいことしちゃった。リンちゃんが先生を助けてここまで連れてきてくれたのに、私は……リンちゃんを恨んじゃった」

 

「いえ、仕方のないことです。それにホシノさんは何も悪くありません。むしろ感謝しています」

 

「でも……」

 

「私は大丈夫です。だから……今は先生の回復を祈ってください」

 

 リンは私達に言う。私とシロコちゃんは頷いて、再び先生の方へ視線を移すのだった。すると集中治療室からトリニティの生徒らしき子がリンに書類を渡しにくる。

 

「ミネさん」

 

「リン行政官、お疲れ様です。こちらが本日の先生の容体を記録したものになります」

 

「ありがとうございます。……現在の容体は」

 

「心拍が不安定です。二回ほど心拍停止もありました。……私からリン行政官へお願いしたいことが」

 

「なんでしょうか」

 

「キヴォトス全域に輸血の呼びかけをお願いします。トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム、アビドス、レッドウィンター、百鬼夜行、山海経……各学園から献血を募ってください。毎日2000ccの血が必要です。先生を救うには……皆さんの血が要ります」

 

「分かりました。すぐに全医療機関への連絡、クロノススクールとも提携し、各学園と献血者の募集を行います」

 

「ありがとうございます。……では私はこれで」

 

ミネと呼ばれたトリニティの生徒が戻っていく。リンは書類に再度目を通すとため息を深くついた。

 

「……リンちゃん、大丈夫?」

 

「ここで倒れるわけにはいきません。先生が守ってくれた世界を、今度は私達で守らないといけません。私達で自立できる世界を」

 

「うん、そうだね。……呼んでくれたら私も手伝うよ」

 

「……ホシノさん、ありがとうございます。ではこれで」

 

リンは集中治療室へ入っていき、私とシロコちゃんはその背中を見送るのだった。

 

――

 

 こうして何日もシロコちゃんと一緒に待合室で先生を待ち続けた。シロコちゃんはずっと黙ったまま、何も口にせず椅子に座っているだけ。手術中のランプはいつまで経っても消えることはなくただ時間だけが過ぎていった。

 

 そして先生が運ばれてから一週間。

 

「先生、まだ起きないね」

 

「……ん」

 

 シロコちゃんはそう返事して、また何も言わなくなる。私ももう何を言っていいのかもわからなかった。ただずっと先生の無事を祈るだけ。でも……もう限界だった。隣にいるシロコちゃんを見てみると……もう疲れ果てた表情をしていた。変わらない世界、平穏な日常。やがて先生がいない日常が当たり前に変わってしまう。あれだけ静寂に包まれたキヴォトスも、今はもう喧騒にまみれて、先生がいないことを誰も気にしなくなる。いや、そうなるしかないんだ。ずっと悲しみなんてものに浸ってはいられない。

 

 時計の針しか響かない待合室。シロコちゃんに異変が起きていた。

 

「先生……。先生……」

 

 目に涙が浮かんで、声が震えている。

 

「シロコちゃん……」

 

「うぅ……。先生……。私、まだ先生に……!」

 

 シロコちゃんは涙を流して泣き出してしまった。今までに見たことないほど取り乱し、声をあげて泣き始めた。

 

「先生……。なんで、どうして……!」

 

 私はシロコちゃんを抱きしめる。そして彼女の背中をさすりながら言うのだった。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ」

 

「うう……」

 

 先生はまだ生きている。今のところは。でも……もう目を覚まさないかもしれない。

 

「一旦帰ろう」

 

「でも、先生を……」

 

「帰ろう、シロコちゃん。そして一度寝よっか」

 

 私はシロコちゃんを立たせて待合室を出る。廊下を歩いていると、仕事上がりのヒナちゃんが通りがかる。

 

「ホシノ達……」

 

「ヒナちゃん、いったん帰るね」

 

「……ええ、そうした方がよさそうね。先生の容体は少しの間だけど私が見ておく」

 

 ヒナちゃんは私達の姿を見て何かを察したのか、それ以上何も言わなかった。

 

「風紀委員の仕事は大丈夫なの?」

 

「大丈夫よ。……最近、ゲヘナの生徒は大人しくしているから」

 

「そっか。じゃあお願いするね」

 

 私はシロコちゃんを連れて病院を出ていく。

 

「またね、先生」

 

 そう呟いて病院を去った。

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