アビドスの6人目   作:____―--

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残酷な描写につき、閲覧注意です


Passion

"身体を起こす。"

 

 倒れていた身体をゆっくりと起こすと、そこにあったのは荒れ果てたキヴォトス。何度も見た、最悪の世界がそこにあった。

 

 私はアトラ・ハシースの爆発に巻き込まれて死んだはずだった。ミコトの胸に大人のカードを届かせて、キヴォトスの未来を託した。なのに……どうして私はここにいるのか。

 

 私が死んだ直後、なぜかアビドスで遭難しロードバイクに乗ったミコトが私を助けてくれた。だがミコトの一部の記憶が完全に欠落し、私の声が届かなくなってしまっていた。その時、『彫刻家』という謎の存在が私をここに連れてきた。

 

 私の今の見た目は……プレナパテスだった頃ではなく、スーツを着けた姿。いつの間にか変わっていた。

 

 一歩ずつ瓦礫を踏みしめながら歩く。そしてしばらく歩いて、私の視界に一人の少女が映った。

 

"ミコト……!"

 

 地面に深く突き刺さった十字架、そこに磔にされているのはミコトだった。

 

「シャーレの先生、よく来てくれました」

 

 十字架のそばに立つのは……首と腕のない、翼の生えた女神。

 

"ここは、どこなの?"

 

「ここは彼女が生み出した世界、その中の二番目のレイヤーです」

 

"ミコトは……どうなったの?"

 

「雨宮ミコト、アメミットは色彩の取引の完遂により完全に満たされました。最後の階梯、殉教を成し遂げいよいよ神の受肉が為される時が来たのです。……少々長い話をしましょうか」

 

 首と腕のない、翼の生えた女神、彫刻家は淡々と語り始めた。

 

 まず彫刻家の目的はキヴォトスに純粋な唯一神を降り立たせることにあった。そのためには、最高純度の『殉教者』が必要不可欠だった。彫刻家は様々な世界を渡り歩いた末、一人の少女に辿り着いた。

 

 女神の羽と死者の心臓を天秤にかけ、審判の結果執行する『アメミット』。その神秘を持っていたミコトは、彫刻家が探し求めた『殉教者』にぴったりだった。

 

 純度が高い殉教者に求めるのは『聖人と俗人のバランス』。彼女は二つのバランスをほぼ完璧に持っていた。だから彫刻家は彼女に目をつけた。そして……長きにわたる加工を施し始めた。

 

 私や連邦生徒会長がいくらやっても生徒たちを救うことができなかったのは、私達を絶望させて挫折するためだった。そしてミコトを深い絶望の果てに一度死を経験させ、その後に『先生』という茨の冠を被らせる。そういう筋書きだったと。

 

 そして殉教を果たしてしまったミコトの魂は今、『エリジウム』という一番目のレイヤーで永遠の安息を得ている。ただしシロコに関する記憶は彫刻家が消しているから、もうミコトはシロコのことを思い出せない。

 

「アメミットは一度死を経験し、恐怖へと反転し。神秘が一部破損されましたががむしろ都合が良いのです。『パッチワーク』で異なるテクストを繋ぎ合わせ、新たなる神を降臨させるのです。『心臓を喰らう怪物』から『全ての罪を喰らい続ける殉教者』として」

 

 そして彫刻家は私に言う。

 

「彼女が辿ってきた道、すべてはこの為にあったのです。『エデン』条約という楽園の名を冠した条約の果て、純粋さが破壊され、追放される。一人の天才少女が来るべき破滅に備えるべく作られた『方舟』。無名の司祭という贋作家達の手によって作られた王女が果たして乗るべきか、乗らないべきか。戦いの末、王女をアリスとして方舟に迎え入れた物語。そして、贋作家達が神に届かんと立てた六つの『バベルの塔』。全ての人々が言語を一つに、手を取り合い、塔を破壊。そして……全ての巡礼の果て、彼女は『永劫の楽園』へと至ったのです」

 

"それはこじつけだ。"

 

「こじつけだろうと、一度テクストを付与すればそれは真実となる。それがこの世界の理なのです」

 

"ミコトは普通の女の子だ。あなたの作品ではない。"

 

「シャーレの先生、いえ。本物の先生。あなたも理解してくれないのですね。ですが、何もかもは全て私の掌の上。もう、あなたの出る幕はないのです」

 

"なら、私がミコトを救い出す。"

 

 真っ黒の大人のカードを取り出し、私は言う。

 

"力を貸して欲しい。みんな"

 

 そう呟くと、私の目の前に、『遠くへ行ってしまったはず』のアビドスの四人が立っていた。ホシノ、ノノミ、セリカにアヤネ。

 

「あいつ、ミコト先輩に何しようとしているのよ!」

 

「……得体の知れない何かを感じます。気をつけましょう!」

 

「ミコトちゃん……もう少しだけ待ってください」

 

「……ミコトちゃん。こっちに来るのはまだ早いよ。だから、私達が向こう側に押し戻すね」

 

 そして四人は、私の前に立って、それぞれ武器を構えた。

 

"みんな……!"

