【CLATTANOIA】黄昏の超越者(オーバーロード)‐ファイナルファンタジーXIV‐ 作:ウルトラナポリタン
「皆さん! ようこそお越しくださいました!」
日が沈み、街はすっかり寝静まった頃。光の戦士はブレインを伴って、市場の外れにある衛兵の訓練所を訪れていた。
そんな2人を出迎えたのは、犬の尻尾を幻視してしまいそうになるほどに大きく手を振るクライムである。こちらに向かってくる彼の背後には多くの衛兵――事前に聞いた限りでは戦士と呼ばれる精鋭――たちと元冒険者たち、そしてフル装備を纏ったガガーラン、ティアとティナだ。
ここに集められた者たちは主に3方面へ対応する。蒼の薔薇の3人は市場に巣くうという窃盗部門と金融部門、クライムとブレインは高級娼館にて会合が行われるらしい密輸部門を、それぞれが担当する。この場に居る他の者たちもこの2組を筆頭に割り振られる。コッコドールとサキュロントが殺されて間もない。首脳たちにはは六腕の護衛が予想され、予断は許されない。
それはそれとして、光の戦士の担当は麻薬部門である。もちろん1人だ。麻薬部門トップのヒルマ・シュグネウスは特に裏社会に精通したやり手であり、光の戦士には得難い貴重な情報を持っている可能性がある。
彼女は是非捕まえていろいろとお話を聞いてみたいものである。ガガーランとここにはいないイビルアイからの後押しもあり、受理されることになった。
「よう、クライム」
立ち止り、シュグネウスとどうやって仲良くなろうかと光の戦士が考えていると、ブレインはクライムへと歩み寄り人懐こくも獰猛な笑みを見せる。
セバスとの一件があった後、宿でブレインと情報共有を行った。光の戦士が反射で手を出しそうになるほどの濃厚な殺気を放つセバス、それに耐えきった少年の話もだ。境遇と相手こそ違えど、ブレインも光の戦士の圧力に屈さなかった男だ。当然気になるだろう。
昨日の会合の場では満足に言葉を交わせていなかった。クライムもブレインの事をよく知っているのか、仰々しく頭を下げる。
「アングラウス殿、この度はよろしくお願いいたします!」
「おいおい畏まらないでくれ! 前衛同士で相性は微妙だが、その点に関しては俺に一日の長がある。君の立場上こういう組み合わせが多いだろ? 参考になる点は多いと思うぜ」
「はい! あのストロノーフ殿と切り結ぶことが出来る強さ、是非とも!」
「俺のことはブレインで良い。よろしく頼むぜ、クライム」
握手を交わすブレインとクライム。
イビルアイによればクライムの実力は金級相当らしいが……限界とは、他人が決めるものではない。生命活動が停止するその瞬間まで終わりではない。
人はどこまでも強く在れる。クライムが何のために強くなろうと足掻いているか分からないが、光の戦士は、その道に幸あることを願うのみである。
「本当に一人で良いのか? 男前」
男同士の友情の芽生えを眺めていると、彼らの横を通って近づいてきたガガーランに声を掛けられる。
今回の単独行動についてだろう。八本指の背後に何があるかは不明だが、不測の事態に陥った場合、光の戦士一人の方が動きやすい。もちろん光の戦士を上回るナニかと相対する可能性があるが……そうなると、ブレインが1000人いても無駄だ。
光の戦士は片手を挙げて適当に回答する。そして何かあったら助けてくれるのかと尋ねると、ガガーランは大量の冷や汗を流しながらそそくさと去っていった。素晴らしい危機管理能力で何よりである。
ティアとティナは話しかけてくる気配はない。嫌われてはいないと思うが、危うきに近寄るべからずといったところか。
……少し不快な、熱い風が頬を撫でる。時節は、エオルゼアで言うところの
