「先生!!」
ホシノは私を見るなり大きな声で叫び、駆け寄ってくる。彼女の後ろに対策委員会の三人が続いてこちらへ近づいてきた。ノノミが端末を操作し、拘束解かれた私は目の前のホシノに抱き留められた。
「思ったより、早かったね……」
私がそう告げると、ホシノは強く私を抱きしめる。
「大丈夫? あいつらに何かされなかった?」
ホシノは何度もこちらを心配そうに覗き込んでくる。私は小さくうなずいた。
「大丈夫。私は歩けるから下ろしてもらっていい?」
「ダメ。先生まだふらついてる」
ホシノは真顔でそう言った。仕方なく彼女の言うとおりにし、何故か彼女にお姫様抱っこされる格好となる。
「ん、脱出しよう」
シロコの声で対策委員会の四人は歩み始め、私はホシノに抱っこされたままその基地を脱出した。
ボコボコにされたカイザーPMC連中はもはや惨劇と言っていいほどの姿で地面に転がっていた。死んでは無いはず。破壊された戦車、装甲車、ゴリアテなどの残骸を通り過ぎやがて施設の外へ出た。何時ぶりかの太陽の下に私の姿が晒される。
置き手紙通り対策委員会は協力者を集めて救出しに来てくれたらしく、外には便利屋68、ヒフミ、そして風紀委員会らが待っていた。
……これでアビドスの問題はひとまず区切りがついたのだった。
――
救出されたその日の夜だった。
私は借りていたアビドスの家の中でベッド上で横になり天井を眺めていた。照明は全て消し、窓から差し込む月明りだけが私の寝室を照らしている。タンクトップ姿の私は片腕で目を覆うようにし、時計の規則的な音に耳を澄ましていた。
きっと、ここからが私の知らない物語なのだろう。
アビドスの外で先生が何をしていたかなんて、私には知る由もない。様々な学園を渡り歩き、色んな生徒と関わり、そしてキヴォトスを救って回っていたのだろう。
そんな旅を今度は私がすることになる。そう思うと少し不安になった。
「私は……本当に大丈夫だろうか?」
そう呟いた時、インターホンが部屋に鳴り響いた。
「先生、今大丈夫かな?」
ホシノの声が聞こえた。私は起き上がり玄関へ向かい扉を開けると、そこには制服姿の彼女が立っていた。ポニーテールは解かれ、眠たげな顔であった。戦いのシャープな切れ者らしさは無く、ただの生徒としてそこに立っていた。
「ちょっとお話がしたくてさ。いい?」
ホシノはそう告げた。私は彼女を家の中へ招き入れ、リビングルームの椅子に座らせる。そして小さな台所で水の入ったコップとインスタントコーヒーを入れたマグカップを持ってきて彼女の前に置いた。
「うへ? 夜なのにコーヒー?」
「ダメだった?」
「眠れなくなっちゃうよ。まあ、頂くけどさ」
彼女はマグカップを手に取り、一口啜る。私も自分の分を一口飲み、テーブルにマグカップを置いた。
「先生ってさ、自分の事もっと大事にした方がいいよ」
ホシノの言葉に私は首を傾げた。
「……そう?」
「どうして私の退部届を受け取らなかったのさ。受け取っていればこんな面倒事に巻き込まれること無かったのに」
「どっちにしても、ホシノは決まってたよね。自らカイザーPMCに行くって」
「見てみないと分からないでしょ? 先生はエスパーじゃないんだから」
ホシノの声色が少しずつ低くなっていく。潜んでいた疑念が少しづつ表へ出てしまったのだろう。
「でも、あの時は何としてもホシノを止めるべきだった。……だってそうじゃなきゃ、先生じゃない」
「先生は無茶し過ぎなんだって。シャーレの先生だよ? こんな何も無い学園に構ってわざわざ命を賭けるような事しなくてもいいのに。……私がどうにかしてたし」
ああ、あなたはいつもそんな人だ。そんな呟きが頭の中に響いてしまいそうだった。衝動のようなものを抑え込むために、拳をぎゅっと握りしめた。
