貞操逆転異世界のショタに転生したので女装して冒険者になろうと思います~えっ、性別がバレたら種馬確定? まあ大丈夫でしょ~ 作:寒天ゼリヰ
初依頼の受託のあと、ぼくはひとり冒険者ギルドのエントランスで暇を潰していた。ステラさんの姿はない。あの応接室で、まだホルツヴァートさんと打ち合わせをしている。
つまり、ぼくだけが追い出されてしまった形というわけだ。なにやら見習いには聞かせられない話があるとか。木札のぼくは制度的にはまだ冒険者ですらないので、このあたりは仕方がないことなのかもしれない。
とはいっても、別に手持ち無沙汰なわけではない。ギルドのエントランスには物珍しいものがいくつもある。せっかくの機会だから、ぼくはそれを見て回ることにした。
一番先に興味を惹かれたのは、もちろん依頼掲示板だ。緊急度や危険度の低い依頼は、もっぱらこれに掲示されるらしい。銀級以下の冒険者はここから仕事を選ぶことが多いという。
「いつまでもステラさんのヒモやってるわけにはいかないからな……」
あんな人だけど、やっぱりステラさんは超一流の冒険者だ。一般冒険者とはギルドからの扱いが違う。そのVIP待遇に慣れすぎると、独り立ちのときにいろいろと困りそうだ。今のうちに勉強しておいたほうがいい。
掲示板の前には、仕事を探す冒険者たちがごった返していた。その人混みに巻き込まれないよう、遠巻きに依頼の内容を確認する。
『下水道のビッグラット駆除。報酬、一匹あたり三ジルバ』
『農地の監視。報酬、日当五ジルバ。駆除手当、昼飯付き』
『ジャイアントトードの肝採取。報酬、ひとつあたり四ジルバ』
これらの依頼にはランク制限がかけられていない。たぶん初心者向きの案件だな。
『ホーンウルフ討伐。要青銅級。報酬、一頭あたり六ジルバ。最低五頭以上討伐のこと』
『ゴブリンの巣穴掃討。要青銅以上。報酬、四十ジルバ』
『グリーンスライム討伐。要銀級以上。報酬、七十ジルバ』
このあたりは中級者以上向きか。報酬額もかなり高い。つつましい暮らしを心がければ、年に数度の依頼だけで生きていけるかも。まあソロで依頼を達成する前提になるけど。
『オークの砦掃討。要銀級以上。報酬、二百ジルバ』
そんなことを考えていると、妙な依頼を見つけた。ぼくたちが今回受けた案件と同じ、対オークの依頼。しかし報酬は明らかに高く、現場もヴァルトブルクの近所だった。しかも受託者ランクも銀級以上と来ている。
これは、アレだな。ホルツヴァートさん、たぶんわざと条件の悪い案件を持ってきたな。理由はもちろん、受ける人がいなかったからだろう。
で、おそらくステラさんもそれを理解した上でこれを受けている。あの人、世情に疎いわけではないからね。とうぜん、依頼報酬の相場だって知っているはず。……半ば慈善活動ってわけか、今回の仕事。
「くんくん、くんくんくんくん」
思案の最中、突然ぼくの首筋に熱い吐息がかかった。反射的に刀を抜きそうになり、堪える。ギルド内で刃傷沙汰はマズかろう。というか向こうに殺意があったら息のかかる距離まで近づかれてる時点で終わりだ。
振り返ると、そこに居たのは獣人のお姉さんだった。髪は白だが、ヒョウ柄めいた黒斑が入っている。獣人特有のケモミミは丸みを帯びたものだ。これは……ユキヒョウ?
「え、なっ、誰!?」
「や」
ユキヒョウお姉さんは表情を変えずに片手をあげた。ホントに誰!?
「ああっ、ミッコ! 姿が見えないと思ったらそんなところで……なにやってんスか!」
ドン引きしていると、大柄な人影がノシノシと近づいてきてユキヒョウお姉さんの襟首を掴みあげた。凄まじい長身だ。間違いなく二メートル超……二二〇センチはある。
「ウチのツレがスンマセン! こいつ、ほっといたら何やるかわかんなくって……」
スーパー長身お姉さんは大柄な身体を小さくしてペコペコと頭をさげる。あっ、頭にツノ生えてるな。オーガとかいう種族か。初めて見た。
いやしかし、見れば見るほどデカい。壁みたいだ。あと服装も尋常じゃない。鉄製の胸当てとパンツしか履いてない。ビキニアーマーってやつか? 筋肉バキバキの肉体が丸見えだ。
「あっ、いや、別に……」
なんだ、この癖の強いコンビは。冒険者ってこんなのばっかりなの?
「ちょっと驚いただけですので……。ところで、何かご用ですか?」
「べつに」
ぷらぷらとぶら下がった状態で、ユキヒョウお姉さん……ミッコと呼ばれていた人が答える。その姿はまるで首根っこを捕まれた猫のようだ。
「用もなしにあんなことを!?」
いや用があったら人の首筋に息吹きかけていいわけじゃないけどさ!