エーテルが騒ぎ始めている。禍々しいとも形容できる、所謂嫌な予感だ。今夜何かしら、良からぬことが起きるだろう。
光の戦士は、最後の護衛の顔をダガーで縦に割る。脳まで丁寧に両断されたそれは血だまりへ沈み、もうピクリとも動かない。通って来た通路を振り返ってみれば、数十人の男と女が既に息絶えている。
ここは八本指の麻薬部門、ヒルマ・シュグネウスの本拠地である館だ。レベルシンクを解除し、忍者へとジョブチェンジした光の戦士は堂々と表玄関から潜入、平和ボケした彼女の護衛たちを1人ずつ処分した。
八本指に加担していると断言できない、奴隷として無理やり働かされている可能性がある給仕たちは、気絶させて一部屋に集めている。彼らの沙汰は、王国が下すだろう。しかし、悪意によって私腹を肥やす者たちにはに狩りの戦士は容赦しない。
さて、邪魔者は全て始末した。あとは主役にお話を伺うだけである。
メインフロアの奥にある、二階へとつながる豪奢な会談へと歩を進める光の戦士。あと数歩といったところで、目的地である二階から扉が開く音が響いた。
「畜生!」
女性の声だ。目的のシュグネウスのもので間違いなさそうだが、彼女はこの一瞬で異常事態に気が付いたようである。悲鳴に似たものだったが、聞こえるのは可能な限り丁寧に歩を進める擦り足の音。なるほど、噂通りの女傑というところか。
「あらお客さん? やだわ、おもてなしの準備も出来ていないのに」
艶やかで、脳に直接練り込まれる美声。耐性の無い者であれば、一瞬で骨抜きにされるだろう。可能な限りの体裁を保ちながら、金髪の妙齢の女性が階段を下りてくる。
光の戦士が彼女の外観を目視する前に、彼女は光の戦士を篭絡できる『男』と認識した。その是非はともかく、素晴らしい処世術である。
彼女が次の言葉を紡ぐ前に、光の戦士は右手のダガーをシュグネウスの右太腿へ向けて投擲した。
「ぎゃあああああ!」
まるで出来の悪い小説で見る、見本のような悲鳴だ。刀身にはこの世界の毒が塗られており、不意打ちも相まって実際凄まじい激痛だろう。
ダガーが突き刺さった足を必死にかばいながら、シュグネウスは転倒する。そのまま階段を転げ落ち、光の戦士の足元へと倒れ込んだ。死にはしない。
答えを得られるかは分からないが、シュグネウスには聞きたいことが沢山ある。元々彼女が期待していたように、別室で続きをお願いしよう。
シュグネウスの身体を抱きかかえようとした瞬間――
「――そう、ですか」
聞き覚えのある声。光の戦士の感知には既に反応があったが……まさか、彼が来るとは予想外だった。
「一昨日ぶりだな、元気だったか?」
両の拳を握り締め、光の戦士を悲しげに見つめる男――セバスだ。
♦♦
セバス・チャンは、至高の四十一人が一人、たっち・みーによって創造されたNPCである。
人間種ではなく、竜人。他のNPCたちと同じく異業種であり、人間には一切の情が湧かぬ鉄皮の老紳士。ナザリック地下大墳墓、つまるところ偉大なる御身こそがすべてにおいて優先され、その障害の悉くを排除する忠実なるしもべ。
――その、はずだった。
戯れに救った少女。魂の根底に刻まれた、『弱き者』を救うという何か。ナザリックの意思に背くというのに……彼女を、諦めきれなかった。
「一昨日ぶりだな、元気だったか?」
目の前の敵は、セバスへにこやかに語りかける。
彼の名は、偉大なる御身より要注意人物として挙げられていた。彼に恩を売るというのは非常に危険と理解していながら、あの日、共にツアレのために戦った。
「すこぶる元気でございます」