「おじさんが黒服の所に行っていたって、きっと先生がどうにかしてくれた。そんな気がする。だからそんな真似はやめて」
「そうしてシロコやノノミ達に何も告げないので行こうとするのはダメ。信頼してないのと同じだよ」
私はそう言ってホシノの目を真っ直ぐ見た。
「先生はおじさんをどうしたいのさ」
「無茶をやめて欲しいの」
「その言葉先生に言いたいよ。……こんな状況、私一人でやるしかないじゃん」
「せめて誰かに伝えて欲しいんだ」
「正直言って他の皆が弱いから。私がやるしかないんだ」
「……ホシノ先輩はいつもそう!!」
こぼれ落ちた衝動がテーブルを叩きつけた。
「一人勝手に突っ走って、そうやって私を一人にしていくんだ! 残された者の気持ちなんて分からないくせに……!」
ホシノの驚いた表情で私が何をしたのか分かってしまった。先生の仮面がいつの間にか外れてしまった。口で息を吐かなくては考えがまとまらない。夜は遅く、昼間は大変な事があった。だからきっと疲れているのだと心の中で言い訳し、テーブルの上にあった錠剤に手を伸ばそうとしていた。
「先生」
ホシノは私の手首を掴み止めた。
「ごめんね、疲れてるみたいだからもう寝るよ」
「逃げないで」
「逃げてないよ」
ホシノは私の手を強く握った。
「……先生は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないでしょ。……私に話して。秘密にするから教えて」
こんなのは恥である。数分時間を巻き戻して感情を抑え込めたら良かった。彼女に明らかに勘づかれ、心配してくれている。沈黙を貫こうとしたが、ホシノがそれを許さなかった。
「今思えば不可解なところはいくつもあった。先生が何故か戦おうとしたり、カイザーの現金輸送車の行き先を事前に知っていたり。先生は気づいて無かったかもしれないけど、銀行強盗のとき私の事を先輩と呼んでた。……まるで、私の事を知っているかのように」
ホシノはそう私に告げた。私は彼女の目を見た。
「ねえ、先生」
彼女は私を見つめたまま続ける。
「先生に何があったの?」
隠しきるのはもう限界だった。だから私は近くでで三角座りになり、小さく告げた。
「……今から話すことは信じられないことだよ?」
「信じるよ。どんな事でも」
ホシノはまっすぐな瞳で私を見つめる。私は観念してゆっくりと口を開いた。
「私は別の世界線からやってきたの。そしてアビドスに通ってて、アヤネ、セリカ、シロコ、ノノミ、そしてホシノ先輩。私含めて六人で青春を謳歌してた。二年生の時まで」
ホシノの方に目をやる。彼女は少し驚いた顔をしていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、先生はアビドスの生徒だったんだね」
「うん。でも……青春は突然終わった。キヴォトスが滅んでみんな居なくなった。そこから二年間一人でさまよって戦い続けた。そのうちこのキヴォトス来ていた。今度は先生として。ここに来てまたみんなと過ごせると思った。……でも」
私は少し言葉を詰まらせる。
「ここのみんなと会ったって初めましてだし、彼女らにとって私は赤の他人。虚しくて仕方なかった。もう叶わない願いを私はずっと追い求めていたんだ」
話し終えて、ホシノの表情を伺った。彼女は真剣な顔をしていたが、やがて微笑んで私の方に顔を向けた。
「掴んで」
ホシノが私の目の前に手を差し出した。躊躇いながらも彼女の手を握ると、強引に彼女の方へ身体を引っ張られて私はホシノに抱き留められた。
「……おかえり」
そんな一つの言葉が、私の被っていたもの全てを打ち砕いた。
「せん、ぱい……?」
「ごめんね、こんな先輩で。後輩一人にこんなに苦労かけさせて、ずっと一人で戦わせて」
