【CLATTANOIA】黄昏の超越者(オーバーロード)‐ファイナルファンタジーXIV‐   作:ウルトラナポリタン

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第15話 スレイン法国

 

 

 光の戦士とツァインドルクスは、胡坐で向かい合うかたちで地面に腰を下ろしている。2人の壮絶な戦いは周囲の地形を大きく歪め、小さな山や谷が形成されていた。もしこの地を活用したいという者が本当に現れたとしたら、あまりの仕打ちに絶望するだろう。

 双方共に一切の手心の無い本気の戦いだった。全力ではないとは言え、光の戦士はこの世界にやってきて初めて"戦闘"を行った。半径2kmには多重の結界を張り巡らせているとのことで、外部に情報が洩れる心配はない。もちろん完全に安全とは断言出来ないだろうが、そんなことは頭から抜けてしまうほどに――心が躍ったのだ。

 

 楽しかった。かつてのギルちゃんとの試合を思い出すかのような、手に汗握る戦いだった。光の戦士は戦闘狂ではないが、戦いと冒険を生業とする生き物だ。未知の技術、未知の戦術、未知の魔法、未知のスキル。それらは光の戦士の闘志に火を付けるには十分なのである。

 レベル差によるアドバンテージは光の戦士にあった。それでも、ツァインドルクスとの戦いは驚喜に値するものだ。彼の動きには多大な違和感を覚えたが、交えた刃から伝わる闘気は正しく歴戦の猛者。彼の誠意と真摯さは、間違いなく真実である。

 

 そして光の戦士は、端折りはしたが自身がこの世界へやって来た経緯をツァインドルクスへと包み隠さず話した。自分がどういった立場で元の世界で何を成したのか、この世界への漂流には全くの心当たりがないこと、鏡像世界という概念、帰還への意思を語る。

 光の戦士の足跡はブレイン・アングラウスという原石を磨くことで歩みを継がせ、出来るだけこの世界へ迷惑を掛けるつもりはない。最低限の責務を果たして去るつもりである。

 そのためには、世界を知る者からの協力が不可欠だ。イビルアイを通して伝えた通り、タイミングが噛み合うのであれば、光の戦士はプレイヤーなる存在との戦いにも力を貸す所存だ。

 

「――そうか。君は、君の世界を救えたのか」

 

 ツァインドルクスは光の戦士の言葉に耳を傾けていた。そして彼はそう呟くとしばらく沈黙してしまう。光の戦士は、ツァインドルクスを待ち続ける。

 ツァインドルクスの無機質で抑揚の無い声色からは感情を読み取れない。しかし、彼の心中を光の戦士は察することが出来た。

 

「……まずは謝罪させてほしい。君は秘匿すべき情報を語ってくれたが、私が答えられることは少ない。この世界は多くの欲と悲しみに晒されていて、非常に不安定だからだ。だが、君が元の世界へ帰られるように全力でサポートすることをここに誓おう」

 

 ツァインドルクスはそう言って、自身の兜に手をかける。ガコンという無機質な音を響かせ、取り外された兜の内側に有るはずの面貌は、案の定存在しなかった。

 遠隔からの魔法による駆動。人体では考えられない動きで回避を行っていたことから薄々感づいていたが、いざ目の当たりにすると、中身が無いというのはビックリするものである。

 

「昔、共に冒険していた者たちから酷く責められてね。確かに黙っていたのは悪いと思ったけれど、何もそこまで言わなくてもと困惑したんだ。でもまぁ、仲間だと思っていた人間がただの人形だというのは、確かに拍子抜けだ。誠意とはそういうことを指すのだと学んだよ」

 

 相変わらず感情が読めない声だが、彼は遠い昔を懐古しているのだろう。

 光の戦士がその冒険仲間たちの怒りに共感してウンウンと頷いていると、ツァインドルクスは兜を元に戻す。とりあえず、彼が協力的であるということは伝わった。

 

 しかし、話せないことが多いのは別に構わないが、光の戦士はその欲と悲しみとやらを何も知らないのだ。加えて、プレイヤーについても不明な点が多い。見分けるのに役立つ特徴や過去に居たプレイヤーの顛末を詳しく聞いておきたいところである。

