貞操逆転異世界のショタに転生したので女装して冒険者になろうと思います~えっ、性別がバレたら種馬確定? まあ大丈夫でしょ~ 作:寒天ゼリヰ
冒険者登録を終えギルドを辞したあと、ぼくたちはステラさんの自宅へと向かうことにした。
流れとしては登録ついでに初仕事もやるというのが正しいんだろうけど、流石にそれは厳しい。時間的にはもう夕方だったし、それに加えてあの卑劣なだまし討ちで気力をゴッソリ持って行かれたからね。
「狭いところで申し訳ないが、さあさあ、どうぞ。実家だと思ってくつろいでくだされ」
冒険者ギルドから徒歩で二十分、入り組んだ路地の先に、ステラさんの住むアパートはあった。
アパートといってももちろん近代的なものではなく、レンガ造りの古びた建物である。ステラさんはこの家の一室を買い取り、拠点としているらしい。
「どうも、お邪魔します」
苦しげな軋みをあげるドアを通り、部屋の中に入る。狭いところ、というのは謙遜ではなかった。十畳くらいの広さの部屋に、ベッドやテーブルなどの家具類が詰め込まれている。典型的なワンルームだ。
聞けば、どうやらトイレさえ共用らしい。風呂、シャワーに至ってはそもそも設置さえされていない。まあ、それに関しては文明レベル的に仕方のないことではあるけど。個人用のお風呂なんて、たぶんよほどの豪邸にしかないと思う。
「金級冒険者の自宅にしては質素でしょう」
テーブルに小さなバスケットを置きながら、ステラさんが言った。中身は帰宅の道すがらに買った今日の夕飯である。
「これは別に、冒険者業の稼ぎが悪いからではありません。金級ともなれば、真面目に仕事さえすればちょっとした法衣貴族などよりもよほど良い暮らしが出来ますから」
「はあ」
そうなんだ。いや、まあ、正直それはどうでもいいけど。お金なんて普通に生きていく上で不安のない程度に稼げれば十分だ。とはいえ、それさえ大変というのが現実の難しいところなんだけど。
興味なさげなぼくに苦笑を向けてから、ステラさんは人差し指で簡単な印を切った。すると指先に小さな炎が生じる。着火の魔法だ。それを使い、卓上のオイルランプに火を移す。薄暗い部屋の中がほのかに明るくなった。
この世界の魔法は、こうやって使う。基本的に呪文の類いは必要なく、指や筆記用具などを使って魔方陣を描くことで発動するわけだ。
「とはいえ、拙僧は聖職者ですから。あまり贅沢をするわけにも参りませぬ。冒険者としての収入のほとんどは、喜捨という形で教会に納めております」
「意外と真面目なところもあるんですね……」
冒険者ギルドでの丁重な扱いを思えば、高収入というのは嘘ではないだろう。にも関わらず清貧な暮らしをしているというのは、確かに大したことだ。
「その目付き、あんまり信じてませんね? まあ、結構。そのあたりについては、おいおいね」
肩をすくめてから、ステラさんは食卓前の椅子に腰を下ろした。そして、対面の席につくようぼくに促す。
「そういえば、魔力測定のどさくさで指の傷の治療がまだでしたな。夕餉の前にやっておきましょうか」
「傷? ああ、ナイフで切ったヤツですか。別に治療が必要なほどのものでは……」
血だってとっくに止まっている。ウィッチは治癒力も高いから、たぶん数日もすれば痕も残さず完治していることだろう。
「まあまあ、そうおっしゃらず。剣を振るうのに障りがあっては困るでしょう」
「はあ」
そこまで言うならと手を出すと、彼女はまた指先で印を切った。ただし、空中に描く紋様は先ほどの着火の魔法よりもずいぶんと複雑だ。
三十秒ほどかけて印を結び終えると、こちらの指先にムズムズとした感覚が走る。しかしそれはあっという間に治まり、気付けば傷は跡形もなく消えていた。
「……ありがとうございます。こんな小傷に回復魔法なんて、ちょっともったいない気もしますけど」
「なあに、治癒は僧侶の十八番ですから。この程度ならば朝飯前、いえ、夕飯前ですよ」
奥ゆかしく微笑むステラさん。ここだけ見ると、確かに理想的な聖職者に見えなくもない。
……ごめん、嘘。いつもの糸目笑顔がランプの光に照らされて、五割増しで胡散臭くなっている。悪巧み真っ最中って感じ。
「それはそれとして」
「はい」
「一年間の見習い期間のこと、黙ってましたよね」
治療はありがたいけど、それで絆されるほどぼくは甘くない。うやむやにされる前に、本題を切り出す。
