【CLATTANOIA】黄昏の超越者(オーバーロード)‐ファイナルファンタジーXIV‐ 作:ウルトラナポリタン
あのあと、エ・ランテル墓地でのアンデッド事件は無事終息した。
衛兵6名の死亡と数名の重軽傷のみで、一般市民への被害は無し。犯行の規模から見れば奇跡のような結末である。
実際奇跡なのだ。光の戦士とブレインは間に合っていなかった。モモンとナーベが居なければ早々に墓地の門は突破され、少なくない数のアンデッドが市街地に流れ込んでいただろう。衛兵の損害もこの程度で収まっていなかったはずだ。
クレマンティーヌと名乗っていた女戦士は結果的に光の戦士が殺したが、もう一人の首謀者……カジットは、ナーベとブレインの功績である。
加えて光の戦士が真の黒幕が潜んでいると考えていた霊廟の地下に陣を敷いていたのは、ンフィーレア・バレアレという薬師らしい。強力な生来技能を有しており、どのようなマジックアイテムでも前提条件を無視して使用できるとのこと。
今回の騒動はンフィーレアを誘拐し強力なマジックアイテムを使って何らかの高位階魔法を発動、大量のアンデッドを召喚して何かしらの儀式を行おうとしていた……らしい。
らしいというのは、そのマジックアイテムの効果も何の魔法なのかも光の戦士とブレインは全く解らないからである。魔法詠唱者であるナーベの見解と、博識なモモンの推測から出た予想に過ぎない。
ンフィーレアに無理矢理装備されていたマジックアイテムは詳細は不明だが、彼の状態から自我を奪うことで第四位階以上の魔法を使えるようになる物と見られている。そのデメリットから、解除すれば装備者へどのような影響が及ぶか解らない。
モモンの提案により、彼が持つマジックアイテムを破壊する秘宝を使うことになった。取れる方法はそれしか無く、ンフィーレアが無事に終わるか定かではなかったが。
秘宝と言うので盗み見る訳にはいかず、光の戦士とブレインは一足先に霊廟を離れた。その後現場見聞にやって来た冒険者と組合の関係者にクレマンティーヌとカジットの死体を引き渡し、事情聴取は翌日として2人は宿へ引き上げた。
そして翌日。言われた通り組合へとやって来た光の戦士とブレインは、昨夜の出来事についてアインザックへと説明する。
カジットはナーベとブレインが、クレマンティーヌはモモンと光の戦士が共同で倒した。昨夜そのまま組合に訪れたというモモンの話とは食い違っているらしいが、知らぬ存ぜぬで押し通す光の戦士。
野盗の件もあり強く出られなかったアインザックは光の戦士の説明を信じるほか無く、報酬と評価は均等に分配されることになった。
思わぬ形で再会することになったモモン一行に挨拶をして王都に戻るつもりだった光の戦士だが、あいにく行方が分からず仕舞となってしまった。
そんなこんなで王都へ帰還――ブレインは少し違うが――した光の戦士とブレイン。面倒くさいので組合に報告へは行っていない。エ・ランテルから出た先触れに手紙を持たせたので何が起きたかは知っているだろうし、用があれば訪ねてくる。
慣れているとはいえ、長距離を移動すれば疲れは溜まる。ブレインの件もあり、2日ほどは体を休める予定である。
「あの2人の死体、安置所から消えたらしいぞ」
いつもの宿の酒場で、朝っぱらから酒を煽る2人組……光の戦士とブレイン・アングラウス。特段旨くも無い安いつまみに舌鼓を打っていると、ジョッキを開けたブレインが突然切り出した。
そんな情報をブレインが何故知っているのだろうか。光の戦士はもちろん初耳である。
「明け方に外を歩いてたら、俺たちの1日遅れでエ・ランテルを経った商人と偶然会ってな。そいつから教えてもらった」
素晴らしい情報収集能力だ、帰還の糸口への近道になるかも知れない。人手が増える素晴らしさを実感する光の戦士。