 

「ふむ、君の提案は何も間違っていない。だがここで話すというのは些か不安だね。世界断絶障壁や他の結界で閉塞されているとはいえ、特定の方法であれば打ち消すことが可能だ。近い内に君を評議国に招待するから、その際に少し詳し話をしたいと思うんだけれど」

 

 光の戦士としてはそれで問題無い。ただ、遅れれば遅れるだけ光の戦士の対プレーヤーのパフォーマンスが下がる点は考慮してほしい。

 

「それは勿論わかっているよ。君はきっと、誰かから指図されるよりも自分で動ける方が性に合って良そうだ。君がこちらに来る前から、私たちはプレイヤーに対する計画を立てているんだ。君が加わることへの擦り合わせもしないといけないからね」

 

 ツァインドルクスは立ち上がり、尻の土を両手で払う。魔法で動いている癖に器用なものだ。

 

 ……しかし、ツァインドルクスの今の言葉には引っかかる点がある。イビルアイから光の戦士の話を聞いて都合2か月ほど時間があったが、光の戦士がその計画に組み込まれていないのはどう考えてもおかしい。

 ツァインドルクスとの試合は間違いなく形式的なものだったが、それ以前、最初の槌による一撃からは殺意が感じられた。仮にもう少し光の戦士のレベルが低ければ、即死はしないだろうが大ダメージを負っていたはずだ。

 

 恐らく彼は、光の戦士が使い物になると想定していなかったのだろう。戦力的にも、味方になるということに対してだ。彼が一緒に冒険したという人々に対して、仲間と呼ばなかったことも拍車をかけている。

 もちろん偶然かも知れないが、状況証拠的にはしっくりくる。彼はきっと、誰も信頼していない。実績に対しての信用はしているだろうが、決して信頼することは無い。

 イビルアイをメッセンジャーにしてアーグランド評議国へ招かなかったのも同様の理由だろう。一見2人は昔なじみの様だが、彼女のことも当てにしていない。

 

 彼はプレイヤーの漂流に対して強い危機感を持っている。光の戦士が嘘を吐いている可能性は当然あったし、ツァインドルクスからすればただの正体不明な爆弾だ。扱いが解らないのであれば処分する方が安全に違いない。この世界の住人からすれば、プレイヤーも光の戦士も等しく異物なのだから。

 

 だが、光の戦士は知っている。気高き大義に溺れ、義務へと成り下がり、執着となって朽ち果てた神の紛い者を。根底に有ったのは正しく世界への祝福だ。それでも、選択を誤れば希望は指をすり抜けていく。

 光の戦士にツァインドルクスへ指摘する資格は無い。見守ることしかできないのだ。

 

「キーノはこのまま、しばらくは蒼の薔薇で活動を続けながら彼を支援してほしい。君の今後についても追って連絡するよ」

「……うん」

 

 イビルアイはまるで借りてきた猫のように縮こまってしまっている。光の戦士とツァインドルクスが戦っていた際も、両手で頭を抱えて丸まっていた。

 彼女の強さも立派な戦力の一つだ。道中で彼女が言っていた通り、光の戦士はこの世界の地理に疎い。これからも、蒼の薔薇には頼ることになるだろう。

 

「私は国に帰るとしよう。折を見て使いを出すので、その際はまたよろしく頼むよ」

 

 ツァインドルクスは踵を返して浮遊する。少し魔力が集まってきているように見える点から、そのまま飛んで行くかテレポの類を使う様だ。

 

「あと、そうだな、私のことはリクと呼んでくれ。リク・アガネイアだ。昔の知り合いの名前でね、たった今の思い付きだが偽名にすることにした。私の話題を出す際はそれで通してくれると有難い」

 

 光の戦士は右手を上げて了解する。徹頭徹尾用心深い様子で何よりである。

 ツァインドルクス改めリクの言葉にイビルアイが少し反応したようだが、光の戦士にはその胸中を察することはできなかった。

 

