貞操逆転異世界のショタに転生したので女装して冒険者になろうと思います~えっ、性別がバレたら種馬確定? まあ大丈夫でしょ~ 作:寒天ゼリヰ
翌朝。起きて早々、ステラさんは開口一番にこう言った。
「申し訳ありませぬが、このお金で朝食を買ってきていただきたい」
発言内容はふつうだが、その表情は実に壮絶だった。明らかに寝不足とわかるその顔には、粘着質な興奮がにじみ出ている。正直かなり気持ちが悪い。美人が台無しだ。
「……わかりました」
たぶん昨日一睡もしてないんだろうなぁ。そう察しをつけたぼくは、あえて何も言わずお金を受け取った。
都会だけあって、このあたりの地区にはたくさんの食品店がある。大通りに出れば屋台も並んでいるから、土地勘がなくとも食料の調達は容易だ。しかしぼくはあえて時間をかけて屋台を回り、十五分ほどたってからステラさん宅へと戻った。
「すみません。店が混んでて、ずいぶん遅くなっちゃいました」
「いえいえ、お気になさらず。むしろ有り難……げふんげふん」
応えるステラさんの顔はずいぶんとスッキリしたものになっている。欲求不満にいちおうの始末をつけた、そういう態度だった。
彼女がさっきまでナニをしていたのかはもちろん察しがついているので、それについての追求はしない。ぼくにだって武士の情けはあるのだ。……いやまあ、ただの添い寝でそこまで興奮するか? とは思うけどね。男子中学生じゃあるまいに。
「さて、朝食にしましょうか」
まあ、そんなことはさっさと忘れるのがお互いのためだ。ぼくは何も気付いていないような顔をして席に着き、バスケットから買ってきたものを引っ張り出した。
今日の朝食はサンドイッチだ。いや、もちろんこの世界にはサンドイッチ伯爵なんていないだろうけど、便宜上そう呼んでいる料理。ただしパンはライ麦百パーセントの黒いヤツだ。小麦のパンは高いので貧乏人には手が出づらいんだよね。
「で、今日はどうします?」
サンドイッチにかじりつきながら、聞く。うん、なかなか美味しいな。
具は刻んだタマネギとカラシナ、チーズという組み合わせ。シャキシャキとした歯ごたえがすばらしい。このちょっと癖のある香りはラードかな? ちょっと獣くささはあるけれど、それがかえってすっぱい黒パンによく合っている。うまい。
「今日は休日にいたしましょう。冒険者稼業は危険です。長旅の疲れを残したまま仕事に出れば、思ってもみない失敗をやらかすやもしれませぬゆえ」
そう言って、ステラさんは目をしょぼしょぼさせた。うん、たぶんだけど、その疲れは長旅が原因じゃないような気がする。たぶんね。
まあでも、ステラさんの言うことにも一理あるか。べつに、ぼくは冒険者として大成したいわけじゃないんだ。仇捜しのついでに路銀を稼げれば十分なんだから、焦る必要はないだろう。
「しかし、休みと言ってもずっと部屋でゴロゴロしているわけにも参りませぬ。早急に片付けるべき案件がありますから」
「というと?」
「寝台の用意ですよ。昨夜は緊急避難的に同衾いたしましたが、
まだって言ったか、今。いや、気のせいだよね、うん……。
「ついでに、フェルト殿用の日用品も揃えておきましょうか。ブラシや手鏡なども必要でしょう?」
「いや、別に……そんなもの買うお金ないですし」
「あいや、金子のことはご心配めされるな。もちろん拙僧が買いますゆえ」
「さようで」
いや、本当にいらないんだけど。……とは、言い出せない雰囲気だった。ステラさんは妙に機嫌良さげだ。率直に表現すると、浮かれポンチって感じ。
「時間があれば、新居でも探しに行きますかな? この部屋は、男性と同棲するにはいささか手狭すぎる。二人暮らしをするのなら引っ越しは必須ですぞ」