しかし死体が消えたというのはどういう事だろうか。この世界にも蘇生魔法があることは知っているが……光の戦士はあの事件が組織的なものだとするならば、カジットとクレマンティーヌがトップであると思い込んでいた。半グレ集団ならそのまま瓦解すると考えたが――あまりにも単純すぎたようだ。
「俺もそう思うぜ。第一、あれほど強力なマジックアイテムを持つ組織はそう多くない筈だ。知っている名前だとズーラーノーンくらいしか無いが……まぁ、碌なことにならなさそうだな」
ブレインは椅子から半立ちの体勢でテーブルの上へ体を少し出し、対面に座っている光の戦士のジョッキを覗き込む。あと二口ほどでなくなる量を確認すると椅子に座り直し、給仕へ2人分のおかわりを注文した。気の利く男である。
ズーラーノーンはアインザックとの話でも少し出た名前だ。光の戦士はそんな組織があるのか、程度にしか意識していなかったが、どうやらそれなりのネームバリューらしい。面倒ごとになりそうだが……まぁ、大丈夫だろう。
そんなことよりも、ブレイン君には今後の動きを説明する必要があります。
「えっ」
2日ほど休むと言ったが、勿論ただ休息を取るわけではない。ブレイン君には知りたくないことまで全部知ってもらい、逃げられなくなってもらうのだ。
乾燥させた豆のつまみが乗った皿と運ばれてきたおかわりのジョッキを手に取り、2人は2階の光の戦士の部屋へと戻る。有無を言わさずブレインを小さな椅子へと座らせ、光の戦士はベッドの上に腰を下ろした。
光の戦士は、ブレインが口を挟む前に自身の身の上を語り始める。
自分は違う世界からやって来た余所者であること、元の世界へ帰る方法を探していること、その手がかりを知っていそうな蒼の薔薇のイビルアイと近々接触する予定であること、自分はこの世界の戦士たちよりもはるかにレベル……難度が高いこと。
この世界に光の戦士の痕跡が残る以上、それを繋ぐ者が必要であること。そしてそれは、ブレインを予定しているということ。
ブレインは、ゴルズ以来の光の戦士を知る者となった。しかしながらこの話は光の戦士の勝手な都合なので、脅しはしたが断ってもらっても構わない。その場合は今すぐブレインを開放するし、始末するつもりも無い。
第三者に告げ口してももちろん良いが、その場合話が変わる。ブレインとその相手全員を何としてでも見つけ出して、二度と喋ることが出来ない体にしなければならない。
「……アンタの下に付けば、俺を鍛えてくれるのか?」
もちろんその通りだ。ガガーランを見た限りではレベルキャップが有るようなのでどこまで強くなれるかは保証できないが、依頼を受けながらシゴくつもりである。
「わかった。ただ、あと2つだけ質問がある」
今更隠し事は無しだ。光の戦士は、答えられる範囲ならば全て答えると約束する。
ブレインは光の戦士の瞳を見つめ、誠意を感じ取ったのか薄く笑みを浮かべた。
「じゃあまず1つ。……俺とアンタだと、どれくらいの差がある?」
緊張は少しほぐれただろうが、内容が内容だ。ブレインは固い声色で光の戦士へ尋ねる。
ボコボコにされた相手に強さを聞くのは確かに恥である。要するに、刃を交えながら彼我の力量差を正確に把握できませんでしたと言っているようなものだ。超強かったなどという感想は余りにも理解が薄すぎる。
難度換算で言えば今のブレインは105、光の戦士は300といったところ。まぁ今はレベルシンクで210程度になっているが、あの時のブレインの一撃であれば、光の戦士が裸でもかすり傷程度だ。
光の戦士がそう告げると、ブレインは弾けたように大笑いした。あまりの声量だったため光の戦士も流石に驚いてしまった。
ブレインは腹を抱えたまま悪い悪いと謝罪し、麦酒を喉へ流し込む。
「ふーぅ……じゃあ最後だ。――俺は強くなりたい。アンタを越えたい。その気持ちは、思い上がりだろうか」
そんなことは無い、と言いたいが、強さの上限は才能が絡むものだ。今後鍛錬を行うのであれば伸びるかも知れないし、頭打ちが早々にやってくる可能性もある。