 互いに言いたいことは無くなった。一先ずこれで、正真正銘の御開きである。

 光の戦士も撤収するべくリクへと背を向ける。相変わらず動こうとしないイビルアイを再度脇に挟むため彼女へ近づこうとしたところ、光の戦士の脳裏にとある反応があった。

 

 いつものトラッシュ(雑魚モブ)感知ではない。明確な殺意が溢れ出ている、正真正銘の敵対反応。ここまでビンビンなのは珍しい。方向も距離も分からない、漠然と感じるだけのものである。

 

「……なるほど。流石は法国、手が早いね」

 

 まだ去っていなかったリクが、少し遅れて呆れたように呟く。まさかとは思うが、この殺気の持ち主はリクの差し金なのだろうか。そうなると話が変わってくるのだが。

 

「まさか、私も今気が付いたんだ。私の張っていた結界は、私自身にも外部の情報をシャットアウトする。……それをものともせず進入し、解除前に気が付いた君が異常なのさ」

 

 そう言われても困る。森に入る際に背中に走った違和感は、先ほどもリクが言っていた結界を通り抜けた感触だったのか。

 

「本当は君が結界に触れたのを確認してから一旦解除して入れるつもりだったんだが……まぁ、過ぎた話は良い。彼女たちの相手は頼んだよ」

 

 そう言い残し、今度こそリクの姿が掻き消える。要するに面倒ごとを押し付けられたわけだ。

 

 相変わらずイビルアイはぷるぷるしているままだ。正体不明の闖入者の前に、はいと差し出すわけにはいかない。いかに彼女と言えども好き放題されてしまうだろう。

 つまるところ、光の戦士1人での作業だ。突然の面倒事の対処以上に気落ちするものは無い。

 

 光の戦士は、自分勝手な協力者と可愛らしい先輩の存在に、深く感謝して溜め息を吐いた。

 

 

 

♦♦

 

 

 

 少女は、何かを楽しいと感じたことが無い。

 

 幼いころから受けてきた虐待染みた訓練。訓練とは強くなるためにするのであって、理由無く体を鍛える者などいない。

 しかし、少女は強くなっていく事実になんの喜びも生まれなかった。それは日々成長していく少女の姿に対して、誰も褒めてくれなかったからだろうか。

 

 違う。少女は、褒めて欲しかったわけでは無い。力を持って生まれた者が相応の役目を持つのは当たり前で、為すべきことを為す責務がある。そこに己の出自や境遇は関係無く、強き者が果たさなければならない責任なのだ。

 幼いながらも、少女は理解していた。自分は人類最後の防衛線であると。強く成り、強く在り。人々の安寧を脅かす、悪しき亜人種と異業種を滅ぼすための純粋な力。

 

 解っている、解っていた。それでも――それでも、母にだけは笑ってほしかった。母にだけは、頭を撫でてほしかったのだ。

 

「――ん」

 

 硬い長椅子が背中を打つ感覚で、少女は目を覚ます。法国を出発してはや6日。魔法により召喚された馬は疲れ知らずで、最低限の休息により普通では考えられない旅程の短縮を可能にしている。

 大きな街道を避け出来るだけ人目のつかない道を選んでいるというのに凄まじい速度である。代わりに主役である人間に反動が来るほどには負荷の高い旅だ。

 

「おや、お目覚めのようですね」

 

 凝り固まった身体を解すために少女が両手を頭上に大きくい伸ばしていると、対面から声がかかる。黒い長髪に幼さが残った顔立ち、白と黒を基調とした豪奢な鎧を纏った青年だ。

 寝顔を見られていたという事実よりも、遥かに年下である男に親然とした笑みを向けられたことにほんの少し苛立ちながら、少女は口を尖らせる。

 

「王国って遠すぎるのよね。情報が少なすぎるからって私たちを派遣するのはわかるけど、あまりにも安直過ぎない?」

 

 もちろん前半が本音で、ただの愚痴である。リ・エスティーゼ王国南東に位置する、エ・ランテル近くの森で正体不明のモンスターが確認された情報。王国内に潜伏する工作員が入手したものだが、プラチナ級相当のもと冒険者が数名犠牲になったという。