「かわったにおいがしたから」
「もーっ! このコはいつもいつも! 気まぐれすぎてジブンもホント困ってるんスよ!」
オーガお姉さんが手刀でミッコさんの頭をビシバシ叩いた。もの凄い音がしたけど、ユキヒョウさんの表情に変化はない。
「悪気はないんで! 許してやって欲しいッス」
「アッハイ、別に構いませんよ」
うおデッカ……本当にデカいなぁ。胸とかぼくの頭より遙かにデカいぞ。うおスッゲ。
「そう言ってもらえると有り難いッス。ホントスンマセンね……」
「ね、サムライくん。こんなところでなにしてるの?」
ペコペコする相方をまるで無視して、ミッコさんが話しかけてきた。……相変わらず首根っこを捕まれた猫めいた姿勢のままで。苦しくないのかアレ?
ちなみに、サムライというのはぼくの服装や刀を見てのことだろう。帝国では、近年東方からの出稼ぎ武芸者が増えている。このヴァルトブルクでも、大通りを歩けば和服姿の人とすれ違うことも珍しくはない。
「コノヤロ! ちったぁ反省してくださいッスよ!」
「あうち」
オーガさんの拳がユキヒョウの頭に叩きこまれる。ゴチンと良い音がした。
「おっかしいなぁ。こんなに他人に興味持つヤツじゃないんスけど……」
「ハハハ……なんなんでしょうね……」
「あとでホントよく言い聞かせておくんで……。ああ、サムライさん。もしかして依頼を見てたんスか? だったら、お詫びもかねてジブンが取ってきましょうか」
オーガさんがちらりと掲示板前の人混みを一瞥する。小柄なぼくがあの人だかりに気後れしているのではないかと考えたのだろう。
「いや、結構です。ぼく、まだ見習いなもので。一人じゃ依頼受けられないんですよ」
胸元に隠していた木札を見せる。オーガさんの目が丸く見開かれた。
「えっ、木札なんスか? いかにも強そうな雰囲気だったから、てっきり銀級くらいかと」
「まさかぁ。この人の接近にも気付けなかったくらいですし」
ぼくは笑いながらユキヒョウさんをちらりと見た。本当にびっくりしたよ、なんの気配もなかったんだもの。
「いやいや、コイツの隠密はジブンだって気付けないんで。そりゃ仕方ないッスよ」
「ん、ボク、すごい」
拳を振り上げるミッコさん。あっ、この人ボクっ娘だ。こういう人がいるからぼくも一人称を変えずに生活できるんだよね。ありがたや。
「仕方ないなんて、実戦じゃ通用しないでしょう? ぼくもまだまだ修行が足りません」
「木札らしからぬ謙虚さッスねー。ジブンなんて、見習いの頃は調子乗りまくってたもんスけど」
「のりまくってたね」
「シバくッスよ」
「やめて」
漫才コンビかな?
「それよりガルガ、そろそろ依頼のじかん」
「あっ、マッズ」
エントランス中央に置かれた柱時計に視線を送り、オーガお姉さんが顔を引きつらせる。
「いそがなきゃ、おくれる」
「誰のせいだと……! ああ、もうっ。サムライさん、スンマセンけど、この辺で失礼させてもらうッス」
「ど、どうも」
「これも何かの縁。困ったことがあったら、なんでも相談乗るんで。それじゃっ!」
ミッコさんをぶら下げたまま、オーガお姉さんはどかどかとエントランスから出て行ってしまった。なんか、嵐みたいな人たちだったな……。
「フェルト殿ぉー。お待たせいたしました、戻りましたぞ」
そこへちょうど、ステラさんがやってくる。タイミングが良いな。
「……どうされました、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「いや、なんか変な人たちに絡まれまして」
「それはいけない! ……ちなみに、変な人というとどのくらい変だったので?」
「ステラさんと同じくらいかな」
覗き行為セクハラ好意をしないだけむしろマシかもだ。……あっ、しまった。せっかく知らない人と出会ったんだから、例の傭兵団のエンブレムを見せれば良かった。しくじったなぁ。
「ならば大丈夫でしょう。人畜無害!」
そう言い放つと、ステラさんはからからと笑いながらぼくと肩を組んだ。そして耳元に口を寄せ、囁く。
「とはいえ、ご存じの通り冒険者というのは決してお行儀の良い職業ではありませぬ。ゆめゆめ油断なさらぬよう」
「……ウッス」
「さてさて、それではロッテナウ村へと向かうとしましょうか、あまりゆっくりしていたら、旅立つ前に日が暮れてしまいますからな」
真剣な声音の忠告からは一転、ステラさんはもとの明るい声音で宣言する。うん、しかし、この忠言はしっかり心に刻みつけておいたほうがいいな。ただでさえ、仇討ちなんて剣呑な目的で動いているわけだし。いついかなる時でもガードは下げるべきじゃない。
とはいえ、別に油断してたつもりはないんだけどなぁ。あのミッコさんって人、たぶんかなりの手練れだ。あのレベルの武芸者がそのへんにいるとか、やっぱり都会は凄い。ぼくもまだまだ修行が必要だ。