しかしそれは結果論だ。やる前から諦めるというのは光の戦士が嫌う思考、その時はその時なのだ。
光の戦士を越えたいという意気込みは片腹痛いが、素晴らしい心構えだと思う。今は思い上がりであったとしても、いつか越えられる時が来たならば、それは真実なのだから。要は何事もやる気が肝心である。
「……そうかい」
ブレインはそれ以上言葉を続けることは無かった。納得してくれたようで何よりだ。
なんせ最高の師匠たちの弟子である光の戦士がみっちり絞るのだ、ある程度強くなってもらわないと困る。問題はガガーランと一緒に鍛えることが出来ない点だが……まぁ、何とかなるだろう。
いずれにせよめでたい場だ。光の戦士のとっておきを出す場面が来た。明日も酒の丸一日休息を挟み、明後日からは地獄のマラソンを開始する。それまでは2人とも最大限の休息をとる必要がある。
追加を取ってくるとブレインに告げ、光の戦士はベッドを立ち部屋の扉へと向かう。
しかし光の戦士がドアノブを握る前に、部屋の外からコンコンコンとノックされ手を止める。
「お休み中申し訳ございません。騎士様にお会いしたいという方がカウンターにいらしているのですが……」
声の主はこの宿の給仕の女性。長く居座っている光の戦士の部屋のメイクや、酒場では甲斐甲斐しく世話をしてくれているほぼ専属になりつつある妙齢の人妻である。主君はいないので騎士呼びは止めて欲しいと何度も注意しているのだが治る気配は無い。
ちなみに、光の戦士の世話は傍から見れば罰ゲームのようなものらしく、他の店員や客からは憐れまれていたりする。失礼な話だ。
それはともかくとして、訪問者に光の戦士は心当たりがない。組合の人間なら有無を言わずに部屋まで来ているはずである。ガガーランとの鍛錬も未定のままだ。
椅子に座ったまま酒を飲んでいるブレインに視線を向けるが、彼も知らないようで首を横に振っている。
光の戦士が扉の向こうの女性に誰か問い返すと、予想外の答えが返ってきた。
「蒼の薔薇のイビルアイ様です。遅れて申し訳ない、と」
♦♦
冒険者組合から東に20分ほど。人通りが盛んな大通りから少し外れた路地の隅に、イビルアイの目的地はある。普段は王城と自身が泊る宿、ガガーラン行きつけの酒場程度しか出歩かないため、イビルアイは少し新鮮な気持ちになる。
彼女の所属する冒険者チーム蒼の薔薇は、今夜カッツェ平野のアンデッド掃除の任務に出発する。前々から決まっていた予定だったが、イビルアイはこの外出のために待機となった。
自身の強さを自覚している彼女はどちらを取るか最後まで悩んだが、ラキュースの鶴の一声にてこちらの休養を優先することになったのである。
事実、件の男には申し訳ない気持ちで一杯だった。ひと月ほど待って欲しいとマージンを取っていたにもかかわらず、既に1か月半経過している。内容が内容なので仲間と慎重に話し合う必要があったのは事実だが……チームを救って貰った恩人に対しての対応ではない。
「はぁ……憂鬱だ……」
朝も早く、周囲にいる人間は少ない。イビルアイは仲間にすら見せることのないか細い声と共に溜め息を吐く。男には感謝の言葉しかないが、正体不明の要注意人物であることは確かだからだ。
イビルアイが向かっている宿は、英雄一歩手前の屈強な戦士、ガガーランを遥かに凌ぐという騎士風の男が止まり木としている場所だ。ガガーランと一足先に顔を合わせているラキュースからの評判は上々だが、イビルアイにとっては全く参考にならない
百年の揺り返し。ぷれいやーと呼ばれる存在が、別世界から転移してくる現象。ぷれいやーはぎるど、集団単位で出現し、その圧倒的な力で世界を根底から揺るがす影響を与える。
二百年以上生きるイビルアイですら、その全容は把握していない。イビルアイが協力している者たちは"当事者のようなもの"らしいが――真実は彼女も分からない。
