【CLATTANOIA】黄昏の超越者(オーバーロード)‐ファイナルファンタジーXIV‐   作:ウルトラナポリタン

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第16話 ブレイン・アングラウス

 

 

 エ・ランテル近郊での依頼が終わって1か月。リクからの連絡は特に無く、依頼とブレインの鍛錬をこなす日々が続いている。

 ちなみに例の依頼については、依頼者が遺体で発見されたため取り消しになった。リクによって殺されたかと考えていたが、教会の医者の見立てでは病死である点、殺したのであれば証拠を残すのは余計である点から、恐らく既に死んでいたことを利用したのだろう。

 光の戦士の知らない魔法で病殺したという線もあるが――まぁ、これ以上は邪推だろう。光の戦士にできるのは、その貴族が苦しまずに逝ったことを祈るだけだ。

 

 ちなみに、律儀に前金は支払われていたそうで、それはまるっと光の戦士の懐に入ってきた。依頼者への調査不足や、1週間以上アダマンタイト級冒険者を拘束したという事実には変わりない。組合なりのケジメだろう。ただ金には困っていないので、死んだという調査員の家族への支払いに充てて貰うことになった。

 

「はああああぁぁああっ!」

 

 余計なことを考えていると、刀を握ったブレインが光の戦士へ斬りかかる。光の戦士がブレインの領域内に侵入したので正しくは彼の迎撃なのだが、些末なことはどうでもいい。

 左の腰から右肩までを斬り飛ばそうとする左逆袈裟斬り。並みの戦士では視認すら不可能な超高速の居合斬りは、まさしく必殺と呼んで差し支えないだろう。

 

「ガッ」

 

 だがそれは並の戦士に対してだ。光の戦士からすれば止まって見える凡庸なもの。仮に体へ直撃したとしても、薄皮一枚を針で罫書く程度の傷しか出来ない。

 光の戦士は切っ先を右人差し指で受け止め、空いた左手でブレインの脳天に拳を落とす。彼は視界外からの一撃を避けることが出来ずに直撃した。

 いつもならこれで終わりだ。居合の筋は良く日に日に鋭さが増しているとはいえ、光の戦士が求めるレベルには未だ達していない。彼には"その次"へと自分自身で到達してもらわなければならないのだ。

 

 ブレインの頭があった位置に残った拳を収め、今日の昼飯は何にしようかと思考を移した瞬間、光の戦士の本能が警鐘を鳴らす。まだ終わっていない、敵は生きている。――生命が脅かされると、背筋に冷たいナニカが奔った。

 

 殴った左手の違和感。当然手加減しているので殴り心地など気にしていなかったが、先ほどはいつもの感触と違った。

 上から振り下ろしたので、当然下へとベクトルが向く。ブレインの防御力程度では光の戦士の拳を押し返すことは出来ないので、意図して手を止めない限り振り切るかたちになる。

 しかし手はその場に残った。別の力に反発されたためだ。

 

 武技・重要塞。光の戦士が未だ習得できていない、この世界における戦士職のアディショナルスキル。

 

「返しっ――」

 

 頭を深く下げ、腰を落としたブレインが呟く。放たれていたはずの刀が左腰の鞘へ戻っている。

 光の戦士の知覚の外で、ブレインは虎視眈々と狙っていた。このほんの僅かな隙、光の戦士が注意を逸らすタイミングを、ブレインは息を潜ませ待っていた。

 殺意も闘志も無い。ただ、光の戦士に一矢報いようと――

 

「神閃!」

 

 ブレインの刃が再度閃く。

 光の戦士は何も教えていない。ただいつも、ブレインを一撃でノしていただけだ。

 "レベルアップ"とは、すなわち成長を意味する。己の持つ実力と才能を知り、磨き、高め、表現するものである。内に秘めたる力を引き出す儀。全ての存在に、植物や単細胞生物ですら等しく天から与えられた、自身の殻を突き破ることができる権利。

 

 

「成ったか、ブレイン・アングラウス――!」

 

 

 光の戦士は、愛弟子の羽化に狂喜する。

 そうだ、居合は迎撃に特化した戦闘スタイル。攻めることも勿論可能だが、後の先で動作稼働により無防備な相手を斬り捨てる方が圧倒的なアドバンテージを得ることが出来る。

 体捌きに依って手口を隠し、鞘離れの性質上切っ先が鯉口を切る際には既に刃が相手に届いている最短距離の振付。先動作を相手に譲り、それでもお前を先に殺すという圧倒的な胆力と覚悟。

 

 だがその次は? 必殺の一撃をいなされた後は、見事と称賛して笑いながら殺されるのか?