 

「先生、指示お願いね」

 

 私もシッテムの箱を取り出し、アビドスの四人に指示を出していく。彫刻家は顔が無いながら不敵な表情を浮かべているように感じる。

 

「なるほど、そう来ましたか。なら、早く儀式を終わらせるとしましょう」

 

 彫刻家は浮遊し、磔にされたミコトに近づいていく。

 

「私の最高傑作、永遠の殉教者、世界の罪を喰らう『アメミット』よ。今こそ受肉せよ」

 

 唱えた直後、意識を失っているはずのミコトが苦しみ始めた。

 

「ううっ……あ……ああ……!」

 

「ミコト先輩!!」

 

 セリカが叫ぶ。そしてミコトの身体に異変が起き始めた。腹部が膨張し、数秒で臨月のように大きくなった。そして……内部から何かが蠢き始め出す。

 

「ミコト先輩、しっかりしてください……!」

 

 そして彫刻家が黄金のナイフを手にし、高々に掲げた。

 

「見よ! 真の美とは、絶望という闇の中で一滴の善性が窒息しそうになりながら放つ光のことだ!」

 

 刃は……ミコトの腹へと突き刺さった。

 

「ああああああああっ!!」

 

「ミコトちゃん……! そんな……!」

 

 ノノミが両手で顔を覆い隠し、彫刻家は帝王切開のようにミコトの腹部を裂いていく。血は流れない代わり、裂け目から白い光が溢れ出る。まず少女の手が裂け目から現れ、頭、胴体と続いて現れ、そして……一人が産み落とされた。真っ白な肌、真っ白なドレス。ミコトと同じ女性が、ミコトの腹から産まれた。

 

 それと同時に彫刻家の身体がぼろぼろに砕け散った。と思いきや生まれた女性へと吸い込まれていき、一体化した。女性は……ミコトと同じ顔をしながら、その瞳は温かみのない黄金の輝きを灯していた。

 

「私は……生まれた。全ての罪を喰らうために」

 

 女性はそう呟くと、磔にされたミコトを解放した。しかし地面に倒れた彼女はもう何一つ反応しない。

 

「感謝します。雨宮ミコト、楽園の中で永遠の安息を得なさい」

 

「……お前、お前っ!!」

 

 激昂したホシノがショットガンを女性に向けて撃った。しかし手のひらをかざすだけ銃弾は停止し、ホシノは女性を睨みつける。

 

「ミコトちゃんを……返せっ!!」

 

「その願いは聞けません。ですが私はここにいます。ミコト*アセンションとでも名乗っておきましょうか」

 

「ふざけるなっ!!」

 

 ホシノが女性に襲いかかる。しかし女性が腕を振るうと、見えない衝撃波でホシノは吹き飛び壁に叩きつけられた。

 

「ううっ……」

 

「ホシノ先輩!」

 

 アヤネが駆け寄り、ホシノの介抱をする。女性は両手を広げ、私の方に向いた。

 

「あなた方が持つ『銃』『神秘』『生徒としての力』全てはこの世界に縛られたものです。ですが私はそれらに縛られません。書き換えようと思えば好きなだけ書き換えられるのです。先生、それでもあなたは私に立ち向かえますか?」

 

私はシッテムの箱を握り、向こうの彫刻家と対峙する。

 

"私はそれでもミコトを救いたい。"

 

「そうですか。ノイズとなる以上、あなた達を排除してから彼女の望む世界を創るとしましょう」

 

――

 

 先生がキヴォトスに帰ってきてから二週間が経った。ようやく集中治療室から通常の病室に移れるようになり、そこでようやく多くの人がお見舞いに来れるようになった。ただ一気に大人数病室に来られると大変なので、リンちゃんがお見舞いのスケジュールを管理することに。私は実質近親者的な扱いとして特別にいつでもお見舞い可能となった。

 

 昨日はトリニティのティーパーティー三人がお見舞いに来た。ピンク髪の子がずっと泣いてて大丈夫かなとか、病室の外で思っていたり。

 