 法国最高の諜報員である占星千里ですら観測できない地域であり、その異常さから早急な対応が決定された。陽光聖典が壊滅した今、対異形戦闘に秀でた部隊は漆黒聖典のみ。

 ナンバー2以下の数名が選抜、大事を取るかたちで少女も同行することになった。法国の最高戦力の殆どが本丸を留守にする危険性は当然指摘されたが、これ以上六色聖典の損失は避けたい。陽光聖典の後釜が決まっていない今、過剰レベルの戦力で問題をねじ伏せる必要があった。

 

「蒼の薔薇と朱の雫が留守の今、本件に対処するのは3つ目のアダマンタイト級冒険者チームである暁でしょう。経歴不明の御仁が長を務め、あのブレイン・アングラウスも所属していると聞きます。彼らと接触し人類の為、共に戦って頂くようお誘いします」

「ふぅん。でも、王国のなんとかかんとかっていう戦士にはフラれたんでしょ? そう簡単に行くかしら」

 

 少女が趣味としている、各国の強い奴リストの読み漁りで目を引いた男だ。国への忠義を第一としているようで、過去に遠まわしではあるが勧誘したところ、キッパリ断られたらしい。

 強さとしては少女の足元にも及ばないが、その心の在り方が印象的で記憶に残っていた。

 

「それでも声をかける価値はあります。アダマンタイト級冒険者は、表に出ている者たちの中では最高戦力。例え我々のような神人に及ばずとも、強者の手札は多いに越したことがありません」

 

 ちなみに、蒼の薔薇と朱の雫は危険性ありとして候補から外れている。少女はその理由を知らない……きっちり報告が挙がっているにも関わらず読んでいない。

 しかし、強者という単語に少女の胸が高鳴る。加えて法国も未だに情報を集めきれていないと来た。その人物なら自身の欲求を埋めてくれるのではないかと期待せざるを得ない。

 

 うふうふと変な声を出し始めた少女を尻目に、青年は空を睨む。彼の異常に発達した第六感が、進行方向――あと数kmにまで迫った目的地から発せられている闘気に震えていた。

 青年は右手のみすぼらしい槍を握り締める。上層部からは身元を明らかにせず接触するようにと命じられてはいるが、嫌な予感が付き纏い離れない。

 

 2人は六大神の持ち物だった、転移(テレポーテーション)が記された巻物(スクロール)を持たされている。もしもの際はこれを使えば安全に逃げられるとはいえ、そのような状況に陥るということは、法国の最高戦力ですら抑えられない化け物ということになる。

 青年は自分がこの世界でも札付きの強者であるという事実を自負しているが、驕ることはない。その点だけは、目の前でトリップしている少女から地獄のような調教を受けて矯正されたことに感謝している。

 

 常に最悪を想定し活動する。それは、法国がこれまで力を蓄えてこられた理由の一つだ。かのアダマンタイト級冒険者は、善人だが頭のネジが数本飛んでいるという評判である。腰を痛めている老齢の夫人を胸の前に横たえる形で抱きかかえて助けたこともあれば、安酒を出す酒場で無法者と殴り合いの喧嘩に発展して店主につまみ出される始末。

 

 勧誘の成否がどうであれ、何事も無く終わるよう願うのみである。

 法国の存在理由は人類の存続。決して、争いそのものではない。人が種として在り続けられるのであれば、法国の人間は自身の命をも差し出す。

 他人に理解して欲しいわけでは無い。共感も必要無い。ただ、結果だけが望みなのだ。国家の垣根を越え、未来を願う。

 

 悪しき異形を誅し、確約されることのない明日を想おう。それが青年――スレイン法国六色聖典が漆黒、第一席次"是刺必滅(ぜっしひつめつ)"と、番外席次"絶死絶命"の存在理由なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吸血鬼のイビルアイじゃない。そんな畜生と一緒に居るなんて、やっぱり王国のアダマンタイト級って大したことないのねンベッ」

 

