《急成長》スキルから始まる異世界人の《技能樹(スキルツリー)》が何かおかしいんじゃが!? 作:天都ダム∈(・ω・)∋
◆
この廃墟寸前の建物は、正式な名称をリーンケージ修道院、という。
迷宮発見直後の最初期に、迷宮神たちを讃える神殿と共に建設されたそうで、現在は築九〇年。かつては創造神への祈りを捧げる者たちが集まり、賑わいを見せていた。
しかし、年月が過ぎ、東地区に、より大きくて立派な教会が出来ると、元々は居住区の街外れだ。徐々に人の足が遠のいていった。
……と言うことすら、もはや人から伝え聞いた話だ。
オルレアがこの修道院にやってきた一〇歳の時分には、もうほとんど本来の役割は果たせておらず、当時の神父が
その神父も三年前に病で亡くなって、遺言に従い全ての権利がその時点で一番の年長者であったオルレアに譲られ――今に至る。
「今は週に一、二度、聖典の読み上げの際に、今日のように近所の方々が訪れるくらいでしょうか」
「あー、まあ爺さん婆さんが
【ランペット宝樹迷宮】を中心として、アンゼリセ神殿やリーンケージ修道院があるのは南地区の中程。対して後から完成した大教会は東地区の、更に北寄りとのことらしい。
そもそも教会と修道院は役割が違うんだったか? いや、イツキが知っている世界のものと、こちらのものが同じシステムなのかもわからないのだが。
「まぁ俺はそっちまで行ったことないけどネ! この都市広いし! たまには知らねえところ行ってみるか! ってぶらついてたらネアさんに遭遇して死にかけたし!」
「それはイツキ様の自業自得では……」
ギルドから修道院へ来る時にも通ったナーヤ商店街は、主に都市に居を構えて暮らす人々が日常の買い物をする為の店舗が並んでいる。
迷宮の賑わいが伝播するように、わいわいと人で溢れている。どの商店も商魂たくましく呼び込みを行う中を、イツキとオルレアは並んで歩いていた。
「いやー、しかし結構買い込んだなァ!?」
肩に担いだ小麦粉の袋は、ゆうに二〇kgはあるだろうか。それを二つ重ねているものだから、時折担ぎ直してバランスを取る羽目になる。
そんなイツキを見て、オルレアはくすりと笑った。
「これでも、すぐになくなってしまうのですよ。あの子たち、驚くほどよく食べるので」
そう言うオルレアも、収納力限界まで芋やら豆やらを詰め込んだ麻袋を、両手で胸に抱えていた。
「正直、イツキ様が了承してくださって、助かりました。買い出しも、こうして一度で済みますし」
リーンケージ修道院に暮らしているのは、オルレアを含めて一六名。
一五名の子供の内、年長組に区分される一〇歳を越えているのはまだ三名、あとは下は四歳、上は八歳と、本当に小さな子供たちしか住んでいない。
一方、元々は街のシンボルとして大きく作られた修道院は広く大きく、まだまだ部屋数に余裕がある。それこそイツキ一人が転がりこんでもまったく問題なかった……というか、あてがわれた部屋はイツキが今居る部屋より三倍以上広かった。
そうなると、オルレアが提示した、今借りている宿代の半額+食費別、余裕がある時は日々の生活の手伝い、というのはイツキにとって断る理由がない条件だった。
唯一、問題らしき問題があるとすれば……。
「…………本当に俺が転がり込んでよかったのか? 一応、男なんすけど……」
それなりに付き合いがあり、迷宮探索を共にしたとはいえ、そして小さい子供たちが多数いるとはいえ、若い男女であるからして、一つ屋根の下で暮らすのは、若干問題があるのではないか? とイツキの倫理観は警鐘を鳴らしているのだった。
いや、邪な気持ちは一切ないのだが、客観的に見てオルレアは綺麗と呼んで差し支えない外見をしていることでもあるし。
「まさか、イツキ様はそんな事、出来ませんよ」
なまじ滅茶苦茶やらかし続けてきたイツキが、常識的な事柄を悩んでいるのが面白かったのか、オルレアの笑みが強くなった。
「私に何かあったらイツキ様、ランペットに居られなくなりますものね?」
「それはそうなんだけどネ!?」
オルレアの交友関係を深いところまで知っているわけではないが、とりあえずアンゼリセとヴェルミーに可愛がられているのは間違いないので、もし間違いを犯そうものなら、都市に居られる居られないの前に、多分普通に殺される。