 私は毎日先生のお見舞いに行っているが、まだ先生は目を覚まさない。点滴は打たれているし心拍も動いているから生きているのは確かだけど、突然容態が急変することもあるため予断を許さない状況はまだ続いている。口元には酸素マスクが付けられ、点滴の管もまだ繋がっている。病衣の隙間から見えるお腹辺りには沢山巻かれた包帯が痛々しく見えた。

 

 近くの机にはお見舞いの品が。一つの千羽鶴、手紙の山、花、フルーツの盛り合わせ。

 

「先生、今日はアビドスのみんなと一緒に学校でお弁当食べたんだ。シロコちゃんも少しずつ元気を取り戻してきてるみたい」

 

 独り言を言いながら私は先生の髪を撫でる。また長くなった髪、手入れされなくなってかなり経つ。

 

「先生の方のシロコちゃんは……まだ話してないんだ。どこにいるかもわからなくて。でも、きっとシロコちゃんはどこかで生きてるって信じてるよ」

 

 閉じたカーテン、既に夜は更けていて外は真っ暗。今日も返答はなかった。だけどこうしていないと私が潰れそうになってしまう。

 

「先生、早く起きて……。みんな待ってるんだよ……」

 

 私は先生の手を握ると、とても冷たい手だった。その時廊下から足音がした。やがてこちらの扉を開き、現れたのは先生の方のシロコちゃん。黒いドレスに長くなった髪。そして私と似た雰囲気の瞳。

 

「ホシノ、先輩……」

 

 シロコちゃんは私を見て少し戸惑ったように言うけど、微笑みで返して彼女の手を取ってベッドのほうへと連れて行く。

 

「先生、ほら。シロコちゃんが見舞いに来てくれたよ」

 

 シロコちゃんを座らせると、彼女はじっと先生の方を見据える。

 

「ミコト……」

 

「ミコト、ちゃん。それが先生の名前なんだね」

 

「ん、そう。私の……大切な人」

 

 私は向こうの世界のシロコちゃんとお互いのことについてゆっくりと長く話した。向こうの世界で私とシロコちゃんがどういう関係だったか、ミコト先生とどんなことをしていたのか。思い出を話すときのシロコちゃんはまだ辛そうな表情を浮かべていて、やっぱりまだ二人の先生のことが忘れられないんだと思った。

 

「シロコちゃん、大丈夫?」

 

「……ん、大丈夫」

 

 シロコちゃんは先生の手を両手で握る。

 

「ミコト……早く、起きて」

 

 でもその声は懇願に近いものだった。涙こそは流さないが、今にも泣きそうな声。

 

「ミコト、お願いだから戻ってきて……。あなたの青春を私が奪った。あなたの命を私が奪った。取り返しのつかないことをしたのは分かってる。でも、私にとっての繋がりはもうあなたしかいないの……! 戻って、またあのように一緒の部屋で教えてよ……! お願いだから!」

 

 シロコちゃんは先生の手を自分の頬に当てる。私は何も言えず、ただその光景を見ているだけだった。その時、そばにある先生が持っていた『シッテムの箱』が点滅をし始めた。

 

「先生が持っていたあのタブレット……」

 

 シロコちゃんはゆっくりと指先を箱に近づけ、触れる。するとその箱は光を放ち始めた。

 

「A.R.O.N.A……?」

 

 シロコちゃんが箱に触れた直後、何もない場所に向かって話しかけ始めた。幽霊とでも話しているのだろうか、もしそうだと悲鳴を上げるほど怖い。

 

「ミコトが……。ん、助けに行く」

 

「シロコちゃん……?」

 

 シロコちゃんは箱から指をゆっくりと離し、私のほうを向いた。

 

「ホシノ先輩、今からミコトを助けに行ってくる」

 

「ええ!? 急になんなのさ!?」

 

「ミコトの神秘が飲み込まれようとしている。もし彼女が完全に再反転してしまったら……このキヴォトス自体に大きな影響を及ぼすかもしれない。だから……彼女の世界に飛び込んで助けに行く」

 

「じゃあ、おじさんも一緒に……!」

 

「ホシノ先輩は大丈夫。『向こうのホシノ先輩』がいるから。だから……私一人で行ってくる。ホシノ先輩はこの病室に誰も入れないようにして」

 

 シロコちゃんはそう言うと先生の手を再び両手で握り、目を閉じて集中し始める。

 

「シロコちゃん、大丈夫なの……?」

 

「……ん。今度こそ、手を離さない」

 

 同時にシッテムの箱が光を放ち、シロコちゃんの身体を包み込んだ。

 

「シロコちゃん!」

 

 私が叫んだ瞬間、シロコちゃんは消えてしまった。

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