そしてその百年は、まさしくこのタイミングである。十年ほど前からイビルアイ含む関係者たちは、ぷれいやーの出現を警戒していたのだ。
ガガーランは純正の人間として非常に高い戦闘力を有している。そんな彼女が妄信するほどの力を持ち、階位魔法とはまた違う未知の魔法を扱う男。彼らの俯瞰を逃れ、2か月前に突然姿を現した理由。あらゆる違和感を総括すると、単身であるという点を除けばぷれいやーの特徴に当てはまる。
"彼"はガガーランが初めて男との鍛錬に向かった際に目を同行させたが、男を捉えようとした瞬間繋がりが途切れたという。
そして、男は元居た場所に帰る方法を探すため、イビルアイとの面会を望んでいる。イビルアイは難度150を超える実力を持ち正しく世界屈指の冒険者だが、仮に男がぷれいやーだった場合手も足も出ないだろう。
それを"彼"に相談したのだ。会いに行くべきか否かを、かの竜王へと。
その結果、案の定考える時間が欲しいと保留することになり今に至る。結論は、イビルアイ1人で向かうようにというお達しであった。
彼は鎧かリグリットの同行を検討したようだがその話は無くなった。捨て駒は1人でいいという事だろう。
「はぁ……」
何度目か解らない溜め息を漏らしながら、イビルアイはトボトボと舗装されていない道を行く。死を恐れているわけではない。ただ、口下手な自分がどこまで使命を果たせるかが心配なのだ。
イビルアイは人間が嫌いだ。本心ではなく種族由来のものだが、その感情を表に出してしまっている自覚があった。イビルアイを先達として慕ってくれている少年に対して、酷い返しをしているなと別れてから自責の念に襲われることもあるのだ。
そんな自分が人間――まだ人間種かは定かではないが――と2人きりというのは、どうにも不安感というか、違和感を覚える。
しかし男が仮にぷれいやーで、評判通り人類種の味方であるならば、向こう百年の仮初の平穏は約束される。もし本性を現すことがあれば
とはいえ……嫌なものは嫌なのである。
そうこうしている間に、件の宿屋へとたどり着く。蒼の薔薇が常用している宿とは比べ物にならないが、比較対象が悪いだけだ。少なくとも一般人が寝泊まりする分には十分な高級宿である。ただミスリル級ならもっと上を見られるはずだが、一度羽を休めた枝に愛着が沸くのはよくあること。
イビルアイは大きく息を吸い、覚悟を決めて戸に手をかける。そのまま押し開けると、早い時間だというのにアルコールのにおいがツンと鼻についた。
併設されている酒場は既に満席だが、故か一番奥の窓際のテーブルだけ空いているが、誰か予約しているのだろうか。
入り口を入って右、壁沿いにカウンターがある。その両側に2階へと上がる階段が続いていることから、こちらが宿の受付だろう。戸閉めカウンターへと進んでいると、イビルアイは自身に刺さる好奇心を孕んだ多くの視線に気が付いた。
イビルアイは自身の立場と風貌を理解している。王国に2つしかないアダマンタイト冒険者チームの1人であり、小柄な体格、真っ赤な外套、そして額に赤い法石が埋め込まれた奇抜な仮面。目を引くには十分すぎる存在だ。
しかし、今日は少し様子が違った。確かに客と店員のほとんどがイビルアイに注目したが、次の瞬間興味を失ったようで日常へ戻ったのだ。
イビルアイにとっては好ましい反応だが、どうにも腑に落ちない。まるで可笑しなものは見慣れているかのようである。
まあそれは一旦横に置き、イビルアイはカウンターで作業をしている女性に声をかけた。給仕の恰好をしているため、宿だけではなく酒場の仕事も担当しているのだろう。
カウンターが高くイビルアイの背丈では少し目を合わせ辛いので、爪先立ちでカウンターに両手を乗せる。そしてこの宿に泊まっているとある男に用があると女性に伝えると、一瞬目を見開き驚愕するが直ぐに営業スマイルを顔に張り付けた。
「その方であれば確かにご宿泊ですが……お呼びいたしましょうか」
