夢追い人の暗殺教室   作:抹茶オレン

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個人訓練の時間

「おはようございます、司さん。明日以降は雨模様が続くので、洗濯物は今日干すことをオススメします!」

 

「何でスマホからお前の声が聞こえるんだよ⋯⋯⋯⋯」

 

太陽が昇り始めた朝5時頃、セットしていた目覚ましから聞こえたのは、聞き慣れたアラームではなく同級生の声だった。

 

「皆さんとの情報共有を円滑するために、全員の携帯に私の端末をダウンロードさせました。“モバイル律”とお呼びください」

 

「プライベートガン無視じゃねぇか」

 

寝起きからゆっくりできない情報に肩を落としながら、司は全身を伸ばして洗面所へと向かう。

普段はこんなに早い時間には起きないが、元々今日は洗濯してから学校に行くつもりだったので、早めに起きている。

 

それから洗濯機で洗っている間に朝風呂を済ませ、制服に着替え終わる辺りで洗濯が終わる。後は外に干せばいい。

 

司が住んでいるのは、築二年で1Kのアパートだ。色々な事情で一人暮らしをしている司には丁度いい広さで、結構気に入っていた。  

 

昨日炊いたご飯の残り物を冷蔵庫から取り出し、特売の卵とウインナーを焼いていく。(ベーコンは高いのでNG)昨夜作り置きした油揚げとわかめの味噌汁を温めれば、朝食の完成だ。

 

「いただきます」

 

「野菜が不足しているのではありませんか?」

 

「もらったりんごあるから登校しながら食えばいいだろ。つーかまだいたのか」

 

「私もいただいてます!」

 

スマホ画面にはちゃぶ台に司の食べている朝食のメニューとまったく同じ物が置いてあり、転校生は普通に食べている。いや、一つだけ違う所があるとすれば、目玉焼きに何もかかっていない所だ。

 

司は塩コショウ派だが、まさかの何もかけない派らしい。ちなみに、悠馬が醤油派で和也がケチャップ派、菫は塩コショウ派だ。

 

「その謎機能も先生か」

 

「はい!殺せんせーが皆さんが食べている間に一人だけ食べられないのは寂しいだろうと、一緒に食べられる機能を付けてくれました!」

 

「そっ⋯⋯」

 

話はそれで途切れ、無言で食べ進む時間が続く。ほぼ同時に完食したところで、司の方から話を切り出した。

 

「あのスイッチ、俺が持っていて良かったのか?」

 

「もちろんです。あの教室で最も警戒していた司さんだからこそ、適任だと判断しました」

 

「ならわかった⋯⋯」 

 

そこまで言われて断る理由が、司には結局思いつかなかった。目の前のスマホの画面で自分の食器を洗い始めた転校生の考えていることなんて、わかるはずがない。

 

それでも、あの教室には一人くらい警戒を続ける人間がいたほうがいい。殺せんせーや烏間先生という大人がいたとしてもだ。

 

「とりあえず、開発者や政府のことを警戒しても、お前のことは信じることにする」

 

「ありがとうございます。でも、ちゃんと心の底から信頼してもらえるようにサポートさせてもらいますね?」

 

「暗殺の?」

 

「暗殺以外もです!」

 

「あっ⋯⋯⋯⋯そ」

 

妙に推しの強い転校生に、司はスマホから追い出すことを半ば諦める。仮に追い出しても、いつでも入れるのだから意味などない。

 

「つーか、何で名前呼び?前までは名字だったろ?」

 

「距離を縮めるための一環です。後は、司さんが私のことを律と呼んでもらえれば完璧です」

 

「律呼びはまぁいいけど、自律思考固定砲台は長いし。いつまでも転校生呼びもおかしいし」

 

「では、どうぞ!」

 

「は?なにが?」

 

「律とお呼びください」

 

キラキラと目を輝かせている律。きっとアレだ、今律と呼べという意味なのはわかる。しかしだ、自然と呼ぶならともかく、そんな待ちの姿勢で呼べと言われても答えは決まっている。

 

「嫌に決まってんだろ」

 

「そんな!」

 

「呼ぶ機会があったらな、あったら」

 

「それは知っています。行けたら行くという友達の言葉くらい信用できないワードです!」

 

「その謎知識はどっから持ってくんだよ⋯⋯⋯⋯⋯」

 

どこで知ったのか不明な知識に呆れながら洗い物を終えた司は、昨日の内に準備を終えていたスクールバックを持ち、忘れ物や身支度の確認をしていく。

 

「今日は磯貝さんのバイトがないようです。スーパーの特売もないので、ゆっくり過ごせるかと思います」

 

「さらっと人の生活習慣を把握してんのな。もう驚かないけど、やめような」

 

「皆さんのサポートが私の役目なので」

 

遠回しにやめるつもりがないことを主張された司は、「どうせAIだからいいか」と諦めて登校することにした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その日の放課後、今日は修学旅行で話していた烏間先生との個人訓練の予定がある。転校生関連の話で忙しかった烏間先生の仕事がようやく落ち着いてきたとのことなので、満を持しての訓練になる。

 

「準備は万端のようだな」

 

「えぇ、結構真剣にやるつもりなんで」

 

「やる気があるのは結構だ。だが、今日は体育の訓練と似たようなことから始める」

 