御身へそのことを伝えた際、特に処罰は無かった。叱責すら、である。今日の八本指摘発において、彼がやってくるというヒルマ・シュグネウスの館への対応を任されただけであった。
何故、彼がこの場に訪れるとわかったのか。それは不要な疑問であり、そもそも疑問に思うこと自体が不敬である。
セバスは、彼の言葉に必死に応対しようとする。一昨日感じた彼の闘気とは一線を画す――濃密な殺気。いや、これは殺気ではない。彼はあくまで自然体であり、セバスがその『在りの侭』を誤認しているだけに過ぎない。気を抜けば気絶してしまいそうになるほどのこの気配は、あくまでセバスがそう思い込んでいるだけだ。
「あー、こんなところに何の用だ? お前には似つかわしくない場所だと思うが」
死は恐れるに値しない。いつでも、御身のため死ぬ覚悟は出来ている。
だが、それでも。
「――――――――――――――その女性を、いただきたく存じます」
「残念だ」
セバスはただの勘で、全力で左へと跳ぶ。それと同時に空気を切り裂く音。彼の左手に握られていたダガーが、はるか後方の館の入り口である扉に突き刺さった音が響いた。
コンマ1秒でも本能が遅れていれば、心臓へと吸い込まれていただろう。速度があるにも関わらず、木製の扉が粉砕されない絶妙な投擲。恐らく毒が塗りこまれており、貫通せず深く突き刺さるまでに留める神技と呼べる力加減。
既に開戦の火蓋は切って落とされている。セバスは次撃に備えなければならない。
しかし彼は無手だ。先日の騎士然とした装備ではなく、どちらが本来の職業かは分からないが、武器を持たない以上少なくとも戦力は落ちている。受けではなく攻めるならば今だ。
セバスは20mほど先に居る彼へと目掛け跳躍しようと
「っあ!」
眼前に迫った右拳を、スウェーの要領で回避する。次は腹部、彼の左拳が肝臓を抉り取ろうとしている。
避けられない。そう判断したセバスは、自由な右肘で急所をカバーする。ギリギリに滑り込ませることに成功したが――受けたことが無いほどの衝撃。自身の骨がきしむ音を聞きながら、床と水平に後ろへと吹き飛ばされた。
セバスは、未だ理解できていない。眼前の男は騎士であり、盗賊であり、そして――モンクでもある。
ユグドラシルで一般に呼称される職業は、最終出力について指している。どのようなビルドパスを結び、結果的に何を目指しているのか。色々な武器を扱うことはできる。しかし、想定されているものと違えば当然拙い。
しかし、目の前の彼は違う。言葉で言い表すことは出来ないが、違うと断言できる。ソードアンドシールドも、双剣も、徒手空拳も、全て本業だ。
「意外と頑丈だな。80ほどだと思って加減しすぎたか」
次が来る。空中で体勢を整え、地に足を付け踏みとどまる。すでに彼は目の前に居る。
右腰を狙ったミドルキック。まともに受ければ、それだけで大きなダメージを受ける。右脚を前へ。遠心力を伴う前の出だしを受け止める。
「ぐぅっ!」
おかしい。どれだけ強大に見積もっても、今の一撃はセバスであれば容易く耐えられる。最大限の注意を払い、竜鱗による物理防御力の底上げも行った。シャルティアの全力ですら弾き返せただろう。
だが、右足が燃えるように熱い。まるで物理防御が意味を成していないような――
「
それも極上。恐らくは、すべてのダメージ計算を終えたのちにパーセンテージ参照される、実質防御無視の追加魔法攻撃。膨大なHPを持つセバスからすれば命に届くほどではないが、身体の内側から焼き尽くされるような感覚は戦闘に大きく支障をきたすだろう。
無視できない痛み、しかし、セバスは怯むことなく彼への反撃を試みる。受けに回ればいずれこちらの体力が尽きる。幸い彼は酷く軽装、敏捷を重視している布装備だ。ダメージトレードを続けられれば勝機はある。
