貞操逆転異世界のショタに転生したので女装して冒険者になろうと思います~えっ、性別がバレたら種馬確定? まあ大丈夫でしょ~ 作:寒天ゼリヰ
領主様の屋敷で一夜を過ごし、翌朝。ぼくたちはロッテナウ村の郊外にある森へと繰り出していた。
ただし、繰り出すとはいっても一筋縄ではいかない。この辺りの森は有史以来いちども人の手が入っていない原生林であり、道もなければ
立ち並ぶ木々は太く、長い。茂った葉が陽光を遮るため、森の中はひどく暗かった。そのせいか下草はあまりなく、コケやちょっとしたシダ植物が生えている程度だ。
おかげで歩きやすいのは良いのだが、景色の変化が乏しいため油断をすればすぐに自分の現在位置を見失ってしまいそうになる。
帝国東部の森は極めて広大だから、一度迷えば生きて人里に帰るのは極めて難しい。東部の開拓が遅々として進まないのは、モンスター以外にもこうした要因も大きかった。
「いやぁ、助かりましたよ。こうも物騒だと、アタイらも商売あがったりでね」
そんな〝迷いの森〟をスイスイと進むのは、火縄銃を担いだ若いオオカミ獣人の女性だった。彼女の名はエッダ。領主様が紹介してくれた森の案内役である。
ふだんは猟師をしているという彼女は、ロッテナウ村周辺の森を知り尽くしている。案内役としてはこれ以上ない適任者というわけだ。
「ふふふ、それが我々の仕事ですゆえ」
いつもの胡散臭い笑みを浮かべながら、ステラさんが答える。
ちなみに、移動は徒歩だった。道さえない森に騎馬で突入するのは自殺行為だからね。これまで乗っていた馬は領主屋敷の厩舎に預けてきた。
「参考までにお聞きしたいのですが、近ごろの森の様子はどんな感じですか? 何か変化などあれば伺いたいのですが」
「単純に荒れ気味ですねぇ。普通の獣も、小型のモンスターも、だいぶ警戒心が上がっているような手応えがあります。たぶん、オークどもが餌欲しさに獣を狩り回ってるんでしょう」
迷惑なことです、とエッダさんは続ける。なるほど、オークの出現には単純な脅威以外にもそういう悪影響があるわけだ。本当に迷惑な連中だな。
「アタイも一度オークの狩りに出くわしたことがありますが。ありゃあひどいですね。何もかも根こそぎだ。あんなことされちゃあ、獣なんかたちまち狩り尽くされちまう」
「オークの習性ですな。奴らは極めて貪欲な生き物で、加減というものを知らない。人も獣も見境なく襲い、獲物がいなくなればまた別の狩り場へと移動する」
「人型のイナゴって感じですね……」
ぼくは思わず呻いた。
オークは辺境地域ではかなりポピュラーなモンスターで、ぼく自身も幾度となく交戦している。つまり、デカくて強いバケモノが大量に人里付近をウロついているわけだ。物騒にもほどがある。
「その上、そう簡単には駆除できないんだから手に負えませんよ。この間、単独行動をしているオークを見つけてね。コイツを一発ブチこんでやったんですが」
背負った火縄銃を示し、エッダさんが苦笑する。合戦でも十分に使えそうな、長い銃身を持った鉄砲だ。
「腹に当たったってぇのに、あいつらビクともしやがらねぇ。あげくもの凄い勢いで襲いかかってくるもんだから、アワ食って逃げる羽目になりましたわ」
「無茶をする」
ぼくとステラさんが同時に顔を引きつらせる。本当に危ないところだったな、それは。追いつかれてたら普通に殺されてたんじゃないかな?
