【CLATTANOIA】黄昏の超越者(オーバーロード)‐ファイナルファンタジーXIV‐ 作:ウルトラナポリタン
ゴルズの説明の通り、4人が乗った馬車はリ・エスティーゼの南正門から入ることになった。光の戦士の知り合いと同じく親しみやすい貴族のゴルズだったが、彼を迎え入れる衛兵たちの畏まり方からして、十分な威厳と存在感を持つ立派な男であると再認識する。
ミラプリ用のまともな衣服を持ち合わせていなかった光の戦士は、全身を覆うローブを被り全く顔が見えないという、あまりにも不審者な状態である。しかし検問では一切の取り調べ無し。貴族様様だった。
ゴルズとの別れ際、手紙のような小さな羊皮紙を受け取った。表裏を確認すると、片面だけにゴルズの署名が入ったものだった。何故か文字が読めることに驚きつつも、ゴルズ曰く不審者として衛兵に捕まったら見せると良いとのこと。
「では騎士様、良い冒険を」
そう言って、ゴルズたち3人と手を振って別れることになった。
馬車上で受け取った地図に描かれていたランドマークを頼りに、てくてくと歩を進める光の戦士。門から繋がる大通りだからか、色々な様相をした人々の往来があり飽きることが無い。ただ全身ローブは流石に怪しいのかチラチラと目線を送ってくる人々もいるが、胸を張り堂々と歩くのみ。それしかできないのだ。
ゴルズから得たエスティーゼ王国の事前知識では、王国は恵まれた豊かな自然からもたらされる肥沃な大地が特徴的とのこと。しかしその恩恵に預かれるのは土地を支配する者たちであり、持たざる民たちはその上で搾取され、双方から蜜を吸う犯罪者たちが群れを成しており、為政者たちも一枚岩ではない。
聞くに堪えない状況ではあるが、光の戦士には思うところもある。……共通の敵がいなければそんなものなのだ。
大通りを進み続け、小さな門をくぐったところで景色が変わる。長方形の画一的な建物が並んでいた道が消え、数多くの露店が並ぶ巨大な広場だ。地図に記されていた市場で間違いなさそうだった。
区画という概念は無いようで、肉や野菜などの食料品店と瓶詰の薬品や日用品等の雑貨店が乱雑に並んでいる。通い詰めている常連でもなければ、何処に何があるかなどさっぱり分かりそうもない。
先ずは支持された鍛冶屋に行って注文してからブラついた方が良いと光の戦士は考えたが、客とはいえツケでものを頼む側なのだ。手土産の一つでも持って行った方が良いだろう。ゴルズもその辺りを考えての采配だったのかもしれない。
思い直し、適当に冷やかしながら何を買うか思案する光の戦士。正直な話、自身の都合で買うものはそれほど無かったりする。
持ち込んでいる腰の革ポーチは、何を隠そうアラグ産。シドの工房からパクったレア物である。拳が入るほどの大きさだがその百倍以上の体積を突っ込める激ヤバ品だ。なんと生ものも腐らない。
つまるところ、数か月分の食料もポーションもキャンプキットまである。人前で使えば大騒ぎだろうがこっそり使えば問題ない。だがしかし……冒険者になる予定のため、集団行動をする可能性も実際ある。
そうと決まれば、目下必要なものは袋類とポーション、保存の利く携帯食料あたりだろうか。あとお土産。
「そこのお兄さん、何か探しているのかい?」
買い物モードに入った光の戦士をいの一番に呼び止めたのは、三畳ほどのスペースで露店を出している人のよさそうな女性だった。
歩みを止めた瞬間、背後の2方向から視線を感じる。敵意は無さそうなので、気が付いていないふりをして女性の方へと近づく。
チラリとテーブルに並べられた品ぞろえを見てみれば、手製の革ベルトやポーチ類。加えて、少ないが青い液体が透明の瓶詰めされた液体が並んでいた。
「ウチの装備品は旦那とあたしが作った自慢の一品だよ! お兄さん……見ない顔だねぇ。ウチにない物が欲しいなら紹介してあげるよ」
なるほど、この女性はやり手の様だ。光の戦士は国民たちも荒んでいるものだと考えていたが、逞しく生きている。