地に支柱とした左足へと力を籠め、右肩を突き出す。肉薄している状態の彼の胸に、勁を発しながら、全体重を乗せて一撃を叩き込む。
まるで七色鋼へ体当たりしているようだ。攻撃したこちらが傷を負いかねないほどに高い防御力。しかし、彼も無敵ではない。
小さなうめき声を上げながら彼から少し力が抜けることが分かる。
好機。セバスは勢いそのまま、全身全霊の気を右拳へと集め、彼の水月へと注ぎ込む。
まるで今が真昼かと見紛うほどに凄まじい炸裂が館内に満ちる。今のセバスが持ち得る最大の一撃を受けた彼は、レールガンのごとき速度で後方へとはじけ飛んだ。
階段のあった館の最奥を突き破り、彼は屋外へと弾き出される。未だに痛みが残る右脚をかばいながら、セバスはほうと大きな息を吐いた。
至高の御方にすら届くであろう渾身の痛打。手ごたえはあった。土煙を眺めるセバスは、必殺を確信している。これで死んでいなければ――
「いい一撃だ、セバス」
――無傷ではない。直撃した胸元には薄く赤い痣が残っている。それでも五体満足で人懐こい笑顔を浮かべる彼は、まるで面白い玩具を見つけたかのような楽しげな声で、
「ダメージは、ゼロですか」
「いや、流石に今のはちょっと痛かった。わざわざ受けるもんじゃねぇな」
やれやれと肩を落とす彼。彼の纏う装備には、一切の欠損も見られない。防御力は辛うじて突破したが、それでも致命的な一撃には遠く及ばなかったのだ。
「意図的に受けたのですね。……嫌味なお方です」
「避けるつもりはなかったが、実際避けられなかったんだって。少しお前のことを舐めすぎてたよ」
「今の隙もあえて?」
「そうだな。けどまぁ、下手したら死んでても可笑しくねぇんだから世話ねぇぜ」
そう。これほどの武人が、あのような隙を晒すなど考えられない。一所懸命だったセバスに気付ける余地はなかったとはいえ、まんまと実力を量られたわけである。
本当に、嫌味な男だ。虚仮にされたというのに、セバスには一切の嫌悪感が湧いていない。むしろ――そう。これほどの男に届きうる一撃を放てた己を、セバスを創造した御方の偉大さが証明されたようで、喜びすらあった。
「一つ、よろしいでしょうか」
息が整ったセバスは、彼へと問いかける。追撃することなく両の腰に手を当てて自然体のままの彼は、顎で続きを促した。
「私は貴方に殺されますか」
「ああ、ここで確実に殺す」
心地の良い即答に、セバスは口をつぐむ。
彼は背後の、何も無いはずの空間を優しく右手で撫でる。まるで父のような、兄のような、優しい笑顔。
「よりにもよってお前がやってきたということは、そういうことだろう。オレが荒事を避けてお前を殺さないと踏んだ誰かの思惑である線が濃い。もしくは一昨日の一件に対する名誉挽回の機会、オレの情報を出来るだけ持ち帰れと命じられているんじゃないか?」
セバスは答えられない。一言一句違ってはいないが、これ以上偉大なる御方と、忠臣たちに迷惑をかけることは出来ない。
――――セバス様
いらぬ感傷だ。この身は全て、至高の四十一人のために存在する。
――――私に温もりをくれた人になら……
いらぬ憂いだ。この魂は全て、ナザリック地下大墳墓のために存在する。
――――私の幸せは、セバス様と一緒のところにあります
「私は、ここで死ぬわけにはいかないのです」
「そうか。死ね」
♦♦
ヤルダバオト。奇抜な仮面で面貌を秘匿する、正体不明の悪魔。赤を基調とし、白い縦ストライプが特徴的なフォーマルなスーツを身に纏っている。
「貴方が――暁の」