「い、いや、流石にそれは必要ないんじゃないですか? 昨日、自分で言ってましたよね。この部屋で寝起きするのは、一ヵ月のうちせいぜい一週間くらいだって」
上級冒険者が受けるような仕事は、ほとんどの場合泊まりがけで行われるらしい。まあ、そりゃあそうだよね。冒険者の本業って、モンスターの討伐だから。都会の近くに金級冒険者が出張らなきゃいけないような危険なモンスターがうろついているはずがない。
そういうわけで、ステラさんもあまり自宅にいる時間は長くはないようだ。部屋が殺風景なのも、寝床として利用できればそれで十分という考えからだろう。旅慣れた人間は自然と持ち物が少なくなるものだ。
「それはそうなのですが。しかし、いまのアパートのままではフェルト殿もいろいろと不便なのでは? 着替えや清拭のたびにもう片方が部屋の外に出ねばならぬというのは……」
「……」
「それに、この狭い部屋では大ダライを持ち込むことさえままなりませぬ。ずっと布で身体を拭くだけ、というのは綺麗好きのフェルト殿には耐えがたいのでは」
「ムムム……」
言われてみればその通りだ。何が辛いって、お風呂に入れないのが一番つらい。ぼくはもと日本人なんだ。入浴は月に一回、着替えも滅多にしない、みたいな生活にはとても適応できないんだ。
それに、当のステラさんだって一人になれるプライベート空間は欲しいだろう。双方の精神的平穏のためにも、転居は必要か。ステラさんには負担をかけて申し訳ないけど……。
「お風呂のある物件とか……あったりしません?」
「あまり多くはないでしょうが、探してみる価値はあると思いますぞ」
ゆっくり頷いてから、ステラさんはサンドイッチを口に運んだ。その食べ方はたいへんに上品なもので、彼女がしっかりとした礼儀作法の教育を受けた人間であることが察せられる。
「狙い目は貴族や商人の妾宅ですな。経験上、そういった邸宅にはかならず入浴設備がついております。広すぎないのも都合が良い」
「はぇ~……何だかお高そう……」
妾宅かぁ。妾といっても、この世界の場合は男なんだろうな。貴族はもちろん商売人だって女性ばっかりだし。
「なあに、心配めされるな。拙僧はこれでも金級冒険者、稼ぎも蓄えもそれなりにありますゆえ」
「いや、しかし、それは」
悪いでしょ、ぼくのためだけに大金を使わせてしまうのは。ステラさん本人は贅沢な暮らしとか興味ないタイプみたいだし。
「まあまあ、ここは拙僧に見栄を張らせてくだされ。清貧を旨とする僧侶とはいえ、|
誰が相方だ。……なんか妙に馴れ馴れしいな、今日のステラさんは。まさか一回一緒に寝ただけで彼女ヅラをし始めたとでもいうのだろうか? 寝たといっても本当に文字通りの意味なんだけど。
…………まあ、いいか。ぼくはゼイタクを言っていられる身の上じゃない。この人が最低限は信頼できる人間であることは、昨夜確認できたし。好意はありがたく受け取ることにしようか。とはいえその好意にどう報いるかが一番の問題かもしれないが。
「ありがとうございます。……正直、かなり助かります」
嫌だなぁ。人ってこうやってズブズブ沼にはまり込んでいくんだろうな。せめて身の振り方だけは気を付けた方が良さそうだ。悪女、いや、悪男気取りで人を利用してたら、そのうち背中を刺されることになりかねない。
「なに、人として当然のことをしているまでです。お気になさらず」
むふんとない胸を張るステラさん。キツネ耳がぴんと立ち、しっぽがぴこぴこと揺れている。……本当、性的嗜好はさておき容姿だけは本当に可愛いなあ、この人。
「さて、そうと決まれば話は早い。まずは買い物から済ませるといたしますか」
「そうですね」
ぼくはサンドイッチの最後の一かけを口に放り込んだ。ずっと旅をしてきたから、ちゃんとした休日というのは本当に久しぶりだ。せいぜい羽根を伸ばさせてもらうとしよう。