目の前の視界には夜空がいっぱいに広がっていた。アビドス高等学校周辺が寂れていたことで何の明かりもないおかげか星々が光を放っているのがよく見える。
学校の屋上でマットを敷いてその上で私は寝転んで星を眺めていた。
「先生、まだそこに居たんだ」
ホシノの声で私は首だけをそちらへ向けた。
「うん、星が綺麗でさ」
「確かに今日はよく見えるね。おじさんも一緒にいい?」
頷いて横にずれる。ホシノは靴を脱いでマットに上がり込み私の横へ座った。
二人で星を見上げると再び沈黙が訪れたが嫌な雰囲気ではなかった。むしろ心地良いくらいだ。しばらくその状態が続くとホシノが口を開いた。
「……先生、悩み事でもあるの? 何かを決めようとしているような目をしてる」
「え、そうかな?」
「おじさんにはわかるよ。だってずっと見てきたからね」
彼女は私の頭へ手を伸ばして優しく撫でてきた。指先からかつての先輩のような温かさを感じる。
「ホシノ先輩はいつもそう。だらだらしてるように見えて、本当は周りをよく見てる」
「そんなことないよ。おじさんは怠け者だからね」
「……アビドスの夜空、変わらないね」
少しの沈黙のあとに話題を変えるようにホシノへ話しかけた。
「そうだね〜。アビドスの子だけしか見れない特等席だからさ。先生もずっと見てきたんだよね」
「うん……」
夜空には果てまで描かれた弧、星空、星座、色々ある。
「……ホシノ先輩、最近色々試してて。一人でキャンプやったり、遠くまでバイクでツーリングしたり、釣りしたり」
「うん、知ってるよ。またみんなが噂にしててさ。おじさんも聞いたよ。あの時病院で話したことだよね」
病院で話したこととは、エデン条約調印式のゴタゴタ後の病院のこと。私がホシノに先生を辞めたいと伝えたら、もう少し考えてみたらと言われた時。確かにあの頃からそうだった。先生を辞めたあとに何をしたいかなんて考えもしなかった。今になってやりたい事を手探りで探している。
「つまり、お見通し?」
「うへ〜、なんとなくだけどね」
ホシノが揶揄うような声で言われるとため息で肩を落とす。
「でもね」
彼女が立ち上がって私の目を真っ直ぐに見つめる。
「どんな選択をしてもアビドスはいつでも先生の居場所だよ。だから安心して」
「ホシノ先輩……」
「もう沢山無茶してきたし、やめてもおじさんは決して責めないよ。だからしっかり考えて」
ホシノが手を差し出すとその手をとって立ち上がった。そして彼女の手をぎゅっと握ると彼女も握り返してくれる。
「ありがとう、ホシノ先輩」
彼女はにこりと笑って頷いた。
「じゃあ先生、そろそろ戻ろうか?」
二人で屋上を後にして校舎内へ戻る途中、ふとあることを思い出した。
「そうだ、ホシノ先輩に一つ聞きたいことがあるんだけど……」
「なに〜?」
「シロコ見かけた? 私の親友のシロコ。黒い方の」
「うーん、おじさんも探してるけど見てないね。どこかに居ると思うけど」
「明日、探してみる」
私を助けてくれたのにシロコはまたも姿を消して連絡も取れない。やっぱりこの世界に居づらいと思っているのだろうか。早く会って話がしたい。
「そっか。遭難しないように気をつけてね」
「うん。ホシノ先輩も気をつけてね」
別れて私は教室の中に入る。敷布団が教室の床に敷かれていて、その上で横になる。ホシノ先輩がアビドスで寝たいとリクエスト送ったら用意してくれたもの。今日の宿はアビドス高等学校の教室。
私は横になりながらシロコに思いを馳せた。彼女はどこに居るのだろうか、何を思っているのだろうと考えながら眠りにつくのだった。
――
「先生、大丈夫? 水と食料、コンパスも持った?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
朝の学校の門前、ホシノと一緒に荷物チェックをしている。ホシノがここまで真剣なのはユメ先輩のこともあったからだろう。
「先生、気をつけてね。何かあったらすぐにおじさんに連絡すること」
「もう、親じゃないんだから」
「だれがおじさんの事をここまで心配性にさせたのかなー?」
「それは、ごめん」
両手を腰に当てて怒るホシノ。両手を挙げて降参のポーズをとるとホシノはやれやれとジェスチャーする。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「うん、いつかまた戻るよ」
彼女に背中を押されアビドス高等学校の校舎に背を向けて歩き出した。
それから数時間しばらくずっと歩いて休憩してはと繰り返してとするが……。
「しまった……」
まさか言った側から道に迷うとは。暑い砂漠の中、大きなペットボトルも空になった。汗もぐっしょりで喉もカラカラ。方位磁針を持っても現在地がどこかもわからず、進むべき方角もわからない。ホシノに救援要請しようかなとスマホを取り出したその時だった。