 あの時のブレインはそうだったのかもしれない。しかし、彼は辿り着いた。一回で駄目なら二回同じことをすれば良い。至極単純な答えであり、同時に素晴らしい答えでもある。

 

 侍の極意。光の戦士ですら、レベル70を超えなければ到達が叶わなかった秘奥。

 しかもこれは少し違う。燕返しは全身の記憶を呼び起こして、"全く同じ"居合術を無理矢理再現するものだ。この世界であれば戦技・即応反射の最上位とも言える。

 だがこの一撃は、鋭さが段違いだ。先ほどの一撃よりも、遥かに強く込められた圧倒的な闘気。仮に光の戦士が本来の装備であったとしても、頸に直撃すれば薄皮一枚の下、動脈を掻き斬られる――!

 

 光の戦士は、頸を庇うように右手を宛がう。不意打ちとは言え本来の身体能力の違いから十分に間に合う防御行動だったが、これ以上ブレインに隠し玉があれば対応できない。

 防御アビリティも無駄。肉体の強度が上がっても、人体の弱点はそのままだ。微細な切傷であっても血管に傷が付けば出血する。

 

 ウンバス製の小手と、ブレインの刀がぶつかり合う。耳障りな擦過音を撒き散らしながら、切っ先は逸れ光の戦士の右頬に薄い傷を刻んで振り抜かれた。

 

「届かない、よな……ぁっ!」

 

 ブレイン渾身の一撃は、光の戦士のHPを10ほど削るに留まった。しかし現実はゲームなどではない。当たり所が悪ければ、いかに強者であっても致命傷足り得る。

 すべての力を使い切ったからか、ブレインは両膝から崩れ落ちる。うつ伏せで地面へ倒伏し、気を失っても、彼は右手から刀を離すことはなかった。

 

 彼に鍛錬を付けるようになってはや2か月。やはり異常と呼べる成長速度と久方ぶりの命の危機に、光の戦士は額に冷や汗を浮かべていた。

 

 

 

 恒例の鍛錬場所になっていた王都近くの廃村から場所を移して、いつもの宿の自室。光の戦士はブレインの飛躍を祝って、少々高めのワインを開けて酒盛りを開催していた。

 目を覚ましたブレインは初め、信じられていなかったのか呆然としていたが、光の戦士の騒ぎっぷりを見て自然と笑顔になっていった。

 

 あの返しの一撃、本当に見事だった。光の戦士がブレインほどの強さのころは、蜂やらサソリやらにずっといじめられていた。修めていた技も少なく、怒り狂ったモンスターに簡単に殺されたものだ。そう考えるとあまりにも優秀である。

 

「旦那にもそんな時代があったんだな」

 

 グラスを傾けながらブレインは茶化すように言う。

 当然だ。産まれた瞬間から強いものなど存在しない。強くあれと造られたとしても、何かしらが不完全なのだ。光の戦士も、冒険者を志してからまともに戦えるようになるまで10年ほどの鍛錬を要した。

 

 その点を比較するのであれば、才能はブレインの方が優れているように見える。世界の理が異なっているとはいえ、彼は光の戦士では辿り着けなかった境地に居るのだ。

 しかし、光の戦士の頭がそれを否定している。ブレインは確かに才能が有るが、自身を上回っているようには感じられない。明らかに別の何かに後押しされている。

 

 以前の急激なレベルアップ、飲み込みの速さ、そして技を昇華させる独創性。

 これらを可能とする外的要因。その要因を自分のものに出来る特殊技能と言えば――

 

