《急成長》スキルから始まる異世界人の《技能樹(スキルツリー)》が何かおかしいんじゃが!?   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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“鋼の災禍” Ⅵ

 

 ◆

 

「……っ、女神アンゼリセ!?」

 

 下からオルレアに持ち上げてもらい、なんとか防壁のてっぺんに手がかかった。

 なんとかぐいと体を持ち上げて、登り切る。小さな体の息が荒れるが、それどころではない。

 

「なんで戻ってきたんです!」

「多分こうなると思ったからじゃ! こやつの《急成長》スキルを、一度にまとめて使えば使うほど異常成長するんじゃ、さっきからぶっ放し続けじゃろ!」

「それはそうですが、しかし……!」

 

 ティックの懸念はもっともだ、むしろ正しい。それでもだ。

 

「案ずるな! どうせ世捨て(びと)じゃ! わらわが居らんでも、グイネアもシコロルもキャンディも居るわ!」

 

 イツキの服を強引にめくって、《技能樹(スキルツリー)》に指を這わせる。

 

「どの道、ジリ貧なのじゃろ! だったらこやつの覚醒にかけよ!」

「アンさん……っ! 何しに来たんだよ逃げてくれよ!」

「黙っとれ! わらわを助けたかったら、そりゃあもうとんでもないスキルの一つでも、目覚めさせてみよ!」

 

 目を閉じて、指に集中させる。イツキが培ってきた【経験(EXP)】は、《技能樹(スキルツリー)》を成長させるのに充分なほど溜まっていた。

 

 奇妙な成長をせぬように、あえてせき止め、既存スキルの成長を促すよう分岐させていた根を、新たなスキルの萌芽へと誘導、そこから生じる無数の可能性を、アンゼリセは感じ取る。

 

 ……アンゼリセの《才能開花(ブルムファリア)》は、人が持つ隠れた可能性をも探り当て、芽吹かせ、《技能樹(スキルツリー)》を育む事ができる権能である。

 

 かつては【猛る王虎】の者たちに施してきた、いつか己が自由になるために。

 それが罪だと気づいてからは、この力を使うことすら、恐れるようになっていった。

 

 なんて愚かだったのだろう、アンゼリセが本当に人の子を守りたいのであれば、逃げるのではなく、向き合って、生きて帰れる可能性を少しでも上げる為に、力を使うべきだったのに。

 

(――――――ああ)

 

 イツキの背には、無限の可能性が広がっている。それこそ、星のように。

 それが《流れ人(エトランゼ)》であるからなのか、イツキ・アカツキという個人に由来する性質であるのかはわからないが。

 

 その内の一つを選び取れば、また生まれる可能性も、消える可能性もあるだろう。

 文字通り際限のない、数多幾多の可能性の中から、今、求められているもの。

 イツキが欲するもの、アンゼリセが見つけられるもの。

 

 その力を手繰り寄せ、芽吹かせた――――その瞬間。

 

「………っ、アンさん!」

 

 イツキの声に、はっと目を開く。気づけば、一匹の鋼鉄蟻(メタルアント)が防壁をよじ登り、今まさに、アンゼリセの眼前に迫っていた。

 

「しまっ――――」

 

 ついにワーブが前線を支えきれなくなってしまった。まだ無事なのか? 生きているか? その疑問に答えが出る前に、鋼鉄蟻(メタルアント)の牙が大きく開く。

 ぐしゃ、と肉を噛み砕く音と共に、鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ティック!」

 

 体を間に割り込ませ、牙をその身に受けたのはティックだった。

 大型の鋼鉄蟻(メタルアント)の体躯は、小人族のティックよりも大きいほどで、胴体をガッチリと挟み込まれている。

 肉が裂け、血が溢れ、ぼたぼたとこぼれ落ちる、どれだけ贔屓目に見ても、重傷だ。

そのまま、ギギギ、と顎を閉じて肉体を両断しようとする鋼鉄蟻(メタルアント)の牙を。

 

「おい」

 

