【CLATTANOIA】黄昏の超越者(オーバーロード)‐ファイナルファンタジーXIV‐ 作:ウルトラナポリタン
あの後ウンバス鍛冶工房では一夜だけ世話になり、光の戦士は冒険者組合が開く少し前に工房を後にした。ウンバスの奥さんがささやかな食事会のようなものを開いてくれたため、悪酔いせず絶妙な腹持ちで眠ることが出来た。
十日間工房に籠り続けていたウンバスも混ざってバカ騒ぎする、と奥さんが先回りしたのだろう。短い間だったが、光の戦士もすっかり頭が上がらなくなっていた。
それはさて置き、工房から冒険者組合はそう遠くない。30分も歩けば辿り着く距離だ。邪魔な全身ローブを被らずに街中を歩ける快感に酔いしれながら、光の戦士は今後のことについて考える。
目的は簡単だ、冒険者になって誠心誠意働き階級を上げる。しかし体のスペックがこの世界の人々と違い過ぎるので、無茶苦茶はできない。ウンバスのおかげで現地産の素晴らしい装備を手に入れることは出来たが、自前の力はどうしようもない。
……が、そこは光の戦士。便利な能力があった。
"レベルシンク"、自身のレベルを任意のレベルまでダウンさせる力だ。普段は善良な人々同士の諍いを止めたり、殺すのははばかれるモンスターたちを安全に追い払う際に使用するもの。他の仲間たちは使っている様子はなかったが、あの世界においてバグだった光の戦士は超える力の応用でなんか使えていた。
光の戦士の今のレベルは100なので、このレベルシンクを使って彼我の能力差を無理矢理抑えようという寸法である。
問題はどのレベルに寄せるかだが……一つ問題点として、解除するには少し時間がかかる。ほんの数秒だけだが、戦闘中ともなればその僅かな時間が生死を分けるなど有り触れた話。ある程度安全圏で何とかしたいが、この世界の常識とあまり差がありすぎると不自然な強さになってしまう。
色々と考えた末、光の戦士はまずは70レベルほどで様子を見ることにした。手加減は多少自信があるので、ふとした事故で死ぬよりはマシだろうという考えである。
さて自身のレベルを整えたところで、目眼前にそびえ立つは目的の冒険者組合。どんなものかと構えていた光の戦士だが、エオルゼアのそれと大差ない建物の外見に肩透かしを食らっていた。勝手に期待していただけではあるが。
「おい、邪魔だぞデクの棒。サッサとどきやがれ」
少し肩を落としていると、光の戦士の背後から攻撃的な声がかかる。確かに組合の入り口の前でぼさっと突っ立っているのだから、出入りの邪魔なのは当然だ。
「チッ」
軽く謝罪しながら道を開け、声の主へバレないよう目線を向けると、5人組のようだった。剣と盾を携えた男1人、身の丈ほどもある槌背負った女が1人、弓を背負った女が1人、杖を背負った男が2人。ゴルズの言っていた冒険者パーティのテンプレートと合致する。
5人とも全員が首から銀色のプレートを下げている。銀級冒険者パーティなのだろう。
悪態を吐いた杖の男はすれ違う際に光の戦士の胸元へ視線を向け、何も下げられていないことに対して蔑んだ笑いを浮かべていた。
なるほど。少なくとも、冒険者は全員が全員お行儀が良いわけではないと。その辺りはエオルゼアと変わっておらず、光の戦士は苦笑いを浮かべるしかなかった。
たのもー!