「タレントねぇ」

 

 ブレインは光の戦士の言葉に反応する。飲み干して空いたグラスをサイドテーブルへと置き、右手を顎に当てて唸った。

 

「確かに、自分では実感したことはないが、同時に扱える武技の数が多いと言われたことはある。そういう才能だと思っていたんだが……」

 

 集中力とは、武技の使用にあたり消費するリソースだ。魔力(MP)の似たものだと考えていたが、どうもゲージの類ではなく、弾丸のようなストックに近しいものらしい。

 ……職業だの、ストックだの、レベルキャップだの。聞けば聞くほどまるでゲームのようだ。エオルゼアですら、その辺りは上手く整合性が取れていた。

 

 生来技能(タレント)にしても同じである。才能とは少し違う気がするのだ。タレントは血縁由来で遺伝するものではなく、突然変異として表れる。本人の才能も関係無い。

 言ってしまえば闇鍋のガチャだ。意味不明なものから国が保護するレベルの神引きまで、無限にある中から一つ抽選。割に合わない。クソ運営過ぎる。

 

 それはともかく、タレントは第三位階で有無が、第四位階魔法で詳細がわかるらしい。依頼にはそれなりに金を積まなければならないが、金ならある。折を見て頼んでみることにしよう。

 光の戦士も試してみたいが、藪蛇になりそうなので我慢なのだ。

 

「そういや、王国で4番目のアダマンタイト級冒険者のチームが産まれたらしいぜ」

 

 この話はこれで終わり。ブレインはその雰囲気を察し、光の戦士の分のおかわりを注ぎながら話題を変える。ほのかに頬が赤くなっており、運動後のアルコールが染みわたっているようで何よりだ。

 

 なお、その新たなアダマンタイト級チームについては初耳である。最近は意図して依頼とブレインの鍛錬以外は引きこもっていたので仕方ないが。

 それでも暇なときは外を出歩いているブレインから情報を共有して貰っていたので、そういうことはつまり。

 

「ああ。もちろん内定自体は少し前からだろうが、正式に発表されたのはつい昨日だ」

 

 なるほど……しかし、同じランクの冒険者にはあらかじめ周知していても良いのではないかと思った光の戦士。リンクシェルの無いこの世界で情報の共有を徹底しろというのは難しいが、光の戦士はほぼ毎日組合には顔を出している。リードとの関係値もあるので、こっそりでも教えて欲しかった。

 

 だがまぁ、ブレインがこのタイミングで言っているということは、大方いつも通り商人から聞いたのだろう。ブレインは意外にも、買い物が趣味なのだ。いつも鍛錬の前には開店直後の市場に向かい、マジックアイテムやらポーションやら酒やらを買い漁っている。おかげで、この1か月半で彼の部屋は足の踏み場も無い状態だ。

 当然、王都にやって来たばかりの商人と会う機会も多い。彼の素晴らしい情報網は、ほぼそこに集約している。

 

 そんな判り切ったことをわざわざ聞く必要も無いだろう。ブレインを見やるとニヤニヤとドヤ顔だ。

 

 しかし、そんな有力な冒険者がオリハルコン級に居ただろうか。光の戦士が言うのもなんだが、オリハルコン級とアダマンタイト級では実力が離れすぎている。

 今後に期待大な人物は何人かいたが、それでもチームでの総合力で見ると物足りないのである。

 

「ああ、それは――」

「エ・ランテルを拠点に活動している2人組、"漆黒"だ。大剣の二刀戦士であるモモンと、第四位階まで行使可能な魔力系魔法詠唱者ナーベという、いかにもな組み合わせだな」

 

 どこか得意げな様子のブレインを遮ったのは、まさかの……というより、またかよな人物。かの偉大なアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇の一員、仮面の魔法詠唱者・イビルアイだ。

 本当に何故ここに居るのか、光の戦士にもサッパリ分からない。この場どころか、今朝のブレインとの鍛錬にも、いやこの1か月の半分は顔を見ている気がしていた。

 