「一回やらかしてた俺に慈悲深い……」
「? やらかし?」
オルレアの問いに、イツキはあー、と視線を上に向けた。
「いや、焼肉屋でおがっ」
「わざわざ言うまいとしていた事なのですから、掘り返さないでいただけますと!」
袋を抱えた状態で、器用に放たれたオルレアの肘がイツキの鳩尾に食い込んだ。
「あれは事故です。意図せぬ過ちです。慈悲深い創造神様もお許しになられますとも」
「こひゅっ…………」
まあ、別に直接何かを見てしまったというわけではないのだ。
修道服の前はちゃんと下ろしていたし、驚いて足が出てしまったオルレアにも非がある。それでおしまい、そういうことになっている。
どうでもいいが、かなり深くまでめり込んだ肘が凄く痛い。呼吸も若干鈍い。小麦粉を落とさなかったの奇跡かも知れない。
「二度と話題にしません…………」
「そうしましょう、お互いの為に」
合意が取れたところで、こほんと咳払い。
「とにかく、きちんと家賃はお支払いいただくわけですし……どうか遠慮なさらずに」
「うう……人の優しさが温かい……帰る場所があるって素晴らしい……」
まあ、それ以前に、《
修道院に戻る道を踏み出せば、喧騒は背後に遠ざかっていく。
「しかし、不思議なもんだあ」
イツキがなんとはなしにこぼした呟きに、オルレアは首を傾げた。
「何がですか?」
「俺の国じゃこう、神様に拝んだり祈ったり時は、両手をぴたっと合わせるんだけどさ」
片腕が塞がっているので、指をぴったりくっつけた左手だけを前に出して、ポーズを取った。
「他の国じゃちゃんと指を組むんだけど、こっちの世界もおんなじだろ? 信仰してる神様って違うはずなのに、教会とかはだいたい似たような雰囲気だし」
ごくごく自然に受け入れてはいるものの、イツキの知るシスターとか教会というのは、当然の如く『イツキが元いた世界』での文化だ。
少なくとも《
けれど、形はとても似通っている。
「そう言われると……不思議、かも知れませんね。いえ、創造神様の居られない世界、というのが、私には想像できないのですが……その、イツキ様の故郷には、どんな神様が居られたのですか?」
それは興味本位から出た質問だったのだろうが、イツキはその場でぴた、と足を止めて、しばし考えた。
「んー………………沢山いた」
「……沢山?」
つられて足を止めたオルレアが、問い返す。
「なんとその数、八百万!」
「は、はっぴゃくまん?」
「
懐かしむように目を細め、それから悪い、と一言添えて、また歩き出す。
「……まー、多分こっちの世界と違って、本当に世界を作った神様いるわけじゃなかったと思う。他の国にもいろんな神様を信じてる人たちがいて、それぞれのやり方で、心の支えにしてたって感じかなー」
「世界を作った神様が、居ない…………世界」
イツキの言葉を繰り返し呟き、今度はオルレアが足を止めた。
「どったの?」
お? と少し先を歩いていたイツキは、振り向く。
「…………その、すいません、想像、出来ませんでした」
顔を伏せたオルレアが、しばしの沈黙の後、消え入りそうな声で呟いた。
「もし創造神様が、世界のどこにも居なかったら……と、考えたら、少し怖くなってしまって」
「…………はっ! 違うんです! 決して人様の宗教観を否定したかった訳ではなく!」
「へ?」
慌てて何かしらの弁明を始めたイツキ。あっけにとられるオルレア。
「デリケートな話題に触れてすいませんでした! 平に! 平に!」
「ひ、ひらひら? そ、その、違います違います、別に怒ったわけではなくて」
「ホント!? マジで!? 火刑に処されない!?」
「これで火刑に処されるなら、多分その前にアンゼリセ様かグイネア様に裁かれているかと……」
そういや、その辺を歩いてるマジモンの神様がいるんだった。
いや、なんだろう、いわゆる《迷宮の神》は神と呼ばれては居るけれど、イツキの感覚としてはこう、信仰対象としての神ではなさそうというか……。
「……少し、私の話をしてもよいでしょうか」
「へ? あ、ええ、よろしくてよ?」
急に言われたので、なんだか変な言葉遣いになってしまった。