それでも挨拶は大事である。冒険者組合の扉を常識の範囲内で力強く開き、ずんどこと奥へ歩いていく光の戦士。先ほどの集団を含め奇怪なモノを見る目で光の戦士に注目していた。
中でも、一番奥のカウンターで冒険者を相手にしている受付嬢たちは本当に嫌そうな顔だ。
そのままカウンターへたどり着き、丁度手持ち無沙汰にしていそうだった受付嬢の前で立ち止まり軽く会釈する。ちょっとした礼儀を見せてきた不審者に対して、多分に困惑している様子。
「お、おはようございます。冒険者プレートをお持ちでないようですが、新規登録のご依頼でしょうか」
流石プロ。貼り付けた営業スマイルを引くつかせながら対応をする受付嬢へ心中で拍手を送る光の戦士だった。
アリシアを名指しで指名したところ、その言葉を聞いたのか、カウンター奥から金髪を首上で丸くまとめた女性がやって来た。
「私がアリシアですが……何か御用でしょうか」
先ほど対応してくれた受付嬢と入れ替わる形でカウンターに就くアリシア。なお件の受付嬢は逃げるように裏へと引っ込んでいった。
貴族の名前を公衆の面前で出すのは憚れる。そう考えた光の戦士は、ゴルズの署名がされている小さな羊皮紙をそっとカウンターの上に置いた。
「……なるほど、貴方様のご事情は聞いております」
羊皮紙を見たアリシアは表情を引き締め、周囲に不審がられない程度に光の戦士へ頭を下げた。家督を継がない三男の妻とはいえ、経緯が公になれば貴族からの斡旋染みた扱いになる光の戦士は確かに爆弾である。
目的は蒼の薔薇との接触なので、初めの内から名声悪名問わず顔を売ろうとした光の戦士は己を恥じた。確かに、どのような場合でも異物の自分は余りしゃしゃり出ない方が良いのかもしれない。
「概略はゴルズ様よりお聞きでしょうが、僭越ながら私より冒険者についてご説明いたします」
アリシアから受けた説明は、確かにほとんどがゴルズと重複していたものだった。冒険者の階級、冒険者としての禁忌、依頼の難度と報酬の絡み、王国及び周辺国家の地理、他国の冒険者との連携、その他諸々。
エオルゼアのものと多くが違っているが、光の戦士としては一般社会常識の括りである。意図して違反しようとしない限り問題無いだろう。
「ご清聴ありがとうございます。騎士さまからは何か疑問点はございますか」
光の戦士は顎に右手を当て考える。階級については依頼を受けていれば上がるだろうし、機を見計らって無茶をするのも良い。そもそも階級が合わないと依頼を受けられないらしいが、そんなものは数でゴリ押すだけである。
金についても宿代飯代酒代があれば事足りる。レベル差の暴力もあるので、並大抵のことではウンバスの装備を破損する事も無いだろう。夜の街で遊ぶのもしばらくは自重すべきだ。
と、すれば。
「確かに、当然の疑問ですね。……申し訳ございません、どれだけの実力をお持ちであっても、銅級からのスタートが規則として決まっております」
飛び級入学は許されない。本当に地道に上げるしかなさそうだ。
不幸中の幸いとしては、国内はおろか国外でも階級は一律ということ。街から街への依頼ローラーは可能である。
「一人で依頼を受ける方はまず居ませんね。二人パーティも居るには居ますが、それでも前衛と後衛職で分かれています。基本的に、皆さん組合の酒場や定住先の宿でパーティを集めています」
これも少し具合が悪い。可能な限り気を付けるつもりだが、不測の事態が付きまとう戦闘と冒険のさなかでボロを出さないように徹底するのは難しい。悪目立ちを避けるのならば、なるべく早くパーティに参加する方が無難か。
あまり気は進まないが、冒険者内でも事情を知る人間を増やした方がいいかもしれない。
ありがとう、と切り上げると、アリシアはカウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出した。
「こちらが登録書となります。先ほど申し上げた通り、冒険者の方は宿で寝泊まりされる方がほとんどですので、定住するご予定の宿がお決まり次第ご連絡いただければ私の方で追記いたします。お名前と年齢、死亡された際のご遺体のお送り先をご記入ください」
