貞操逆転異世界のショタに転生したので女装して冒険者になろうと思います~えっ、性別がバレたら種馬確定? まあ大丈夫でしょ~   作:寒天ゼリヰ

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第八話 添寝

(これは大変なことになったぞ)

 

 ベッドの中で、ステラは冷や汗をかきながらそう思った。固くて狭い安物の寝台に、ひと組の男女が横たわっている。フェルトとステラであった。

 このベッドは一人用にしてもかなり小さな部類なのだが、フェルトがとにかく小柄なものだからふたりはどうにか密着せずに済んでいる。ステラはそれが心底有り難かった。

 

(落ち着きなさい、フェルト・ラッツァーティ! 心を乱されてはいけない)

 

 フェルトの提案で、ふたりは今夜同衾することになった。けれども、これは決していやらしい行為をするためではない。むしろステラが〝信頼できる人間〟であることを示すための踏み絵であった。

 で、ある以上、ステラはなんとしてもこの試験に合格せねばならない。ただでさえ彼女はいろいろと失態をやらかしているのだ。この期に及んで向こうからの歩み寄りを無下にすれば、今後の関係構築において致命的な悪影響を与えるのは必定である。

 

(いや、しかし、しかしこれは厳しい! とても厳しい!)

 

 しかし、いまのステラにはこの試練をやり遂げる自信は微塵もなかった。いくらフェルトが小柄とはいえ、しょせんはシングルベッド。わずかに身じろぎするだけで体同士が触れ合う距離感である。

 隣から伝わってくる暖かさに、ステラの心は千々に乱されていた。ろくでもない性的嗜好を持つ彼女だが、だからこそ父親以外の異性と同じ寝床に入るのはこれが初めての経験なのだ。

 

「……」

 

 当のフェルトはステラに背を向け、沈黙している。向かい合わせでなくて良かった、とステラは思った。もしそんなことになっていたら、心臓が破けていたかもしれない。そんな下らない心配をしてしまうくらいには、ステラの鼓動は激しく脈打っていた。

 もし、この胸の音がフェルトにバレたらどうしよう。ステラはふとそんなことを考えた。正直、恥ずかしい。彼には、自分のことを余裕のある大人な女だと思っていて欲しかった。たかだか同衾でここまで動揺するような初心(うぶ)な女だとは気付かれたくない。

 

(というか……後ろ姿しか見えなくても、十分危ない!)

 

 ステラは心の中で叫んだ。全開の窓から差し込む月光が、フェルトの後頭部を照らしている。薄紫色の長い髪はさながら絹糸のよう。しかも、彼は就寝前に髪を紐で緩く結んでポニーテールにしていた。お陰で白いうなじがちらちらと目に入ってしまう。

 ふだんのフェルトは髪を結んだりしていないので、当然うなじが露わになる機会はほとんどない。そして、いつもは見えない箇所の素肌ほど欲情を刺激するものはないのである。

 

(おお、神よ。なぜ拙僧にこのような試練を……!)

 

 あの白いうなじに顔を押し当て、深呼吸したい。ステラは強く強くそう願った。フェルトは綺麗好きで、今夜の就寝前にも(部屋からステラを追い出してから)沐浴を行っている。長旅の後とはいえ、悪臭は一切感じなかった。

 むろんまったく何の臭いもないというわけではないが、ステラにとってそれは実にかぐわしい香りだ。できれば過呼吸になるまで吸い込み続けたいくらいである。

 

「うぬ……」

 

 壮絶な表情でステラが唸る。この試練が始まる前、彼女は自身の理性が持つか心配していた。だが、現実にはそれは杞憂だったようだ。今の彼女は金縛りに遭ったかのように指一本動かせない。極度の緊張と興奮のせいであった。

 

(まさか己がここまで情けない女だったとは)

 

 心の奥底で自嘲する。実は彼女、空想の中で何度も〝初夜〟のシミュレーションを行っていた。余裕のある態度でフェルトをリードし、法悦へと導く。なんと素晴らしい。しかし、しょせん想像は想像だ。現実の彼女は全身を石のように硬くしている。

 

(ある意味、これが〝本番〟でなくて良かったかもしれない)

 

 今回の同衾はあくまで試練であって、大人の女として彼をリードしてやる必要は微塵もない。それどころかピクリとも動かないのが正解だ。下手に余裕があるより、今くらい緊張している方がかえって有利かもしれない。

 

(しかし、フェルト殿はいま何を思っているのでしょうか)

 

 現実逃避気味にステラはそんなことを考えた。できれば、現在の自分と同じくらいには緊張していて欲しいところだ。そうでなければ自分の立つ瀬がない。

 

「すぅ……」

 

(えっ、寝てる!?)

 

 ところが、現実はそう優しくはなかった。よく見れば、フェルトはすでに穏やかな寝息を立てている。

 厳しい剣の修行のなか、彼はどんな環境でも即座に入眠できる特技を身につけていた。かといって完全に熟睡するわけではなく、違和感を覚えればすぐに飛び起きることができる。戦士としての心得であった。

 

「なんという……なんと……」

 

 ステラは歯噛みした。自分がここまでガチガチになっているというのに、まさか気付かぬうちに眠っているとは。自分ひとりが一方的に負けているようで、正直かなり悔しい。

 

(しかし……逆に考えれば、それだけ拙僧が信頼されているということでは……?)