 チクチクと痛む眉間を右手の親指と人差し指で揉みながら、光の戦士は彼女の確認を取る。なんで居るの? と。

 

「あっあっあっ」

 

 だがイビルアイは光の戦士の言葉に、いつものように吃音気味に詰まるのみ。先ほどまでの威厳たっぷりな佇まいは、果たして何処に行ってしまったのか。

 器用に仮面の下側のみずらし、両手で正しく割れ物を扱うかのように大事に大事にワイングラスを包み込んでいる。光の戦士もブレインも我々の酒を飲むことを許可した覚えはないが、彼女はいつもシレっと酒を飲んでいる。

 

 本当に意味不明である。確かにあの時、リクからの不意打ちから助けはしたが、その程度で靡くとは考えられない。チョロ過ぎもここまで来ると恐怖なのだ。

 

「えー」

 

 ブレインは、最早見慣れたいつもの光景に言葉も無いようである。ペチンと額を叩き、決してこちらに視線を向けないよう、細心の注意を払いながら椅子から立ち上がった。

 

「じゃっ、俺は買い物してくるわ」

 

 

「は?」

 

 

 グラスの残りを煽り、優しくサイドテーブルへ置いたブレインは、ビシッと左手でアデューサインを決めて足早にドアへと向かう。

 逃がすか。光の戦士は己の身体能力をフル稼働させブレインの退室を拒むために腰を上げようとするが、なんと彼の動きは光の戦士を上回った。

 

 ギィバタン。無慈悲にも、光速と見紛うかのようなスピードでドアが閉まる。光の戦士は、久方ぶりに個人に対して本物の殺意を抱いた。

 

「……」

 

 残されたのは間抜け面の光の戦士と、ひたすらワイングラスを回し続けるイビルアイのみ。

 光の戦士は、そのままバターになって消えたかった。

 

 

 

♦♦

 

 

 

「オイオイオイオイ、なんだよあの嬢ちゃん。シャンとしてくれよマジで」

 

 死地を脱したブレイン・アングラウスは、止まり木にしている宿から一刻も早く遠ざかろうと歩み続ける。激甘と激辛が同時に存在したあの部屋は、真に激戦地である。

 

 ブレインはイビルアイについて、尊敬するあの男から詳細を聞いている。人ではないことも、彼が故郷へ戻るための大切な繋がりであることも。

 1か月前の怪しい依頼に同行し、リク・アガネイアというキーマンと彼と共に接触した。イビルアイとリクは知り合いだったらしく、今もこうしてリクとのメッセンジャーという名目で付き纏っているのである。

 

 惚れている。

 恋愛に関して全く理解の無いブレインでさえ、イビルアイの感情を理解できた。彼も当然解っているだろうが、意図してシラを切っているようだった。

 いずれ自分の世界に帰るつもりであり、それは当然だ。だがあそこまでぞんざいに扱わなくても良いのではないのだろうか。

 まるで子供の恋愛ごっこ。同じ空間に居ると、こちらの脳がどうにかなりそうだ。あまりにもイカれた空気に、命懸けで退室したブレインは何も悪くないだろう。

 

 とはいえ宿を飛び出したのは良いものの、今後の予定は何もない。

 今日は元々鍛錬後に依頼を受けるつもりだったのだが、ブレインの成長を祝して酒を飲んだ。ここまでアルコールに浸ってしまうと、流石に組合へ顔を出さないだろう。

 彼は酷くイカれているが、変に常識はちゃんと有る。……その全てが自分本位であるということに目を瞑れば、だが。

 

 さて、これから何をしようか。あの2人は恐らく、しばらく無言を貫いた後に彼が耐え切れなくなって、変に律儀な彼が音頭を取り一緒に外出するはずだ。そこまで考えた上での脱走だったのだ。

 しかし生憎の空模様である。あと1時間もすれば、本格的に降り始めそうだ。華のあるデートにはなりそうも無く、イビルアイに同情するブレイン。

 