「おや、ご存じありませんでしたか。てっきりすべてご承知の上で登録に向かわれたのかと」
「ぜんぜん知らなかったんですけど……」
そもそも冒険者になるよう勧めたのもあなたでしょ! 絶対、ぜんぶわかった上で誘導していたに違いない。
「ふふふ……まあ、良いではありませんか。冒険者になるためには、銀級以上の冒険者への師事が必要。これは絶対のルールですから」
表情を変えることなく、ステラさんはバスケットから黒パンと焼いたソーセージを取り出す。それを更に盛り付け、ぼくのほうへと寄越した。
「しかし、一流の冒険者というのはみな多忙です。知り合いでもなければ紹介状を持っているわけでもない人間がいきなり出向いて『丁稚にしてください』なんて頼んでも、だれも相手にしてくれませぬぞ」
「まあ、そりゃあそうでしょうが……」
実際、冒険者という身分が復讐を遂行するにあたって都合が良いのも確かなんだよね。冒険者ギルドは半国営の組織で、その身分証明は帝国全土で通用する。一般人のままいるよりも遙かに動きやすくなるだろう。
「出会い方が出会い方ですから、フェルト殿が拙僧を信用できぬのも仕方がない。ですが、逆に考えてもみなさい。フェルト殿は拙僧の弱味を握っているのですぞ?」
人差し指を立てつつ、ステラさんが説明する。詐欺師めいた口ぶりで。
「これはある意味、なんの貸し借りもない人間よりもよほど付き合いやすい相手です。何かあれば教会に拙僧の所業を連絡すれば良いだけですからな。ある意味、とても信用できる人間だと思いませぬか」
こ、こいつ……自分の犯罪行為すら取引材料にし始めたぞ! 無敵かよ……。
「正直に白状いたしますが、拙僧には下心があります。ですが、それは決してフェルト殿の心身や目的を害するものではございませぬ。天地神明に誓って、それは保障いたしましょう」
「ムムム……」
下心、ねえ。確かにそれは感じる。それも劣情とか獣欲とか、そういう方向性のヤツを。なんというか、視線が怖いんだよね。ニコニコ笑ってるけど、目付きがガチ。とくにうなじとか盗み見てるときがヤバい。
「神はおっしゃられました。Yes ショタ。No タッチ……と。見る以上のことは絶対にやりませぬので、ご安心を」
「絶対そんなこと言ってないと思う」
「ぬふふ」
なんなんだろうなぁ、この人は。ぼくは腕を組み、しばし考えた。身の危険は、感じる。正直かなり感じる。しかしぼくの目的はあくまで復讐なのだ。リスクを取らずして達成できる目標ではない。
とはいえ、そのリスクの度合いもいまいち測りかねる部分もあるんだよね。ステラさんの目的が不明瞭っていうか。本当にこの人、性欲だけで動いてるのかな?
その割には、あまりにも協力的すぎるような気がする。なにかほかに裏の目的があるのかも。例えば、信用を得てこちらのガードを下げ、隙をついて暗黒金持ちに僕を売り払おうとしているとか……。
自意識過剰にも思える想像だけど、男ウィッチの希少性を考えれば杞憂とも言い難い。要するに、SSR確定ガチャチケットみたいなモノだからね、ぼく。この世界における魔力の重要性を思えば、大金を払ってでも手に入れたいと考えているヤツは少なくないはずだ。
……そこまで考えてから、ぼくは首を左右に振った。こういうことは、勘繰り始めたらキリがない。自分以外の全員を疑わなきゃいけなくなる。一生疑心暗鬼で居続けねばならないような生き方は嫌だ。
「……現実的に考えれば、ステラさんの提案は実際ありがたい。感謝していますよ、本当に」
それに、ここまで来たらぼくはもうまな板の上の鯉と一緒だものな。いまさら四の五の言っても仕方がない。それに、一方的に損をするタイプの取引でもないようだしね。いいよ、もう腹をくくることにしよう。
「これから一年、よろしくお願いします」
でも、本当はヴァルトブルクまでの道案内だけ頼むつもりだったんだけどなぁ。どうしてこんなことになっちゃったのやら。
「ぬふふ、どういたしまして。……さあ、小難しい話はこれくらいにして夕餉にしましょう。拙僧、もうお腹がぺこぺこですぞ」
冗談めかした口ぶりで言いつつ、ステラさんはパンの乗った皿をちらりと見る。ああ、もう……完全の手のひらの上で転がされてる感じだな。正直腹立つし、なんかやり返せないものかなぁ。