こもった声色から感じられるものは、確かな怒気。いや、殺意と呼んでいいだろう。何かしらの制約が無ければ今すぐにでも光の戦士の喉笛を掻っ切りたい。そんな、確かな殺意だ。
大体想像はつくが、光の戦士はそれを言葉にしない。ただこの悪魔が今まさに行動に移そうとしていた凶行を阻止するだけである。
王国城下町を包んだ謎の光壁。対応にあたった者たちは炎と呼んでいたが、あれはダメージを持たない境界のようなものだ。あれが現れた瞬間から、その境界内に大量の悪魔たちが出現した。確証は無いが、光壁の内側に悪魔を召喚する大魔法の可能性がある。
悪魔たちのレベルは5から28ほど。王による勅命で現役冒険者たちも超危険任務として対処に当たっているが、まともに相手が出来るのは蒼の薔薇やブレインくらいだろう。
まぁそれはそれとして、例に漏れず光の戦士も公然と働くことになった。王国民たちを守りながら悪魔たちをシバき倒していたところ、ヤルダバオトと名乗る目の前の悪魔が現れた次第である。
「リ・エスティーゼ王国が要する最高戦力の一人。まさか、お会いできるとは思いませんでした」
仰々しく頭を下げるヤルダバオト。芝居がかった立ち振る舞い、努めて殺気を隠すその自制心。目を見張るものがある。肩に担いでいたウンバスのロングソードを納刀し、光の戦士もまた高らかに名乗りを上げる。
「……っ」
そんな光の戦士を見て、ヤルダバオトの殺気がわずかに漏れる。わざと挑発しているので当然だが。トサカに来ているようで何よりである。
「……しかし、少々遅かったようですね。もう取り返しのつかないほどに犠牲が出たようですが」
それで煽っているつもりだろうか。光の戦士は課された任務を忠実に遂行した。王国民の犠牲や、宝物庫の財宝の強奪の阻止は管轄外なのだ。その辺りは国を守る兵や戦士の仕事なのだ。
ヤルダバオトはふむと間を作る。別に光の戦士はこの場でヤルダバオトを叩き斬るのは吝かではない。今後、こう言った面倒を起こされて動員されるのは御免こうむる。
斬るのは簡単だ。しかしヤルダバオトが描いている画の全貌が分からない以上、深入りするのは得策ではない。
なのでこの辺りで帰ってほしいのだが、いかがなものか。
「休戦、ということですか?」
案の定ヤルダバオトは食いつく。……いや、引き出されたという方が正しいだろう。光の戦士は知恵比べに自信は無い。光の戦士は、この一連の会話がヤルダバオトの想定通りな気がして止まない。
こちらの希望としては、これ以上の厄介事を避けたい一点だ。口車に乗せられた形だとしても、一応の目的は果たせられる。
「わかりました。では、付近に待機させている悪魔を引き上げさせましょう」
ヤルダバオトはそう言って踵を返す。
あまりにも呆気のない幕引きだが、ここで奴を仕留めにかかるのは悪手だ。自爆でもされたら堪らない。こちらの対応が後手後手になる以上、これが最適だ。
ああ、それと。
「あの少女に感謝しろ、と伝えてくれ」
これは、ただの勘。ヤルダバオトにかける言葉として的外れであっても言い得だ。
ヤルダバオトは一瞬肩を揺らし、闇夜の黒へと溶けていった。
光壁も文字通り幻のように消えていく。
これにて一件落着。ついでに気になる存在へ、さらに大きな恩を売ることにも成功しただろう。
まさかあの場にセバスが来るなんて、流石に予想外だった。光の戦士を邪魔することはないと踏んでいたが、行動に移してくるとは。
無手の忍者だったとはいえ、リクとの一件以来この世界に来て2度目の戦闘だった。80レベルであれば何も問題ないはずだったが、なかなかどうして、ああも素晴らしい戦いになるなんて誤算である。
しかも、まだ奥の手があるようだった。しかし。
――――セバス様!