「いや、内密な話があるので私が向かおう。案内してくれ」
「畏まりました。それではご案内いたします」
カウンターから出た女性は一度頭を下げ、イビルアイに背を向けて階段へと向かう。イビルアイもその後を追い、2階へと上がっていく。
2人は客室が並ぶ廊下を歩い行き、女性は突き当りから3つ手前の部屋の扉の前で足を止めて咳ばらい。ノックをしないのかとイビルアイが訝しんでいると、チラリとイビルアイを一瞥した。
瞬間、意図を理解することが出来なかったが、そういえばアポイントを取っていなかったなと思い出す。
「遅れて申し訳ない、そう伝えてくれ」
「畏まりました」
女性が軽く一礼すると部屋の扉を三度ノックする。ほんの少しの静寂の後、室内から返答があった。
「なんだ」
「青の薔薇のイビルアイ様です。遅れて申し訳ない、と」
少し低い男の声。室内の気配は2つあるが、誰かと話でもしているのだろうか。女性が返答すると、こちらに近づいてくる足音ののちに扉が開かれた。
ガガーランとラキュースから報告が合った通り、見事な造りの全身鎧を纏った男性。武器は装備していない様だ。代わりに部屋の奥の椅子に座ったままの男の左手には、鞘に納められた細い曲剣が握られている。
その様子からして、目の前の男の従者か何かだろう。単独と聞いてはいたが、何かしらの心境の変化があったのだろうか。
加えて、イビルアイはこの曲剣の男の顔に見覚えがあった。
「お前は御前試合でガゼフ・ストロノーフに負けた……」
「ブレイン・アングラウスだ。覚えていてくれて光栄だぜ」
ブレインはイビルアイを確認して警戒を解き、空いた右手を上げて挨拶する。
男は懐から小さな麻袋を取り出し、案内してくれた女性にひょいと投げる。女性は深くお辞儀した後、失礼しますとだけ残して下がっていった。
お互い立ったまま最低限の挨拶と名乗りを済ませ、男が部屋の隅から引っ張ってきた椅子にイビルアイは着席する。男もベッドの上に腰を下ろし、ようやく会話を行う準備が整った。
「率直に聞く。お前はぷれいやーか?」
この言葉への男の回答如何が、今ここにイビルアイが居る全てだ。内容によっては即座に撤退し、竜王と対策を練る必要がある。
イビルアイの直感では、この男は間違いなく異質なものだ。ガガーランは遠い故郷から来たという彼の話を馬鹿正直に信じているようだったが、イビルアイはそうとは思えない。
ガガーランほどの戦士の体力を全快させることが出来る魔法は、少なくとも第六位階魔法の
「プレイヤーってなんだ?」
しかし、男の答えは様相に反するものだった。
イビルアイは男の瞳を見る。少なくとも、嘘はついていないようではあるがどうにも腑に落ちない。
「……百年に一度、ぷれいやーと呼ばれる強力な力を持つ存在が出現する。奴らは善なり悪なりこの世界に大きな爪痕を残すんだ。だから」
「オレがそのプレイヤーだとして、お前は良い奴か悪い奴かどっちなんだ、って話か」
男はそう言うと、右の腰に下げられている革のポーチに手を突っ込み、丸く巻かれた羊皮紙のようなものを取り出す。明らかにポーチと釣り合わない大きさの物であるが、マジックアイテムなのだろうと納得する。
テーブルの上に広げられたそれは、どうやら地図のようだ。しかし描かれている地形にイビルアイは全く覚えがない。
「オレの世界で一般的に使われている大陸地図だ。この東側にあるのがアルデナード小大陸、オレが活動していた場所で、故郷でもある」
「あるでなーど小大陸……聞いたことの無い土地だ。やはりお前はぷれいやーじゃないのか」
「こことは全く違う世界から来たとは考えてるが、プレイヤーと呼ばれたことは無い。その、プレイヤーとかいうのについて教えてくれよ。オレは悪い冒険者じゃないぜ」
竜王と決めた今日の対応では、こちらが得られる情報のみ取りに行く予定だったが――イビルアイは、蒼の薔薇はこの男に借りがある。