 それはそれとして、このまま市場へ行って商品を漁るのは良いが、それでも1日は潰せない。3時間はブラブラ出来るとして――その後はどうしようか。

 王都の土地勘の無いブレインは、脳のリソースを総動員して考える。暇とは何物にも代え難い苦痛なのだ。

 

「……ん?」

 

 しかし、ブレインのそんな思惑は吹き飛ぶことになる。

 歩いていたブレインの背後、それこそ刀の間合いからほんの少し外れた距離から聞こえた疑問詩。言葉でもなんでもない相槌のようなものだったが、ブレインの頭を揺らすには事足りる衝撃だった。

 

「アングラウス……ブレイン・アングラウスか?」

 

 そして、脳の真髄にまで響く声。あまりの衝撃に、ブレインは貧血で倒れそうになる。グラリと揺れた身体を大樹のような両脚でなんとか押し留め、息を止め意を決して振り返る。

 

 鍛え上げられた肉体、短く刈り揃えられた黒髪に黒の瞳。左腰には幅広な剣が佩かれており、右の脇には紺色のローブが抱えられている。恐らく、空模様を読んで持参したのだろう。

 

 8年前から何も変わっていない。確かに容姿に多少の変化は有るが、纏う雰囲気に一切の陰りは無い。全てを包み込んでしまうような圧倒的安心感、相対した瞬間戦う気力が消え失せる存在感。

 それは彼と出会った今でも、ブレインに全く同じイメージを植え付けている。

 

「ガゼフ、ストロノーフ」

 

 まさかの邂逅。いや、王都に拠点がある今、いつか巡り合うだろうと思っていた自分がいた。

 

 

 

「まさかこんな形で再会するとはな」

 

 あの後、ガゼフは有無を言わさずブレインを自宅へと招き込んだ。

 

 なんでも今日は非番だと言う。右手を引かれて為すがままであったブレインだったが、特に予定も無い。ガゼフはブレインを食卓の椅子へ押し込み、外では気付かなかったガゼフが左手で握っていたバスケットからいくつもの料理を取り出して並べていく。封がされた容器からはシチュー、拳ほどもある大きなバゲット、大量の香辛料がまぶされたサラダに、クタクタに煮つけられた海魚、そして麦酒。

 どれもこれも味の濃いものばかりだ。酒の当てには丁度良いが、この量は流石に多すぎる。

 

「お前、俺が居なかったら1人で食いきるつもりだったのか?」

 

 謝辞よりも先に問うのは仕方がないだろう。流石のブレインも、単独では胃袋に納めきれない物量である。

 

「身体が資本だからな! ……うちの召使いは歳がいっているからか、味付けが薄くてかなわん。たまにこうして家に戻っても修行者が食うメシしか出てこない故、このザマだ」

「ということは、その健康食は明日の朝飯か?」

 

 ブレインの揶揄に対して、ガゼフは笑って答える。つまりはそういうことなのだろう。

 

「そら、飲んだ飲んだ」

 

 料理の配膳を終えたガゼフがブレインの目の前に置かれた木製の椀へと酒を注ぐ。六分ほどまで注がれたところでブレインは返そうとガゼフが持つ瓶を奪おうとするが、目にも止まらぬ速さで引っ込められ叶わなかった。

 

 椀を打ち合わせる事は無い。ガゼフもそれを望んでいると悟り、ブレインは椀を口へと運ぶ。いつも宿で飲んでいる安酒とは違う、芳醇な香ばしさと強い喉越しが感じられる素晴らしいものだった。

 

「で……順調か?」

 

 互いに飲み干し、それぞれが自身へ注ぎ終わったところで、ガゼフは切り込んでくる。ブレインは全く気付かなかったが、ガゼフは既にシチューとサラダを数口食べているようだった。

 

「それなりにな。依頼はかなりこなしたし、未達成ゼロだ。何も文句は無いだろうよ」

 

 冒険者の活動は王家へ直接報告が上げられる。その直属であるガゼフは当然、暁の働きを知っているはずだ。それでもブレインに尋ねたのは、彼なりの話題作りだろう。

 ブレインにとって、それが何より嬉しかった。かつて剣を結び、あの一瞬だけであっても高め合った存在が自分を覚えていたのだ。

 