まぁ、送り先はウンバスで良いか。
「……ありがとうございます、確かにお受けいたしました。こちらが銅級のプレートとなります。紛失された場合は自費での再発行となりますのでご注意を」
自費という言葉に光の冒険者が嫌な顔をしながら紙を返すと、アリシアは手慣れた様子でウインクした。どうやら、冒険者が自費という言葉を極端に嫌うのは世界共通らしい。
アリシアに手を振り、カウンター両隣に設置されている掲示板へと向かう。ここの依頼書を剥がしてカウンターへ持ち込めば受理されるらしい。見たところ金級までの依頼しか張り出されていない、プラチナ級以上は別の方法なのだろうか。
銅級の依頼の内容は、そのほとんどが王国の兵士が警邏するルートに残っている弱いモンスターの排除や、各地の村で問題になっている野生動物の駆除である。なるほど、冒険ってなんだ? いや確かに例え冒険できるとしても、一番下っ端がそんな大それた任務に付けるのもおかしい話ではある。
「なぁそこの人」
光の戦士が掲示板の前で悩んでいると、背後から声がかけられる。振り返ってみると、3人組の男女が光の戦士へ注目していた。
「さっきアリシアさんの受付で冒険者になったんだろ? 俺たち今前衛職が欠けててさ……日銭を稼ぐために鉄製依頼のゴブリン退治に行きたいんだけど、良ければ一緒に来ないか?」
声の主は弓を持ったレイドという男。他の2人が装備しているのは杖のような槍と杖で、確かに前を張る職がいない。ゼルの胸元を見ると、銀のプレートが下げられていた。
想定していなかったのでアリシアに聞かなかったが、階級の違う冒険者同士が組むのは良いのだろうか。それに、上の階級が下の階級の依頼を受けるのは問題じゃないか。ただ下々の食い扶持を奪っているだけにしか感じない。
「あははは! 確かにその通りだ。でも問題ないぜ、階級違いが組むのなんてザラなのさ。それにその場合きちんと申請すれば、制限はあるけど階級違いの受けられるんだぜ」
それは目から鱗だ。そういう話なら組むことに異論は無い。冒険者の戦い以外のことも学ぶことが出来願ったり叶ったりである。
しかし何故、新米も良いところな自分を誘ったのか。光の戦士としては当然の疑問だった。
「その装備、ウンバス親父が作ったやつだろ。今日工房の前を通ったら、親父の鼻歌が聞こえたんだ。この数年ずっと荒れてて仕事も手付かずだったのに、久しぶりに聞こえて来てよ」
レイドは光の戦士の剣と盾、鎧を指差して気恥ずかしそうに言った。
「俺のこの弓もウンバス親父が作ったんだぜ。3年前駆け出しで金が無い時に工房に入って装備を眺めてたら、何も言ってないのに出世払いで良いって作ってくれたんだ。木工なんて門外漢なのに。今じゃこの弓が一番馴染むんだ、自分で修理して騙し騙し使ってる」
「流石に新しいの買えって言っても聞かないんですよ。親父のが良いー! って」
「やっぱり思い入れのある装備が一番だよね。私もそう思うよレイド君」
ドルイドのギース、魔法詠唱者のジジがレイドを茶化すと、レイドはこっ恥ずかしいのかそっぽを向いてしまった。
期間限定だが、このパーティなら楽しくやれそうだ。
♦♦
「おっさんはさ、その歳でなんで冒険者になったんだ?」
おっさんじゃないお兄さんだ。レイドの失礼極まりない発言に憤慨し、光の戦士はこの世界に来て初めて声を荒げる。
現在、荷馬車の荷台を借りて絶賛移動中。首都から少し離れた場所にある村の近くにゴブリンの集団が現れたそうで、それらの討伐が今回の依頼だ。
昼前の出発だったため、馬車で移動して道中で一泊。次の日明朝に徒歩で現場へ向かう計画である。
幼馴染というギースとジジは二人でお喋り中だ。どうもレイドは寂しくて光の戦士へ話しかけてきたらしい。年長者のお兄さんとして期待に応えなければならない。
しかし、この世界で冒険者になった理由は当然話すことはできない。それでも、こういった話で嘘を伝えるのは憚られる。どうしたものかと逡巡したが、ふと、光の戦士は意識を介さず呟いた。
「冒険? 冒険するため冒険者に?」