 そう言った絶死絶命は、異様に凹凸が激しい地面へ顔から埋められた。空気がねじ切れる音がした次の瞬間、小さな爆発音とともに彼女は後ろへと弾け飛び、錐揉み回転しながら大地へ突き刺さったのだ。

 

 目の前の……20mほど離れた場所に立つ、白銀の鎧を身に纏った男性。彼は盾を装備した左腕を振り切っている。恐らく、絶死絶命に向かってその盾を投擲し、彼女を吹き飛ばした後ブーメランのように戻っていったのだろう。

 是刺必滅と絶死絶命は、一切反応することが出来なかった。攻撃動作も、飛翔体にも、被弾にも、何もかもにも。瞬きの間ですらない、網膜から脳へ映像情報が送信される合間に、一連の出来事が完結していた。

 不意打ちではある。しかし、決して卑怯ではない。彼は攻撃を秘匿するつもりは無く、ただこちらが反応できなかっただけだ。

 

 報告にあった鈍色の鉄装備とは全く違う。まるで法国が保有している、六大神が着用していたという装備と同等の輝き。剣と盾も含め、この世のものとは思えない意匠が施された究極の一たち。

 

「あな、たは。ぷれいやー様なのですか?」

 

 乾ききった喉を鳴らし、是刺必滅は言葉を紡ぐ。男に表情の変化はない。まるでこの世の何にも興味が無いかのような、無感情な貌のまま、是刺必滅を見つめている。

 

 法国の教育方針的に、絶死絶命の一言は仕方のないものだった。是刺必滅も心中では同様にイビルアイを見下しているが、立場と任務を弁えて口を開かなかっただけだ。

 絶死絶命は戦闘面での頭のキレは素晴らしいが、コミュニケーション能力に若干の難がある。身内には少し甘いが他者……特に弱者へは当たりが強い。イビルアイも個としての実力には目を見張るものが有れど、絶死絶命とは比較にすらならない。

 

 だが、本当に間が悪い。状況的に、目の前の男とイビルアイは同業者以上の仲だ。ブレイン・アングラウスと他の蒼の薔薇のメンバーが見当たらないということは、この2人で件のモンスターの討伐に赴いたことを意味している。

 知人を貶されて気分の良い者はいない。爆速で手が出てきたことに驚きは有れど、無礼を働いたのはこちらである。

 

「いやっ! 先ほどは連れの者が大変失礼いたしました。貴方様にご同行のイビルアイ様におかれましては、何卒ご容赦のほどをお願い申し上げたく」

 

 まずは謝罪だ。是刺必滅は右手の槍を落とし、地面と上半身が平行になるよう深く頭を下げる。

 追撃は無い。10秒ほど体制を維持したのち頭を上げるが、男の貌に表情は戻らない。絶死絶命への興味を失っているのか、ただただ是刺必滅の瞳を彼の眼差しが射貫き続けている。

 

 空気の軋む音と自身の拍動のみが、是刺必滅の鼓膜を揺らす。殺意も怒りも無い、ただ純粋な闘気。質量を持っているのかと錯覚してしまうほど強大なソレは、今すぐ逃げだしたいと彼の本能に語り掛けている。

 

 是刺必滅は脳をフル回転させて次の言葉を模索する。既に下手を打っている手前、勧誘など不可能だ。なんとか溜飲を下げてもらい、次のチャンスを掴み取るほかない。

 

「べっ――」

「名乗って消えろ」

 

 別の機会に、お詫びも兼ねてどうかお話を。言葉を発そうとした瞬間、釘を刺された。

 選択の余地はない。今この場で殺されないだけマシであり、生きていれば何とでもなる。是刺必滅は、自身の頭が思考を放棄し始めたことを自覚した。

 

「……スレイン法国が六色聖典。漆黒聖典第一席次、スアーヴィス・リケリット・エルヴィスと申します」

 

 男の言葉に背き、情報を偽ることは出来る。しかし仮に彼がこちらのことを知っていたり、今後知るようなことがあればスレイン法国への信頼は地に堕ちる。……既に底を叩いているかも知れないが、これ以上の失礼は避けるべきだ。