拾った命の使い所を、見誤らないよう願うだけだ。
加えて、殺さず済んだという点は光の戦士としても僥倖。理想的な形で幕が降りた。
「終わったようですね」
その場で腰を下ろし一息ついていると、背後から声がかかった。
首だけで振り返ると、漆黒の鎧を揺らしながら近づいてくる偉丈夫。体が名を表す、『漆黒』のモモンだ。 エ・ランテルで知り合って以来の邂逅である。
光の戦士の見立て通り、彼は立派なアダマンタイト級冒険者へと成長した。光の戦士は仲間たちに人を見る目が無いと馬鹿にされていたが、汚名返上な訳だ。
光の戦士はモモンへ労りの言葉で返答する。
正直なところ、今日はこの世界に来て最も長い夜だった。リクとの決まり事では、光の戦士がプレイヤー、もしくはNPCであると判断した場合、その対象はこちらの独断で処分を決定してもよいということになっている。
セバスは本気で殺すつもりだった光の戦士から生き残った。想定20レベル差という、絶対的な不利を乗り越えて見せたのだ。
などと感慨に耽っていると、モモンは光の戦士の隣に並び立っている。
「勝鬨に参加しないのですか? 1番の功労者である貴方が居ないと、締まるものも締まらないでしょう」
モモンの声色は柔らかい。何か憑き物が落ちたかのような、そんな雰囲気を覚えた。
遠くから、ラキュースの「暁の、夜明けの英雄に乾杯!」という声が聞こえる。光の戦士は何もしていないというのに、小っ恥ずかしい話だ。
光の戦士は強い。強いから、少し手伝っただけ。この試練を凌ぎ切ったのはこの世界に生きる彼ら彼女らなのに、それをみんな解っていない。英雄なんてのはいない。オレは他の人よりも多くをいただいて産まれたに過ぎない。みんな、セバスも、生きるため必死に生きている。
もし英雄と呼べるものがいるとすれば、そんな心が折れそうになる地獄の中で、自分ではない誰かのために戦える人たちこそが、きっと。
……どうも今日はセンチメンタルになりがちな光の戦士。頭をぶんぶんと振り、自身を凌ぐ巨躯のモモンを見上げた。
「少し、良いですか」
モモンもどうやら騒げる気分ではないらしい。背のグレートソードを雑に床へと置き、よっこらせと光の戦士の隣へと座り込んだ。
まぁ、大先輩である光の戦士がお悩みを聞いてやろう。光の戦士が良いぞと答えると、モモンは少し笑い空を見上げ、口を開く。
「最近は色々なことがありました。私自身、まだ整理がついていないくらいには、本当に、揉みくちゃにされてしまうほどに。特に今日は、怒りで我を忘れそうにもなりました」
ヤルダバオト――推定プレイヤーである、仮面の悪魔。数えられないほどの王国民が行方不明となり、国そのものにも途轍もない傷跡を残した。その気持ちを理解はできる。
それでも生きている限り、選択を迫られ続ける。行方不明の人々が生きているという極小の可能性を信じ、ヤルダバオトに取引を持ち掛けるか。単純にヤルダバオトを滅ぼすか。あの時、休戦以外にも無数に選択肢があった。その中で光の戦士が休戦を選んだのは、自身に最大のメリットがあると確信したからに他ならない。
光の戦士は口を挟むことなく、モモンの独白を聞き続ける。
「変わっていくのが怖い。変わってしまったら、元には戻れない。今までの私の道程は、そんな恐怖によって敷かれたものでした。……意図せずそれを、周りにも期待していた。私はナザ――漆黒の長です。そんな愚か者である私を慕っている人たちに甘えて、何もかもを投げ出していたのです」
モモンの言葉は、拙いものだ。恐らく誰かに弱音を吐き慣れていないのだろう。弱々しい声に混じるものは、彼が語った通り恐怖。だがそれは、乗り越えたもの。確固たる意志がそびえ、前へと進む覚悟が見える。
「ですが、私は決めました。もう迷わず、きちんと現実と向き合う。……これから進む道筋の行き先が変わることは無いでしょう。でもその過程が、決して無駄にならないように」