レイドの困惑した反応は当然だ。この世界において冒険者と冒険はイコールではない。冒険者はモンスター災害に対しての、金銭が発生する対抗装置だ。人が発行する依頼が絶対で、それを遂行することでしか食べることが出来ない。国家間の協力というのも、その延長戦である。
国を跨いでの一期一会、広く危険で未開の地やダンジョンの攻略。そんなものは存在しない。
でも、光の戦士が冒険者になった理由は、始まりは、本当にそれだけなのだ。
「ああ。オレは、冒険がしたかったんだ」
遠くを見つめる光の戦士に、レイドがかける言葉はない。
二人の会話は、馬車を降り野営の準備を始めてたころに、ギースとジジを交えて再開することになった。
「へぇー、南の村からはるばる」
干し肉を煮込んだだけのスープを啜りながら、ジジが物珍しそうに呟く。周囲は何も見えない程暗く、4人が囲む焚火だけが唯一の頼りだった。そんなジジに触発されて、ギースもまた口を開いた。
「そういやお兄さんもそうだと思いますけど、王国に住んでいる人間って商人と兵士以外国外に出たことがほとんど無いんですよね。単純に遠いし、メリットも少ないし」
「そうなんだよなぁ。帝国の方が治安は良いって聞くけど、あっちは兵士がスゲェ強くて冒険者の肩身が狭いのも有名なんだ。俺たちが行ったところで食うに困るだけだぜ」
「ねー」
レイドもギースもスープは完食したようで、暇そうに足をばたつかせたり獲物の槍を研いでいる。
ちなみに南の村出身の大法螺はゴルズの入れ知恵である。王国南部に位置するレ・ペスペル以南の山沿いは、気候が不安定で若干ではあるが統治が甘い。
ぺスペア侯が比較的善政を敷いており、民に少しだけ余裕があるのが理由の一つではないかとのこと。ある程度出身地を具体化しておけば怪しまれることもないし、出来るだけペスペア侯と接点を待たなければボロが出る心配も少ないのでは、とのこと。
「でもわざわざレ・ペスペルで冒険者にならなかったのってなんでなんだ? 地元が近い方が何かと便利じゃね?」
レイドはぴょんと腰かけていた倒木から立ち上がり、寝る準備か身体を軽くほぐし始める。
それはもっともではあるが、理由はもう言ったはずだ。レイドは一瞬柔軟を止めた後、にっこりと笑いながら再開した。
「そうだったなおっさん」
レイドの言葉にすかさずギースとジジが反応する。いつの間に食べ終わったのか、ジジの持つカップは既に空であり、明日すぐに近場の水場洗えるよう他の三人のカップを集めていたところであった。
「えっお兄さんといつの間に仲良くなったんですか」
「ずるい! 私にも教えてよお兄さん」
光の戦士にぐいぐいと詰め寄る二人。若人に構われるのは悪い気はしないが、レイドには話した冒険者になった理由を自分の意思で話すのは気が引ける。光の戦士は普通に恥ずかしかった。
やいのやいのと静かに騒ぐ犬猫を制し、明日も早いのでさっさと寝ろとジェスチャーで追い立てる光の戦士。今日、もう話すことは無い。
あと光の戦士はお兄さんだ。そそくさと寝床に逃げようとするレイドをひっ捕まえ、光の戦士は軽く拳骨を落とした。
夜が明け、計画通り朝早くに出発したレイドパーティは、件の村の人間が組合に提出した地図に示された地点へたどり着いていた。
村人が最後にゴブリンの姿を目撃した場所であり、全周が低い丘状になっている狭い低地のような地形だ。丘の上は少なくない木々と草が茂っており、お世辞にも居心地が良いとは思えない。
「その鎧着たままよく寝れるな……」
たんこぶの出来た頭をさすりながら、レイドが声を殺してごちる。ギースとジジもねーっと顔合わせ同意見なようだ。
普段は余裕があればミラプリで部屋着になっているが、今は任務中だ。フルプレートだろうがトゲトゲだろうがブーメランだろうが、水に浸りながらでも安眠できる。
「ええ……」
光の戦士は本気なのだが、3人はどう捉えたのだろうか。少なくとも、ジジの漏らした感想はドン引きだった。
それはともかく、ひと際濃い草むらに潜んで2時間が経過したが、ゴブリンのたちが現れることは無かった。独特という鳴き声も一切聞こえない。本当に静かなもので、鳥や虫のさえずりすら耳に残るほどだ。