 

 反面、嬉しい気持ちもあった。フェルトが警戒心を抱いているのなら、すくなくともしばらく様子見くらいはするはずだろう。

 それがないということは、彼はステラに襲われる可能性はほとんどないと考えているということ。ステラも自分がたいがい気色の悪い真似をしている自覚はあったから、これにはずいぶんと心の軽くなる思いだった。

 

 (しかし、フェルト殿も存外可愛いところがありますな。普段はああもツンケンしているというのに、ぬふふ……)

 

「ううん……」

 

 ステラがほくそ笑んでいると、突然フェルトが寝返りを打った。身体がくるりと逆を向き、ちょうどステラの胸元へ飛び込む形になる。

 

「ふぇ」

 

 予想外の〝攻撃〟に、ステラの口から息とも声ともつかぬものが飛び出した。眼前に、フェルトの顔がある。呼気のかかる近さだった。

 

(顔、良……ッ! まつげ、長……ッ! えっ、死)

 

 ただでさえ過剰運転気味だった彼女の心臓が更なる早鐘を打ち始める。ステラは一瞬本気で意識が遠くなるのを感じた。気合いでなんとか堪えたが、ダメージは大きい。

 

(いやいやいや、無理! 無理ですって! それは卑怯でしょうが!)

 

 冷凍サンマくらいカチカチになりながら、ステラは心の中で叫ぶ。この勝負は、彼女が手を出せばその時点で負けなのだ。おそらく無意識とはいえ、挑発を仕掛けてくるというのは流石に道義に反するのではないか……

 

(こ、この少年、もしや悪魔では? 聖職者として、せ、せ、拙僧が調伏すべきなのでは?)

 

 まぶたをぎゅっと閉じつつ、ステラは思った。心を守るための措置であった。しかし目を閉じても、すぅすぅというフェルトの寝息が彼女の心を激しくかき乱し続けている。このままでは不味い。ステラは意を決し、目を開いた。

 

(あっ、やっぱり無理。心臓が持たない)

 

 そしてすぐに諦めた。このまま彼の顔を間近で見続ければ、遠からず彼女の理性は決壊する。いや、その前に心臓が限界を迎えるかもしれない。

 

「て、て、天地創造の折、神はまず鐘を打ち鳴らされた。これより生まれ出る生命を祝福するためである……」

 

 ほとんど無意識に、ステラが聖典を暗唱し始めた。そうでもしなければどうかなってしまいそうだったからだ。何も見ず、何も聞かないようにしながら、ひたすら聖典を唱える。夜明けまでずっとこうしていよう、それが唯一の勝ち筋だ。ステラはそう思った。

 どれほどの時間がたっただろうか、いつの間にか夜はずいぶんと更けている。ふたりがベッドに入ってから、すでに三時間以上は立っていることだろう。

 

「……ある時、世界の外より邪悪なる者が現われた。外なる者は世界を我が物とするため、この世界の命を思うがまま歪め尖兵を作り出し……」

 

 その頃になっても、ステラは相変わらず暗唱を続けている。幼い時分から繰り返し繰り返し口にしてきた文言をそらんじることで、彼女の心にはようやく安静が戻りつつあった。

 

「ううーん……」

 

 無心の読経を、苦しげな声が遮る。ハッとなったステラが目を開けると、フェルトの顔は苦悶に歪んでいた。

 

(うなされているのか)

 

 無理もない。フェルトはただ美しいだけの少年ではないのだ。幼くして両親と故郷を失い、その仇を討つため男の身でありながら剣を取った。

 ステラはまだ彼の剣技を直接目にしたことはないが、その立ち振る舞いをみれば並みの腕前ではないことは明らかである。年齢に不釣り合いな技量は、間違いなく厳しい修行の賜物であろう。自身も武芸者だけに、ステラにはその努力のほどが痛いほど理解できた。

 その上、彼は男性ウィッチだ。魔力は彼に戦う為の力を与えるが、反面復讐とは無関係の厄介ごとも呼び込む。

 ひと昔ほどではないにしろ、貴族には未だに魔力の強さをステイタスにする風潮が残っている。彼の性別が露見すれば、その身柄を確保しようと四方八方から手が伸びてくるに違いない。

 

(なぜ、神はこれほどまでに過酷な運命を彼に与えたもうたのか)

 

 そこに思い至り、ステラは静かに嘆いた。わずか十三歳の少年が、なぜこんな目に遭わねばならないのか。敬虔な聖職者である彼女さえ、神に恨み言を漏らしたくなるような現実だった。

 

「父上……母上……」

 

 フェルトが微かに寝言を漏らす。ステラの胸がきゅっと痛んだ。

 

「大丈夫、拙僧がついておりますぞ」

 

 彼女は優しくフェルトの頭を抱きしめた。ステラは自分がどれだけ卑劣な真似をしているのか、きちんと理解している。しかしだからこそ、彼の元に訪れる苦難を肩代わりする覚悟もまた持っていた。

 

(拙僧が守護(まも)らねば……)

 

 変態には変態なりの矜持というものがあるのだ。ステラは覚悟も新たに拳を握りしめた。

 

(あっ、まずっ……思わず抱きしめちゃった! あっ、身体、細……う、良い匂い……ああ! ああ! これは不味い! あああああああ!)

 

 それはさておき、彼女はこの夜一睡もできなかったという。

 

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