「そう言うアンタはどうなんだ。戦士長ってのはやっぱり、こう、頭を下げるのか?」

「勿論それもあるが、基本的には王家の身の回りの警備がメインだ。貴族と面と向かうことは稀だな」

「……平民の出っていうのはそういうものか」

「そういうものだ。文句も不満も無いが、主人がその配下に詰められている姿はいつまで経っても慣れん」

 

 気づけば麦酒の瓶が1本空いてしまっている。ガゼフはいそいそとバスケットからおかわりを取り出し、空いた自身の椀になみなみと注いだ。

 そう強くもないのだろう。貴族が聞いていれば即斬首ものな話に、ブレインは苦笑する。

 

「8年前、お前と交わした剣戟を忘れる事は無い。今でも鮮明に、あの時の光景を思い出す。俺もお前と同じで負け無しだったが、勝利と敗北を同時に確信したのは、今生でアレが最初で最後だろう」

「だがお前は奥義を……四光連斬を隠していた。早々に披露していれば、俺はその瞬間に負けていた」

「そんなことは無い。お前の力量なら、疲労無しであれば通用するとは思えなかった。互いに他の技を出し切り、次が最後であると認識していたからこそ、誰も知らない俺だけの技が通ったのだ」

「わからん殺し、っていうやつか」

 

 思わず、あの男がたまに漏らす言葉が出る。彼はブレインの知らないことわざをよく使うのだ。間抜けな語感で頭に残り、意味は解らないが言いたいことは通じるという奇妙な言葉が多い。

 ガゼフも案の定、一瞬きょとんとした顔を見せたが、ブレインの感想が伝わったのか遅れて口を大きく開けて腹から笑い出した。

 

「わからん殺し! 良い表現だ、俺も仲間との酒の席で使わせて貰おう」

 

 すまねぇ旦那と、ブレインは心中で謝罪する。ただでさえ奇天烈な巷での評判がさらに加速しそうだ。

 

「件の御仁の話は王宮にも届いている。パーティとソロ双方でギガント・バジリスクの討伐、マンティコアの群れを撃滅、エ・ランテルのアンデッド騒動を終息させ――とある野盗団を全滅させたとな」

 

 ガゼフの穏やかだった瞳が、野獣の如き光を取り戻す。部屋の温度が数度下がったかのように、ブレインは錯覚した。

 知っていて当然だ。死を撒く剣団は、王国の膿だった。ブレインの存在は外部に漏れないよう徹底して隠されていたが、ブレインが表舞台に出だしたのはその一件が片付いた直後である。

 加えて、剣と刀の傷の違いは、知見のある者には分かる。ガゼフほどの人間であれば一目瞭然だろう。あの頃斬った人間は可能な限り回収して埋めたが、全てとは言い切れない。ほんの僅かだが生存者も居るので、証言も有るはずだ。

 

「率直に聞こう。お前は、罪無き人々を斬ったか?」

「ああ。大勢斬った」

 

 ガゼフの問いに、ブレインは反射で即答した。ブレインは、あの男と約束したのだ。

 死んで逝った奴らは戻らない、流した涙は乾かない。起きた事は返らない。過去を変えることはできない。犯した罪が、真に雪がれることは有り得ないと。

 課される罰と、抱く罪悪感は別物だ。罪への意識が芽生えた瞬間、一生を掛けても消えることが無い悔悟が産まれる。

 

 しかし――そう。だからこそ、ブレイン・アングラウスは"選択"した。より過酷で、逃げることが許されない道を。腹を切るのは全てが終わってからでいい。死んで赦しを求めるのではなく、闘争の果て、苦しみもがきながら、無念のまま死ぬべきなのだ。

 

 罪の意識が道を決めてはならない。それが罪人の見苦しいエゴであったとしても、ブレインは道を決めて罪を背負う。

 

「俺は決めたんだ。力を付け、己を磨き、多くの人を救う。法が俺を裁くのなら抵抗はしない。だがそれまでは――戦い続けるんだ」

 