ゴブリンは夜目は利くが普段は目も耳も人間並みで優れているとは言えず、知性が低い。唯一嗅覚だけは優れているそうだが、レイドの持ち込んだ匂い減らしの薬草束で全身を清めており、待ち伏せに感付かれる可能性は低いとのこと。
これ以上隠れることは無駄だと判断した一行は、平地へと降りて辺りを捜索する。
依頼の際に報告されていた被害は、家畜を放牧していた村人がその家畜ともども行方不明になったという。その後に探しに来た村人が、被害者がいつも放牧していた場所から遠くないこの辺りで、10体ほどのゴブリンを目撃した。
「10体いたっていう報告なら、間違いなくそれ以上いる。下手したら倍だ。依頼があったのが4日前で、調査が終わって正式に受理された後すぐに依頼を受けたんだ。足も遅いし、あいつ等の頭なら同じエリアでまだ粘る筈」
流石レンジャー、野伏と言ったところだろうか。光の戦士はこの世界のゴブリンとまだ接敵したことは無いが、これまでの情報から考え、レイドと同じ結論だった。
実際この低地は不自然に荒れており、人がキャンプをしたなら筈の火の跡が見当たらず水辺も遠い。
「ねぇ皆、こっちに来て」
四方に散らばり調査を続けていると、少し離れた場所でジジが何かを見つけたようだった。
近づいてみると、ジジの足元は作為的に土を被せられている。明らかに何かを隠そうとして、苦心して埋めた形跡がある。
「……なるほどな、これは少しまずいかも知れない」
掘り返してみると、埋められていたのは動物と人の骨だった。埋められて時間はそう立っておらず、双方の骨に若干の肉片が付着している。状況的にも、行方不明の村人と家畜のものであるのは明確だ。
「捕まえた獲物を隠すならともかく、食べ終わったものをバレないように隠すのは異常です」
「ああ。鉄級の依頼だから下手したらホブゴブリンでも混ざってんじゃないかと思ってたが……何がいるかわかんねぇ」
光の戦士が亡骸に手を合わせるのを見て、レイドたち3人も習う。ジジは、見慣れていないのか震えているようだった。
「……」
「レイド、どうしましょうか」
被害者の遺骨をすべて回収したあと一旦低地から引き揚げ、少し離れた場所で防御陣を敷く。
レイドは姿勢を低くし感覚を研ぎ澄ませ、ジジはいつでも魔法で先手を打てるよう集中力を練り上げ、ギースは奇襲を受けても即座に仲間を回復できるよう回復魔法を発動準備態勢で静止し、光の戦士は彼らを守るよう臨戦態勢。
レイドの読みでは、何かしらの方法であの低地に降り立ったことが知られている可能性があるという。……嫌な予感、というものだろう。
ゴブリンは稀に異常個体が発生し、多くの被害を出すそうだ。被害が出た後で国か組合の上層部が動き、討伐に向かう。
よくある話だ、最上位の統治者が善人しかいないエオルゼア三国ですらそうだった。人とは儘ならないものと、ナナモ様が零していた。
ここに来た自分たちがやらなければ、組合に報告したとしても人が派遣されるまでに犠牲者が生まれるかもしれない。レイドが悩んでいるのはそんな所だろう。全ては推測に過ぎないが、嫌な予感とは最悪な形で当たるもの。
仮に撤退せずそのまま警戒を続け、このパーティに危険に瀕したのであれば、光の戦士は躊躇いなく全てを薙ぎ払うだろう。本来であれば、レイドに指示を仰ぐのではなく無理矢理撤退させるべきだったからだ。その時点で光の戦士の判断ミス、光の戦士の利益のために犠牲を払うつもりはない。
「……今から、1時間現状を維持する。1秒でも過ぎたらジジ、ギース、俺の順番で村とは逆方向へ離脱。お兄さんを殿にして撤退する」
「ちょっとレイド……!」
ギースの呼びかけから30秒ほど経過して、レイドはようやく口を開いた。レイドにとっては数時間の感覚だったかもしれない。
撤退順も、光の戦士を殿にするのも正しい。鎧を着て鈍足なはずの前衛を盾兼囮にするのは何も間違っていない。加えて光の戦士は昨日冒険者になったばかりの銅級で、そもそも戦力になるかすら確証がない。本来ゴブリン狩りで、仮に役に立たなかったら手取り足取り教えるつもりだったのだろう。切り捨てるべきである。