欲しいものを端的に伝えると女性はにっこりと笑い、背後の棚に積み上げられている茶色い山を漁り始めた。どうやらテーブル上の物はサンプルで、売り物はしっかりしまい込んでいるようだ。サンプルと言えど粗雑な印象は無く、こちらもしっかりと手入れされていることがわかる。
「アンタ幸運だねぇ! ウチの革布装備はゴブリンに引っかかれても破れない! その体の大きさ、農夫か冒険者だと思ったけど正解だったよ」
露店巡りは嫌いじゃない。こういう、気持ちのイイ店と出会えると気分がイイ。
女性がテーブルまで戻り、麻布を敷いてから製品を並べていく。
「ローブの上からだと少し分かり辛いけど、アンタ鎧を着てるね? このベルトはある程度自分で調節が利くから多分大丈夫! 何かあったら弄ってあげるからまた持ってきな。あとは革製のボックスポーチと3本差さるポーションポーチだよ。ポーションは何が何本欲しいんだい?」
「そうだなぁ……回復できるのを5本くれないか?」
あいよ! 女性は懐から小さなカギを取り出し、自身の足元にある錠前付きの箱を開ける。中から丁寧に布で包まれた五つの小さな物体を取り出した。おそらくあれがポーションなのだろう。
「その様子だと、今日は街でゆっくりするんだろう? 養生はサービスしとくよ。ウチのポーションはエ・ランテルの知り合い製なんだ、魔法と薬草のポーション。遠いから量は限られてるけど、よく効くし魔法だけのより安いんだ」
エ・ランテル……ゴルズの会話の中であった、王国領の街の一つ。隣国に近い要塞都市で、距離の割に首都との交易が盛んらしい。
女性はテーブルに広げた麻布でポーションと他の購入予定品を包み、光の戦士の目の前に置く。
「それにしてもお兄さん豪勢だねぇ、一度でこんなに買ってくれたお客さんは初めてだよ。ちょっと待ってね、えーっと……うん。初見さんだし革ポーチは負けて、金貨10枚と銀貨2枚で良いよ」
女性がテーブルから体を乗り出し、金額を光の戦士に小さな声で告げる。聞いた光の戦士は自分の耳がぶっ壊れたのかと思った。
「宿を教えてくれたら、日暮れ前に店の人間が商品持って行くけど、その時にする?」
「いや、今でイイ」
光の戦士は努めていつもの声色で話したが、どう聞こえたかは目の前の女性にしかわからない。ゴルズから貰った小遣いが2/3消し飛んでしまった。
なるほど、女性の商談前の元気が少しトーンダウンしたのは、これが理由だったのか。確かにこの金額の取引を大声でするのは双方にとって具合が悪い。
光の戦士は、詳細な物価も聞いておくべきだったと深く後悔していた。
「あい、毎度! またよろしくねお兄さん!」
言い値分の貨幣を手渡し、麻袋を受け取る。ついでにそこそこの酒が売っている露店を聞き、通路まで出てブンブンと手を振り続ける女性へ軽く会釈して市場の奥へ向かう。
すると、先ほどまで背中に刺さっていた視線が消えた。
光の戦士はスリか強盗の類かと予想していたが、どうやら違ったようだ。店の人間とはよく言ったものである。
煤けた背中を揺らしながら、光の戦士は教えてもらった酒売りへ向かってヨチヨチと歩いて行った。
♦♦
ゴルズから渡された地図に示されていたウンバス鍛冶小屋。その門前までやって来た光の戦士は、ほぅと息を漏らす。
壁を挟んでいても感じる熱気、芸術品のように美しく刻まれる金属を鍛える音。リムサ・ロミンサに負けず劣らずの職人がいる工房……職人の道を齧ったことがある光の戦士にとって、興奮するには十分すぎる要素だった。
土産の酒瓶を片手に携え、光の戦士は工房の扉を開く。薄暗い室内には鋼製の武具と鎧、料理や皮仕事のための刃物が壁際にずらりと並んでいた。
それらは間違いなく素晴らしい逸品たちだ。光の戦士でも真似することが出来ない、その道を極めた者のみが辿り着ける極地である。
美術的な美しさは砂粒ほども無い。ただ、与えられた役割を果たすことにのみ意義を込められた作品。