話を切り上げるのは簡単だが、彼は少なくとも英雄の領域に居る実力者。友好関係を築いておいて損は無いはずだが――
「なぁ、ちょっといいか?」
男とイビルアイの間で沈黙が生まれて間もなく、おずおずとブレインが声を上げる。そんなブレインへ目を向けた瞬間、イビルアイは仮面の下で目と口を大きくかっ開いた。
何気なく話していたが、ブレインは部外者だ。その前でこの話をしてもよかったのだろうか。普通にツアーに怒られるレベルのやらかしではないのだろうか。
時間を戻すすべも記憶操作の魔法などといった便利なものは存在しない。幸い仮面で表情は見えていないがその下と内心でハワハワと焦っていると、男がイビルアイへ声をかける。
「ブレインは俺の事情も知ってる、大丈夫だ」
この男は読心術を心得ているのだろうか。
焦りを見透かされたことに、イビルアイは慣れない感覚に襲われる。ちょっと恥ずかしかった。
「んんんっ! なんだアングラウス」
一旦喉の状態を整え、イビルアイはブレインに質問を促す。
「旦那がそのぷれいやーとやらじゃないなら、ぷれいやーは別で来てるんじゃないか? 旦那は自分の世界に帰りたい、アンタはその"別世界から何者かが来る"っていう詳しい情報を持ってるだろ。手を組むってのはダメなのか?」
「……ぷれいやーは常に複数人で召喚されている。お前たちには寿命の制限があるとはいえ、頭数を揃えるという意味で協力するのは確かに合理的だ」
一考の余地はある。この世界に来られるなら、この世界から帰る方法があってもおかしくは無い。強力なツアーの感知能力もこの男相手に無力だったことも含め限界がある。
であれば、未知の力を持つこの男は有用な戦力足り得るはずだ。
「ブレインの言う通りだ。流石に積極的に動くつもりは無いが、要請があれば手伝うぜ」
この男も乗り気なようである。イビルアイの一存で決められるわけでは無いが、ツアーに判断を仰ぐのは悪くは無い。
「こちらはお前が元の世界に帰る手段を模索して、そちらはプレイヤー関係の面倒ごとの助力、でいいな?」
「ああ」
男は認識阻害の何かを使用してわからないが、ブレインが従っているのであれば彼以上の強者であることは間違いない。ブレインの実力は難度100以上あるようなので、戦力としては申し分ない。
ツアーとリグリットに悪くない報告が出来そうだ。そう内心でほくそ笑んだイビルアイは、男とブレインと仮初の友好の証として、握手を交わすのであった。
♦♦
光の戦士にとって、今日という日はとても特別なものになった。帰る手段の糸口が見つかったからだ。
来れるなら帰れるだろうという非常に安直な予測ではあるが、それでも有力な情報なのだ。何か事故的な原因で飛ばされていたのならお手上げだったが、百年に一度起きているなら希望はある。
しかし、まさかプレイヤーという言葉を聞くことになるとは思わなかった光の戦士。そういった単語から30年以上離れていたので初めは軽く流せたが、時間が経つにつれて内心滝汗が止まらなかった。
あのあと少しイビルアイと話し、追加で情報を得ることが出来た。まとめると、
・おおよそ百年ごとに"プレイヤー"と呼ばれる、非常に強力な存在がこの世界にやってくる。
・原則複数人単位での転移で、単独転移は今のところ前例が無い。
・"えぬぴーしー"という、プレイヤーに従属している存在が随伴していることもある。
・人間種に友好的で、英雄と呼ばれる冒険譚を残した者たちもいるが、基本的には欲望のまま暴れる大災害である。
といったところだ。
意図して多くの情報が伏せられているとは感じるが、まぁ問題ない。信頼を得るには働くしかないだろう。世知辛いものだ。
とにもかくにも目的は定まった。既に来ている、近々来るであろうプレイヤーを探し出してボコり、イビルアイへ引き渡す。喜んでもらって情報をもらう。
ブレインは本当に出来る男である。ナイス提案だ。