それでも、心優しいジジは納得できなかった。論理的に反論できなくても、彼女の善性が許さなかった。滝のように汗を流すレイドの顔が見えないのか、ジジは少し声を荒げて反対を訴えた。
ギースは何も言わない。リーダーであるレイドの言葉に従う決心がついたようだ。
30分。低い声色で、光の戦士は呟いた。極度の緊張状態だったレイドはびくりと反応したが、光の戦士へ振り向くことなく、彼の言葉に深く頷いた。
光の戦士の体内時間で、25分が過ぎた。4人の陣形は一切変わっておらず、全員が最大限の集中力で周囲の警戒を続ける。
まだ昼前の明るい時間だというのに、光の戦士以外の3人には辺りが酷く暗く見えた。その中で小動物たちが白くハイライトされて知覚できる。
27分が過ぎようとした頃。
光の戦士本来の感知範囲である500mより、遥かに短い350m付近で1体の異形が観測。
ガチャリと、光の戦士は盾を構え直す。そうして間もなく、討伐対象のモンスターが見えてきた。
「えっ……」
素っ頓狂な声を漏らしたのは、ジジだ。数十体いると踏んでいたゴブリンは姿も形も無い。そこにいるのは、大地を踏みしめゆっくりと近づいてくる小さな影。威厳や畏怖から遠い存在であるゴブリンと思わしき存在は、まるでこの世のものと理解できない威圧感を放っていた。
80m。すでに、ジジの魔法とレイドの矢の射程範囲だ。それでも、圧倒的な威圧感故に動けない。
汚い青色が目立つレザーアーマーのような物から延びる赤黒い肌に、金色の入れ墨。どこで手に入れてきたのかわからない、ソレの身の丈ほどもあるロングソードを引き摺っている。
見た目は、ゴブリンのよう。しかし何もかもが違う。
光の戦士の瞳に映る、27レベルという現実。
ふと、全身が硬直し涙を流しているギースへ視線を向ける……7レベル。レイド、8レベル。尻もちをつき失神しかけているジジ、7レベル。
……光の戦士としても、この12日間で積み上げたこの世界の常識が崩れてしまったことに驚きを禁じ得ない。アダマンタイト級の冒険者ですら難度90、つまり30レベル相当と言う。もしもこのゴブリンと安定して戦うのであれば、パーティで挑む必要がある。
40mほどの距離で、ゴブリンは静止した。ロングソードを右肩に担ぎ、舐めるようにこちらを見つめている。防御陣に気づき観察しているのだろう。
そして、ジジが意識を失い仰向けに倒れた刹那、ゴブリンは炸裂したのかと見紛う加速で駆けだした。
頭数が減り好機と見たか。何をしてくるかわからない以上、3人を守るため光の戦士は打って出られない。相手が間合いに入れば即座に、首から上を細切れにするか盾で頭蓋を粉砕する。
そうして腰を低く落とした瞬間――動けなかったはずのレイドが、光の戦士の間隙を縫って飛び出したのだ。
反応することが出来なかった。レイドは両手に弓は無く、代わりに護身用のナイフが握られていた。
既にレイドは光の戦士の懐から一歩飛び出している。あと2秒もしないうちにゴブリンがレイドに到達する。普通ならもう間に合わない。ゴブリンの持つロングソードが、レイドの体に突き刺さる方が早い。
しかしレイドの目は死んでいなかった。光の戦士を含めた仲間を守ろうと、脳ではなく肉体が応えていた。
♦♦
結論としては、酷く単純な終わりだった。光の戦士がレイドを横へ軽く蹴り飛ばし、左手のカイトシールドでゴブリンの胴体を一文字にぶん殴って終了。
ゴブリンは腹部が盾の横幅分綺麗に吹き飛び、にやけた表情のまま真っ二つになって絶命していた。
このゴブリンが着ていたのは他のゴブリンたちの革を重ねたもので、下腹部からは消化しきれていない大量の骨が見つかった。恐らく被害者が殺されてからの1週間で内輪で揉めて殺し合い、共食いしたのだろう。
ギース曰くゴブリンの共食いはあり得ない話ではないそうだが、それが原因で突然変異が発生したのは前例が無いとのこと。
ゴブリンだけで起きる事例と断定できず流石に報告しないわけにはいかないので、光の戦士だけで倒した点は伏せ、怪我で弱っていたが非常に凶悪な個体。万全の場合はプラチナ級が束になっても分が悪いということにしておいた。言うだけタダである。
死体は戦闘の折燃えてしまい、唯一残っていたことにし、右足の親指を提出。念のためゴルズの屋敷に手紙を置きに行った。