 ティックは震えるそれぞれの手で掴むと……ぴたりと、牙の動きが止まった。

 

「…………いい加減にしろよ、虫けらが」

 

 ミシミシ、ギチギチと音を立てて、閉じかけた鋏が、ゆっくり開き始めた。

 金色の瞳がギラギラと輝き、幼く見える相貌に、獰猛な怒りが浮かぶ。

 

「お前らはいつだってそうだよな! 来てほしくない時ばかり来やがって……!」

 

 鋼鉄蟻(メタルアント)の足が細かく動いて、もがき、逃げようとする。しかし容赦なくこじ開けられる牙は、とうとう本来の可動域を越えて、更に外側へと力づくで押し込まれた。

 

 終いにはべき、と音を立てて、完全に顎が破壊されて悶える鋼鉄蟻(メタルアント)を、ティックは強引に蹴り飛ばし、その衝撃でちぎれた頭部が、宙を舞った。

 

 ティックの《技能樹(スキルツリー)》は《投擲術》や《短剣術》、それに《鷹の目》に《解錠術》、《隠密(ハイド)》と言った斥候系のスキルが主だ。ワーブを盾にしての中距離支援と、迷宮探索を円滑に進めるための構成だろう。

 

 しかし二つだけ、その軸から逸れた、例外のスキルが存在する。

 

 体力を消耗しているほどに身体能力が向上する《背水》。

 傷を負えば負うほど、出せる力が増す《決死》。

 

 以前、イツキの電撃にやられたワーブをティックが担いで帰れたのは、ひとえにこの二つが相乗効果をもたらした結果だった。

 

 まして今は、かなり深い傷を負っている。この状態であれば、力だけならば一時的にワーブを上回っているかも知れない。

 

「――――っ、さっさとやれイツキ! ワーブが危ない!」

「…………おう! いいよなアンさん!」

「わかっておる! 思い切りいけ!」

 

 ついに芽吹いたそのスキルの名を、アンゼリセは知っている。

 いや、知っているのは名前だけだ、“それ”がスキルとして発現したなど、聞いたことがなかった。

 イツキが両手を掲げると、空中に二つの黒い渦が生じた。

 

 《焼肉食べ放題》でお馴染みの【転送門(トラベルゲート)】。

 ただ、それを見た瞬間、アンゼリセはゾクリと背筋が凍った。

 

 ――あの門の向こうに行ったら、アンゼリセは命を保てない。

 

 それが実感として理解できる――つまり今までのものとは違い、門はどこか遠くの場所に接続されている。

 それはどこか? 何を呼び出すのか? アンゼリセは――知っている。

 ごぼ、と音が溢れた瞬間。

 

「――――――いっけえええええええええええ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 門に――ワーブに群がっていた鋼鉄蟻(メタルアント)たちが、その水流に容赦なく押し流されていく。

 

『きゃあああああああっ! な、なんですかこれぇ!』

 

 同時に、ワーブの悲鳴が聞こえてきた。良かった、まだ生きている、叫ぶ余裕もある。

 

「その場から動くな! 耐えるんじゃ!」

 

 アンゼリセが檄を飛ばす……その間にも、水流は更に勢いを増し、鋼鉄蟻の群れをまとめて飲み込んでいく。

 

「な、なんのスキルなんだこれは!」

 

 ティックが叫ぶ。アンゼリセも、気持ちはよく分かる。

 このスキルに関して、もはや分類することに意味があるかどうかもわからないが……あえてするのであれば、こうなる。

 

 かつて魔物に溢れた世界を洗い流し浄化した、創造神の御業の再現。

 あらゆる迷宮の原点、新世界が創られる、その前夜。

 聖典に語られし、まさに神話の再現。

 

 

 

 

 

 即ち、神話級(ミソロジー)スキル――《マリス・レーアの大洪水》。

 

 

 

 

 その第一アビリティ【大津波(タイダルウェイブ)】は、門を通じて大量の水を呼び寄せ、敵を押し流す範囲攻撃能力。群れで襲ってくる鋼鉄蟻(メタルアント)に対して、この上なく有効だった。

 

 …………一番気になるのは、これが《温水洗浄付きWC(きれいなトイレ)》から派生したスキルってことなんじゃが!