同時に、駄作であることも分かってしまう。使い手を選ぶのは武器ではなく、鍛える者だ。逸品でありなまくらでもある彼女らは、作者の中で燻る何かがにじみ出た、ただの駄作たちだった。
「あん? 今日はもう店じまいだ、さっさと出ていけ」
出入り口の真正面にあるカウンターの奥で椅子に腰かける人物。禿頭に、鼻から下が鎖骨あたりまで伸びている真っ黒な髭に覆われた、皺の多い60歳ほどの男が七面倒臭そうに唸り声をあげた。
動く気配のない光の戦士を見てより嫌気が差したのか、男はテーブルの上の煙草をひっ掴み、不機嫌そうに火を付け紫煙を吸い込む。それを、勢い良く光の戦士の方へ吐き出した。
距離があるため、煙が光の戦士に直接届くことは無い。しかし男は意地悪そうに笑みを浮かべる。
光の戦士は意に介さず、男へウンバスに用があると伝えた。
「ウンバスだぁ!?」
その名を聞いた瞬間、男は煙草を握りつぶす。半分しか見えない顔が真っ赤に茹で上がり、座っていた椅子を背後へはじき出す勢いで立ち上がった。
「おめぇも! 俺の子供たちをバカにしに来たのか! おめぇらにあの子たちの何がわかる、ぶっ殺すぞ!」
唾を飛ばしながら吠える男。額には無数の青筋が走っており、一瞬だが、光の戦士は男が鬼に見えた気がした。
光の戦士は喧嘩をしに来ただけではない。しかし、男にも込み入った事情があるようだ。光の戦士は静かな声色で優しく、ラインズ卿の紹介でウンバスに会いに来たと付け加えた。
「ラインズ……あぁ……ゴルズ坊ちゃんか……」
ゴルズの名を出した途端に、穴の開いた風船の様に怒りが萎んでいく男。
ふらふらと倒れた椅子を戻して、力なくそれへと腰を下ろした。
「すまねぇ……俺がウンバスだ。さっきは怒鳴って悪かったな、あんちゃん」
にこりと笑うウンバス。光の戦士は、彼が10歳ほど老け込んでしまったと錯覚してしまうほど覇気が感じられなかった。
ぺこりと頭を一度下げ、カウンター越しに向かい合う形で置かれている椅子へ座る光の戦士。ウンバスのただ事ではない様子から、彼へ自然と疑問を投げかけていた。
「大したことじゃない……いや、ゴルズ坊ちゃんが目をかけたあんちゃんに聞きたいことがある」
そこまで話し、ウンバスは一度部屋の周囲を見渡し――意を決して、再度口を開く。
「あんちゃんは、この部屋にある子供たちをどう思う?」
駄作だ。
光の戦士は、食い気味にそう返した。
「……」
ウンバスは光の戦士の言葉に一度大きく目を見開いたが、それだけだった。そして憑き物が落ちたかのように薄く笑い、目を瞑ってため息を吐く。
1時間ほど経ち、ウンバスはようやく椅子にもたれかかる様に体勢を変えた。
「ありがとう。あんちゃんの言う通り、彼女たちには意味が無い。俺がそう鍛った、鍛っちまった。俺は50年間、鉄を鍛ち続けてきた。ミスリルだって数えきれないほどに鍛った。でもよ、見ちまったんだ。神様が造った、アレを」
ウンバスの言う、アレ。それは、彼が街の外に出た時の話だそうだ。
3年前に大型の受注を受け、工房総出で取り掛かる大仕事の際、王国の戦士長のために使う材料を切らしてしまった。他の製品は普通の素材で構わず、ウンバス本人の在庫管理ミスのため、彼は自身で仕入れ先であるエ・レエブルまで早馬を飛ばした。
仕入れの帰り。近道のため旧道を走った際に、見たことも無い8足の大きなトカゲの化け物に襲われた。
馬をやられ、次は自分の番――目を閉じて、待っていた死は訪れなかった。
朦朧とする意識の中で、彼が目にしたのは、子供のような誰かが携えていた美しい漆黒の鎌。鋼鉄でも、ミスリルでもない、この世のものとは思えないモノで作られた作品。
その時、ウンバスは悟ったのだ。自分では彼女を鍛つことは出来ない。悪魔と契約したとしても、あの領域に及ばない。
なぜなら。材料が無いから。あの意味不明な金属を知らないから。
悔しい。あれば
俺なら
いや待て。もしアレを
そもそも、俺は鍛冶師なのか――?