しかもあのイビルアイという女性、52レベルという驚愕の強さだった。強大な存在と言われているプレイヤーへの対抗組織という話は非常に現実味があった。ブレインも何となく感じ取っていたようで、いつでも逃げ出せるように準備していた。
いずれにせよ受けの姿勢は変わらないが、非常に実りのある出会いであった。
しかしプレイヤー……その単語が指し示す先に、光の戦士は覚えがある。別の世界から転移してくるプレイヤー、転移先の世界で何かしらの大きな爪痕を残す存在。大方、気が大きくなったのだろう。気持ちは痛いほどよくわかる。
この百年目のタイミングでそのプレイヤーたちが何かをするというのであれば、手を貸すのは吝かではない。
まぁ、今はまた別の試練を乗り越えなければならないのだが。
「……」
目の前に座る王都冒険者組合 組合長、リード。最近は抜け毛に悩まされている中年の男性。
抜け毛は怖い。ケアルでも治らないので養生してほしいものだ。
「君に言われてもなにも響かないのだがな。頼むから頭の悪い行動を控えて欲しい」
酷い言われようだが、今回に限っては本当に心当たりがない。言われた通り野盗を皆殺しにしただけだ。
イビルアイが帰った後、入れ替わる様にやって来た組合職員のアイリス。光の戦士の無茶苦茶に慣れ笑顔で対応するようになっていた彼女だが、給仕を振り払って駆け込んできた時は流石に驚いた。
特に何も説明がないまま「早く来てください!」と組合まで引きずられ、組合長室に捻じ込まれ今に至る。
アイリスに出された安酒を瓶ごと煽りながら、光の戦士は文句を垂れる。本当に何も面倒ごとを起こしていない筈なのだが。
「いや、多分俺のことを言っているんだと思うぞ」
光の戦士と同じくワインを片手に光の戦士の隣に座るこの男、ブレイン。ブレインは非常に優秀なので、迷惑をかけた覚えはまだ無い。
心の底から何もわからないという顔をしている光の戦士を見て、リードは実態があるのかと見紛うほどに大きく、硬い溜め息を吐く。
「君は私に出した手紙に書いた内容に思うところは無いのか?」
「無い!」
リードの言葉に胸を張り、光の戦士は元気良く返答した。
ワインが無くなったのでテーブルの上のベルを鳴らしてアイリスを呼び、おかわりを要求する。本当に出来る女性だ、一家に一人欲しいものである。
「…………ブレイン・アングラウスのことは私も知っている。あの王国戦士長 ガゼフ・ストロノーフに匹敵する素晴らしい戦士だとね。しかし、君が手紙に
本当にうんざりした様子でリードは重苦しい様子で光の戦士へ物申す。アインザックは丸め込めたが、付き合いのあるリードは上手くいかなかったようだ。
「野盗団については本当に感謝している。組織としても、私個人の感情としてもだ。だがそれとこれとは話が別、大罪人を冒険者として認める訳にはいかない」
その言い分は最もだが、ブレインがどういう存在だったかについて証拠はない。王国の法に背いた者は冒険者になれないという規則はあるが、それに該当しないのであれば組合長の一存で拒否する権限など無い。
なにより光の戦士は自身の名のもとに、ブレインを引き連れると言っている。全責任は光の戦士に有る訳であり、口を出すのであれば光の戦士にも考えがある。
「旦那……」
ブレインは光の戦士の言葉に感極まっているようだが、別にブレインを思って言っている訳では無い。これは光の戦士からブレインへの筋の話であり、それを邪魔をするというのであれば相応の対応をするだけなのだ。
別に王国にこだわる必要はない。イビルアイとのパイプは出来たので、帝国か法国にでも行って冒険者になるまでだ。
「……わかった」
そう言って、リードは席を立つ。自身がいつも作業しているデスクまで向かい、その上に置かれていた箱を2つ手に取って、再び光の戦士とブレインが座るテーブルまで戻ってきた。
「これを、受け取って欲しい」
そのままテーブルの上に箱を置き、その一つをブレインが手に取る。リードが目線で開けるよう催促したので、言われるがままブレインは木の蓋を取り外した。