「……ん」
チェーンが回る音からキーッとブレーキをかける音。聞き慣れたロードバイクの音に私は顔を上げた。
「ミコト……なの?」
「……シロコ?」
そこにはシロコが居た。黒いドレスにマフラーのままロードバイクに跨り私を見ている。
「久しぶり」
「大丈夫? ボロボロでホームレスみたいになってるけど」
「遭難しちゃった。まさか私がこんな目に合うなんてね」
「……ん、ここも変わらないね。郊外に行かないと食料も水も手に入らない」
彼女は私の横へロードバイクを止めてスタンドを立て、降りると私の方へ歩いてきた。
「はい、これ。ライディング用のエナジードリンク。飲んで」
「コップは……ある?」
「そのまま口付けてもいいよ。……私とミコトの仲、でしょ」
彼女はボトルを開けて私の前に差し出す。頬を少し赤らめている彼女を見ると少し揶揄われているような気がしたが、少し躊躇ったあとガッツリ飲み口を唇で咥えて一気に喉に流し込んだ。
「ぷはっ! 生き返った!」
「危ないところだったね。何か用事あったの?」
「うん、シロコを探してて。連絡も取れなかったし。脱出前に連絡先を交換するべきだったね」
「……ごめん」
彼女は少し俯くと、私の身体を背負おうとしてきた。
「シロコ?」
「……乗って。疲れてるから私の家まで連れてく」
「じゃあ、お願い」
シロコが私を背負いながらロードバイクに跨る。彼女の背中に身体を預けると彼女はゆっくりとペダルを漕ぎだした。
「シロコ、重くない?」
「大丈夫」
やっぱり体力とかそういうのは変わってないのか、スピード出してアビドス中を爆走。すぐに彼女の家に着いた。どうやら砂嵐で荒れ果てた空き家に暮らしているらしい。電気や水は大丈夫なのかと心配になったが、彼女は専門家だからと修理してなんとか生活しているそう。
「ん、ボロボロだしシャワー入ったら?」
「そうだね。汗ベトベトで気持ち悪いし」
「じゃあ、案内する」
シロコに手を引っ張られてシャワールームへ。
「ガスは通ってる?」
「ううん、でも電気でお湯は出せるから」
「ふーん」
服を脱いでいくと彼女がトントンと洗濯機に服を入れていく。
「乾くまではは私の服使ってね。ここに置いとく」
「はーい」
扉を開けてシャワールームに入る。蛇口を捻ってお湯を出すと、すぐに温かいお湯が身体を濡らした。確かにガスは通ってないけど、電気でお湯が作れるなら問題ない。
汗を洗い流して全身スッキリしたらシロコの服に着替えてリビングへ戻る。
「スッキリした?」
「うん、気持ちよかったよ。……シロコって普通の暮らししてるんだね。安心した」
リビングを見渡しながら私は言う。物は多少散らかってるとはいえ、ゴミ屋敷というわけでもなく普通の生活空間。
「ん、色々と転々としてるけど。ミコトは何か飲む? コーラ好きだったよね」
「コーラで」
シロコは冷蔵庫から缶を取り出すと私に渡してくれた。彼女も手に取りプシュッと開ける。
「乾杯」
こちらも開けたら静かに缶を当てて乾杯。傾けてシュワシュワが喉に染み渡る。
「シロコはこの世界に慣れた?」
「ん……まだ慣れてはないけど。なんとかやっていけてる」
「そっか」
お互いが静かにコーラを飲む。別に気まずいという訳ではなく、今から話すことへの準備のような時間が流れていた。
「私が生き返って先生をやっていたって聞いたとき、びっくりした?」
「最初は驚くほど余裕がなかった。でも戦い終わってから少しずつ変な感じがして。ミコトが先生ってやっぱりおかしいとは思った」
「やっぱりそうだよね。……ここのホシノ先輩たちに会ったりした?」
「ん、ミコトが居た病院で。それっきり会ってないけど」
「やっぱり怖い?」
彼女は少し俯く。
「怖い……と思う」
「そっか。……私たちは『アウトサイダー』だからね」
私とシロコはこの世界で産まれ育った訳ではなく、別の世界からやってきた存在。知っている顔を見たとしても同じ人ではなく、二度目の初めましてだということは決して変わらない。
「でも、ミコトが居て良かった」
彼女は顔を上げて私を見る。その目は少しずつ光を取り戻しているように見えた。
「一人にはさせないよ。しつこいくらいに」
「うん、ありがとう」
彼女は少しだけ微笑んでコーラを一口。私も釣られてもう一口飲んだ。
「ねえ、シロコ」
「どうしたの?」
「……ハグ、してもいい?」
「……ん。いいよ」
シロコは立ち上がって手を広げた。私も立ってそっと彼女を抱きしめる。
シロコは変わっちゃった。あの頃私より背が小さかった彼女が今となっては私より背が高くなった。両腕に違和感感じるほど。
「大きくなったね」