 

 なんかそう思うと、これも水栓に流れていくなにかしらに見えてきて……やめよアンゼリセ、流石に不敬じゃ。創造神様、これはあの馬鹿の仕業なのでわらわは違うのじゃ。

 そんな内心の言い訳を、創造神に聞かれてしまったのか。

 

「す、すごい――――行けるぞ! 行けるぞイツ……キ?」

 

 興奮したティックが真横を見ると、イツキがたら、と冷や汗を流していた。

 

「………………ど、どうしたイツキ」

「やべ」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「閉じそう」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イツキの視線の先、門からでてくる水の勢いが、目に見えて衰え始めた。

 というか、門がどんどんと小さくなっている。そうこうしている内に大洪水というか大放水、大放水がただの放水、やがて打ち水ぐらいの勢いに目減りしていって。

 

「………………」

 

 門が閉じた。

 水流に飲まれた鋼鉄蟻(メタルアント)たちも、混乱している様子はあったが、おや? なんだか大丈夫だぞ? と既に姿勢を整えだす個体が出始めている。

 

 確かに大量の水が押し流してはくれたが、そもそも場所がただっぴろい平原だ。水が貯まるわけでもなく、流れるだけ流れていってしまっていた。

 

「…………もう一度やれイツキ!」

「お、おう! 開け! 門!」

 

 再び両腕を掲げ叫ぶが、声がしーん、と響くのみだった。

 

「無理じゃ……今のアビリティは一日一回の使用制限があった……」

 

 スキルが芽生えた瞬間を観測していたアンゼリセにはわかる。往々にして強力な能力には、ある程度の使用制限が生じるものだが、まさか、こんな所で。

 

「…………お、終わった……?」

 

 ぼそ、とティックが呟いたその時。

 

「イツキ様! 雷です!」

 

 オルレアの声が、イツキの背を叩いた。

 

「へっ!?」

 

 門の背後でワーブの回復を続けていたはずのオルレアは、今、数歩下がって壁上の三人が見える位置にいた。

 

「神話に伝わる大洪水は、()()()()()()()()()()()()! この水は、海水です!」 

「海水――――――ああ! そっか!」

 

 イツキは、再び右腕を、大きく振り上げた。

 それを見て、何をしようとしたのか察したのだろう、ティックは眼下のワーブに向けて叫んだ。

 

「っ、ワーブ! 魔鎖を伸ばせ!」

『っ、伸びろ魔鎖(グレイプニル)!』

 

指示通り、伸びる鎖がティックの手に絡む。まだ傷が残る体だからこそ、《背水》と《決死》が与える底力によって、強引に握り込み、支え。

 

『――――縮め魔鎖(グレイプニル)!』

 

 今度は鎖を縮め、その質量に、ティックは耐えきった。

 上が支えるのであれば、勢いよく上昇する。後に残ったのは――――。

 

「文系だから忘れてたぜ! そういや塩水は――――――」

 

 バチ、と音を鳴らして、黒い雷雲が、再度動き始めようとする鋼鉄蟻(メタルアント)の群れの上に生じた。

 

「――――電気を通すんだよなぁ!」

 

 雷槌の一閃が、無慈悲に落ちる。

 それは浄化の洪水に濡れた鋼鉄蟻の体を、雷が駆け抜けていく。

 地表全てを焼き尽くすさんばかりの、大閃光。

 

 

 

 キィィィ――――! キィィィイ――――!

 

 

 

 鋼鉄蟻(メタルアント)は声帯を持たないが――身悶える事で、甲殻がこすれることで生じる甲高い金属音は、まさに断末魔そのものだった。

 

 やがて……しゅう、と、蒸発と共に黒煙が上がる頃。

 もはや一匹たりとも、動く個体はいなくなっていた。

 

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