覚悟とは、死に様である。死そのものに意味があることは殆ど無い。えてして無駄死にだ。そんな中、向かう黄泉路で迷わぬように――死に逝く者の、最期の道しるべ。
――僕のために泣いてくれてありがとう、■■■。でも僕は、じっちゃんの一番弟子なんだ。じっちゃんと同じ、君のために、死にたいのさ。
――イイ男に似合うのは、イイ笑顔だけだ。ならば私は笑って逝こう。■■■がいつか本当に笑えるように。お前が自分の生き様に、胸を張っていられるように。
そして、残される者への呪いだ。
「なら迷うことは無い。後悔だけはしないよう笑って死ねよ、モモン」
「はい。――今夜はありがとうございました。またお話ししましょう、次は腹を割って」
その時は貴方の話も聞かせてください。そう残したモモンは立ち上がって、グレートソードを回収し足早に去っていった。
彼が来て十分も経っていないだろう。交わした言葉もさほど多くはない。だが、どうしてか……もう忘れてしまった、懐かしい気配を感じることが出来た。
仲間たちとの冒険では得られなかった、もはや光の戦士が思い出すことは無い何か。今更、考えるだけ無駄だろう。
今回の騒動については一件落着だが、疑問は残る。なぜ、セバスはシュグネウスの館を訪れるに至ったのか。諜報行為を無効化する光の戦士に対して、あまりにも出来すぎた偶然。セバスに語った通り何かしらの思惑が糸を引いていることは確実だが……光の戦士の情報が、流出している気がしてならない。
ちょっとだけ疲れた。あぁ、まだ酒は残っているだろうか。
少し冷たい、心地の良い風が頬を撫でる。
■■■は少しだけ軽くなった腰を上げ、この世界の『英雄たち』のもとへと向かった。
「毒/毒盛の術」
対象に前方扇範囲物理攻撃。対象の受けるダメージを5%上昇させた上で忍者の独自リソース『忍気』を40上昇させ、『秘術実行可』を付与する。
口に含んだ猛毒を相手に向かって噴出する技。毒は自家製で、致死性の有無、遅効・即効性の調整、効果の選択など多岐にわたる。実際は技というよりは毒に対する知識と技術。
「物理防御貫通/アーゼマの焦想」
日神アーゼマから受けている加護。物理攻撃が炎属性魔法攻撃力を帯び、攻撃対象の物理防御力を15%貫通する。また魔法攻撃が物理属性攻撃力を帯び、攻撃対象の魔法防御力を15%貫通する。これらは各防御力の後天的な上昇値を無視し、貫通予定ダメージを独立計算で出力する。
「女神アーゼマ」
エオルゼア十二神の一柱、太陽と真理を司る日神。黄金の扇を持つ豪気な貴婦人の姿で描かれ、日輪を象徴として表されることが多い。
炎を模した双扇を携え、踊り子のような衣装に身を包む。すべてを包もうとその魂を燃やす光の戦士の行く末に、幸あることを祈り続ける。
彼に名指しで信仰されているハルオーネを少し、ほんのちょびっとだけ羨んでる。
「僕/パパリモ」
エオルゼアの都市国家群であるシャーレアンの魔法大学を主席で卒業した俊英であり、賢人。ララフェルという、小柄でずんぐりとした人種の男性。40台。
毒舌かつ冷笑家で、一同の最年長ということもあり光の戦士の心の影にいち早く気づいていた。
本編とは違う結末で命を落としたが、皮肉にもその死は光の戦士の道筋を定める一因となる。
「私/オルシュファン」
イシュガルド正教によって運営される宗教国家イシュガルド四大名家のひとつ、フォルタン家のとてもイイ!騎士。長躯のエレゼン族の男性。陰に生きざるをえなかった母親のこともあり、屈強なもの、たくましいものが放つ生の躍動を好む。
決して『笑顔』を見せない光の戦士を友人と呼び、その行く末を案じ続ける。パパリモと同じく本編とは異なる運命を辿るも、光の戦士は『友』を救うことが出来なかった。