そして現在。例の依頼から既に1週間が経過している。光の戦士はその間に10個の依頼を爆速達成し、無事鉄級冒険者へ昇格していた。
スケジュールはハードだが、きちんとこなせば出来なくもないペース。多少勘繰られはしたが勤勉判定の方が大きかったようで、変な話が立つことなく平和なお仕事の日々だった。
そんな光の戦士だが、この日は依頼に行くことなく、根を下ろした宿に併設されている酒場でジョッキを傾けていた。
「お兄さん!」
一人で4人テーブルを占拠し、運ばれてきた5杯目に手を伸ばそうとすると声をかけられ手を止める。視線を向ければ、1週間ぶりに合うレイドパーティの3人だった。
蹴り飛ばしたレイドが全身を打撲し入院。本日退院したそうだが、元気そうで何よりだ。
それぞれ席に座らせ店員を呼ぶ。全員分が行きわたり光の戦士が乾杯の音頭をとると、3人ともとんでもない速度でジョッキを乾かしていた。乗り遅れた光の戦士はちびちびと口を湿らせる。
レイドは光の戦士が蹴り飛ばしたせいであばら3本に軽くヒビが入っており、今日退院したとのこと。少し申し訳ない気持ちになった。
「ゴブリンの件、本当にありがとうございました! お兄さんのおかげで、俺たちは今こうして生きています」
「役に立たなくてごめんなさい。あの時のことよく覚えてなくて……ギース君から話を聞いてすごく悔しくて」
「お兄さんと一緒に立っていたのに、何もできませんでした。自分のことが腹立たしくて仕方ありません」
強く蹴りすぎたかもしれない、レイドが敬語だ。
そう呟くとレイドの顔が一瞬で真っ赤になりおっさんとしか言わなくなったので、とりあえず頭を叩いて直すことにする。
静かになるまで少し時間がかかったが、落ち着きを取り戻したようだ。
「私たち、リ・ボウロロールに行くの」
珍しく、ジジが口火を切った。
冒険者である以上どの都市に拠点を置いても自由なはずだが、どうしてなのだろうか。
「お兄さんのことを知ってしまった以上、僕たちが一緒にいると必ずボロを出します。僕たちが」
ろくでもない話だった。この3人は誰とでも仲良くなれる性質があると思っていたが、フレンドリーすぎるのも考えものの様だ。光の戦士のことだけではなく、普通に気を付けたほうが良い。
しかし……光の戦士はこれが本心ではない気がしていた。
開幕以降口を噤んだままのレイドにあごで行儀悪く催促する。レイドはバツが悪そうにしていたが、意を決したのかぽつりと話し始めた。
「……怖いんだ、あのゴブリンが。同じ場所に居たらまた出会っちまいそうな気がして」
仕方のないことだ。しかしどちらかと言うと、あんな目に会いながら冒険者を続けようと思える胆力には感心させられる。
「1年で銀級まで駆け上がって驕ってた。何回も死にかけてきたけど……初めて、一思いに早く死にたいって祈った。お兄さんがいなくても、3人で受けるつもりだった。そんで死んでた」
あの時を思い出したのか、ギースはカタカタと震えていた。20レベル差以上――それは、本当に絶望的な差だ。仮に120レベルの敵がいれば、光の戦士も一人では何もできず轢き殺されるだろう。
光の戦士はジョッキを煽る。彼らを見ていると昔を思い出す。光の戦士も、本当に何度も死にかけた。というより、その内の1/5は仮死状態と言えど死んでいた。そして、1回、本当に死んだ。
痛かったし、怖かった。ほとんどが無謀な挑戦で自業自得だったとはいえ、大切なものを守るために死ぬのは悪くない気分だった。自分の命より誰かの命の方が重かった。
でもそれはエゴなのだ。責任感に駆られた奴が自分の代わりに死んだら、非常に寝覚めが悪い。そいつもきっと、誰かを庇って死んでしまう。
でも光の戦士たちは馬鹿なので、それで良かったのだ。
3人は街を出る前に礼と心中を聞いてほしかっただけなのか、30分ほど吐き出したのちに解散となった。支払いはもちろん光の戦士が持った。なんてことだ。
「ありがとうございました」
改めて、レイドが頭を下げる。ギースとジジは、馬車の予約や冒険者組合へ必要書類の最終確認のため一足先にこの場を離れている。