中に入っていたのは濃い鈍色の薄い金属製の板。首に掛けられるように革の紐が両端に括られている。光の戦士はそれに見覚えがあった。
「これは、アダマンタイト級を示すプレートか?」
光の戦士の心中をブレインが代弁する。
アダマンタイト級の冒険者は、いち国家が誇る最大戦力を意味する。王国に2つしかないそれぞれのチームは、歴史に残るような偉業を成した強者たちだ。
そんな彼らに負ける気は毛頭ない光の戦士だが、別にこの世界で英雄譚を残したわけでは無い。機会があればもちろん為すべきことを為すが、英雄志望というわけでは無いのだ。
「確かに数の少ないミスリル級の依頼を、湯水の如く消化するというのは組合としては頭を痛めているが……君のその迅速な依頼遂行により、多くの命が救われたのも事実だ。村々からは君の名が称えられ、多くの貴族からも感謝の言葉を頂いている。アングラウスは確かに私にとっては許せない存在だが、君ならきっとそう言うだろうと考えていた」
リードは先ほどまで座っていたソファに再び腰を下ろし、テーブルに額が付くほどまでに頭を下げる。努めて威厳を保とうとしているようだが、その声には憎しみと喜び、敬意が入り混じっていた。
「だからこそ、ブレイン君にも受け取って欲しい。偉大な騎士が許した男として。そしてその命を奪ってきた剣で、より多くの命を救ってくれないだろうか」
「組合長殿……」
リードは野盗団の被害の当事者ではないが、故郷の悲劇を憂いていた優しい男だ。ブレインの蛮行を決して許せないだろう。
しかし、彼は光の戦士と約束したのだ。全てを護ると。強者も弱者も全てひっくるめて護って見せろと。だからこそ光の戦士は彼を生かし、鍛え、継がすつもりなのだ。
リードがそのような事情を知る由も無い。ただ、光の戦士がブレインを王都に伴うと手紙で知った時、理性と感情が鬩ぎ合ったのだろう。そしてリードは光の戦士を信頼しており、その光の戦士が期待したブレインを信じてみようと感情が勝ったのだ。
「このプレートは、いずれ現れるであろう新たな英雄を求めて作っていたものだ。どうか、頼む」
ブレインは光の戦士をチラリと横目で見る。光の戦士が一切受け取ろうとしないからだ。リードもブレインもそんな光の戦士に恐る恐るという様子を見せ始めていたが、光の戦士はブレインの眼差しにコクリと頷いた。
ブレインはリードの持っているもう一つの箱を受け取り、光の戦士へと手渡す。そして箱からアダマンタイトのプレートを取り出し、ミスリルのプレートを首から外して交換した。
光の戦士の胸元に鈍く光るアダマンタイトのプレート。ブレインも続いて銅のプレートを脱ぎ捨てて新たなプレートを首から下げる。
そんな2人の様子を眺めていたリードはようやく朗らかな笑みを浮かべた。
「君も晴れてソロからチームになった訳だ。チームなら名前を決めないといけない……案はあるかな?」
待ってましたと言わんばかりに光の戦士は立ち上がる。リードとブレインの注目を一身に受け、光の戦士は胸を張って告げた。
「それはもう決まってるぜ。――ブレイン。オレたちは今から、"暁"だ」
「リード」
王都の冒険者組合組合長。年齢は49歳で、元オリハルコン級冒険者。
エ・ランテルの商人の次男として生まれたが、家督を継げないため若くして冒険者となる。ただ家はとある犯罪者組織の抗争に巻き込まれ全焼し、家族全員を失っている。
威厳と優しさを併せ持つ人格者であり、冒険者からの信頼も篤い。
「暁/暁の血盟」
光の戦士がエオルゼアで所属していた組織。あらゆる知識を集積・解読せんとする組織「救世詩盟」を前身とし、エオルゼア十二神の秘跡の探索を目的とする組織"十二跡調査会"を統合して設立された。
元は前述のとおり秘密結社だが、とある戦いを機に「エオルゼアの救済」を掲げる組織となり、あらゆる思惑と戦っていくことになる。