 今この場でガゼフがブレインを捕らえるならば、それに従おう。不覚のまま身柄を押さえられたことに対して憤りも無い。全ては、ブレインのせいなのだ。

 

「……そうか」

 

 しかしガゼフが動くことは無い。ブレインの言葉を聞き、彼は深く息を吸って酒をグビリと飲む。

 

「実のところ、明確な証拠は無い。数は少ないとはいえ刀は市場に出回っているし、生存者の証言も犯人の具体的な特徴を記した物が挙がっていない。今のお前は酒を飲んで酔っていて、俺の言葉に誘導されたに過ぎん」

「ストロノーフ……」

「俺はお前を許せない。我が王の庇護する民を斬り捨てた。その愚行は、償わなければならない。だが……お前は、誓ったんだろう? より多くの人々を護ると」

 

 ブレインの目じりに涙が浮かぶ。あの男を除いて、自分のことを考えてくれる人間は居なかった。それが憎しみであっても、他人から向けられる感情が愛おしい。

 

「お前が走り切ったその時、腹を切れ。介錯は俺が務めよう。そして――大罪人であり英雄のブレイン・アングラウスとして、死んでくれ」

 

 ガゼフの微笑みは、まるで父のようだった。越えるべき壁であり、憎きライバルであり、誇らしい戦士。きっとこの先永遠に、ガゼフに敵うことは無いだろう。それでも、一方的であっても、彼を友と呼びたかった。

 

「ありがとう、ストロノーフ……」

「おいおい良い歳してなく奴があるか! ほらもっと飲め、まだまだ酒は有るぞ! あと、俺のことはガゼフと呼べ」

「ありがとう、ガゼフ……」

「泣き上戸か、ブレイン……まったく」

 

 思いがけない再会、思いがけない友。

 ブレインは次々と注がれる酒をひたすらに飲み干しながら、冷え始めた料理に舌鼓を打った。

 

 




「燕返し」
侍のアビリティ、レベル74で習得。直前に実行した、彼岸花以外の居合術を再発動する。この際、居合術のキャストタイムは発生せず即座に発動される。

「居合術」
侍のウェポンスキル。自身に付与されている、独自リソースである"閃"の数に応じた居合術を発動する。キャストタイムは1.3秒。閃は"雪""月""花"の三種類(順不同)であり、居合術も三種類。
閃一つは、単体に継続ダメージ(DoT)を付与する"彼岸花"。閃二つは、円形範囲攻撃である"天下五剣"。閃三つは、単体に大ダメージを与える"乱れ雪月花"。
ちなみに、FF14では基本的に敵が3体以上いる場合は、単体よりも範囲攻撃の方がダメージ効率が良いように威力が設計されている。

「ソイル」
タンクロールであるガンブレイカー特有のリソース。特殊なカートリッジに魔力を込め、引き金を引くことで一気に解放して、刀身より魔法的効果を発揮する。剣のような刀身に、銃のようなグリップを併せ持った奇妙な武器を使う。
そのカートリッジがソイルであり、通常6発装填される。ゲーム中では最大3発で描写。

「蜂やらサソリやら/カルン埋没寺院、カッターズクライ」
正しくは"遺跡探索カルン埋没寺院"と"流砂迷宮カッターズクライ"。パッチ2.0で初期実装されている4人PT用インスタンスダンジョン。
前者はタンクですら即死する一撃を放つクソ蜂、後者はボス戦の際ヒーラーが雑魚敵をトレインして走り回るという、当時からプレイしていたヒカセン達には思い出深いダンジョン。
どちらも35~38レベルが突入適正である。

「リンクシェル」
エオルゼアで一般的に使用されている、貝殻型の通信機。個別通話も、サーバーによる複数人通話も可能。FF14では(筆者が調べた範囲では)詳細な設定が出ていない。
FF11ではリンクシェルにリンクパールと言う真珠型のアイテムをセットすることで、接続するサーバーを切り替えられた。
ちなみに、FF14でこれらを使用した通話エモートの名は"リンクパール通信"である。
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