「オーク一体を確実に倒すためには、
諫めるステラさんの声は真剣だ。傲慢な物言いのようにも聞こえるが、実際ウィッチと
エッダさんは身長だいたい一七〇そこそこ。猟師をしているだけあって、体つきもよく引き締まった筋肉質なものだ。しかも獣人で、ぼくのような
しかしそれでも、ぼくと彼女が戦えば確実にぼくのほうが勝つ。それどころか片手で制圧することさえ出来るだろう。魔力の有無というのはそれだけ大きな違いなのだ。
「もちろんですよ! もうあんなのに追い回されるのはご免だ」
心底後悔しているふうに首を左右に振るエッダさん。よほど怖い思いをしたようだ。
「だから、今回の仕事もアタイは案内するだけです。オークに襲われたら守ってくださいよ」
「ふふふ。こんな場所で案内役を失ったら我々もなかなか大変なことになりますからな。そこに関しては信頼していただきたい」
それは本当にそう。一応簡単な地図は持ってきているけど、空も周囲の地形も目視確認できない状況じゃ地図なんかたいして役に立たないし。探索に関してはエッダさんを頼りにせざるを得ない。
「この広い森の中からオークの野営地を探し出すとなると、まあ一朝一夕にはいかんでしょうからな。せいぜい仲良くしてくださいや、ハハハ」
からからと笑い、火縄銃を担ぎ直すエッダさん。あの領主様が推薦するだけあって、なかなか付き合いやすそうな人だな。
とはいえ、いつまでも雑談に興じているわけにはいかない。それは誰もがわかっているから、進むにつれてみな口数が少なくなっていった。
少し歩くごとに、エッダさんは手近な木に細い紐を巻いた。迷わないようにするための目印だ。
「これは……鹿の糞か。だいぶ前のやつだな」
さらに、エッダさんは足元にもよく気を配っていた。ちょっとした違和感にもよく気がつき、詳しく調べる。オークの痕跡を探しているのだ。
もちろん、ぼくたちも警戒は怠らない。視界の効かないこのような環境では、狩るつもりが逆に狩られる側に回ってしまうなんてよくあることだ。細心の注意が必要だった。
とはいえ、手付かずの森だけに周囲には生命の気配が満ちている。鳥の鳴き声や羽音、動物の足音、時には視界になにか動くものを捉えることもあった。そんな中で必要な情報だけを取捨選択するのはひどく神経をすり減らす作業だ。
しかも、この森に棲んでいるのは無害な小動物だけではない。積極的に人間を襲う害獣、すなわちモンスターも多く生息している。
「むっ!
「キャオン!?」
巨木の陰から飛び出してきたホーンウルフを、ステラさんが魔法で迎撃する。こいつらは群れで行動するタイプのモンスターだ。すぐに後続が現われるが、接近される前にすべてステラさんがひとりで対処した。
これまでの旅路で幾度となく目にしてきた光景だが、やっぱりステラさんは凄いな。魔法の発動速度と精度が普通じゃない。まるで西部のガンマンだ。
「はぇ~、さすがウィッチ様だ。アタイらとは違うなぁ」
一瞬で全滅したホーンウルフの群れを見ながら、エッダさんが感嘆する。彼女もいちおう火縄銃を構えているが、一発も撃つことなく尖塔が終わってしまった。
「ウィッチの中でもかなり上澄みですよ、ステラさんは。ここまでの使い手はそういません」
ぼくはかなりの世間知らずだが、それでもステラさんの凄さはわかる。
奇襲を受けても即座に的確な状況判断を行い、必要最低限の魔法で手早く獲物を仕留めるこの技量は並大抵ではないだろう。
分かりやすく派手な大魔法を無駄に見せびらかすような輩なぞより、よほど戦士として優れているんじゃないかな。
「ぬふふ、それほどでも……ありますがな! むふふふふ!」
「笑い方キモッ……」
「ちょっとやめないか上げて落とすのは」
「おっ、見てくださいコレ!」
阿呆なやりとりをしていると、エッダさんが何かを見つけて駆け寄った。近づいてみると、地面に足跡らしきものが複数刻まれている。
「こりゃあ、熊や狼の足跡じゃありませんね。おそらく人型の生き物です」
「おそらくオークですな。どうも靴を履いているようには見えない。ふつうのヒト種はこんな樹海を裸足でうろつくような真似はしませぬ」
言われてみれば、指の跡がある。なるほど、こうやって見分けるわけか。
「なんか、それほど古いものには見えませんね。試しに追ってみますか?」
「それがよろしいでしょうな。他にアテもありませぬし」
そういうことになった。……いやはや、探索というのはやっぱり地道な作業だね。切った張ったするばかりが冒険者の仕事じゃないってことか……。