たまっていたものを吐き出せたからか、心なしか声色に元気が戻っていた。
しかし、違う街でやり直すと言っても前衛がいないが大丈夫なのだろうか。人脈が切れると大変だろうと光の戦士は少し心配になる。
「リ・ボウロロールには俺たちの元パーティメンバーがいるんだ。商売を始めるって意気込んで飛び出したけど、文無しになったから助けてくれって」
顔を上げたレイドの表情は、何とも言えないものだった。今更隠し事をしても仕方ないと思っているのだろうが、身内の恥を話すのは当人よりも恥ずかしいものである。
まぁ彼らならうまくやっていくだろう。逃走は立派な戦術の一つであると学んだはず。
「俺、お兄さんみたいになるよ」
胸を張り、光の戦士の目を真っ直ぐに捉え、レイドは脈絡なくそう言った。その眼差しには曇り無く、光の戦士からの返答は不要であるとそう言っていた。
何を指しているのか、光の戦士は解らない。力か、知識か、心構えか、冒険欲か、渋い歳の取り方か。
いずれにせよ心配はなさそうだ。長く元気に、常に前へ進み続けられるよう願う。
長く引き留めるのも悪い。そう思った光の戦士はさっさと用事を済ませようとレイドに少し待って欲しいと伝え、2階の自室から布に包まれた荷物を持ってきた。
「え、くれるのか」
それをそのまま手渡すと、ぱぁっと顔を輝かせるレイド。もう22歳だというのに、そぐわない人懐っこさである。布をバサバサと取り払えば、現れたのは黒檀色のショートボウ。複木材だけでなく、革や金属板も用いられた複合弓だ。
「これは、親父のだ。見た目は全然違うけど、弦の長さがまったく同じで鉄を使ってるのに重さがあまり変わらない……どうしてこれを?」
例の一件で、レイドの弓は壊れてしまったのだ。度重なる無理な修復が祟り、放り投げた際に岩に強く当たったのか、見事な裂け方だった。
帰ってきて直ぐにウンバスの元へ駆け込み、レイドの名を出し仕立ててもらったのである。4日ほどで完成し、試射は光の戦士が行ったが、材質以外はエオルゼアの職人が製作するそれと遜色の無い仕上がり。ウンバスの素晴らしい腕に舌を巻いた。
人を見て依頼を受ける悪癖が無ければ、莫大な富を築いていただろうに。難儀な性格である。
弓を両手でスリスリしながら呆けているレイドの背後へ回り、背をポンと押す。はよ行けと目で訴える。
「……」
最後にもう一度深く頭を下げ、今度こそレイドは宿を後にした。
「頑張れよ、冒険者たち」
若さという希望に満ち溢れ、未知を既知へ塗り替える楽しみが残っている少年たちを、光の戦士は心底眩しそうに見送るのであった。
♦♦
「へぇ……あの男前、良いケツしてやがるじゃねぇか」
走っていく少年が窓から見えなくなるまで見守る光の戦士の臀部を眺める金髪の美女。
豊満な大胸筋をピクつかせ、光の戦士は得体の知れない気配に慄いていた。
「首都の冒険者組合」
酒場が併設された3階建ての屋敷。1階は酒場受付、2階は冒険者と組合員が使用できる会議室、3階は組合員専用フロア。
「レベルシンク」
原作のFF14では、自身とレベルが離れたエリアイベントやダンジョンに参加する際に自動で課されるシステム。強制的にレベルが下がり、そのレベル分のスキルは未習得状態になる。UIをクリックして解除するのと、範囲外に出た瞬間強制解除がダルい。
「アリシア」
人妻だがとてつもない美人なので冒険者に大人気。貢物が絶えないが全て捨ててる。旦那LOVE。ゴルズに計り知れない恩義があるので、その命の恩人である光の戦士には本当に感謝している。
「レイド、ギース、ジジ」
一般銀級冒険者。その性格から他の冒険者の信頼は厚い。レベルは足りていないが才能があり、いずれオリハルコン級まで上り詰められるほど。ギースとジジは互いに恋愛感情は無く、ただの幼馴染。
「ウンバス作の複合弓」
光の戦士も絶賛する会心の出来。矢弾の質にも左右されるが、相応の物を使えばコキュートスの体に傷が付けられる。
「光の戦士が定住する宿」
そこそこの宿、一泊2銀貨。宿代だけで麦酒一杯とまあまあの一食が付いてくる。併設された酒場の質も良い。
「金髪美女」
チェリーボーイという謎の食べ物が好き。