「ん、それどういう意味。確かに前着ていたサイクルジャージがきつくなったのは知ってる。言わなくていい」
「そうじゃなくて。見ないうちに大人に近づいたというか。あの頃は無垢な感じがしてたけど、今は少し大人びて脆そうな感じがして。私も荒波に揉れて色々あったけど」
「……ん」
彼女の袖を掴む力が強くなる。私は少し離れて彼女の目を見つめた。
「お互い嫌な成長をしちゃった」
静かにそう言葉を紡いだ。
「……そうかもしれない。笑えるようなことで大人になりたかった。サイクリングして、みんなで柴関ラーメン食べて、くだらないことで笑いあって。……そういう積み重ねで大きくなりたかった」
やっぱり彼女もそう感じていたんだ。
「でも」
ぽつりと彼女は言葉を漏らす。
「今は十分だよ。ミコトがいる。荒波に揉まれた、嫌な成長をしたミコトが。だから大丈夫」
「シロコ……」
私は再び彼女を抱きしめる。彼女の温もりが私を包んでくれる感覚がした。
「ミコト、もうそろそろいい?」
「……うん、ありがとう」
お互い離れるとソファに隣同士で座る。
「ミコトはこれからどうするの?」
「変わっていきたい。こわばった感じじゃなくて、自然体な私で。もっと好きを言葉で伝えられるような私になりたい」
「良いと思う。……ミコトは不器用で、好意をなかなか言葉にできなかったから。でも言えるようになりたいって思っているんだね」
シロコがこちらを向くと両頬を手のひらで包んできた。
「練習相手必要なら、私でよければ付き合う」
「ありがとう」
深く深呼吸して、私は彼女の目を見つめる。
「じゃあ、言うね」
私は彼女の目をしっかり見て、ゆっくりと言葉にした。
「シロコ、好きだよ。……腕っ節が強かったり、体力があったり、仲間思いで。ときどき面白いアイデア出してきたりするけど、本当は私くらい真面目で、どれだけ時間が経ってもあどけなさが抜けなくて。素直だし、可愛くてかっこよくて、瞳も綺麗で……むぐっ!?」
続けようとしたところで彼女に口元を手で押さえられた。
「……もう、十分」
彼女は耳まで真っ赤にして顔を逸らす。
「練習にしては本気過ぎる」
「えっと、ごめん」
「……先生の悪いところまで完全に引き継いでる」
「そ、そんなつもりは……!」
彼女は軽くため息をつくとあっち向いてと言われ私は彼女の方を見ないようにして待つ。すると耳元に息が吹きかけられてから、
ある言葉を囁かれた。
ぞくりと背中が震える。それは私へ向けた言葉。
「シロコ……?」
思わず彼女の方を向くと彼女はいたずらっぽく笑っていた。
「ん、おあいこ」
「……もう」
私は彼女の肩にもたれかかる。彼女はそっと私の頭を撫でてくれた。
「……シロコ、デリケートなこと聞いてもいい?」
「うん、なに?」
私は彼女の目を見つめて問いかける。
「シロコって今何歳?」
「十七歳。どうしたの?」
「私は十九歳。……あの頃は同級生だったのに、いつのまにか私だけ歳を取っていたんだ」
確か方舟の時間の流れが今までのものと違うと言っていた。私とシロコが離れていたうち、違う時間の過ごし方をしていたのだろう。
「……じゃあ、ミコトが先輩だね。変な感じ」
「そうだね」
それだけ言ってお互いにはにかんだ。
「……ん、眠くなったから肩借りるね」
「私も」
私は彼女の肩を借りて目を瞑る。
「おやすみ」
シロコの優しい声が聞こえた気がした。
――
ちょっとの昼寝で悪夢を見る事なくぐっすり寝てしまった。起きる頃には日が沈みかけ。
隣のシロコを見てみると同じタイミングで起きたようで、ぼんやりとした目でこちらを見ていた。
「ん、久しぶりに昼寝したかも」
「そっか。……お腹減ったし柴関ラーメン行かない?奢るよ」
そう提案してみると彼女は俯いてしまった。
「……セリカに会ったら、何話せばいいかわからない」
「いいよ、何もなくても。……ここで思い出を作り直しにいこう。私も助けるから」
シロコは顔を上げて私を見る。手を出すと彼女が握って立ち上がらせた。
「ん、わかった」
彼女は頷いて私の手をしっかり握ると歩き出した。
夕方から夜へ。日が落ちるのが早くなったと感じながら、私はシロコと一緒に柴関ラーメンへ向かった。しばらく歩いていると遠くに屋台が見えてくる。あとは屋台のそばに水色のロードバイクが停められているのも。
「こっちの私もいるね」
「行こう。……いっぱい話をしてさ」
私はシロコと手を繋いであの頃を懐かしみながら屋台へ向かった。
……離職届のこと、もうすぐで答えが出せそうだ。
あと一話です。
アンケートの回答の方、本当によろしくお願いします。
シャーレの先生を……(締切 6/1 0:00)
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