「鉄を鍛つってのは手前との戦いだ。他の奴らの作品なんて関係ねぇ。俺は、知らねぇ誰かの作品に嫉妬しちまった」
ウンバスは、指近くまで燃えてしまった煙草を灰皿に押し付け自虐気味に笑う。室内には工房で彼の弟子たちが叩く鉄の音だけが響いていた。
「剣は生きてる何かを殺す道具で、俺はそれを
ゴルズによると、ウンバスはここ最近は弟子を取っていないらしい。ウンバスの教えは素晴らしく、弟子たちは数年の内に各地へ散っていく。今見ている弟子たちも、暫くすれば巣立っていくだろう。
光の戦士は、ウンバスの独白の中で彼の過去を見た。黒白髪の少女が持つ、同じ色の綺麗な鎌だ。彼女は酷く詰まらなさそうで、職人として絶望しているウンバスの顔を一瞥し薄く笑った。
ウンバスは覚えていないようだが、彼女の笑顔が決め手だったのかもしれない。お互い事情を知らないはずだが、構図としては完璧すぎる。
項垂れるウンバスの決意は固いだろう。光の戦士は、心が折れた人々を多く見てきた。救えた人もいたし、救えなかった人もいた。
けれども、光の戦士は彼の魂を見てみたいと思った。
光の戦士は立ち上がり、ローブに手をかける。ふと顔を上げたウンバスは、次の瞬間、光の戦士が超える力で見た時と同じ表情をしていた。
しかしその瞳の奥には、確かに灯火が刻まれていた。
♦♦
十日後。日が昇り始めたころ、光の戦士が寝泊まりしていた屋根裏部屋の戸が叩かれた。
「騎士さん、出来たぞ」
昨夜はウンバスの弟子たちと飲み明かしていたので、若干目が重い。しかし、いつも起こしに来るウンバスの奥さんではなくウンバス本人の声を聞き、光の戦士は慌てて顔を洗い工房へと走っていった。
光の戦士は両手を上げ、奥さんと弟子たちが装備を着せてくれる間目を閉じて待つ。しばらくして革ひもが結ばれる音と金属の擦れる音がやみ、優しく背中を叩かれた。
目を開くと、煤で酷く汚れた姿鏡が置かれていた。そこに映っているのは、鈍い光沢のフルプレートアーマーと腰鞘に収められたロングソードを装備している光の戦士だ。
「お兄さん……こちらもお納めください」
その美しい作品に目を奪われていると、奥さんが布を被せている板のようなものを両手で差し出した。光の戦士がその布を取り除くと、鎧と同じ色合いのカイトシールドが鎮座している。盾を受け取り、腰の剣を抜き放ち眼前に構える。
美しさはない。ただ武骨さと戦うためだけの機能を備えた装備たち。光の戦士からすれば、これまでの凄惨な戦いでは一瞬で消し炭になってもおかしくない材質で作られた装備たち。
それでも、自身の命を預けたくなるほどの熱さを感じた。ウンバスは剣に私欲は不要だと言ったが、光の戦士はそうは思わない。この剣と盾と鎧からは、光の戦士を守りたいという欲望を感じたからだ。
納刀し、息を吐く。背後で待つウンバスと向き直る。
「これが俺、ウンバス最初の作品だ。ウンバスはあんたと出会った時に生まれ直した。あんたが身に着けていた作品たちには遠く及ばない。それでも俺は、あんたと共に行って欲しいと願って
ウンバスは両の拳を強く握りしめ、骨がきしむ鈍い音が響いた。常人なら爪が手のひらの皮膚を破り、血が滴っているはずだ。しかしウンバスの手のひらはミスリルのように固く、骨の音かと思われたのは皮膚が擦れたものだ。
「剣は使えば曲がる、盾は守れば凹み、鎧は受ければたわむ。何かあったら遠慮なく俺の所へ来てくれ」
奥さんがすすり泣きが聞こえる。弟子たちは大声を上げて泣いていた。
「ありがとうウンバス。でもオレの一張羅より重くて動きにくいわ」
「言ったなガキが、次はあんたが腰抜かすくらい良い女を仕上げとくぜ」
ウンバスのケツが引っ叩かれた、鍛冶工房に似つかわしくない軽い音がこだました。
「小遣い」
総額15金貨程で、12枚の金貨と銀貨銅貨の小銭が入っていた。
「青いポーション」
エ・ランテルの某家が造ったポーション。ちなみに1本1.9金貨程。ちゃんと高い。
「店の人間」
筋骨隆々なお兄さんたち。顔が怖い。店主の女性との血縁関係はもちろん無い。
「ガゼフ」
某戦士長。
「ウンバスの奥さん」
ウンバスが20代のころ入り浸っていた酒場の娘。工房の炎のにおいが好きで、押しかけ女房。