彼女の背中に置いた手が震えだし、堪えていた壁が壊れて情けなさがいっぱいにこみ上げてくる。ホシノはそんな私をずっと抱きしめていた。
「今度は私がちゃんと守るよ。最後まで」
ホシノはそう告げた。彼女の制服を汚してしまって申し訳ないと思っても止められない。
声が途切れるまで、私の雨は止まらなかった。
――
「アビドス対策委員会の一日は、今日もまた慌ただしいです」
アヤネから近況報告を受けることに。
まず対策委員会は正式な委員会へと認証をされたらしい。そしてアビドス生徒会の役割も担うことにもなったのだが、生徒会長は空席との事。しかしホシノが空席のままはよくないという事で、ちょっとしたら彼女が生徒会長の席に座るかもしれない。
柴関ラーメンは店舗を破壊されたが、屋台の形で再び営業を再開。セリカもアルバイトとして勤しんでいる。
借金の9億問題に関しては、先日正体不明の人物が4.5億円の振り込みを行ったとの事だったが、ホシノが受け取りを拒否し私の口座に振り込まれてしまった。先生はアビドスの生徒では無い以上、お金は受け取れないとホシノから伝えられ、私は渋々了承した。
無法に膨れ上がった利子だが、以前よりもかなり引き下げられたらしい。カイザー連中も違法な取引が明るみになり、連邦生徒会による調査が行われるとの事。それからは土地問題、黒服の行方などの報告をアヤネはしていた。
アビドスに変わらない日常が戻ってきた。画面向こうには対策委員会五人らが騒がしくも楽しそうにしている様子が見受けられる。
「では、引き続きよろしくお願いしますね。先生」
その言葉を最後に、動画ファイルは停止された。ふっと笑い、席を立って窓の外を覗く。シャーレのオフィスから眺める景色は清々しいものだった。真昼の太陽はいつも通り部屋を明るく照らしていた。
次に見たのがソファの方。 クジラのぬいぐるみを抱いて寝る一人の生徒の姿があった。ホシノに秘密を明かしてから、彼女が私の傍に来る頻度はかなり増えた。当番生徒が居ようが居ないだろうと、彼女はソファで眠りながら私を見守ってくれている。生徒会の仕事大丈夫か不安になるものの、ホシノは大丈夫とだけ告げていた。
少し背伸びしたあと、再び席についてパソコンと向き合う。目の前には書類の山が積まれており、一枚ずつ確認しながら作業をしていた。しばらくしてある来客が私の元に訪れた。
「先生」
声の主はゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナだった。
「書類を提出しに来たの。先生の承認が必要だからここにサインをお願いしたいのだけど」
彼女から差し出された書類にサインをして返す。彼女は書類を受け取ったあと、何か気になったのか質問を投げかけようとしたその時だった。いつの間にかヒナの背後に眠たげなホシノが立っているのが目に映った。
「うへ〜、風紀委員長ちゃんがここに来るなんて珍しいね」
「小鳥遊ホシノ……どうしてあなたがこのシャーレに居るの?」
「どうしてって、ここのソファはふかふかで気持ちいいからね〜。何か聞きたかったんじゃなかったかな? 質問してもいいよ。ただし先生を困らせるような質問だったら容赦しないけどね」
ホシノは眠たげな目でヒナを見ていたが、その奥に微かな殺気が見えていた。
「……いえ、特に無いわ。サインさえ貰えれば他に用は無い」
ヒナはそう告げ、背を向けてシャーレの出入り口である扉の方へ歩いていく。ホシノはその後ろ姿をずっと見続けていた。彼女の姿が消えるとホシノは私のほうに振り向いた。
「先生、そろそろ休憩にしよっか」
「そうだね。最近出来たドーナツ屋さん行ってみない? ヴァルキューレの子達も通うぐらい評判がいいんだって」
「いいよ、行こう」
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