 是刺必滅――スアーヴィスの言葉に、男は「ふーん」とだけ漏らす。そしてすぐに、後ろで埋まったまま両足をピクつかせている絶死絶命へと目を向けた。

 

「彼女は私と同じく漆黒聖典に所属する、番外席次のアンティリーネ・ヘラン・フーシェでございます」

 

 アンティリーネの紹介まで済ませたところで、スアーヴィスは自身の両肩から重みが消え失せたことを実感した。

 2人の情報は法国の中でも最重要機密。国が滅んだとしても隠し通さねばならない人類の最終兵器なのだ。そんな爆弾を曝け出した今、スアーヴィスが恐れるものは何もなくなった訳である。

 

「あっそ」

 

 そして、本当に興味が全てなくなったのだろう。男は2人に踵を返し、彼の後ろでペタンと腰を下ろしているイビルアイのもとへ歩み寄っていく。

 ほんの一瞬、彼がぷれいやーであるか再度確認しようかという邪な考えがスアーヴィスの脳裏をよぎったが、辛うじて息をしている理性が何とか押し留めた。

 

 スアーヴィスは再度深く頭を下げ、失礼しますと述べ落ちた槍を拾う。一刻も早くこの場を離れ、法国に帰り、熱い湯船に浸かりたい。そのまま溶けて消えたい。

 後ろで地面に突き刺さったままのアンティリーネを引き抜き、左肩へと担ぐ。その際チラリと男の方へ視線だけ向けてみると、どうやらイビルアイをあやしているようだった。先ほどの闘気を、スアーヴィスよりも近い距離で受け泣いてしまったのだろう。

 その気持ちは、スアーヴィスも痛いほどよく解る。立場が無ければ、大声を上げて泣きたかった。

 

 スアーヴィスの僅かな視線にすら気が付いたのか、男が首をこちらに向けた。恐ろしくなり、スアーヴィスは男の表情を確認する前にこの場を離脱する。

 

 正体不明のモンスター、討伐不明。新進気鋭のアダマンタイト級冒険者、勧誘失敗。しかもぷれいやーの可能性があったが、第一印象最悪。こちらの情報、全て露呈。

 恐らく、スレイン法国建国以来の大失態だろう。何故か逆に誇らしく思えてくるほどには、スアーヴィスの心は疲弊していた。

 

 スアーヴィスの頬に触れるアンティリーネの衣服。どういう訳か湿気っていて、スアーヴィスの鼻を妙な臭いがツンと刺激した。

 アンティリーネは、スアーヴィスの背中側に上半身を垂れる形で担がれている。つまるところ、スアーヴィスの顔付近に有る部分は――

 

「ばっちいなぁ」

 

 踏んだり蹴ったりである。スアーヴィスは目尻に涙を滲ませながら、煤けた背中を晒していた。

 

 




「ギルちゃん/ギルガメッシュ」
FF14の"事件屋"クエスト群で登場する武人。いち登場人物だけではなく、討伐戦(ボス戦)も用意されている。その際のバトルエリアはグリフィン大橋であり、某名BGMもキチンと流れる。光の戦士とは友達。
相棒は緑色の鶏 エンキドゥ。

「鏡像世界」
光の戦士が住んでいた惑星ハイデリンが"原初世界"と呼ばれ、それと対になる計十三の世界。既に七つの鏡像世界は大きな災害で滅亡し、原初世界と統合されてしまっている。
雑に言えばコピー世界だが、それぞれ何千年も異なる発展を遂げているため、実際は別世界に近い。

「神の紛い者」
とある宗教国家で教皇、つまり元首を務めていた男。正しく善人であり、自身の国をより良くするため必死に足掻いていた。
しかしその信念自体が歪んでいて、自身が唯一神と成ることで国家を永遠のものにしようと企てる。光の戦士により、全てを打ち砕かれた。

「盾を投擲/シールドロブ」
ナイトと剣術士のウェポンスキル。盾を投擲して、対象に遠隔物理攻撃。指定範囲は自分から20m以内。
FF14では敵視アップ効果があるが、本作ではオミットされている。
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