「ナイフ当てるってことですか?」

 

「ナイフである必要はない。拳や脚を使ってでも攻撃を当てれば良い」

 

烏間先生の用意した対先生用ナイフを受け取り、司はビヨンビヨンとナイフをしならせながら説明を聞く。普段の体育の授業よりも難しい対応が必要だが、烏間先生は当然のように提案した。

 

「俺、普段の体育の授業でも結構当ててますよね?」

 

「これはあくまで、君の動きを見るための模擬戦だ。普段の授業だけでは見えてこないこともある」

 

少しだけ納得がいかなった司だが、勝ち負けの模擬戦ではないと言われて納得がいった。決して子供だからと舐めた対応をしているのではなく、真剣に実力を見極めたいだけなのだと。

 

作戦等も考えて良いとのことなので、烏間先生に見えないように木の幹で隠れ、スマホである人物に連絡を取りながら深呼吸をする。

 

(落ち着け俺、普段から舐めたような対応するような人じゃないだろ。感情的になるな)

 

それから作戦が決定した司は、最近乱されがちな感情に改めて自省し、烏間先生からやや距離を取る。

 

地面を確認しながら位置についた司は、半身を引きながらナイフを前に構える。見せつけるようにナイフを前に構え、ナイフを持っていない手を半身で隠すような姿に、烏間先生は若干目を細めた。

 

(やはり、前から気になってはいたが、素人の構えではない。特定の武術の動きではないが、慣れている⋯⋯)

 

ナイフを持った時の人の動きは人それぞれだ。両手に突き出すような持ち方や片手で遊ばせるような持ち方。人によって持ちやすい持ち方がある。

 

自衛隊にも武器によって特定の構えがある。無駄を排し、効率的な動きに統一するやり方は、集団で動くことが前提である自衛隊では合理的な方法だ。

 

司の構えは重心はやや後ろより、片方の手は完全に後ろに隠していて、膝を若干抜いてはいるが、さながらレイピア同士の決闘の構えのようだった。

 

(かなり独特な構えだ。普通なら子供のお遊びで考えた構えとも受け取れるが、妙に様になっている)

 

一言言えば、司の構えは歪。構え方が歪なのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

平和な日本で、ナイフを持ったことのある中学生は少ない。対先生ナイフでも、形は本物と瓜二つ。最初の授業でもまともに構えられた生徒は、近衛司を除けばいなかった。

 

(ナイフの持ち方を知っている中学生⋯⋯だからどうということはないが、以前やつ(殺せんせー)の言っていた言葉がどうもちらつく)

 

近衛司という生徒に、良くも悪くも特別な何かがあるようには見えない。身体能力などは優れているが、この教室で活かすには少々勿体ない才能。普通の学校の成績では優秀の一言だが、暗殺教室の暗殺者として優秀かと問われれば疑問が残る生徒だ。

 

「じゃ、行きますよ」

 

「あぁ、いつでも来い」

 

あくまで自然体の状態での待ちの姿勢の烏間先生だが、その立ち姿や重心などに隙はない。適当にナイフを振っても、はたき落とされるか、ナイフを奪われて終わりだろう。

 

(さて、まともやったら負けるのは俺だけど⋯⋯勝利条件は俺にガン有利。十分勝てるルールだ)

 

司には大きなアドバンテージがある。それは烏間先生が、かつては陸上自衛隊の空挺部隊トップ成績を誇った実力者であることを知っていることだ。(律が烏間先生との個人訓練を行うことを知って、勝手に教えてきた)

 

その経歴がどのくらい凄いのか、司にはいまいちピンと来ないが、本物のナイフを使った格闘戦の経験も当然あるはず、今回はその経験の隙を突くつもりでいた。

 

「⋯⋯⋯⋯ッ!?」

 

二人の距離は十m程離れている。烏間先生が待ちの姿勢を崩さない以上、司が接近するしかない。しかし、司が選んだのは接近ではなく、半身の姿勢で隠していた左手に握られていたナイフでの投擲だった。

 

烏間先生は、この行動に驚きと同時に疑問を覚えた。驚いたのはナイフを投擲されたことではない。態々隠していた方の手を使ったことに対して驚いていた。

 

(あからさまなブラフだな。半身の姿勢でわかりやすく隠して、初手でその手札を切ることで動揺を誘う。が、ここまであからさまでは意味がない)

 

頭付近を正確に狙うナイフを最小限の動きで避け、投擲と同時に接近してくる司を見据える。

 

(武器は右手にあるナイフのみ。走る姿勢から、蹴りなどの攻撃は減速の必要がある。拳による攻撃も勢いのままに振りかぶるのがあの姿勢では精々だろう)

 

蹴りに必要なのは、軸足をしっかり地面に着けることだ。走りながらでは跳び蹴りくらいしかなく、烏間先生は若干警戒度を下げる。

 

拳も蹴り同様、テレフォンパンチ以外なら大抵は腰の捻りや全身の使い方が肝になる。全力疾走状態ならその動きは難しい。

 

(⋯⋯ん?)

 

そこで烏間先生は違和感に気づいた。司の左手の手首に巻かれている白い糸に。

 

(そういうことか⋯⋯)

 

白い糸は、先程投擲されたナイフに括り付けられている。敢えて避けやすい顔付近を狙い、括り付けられた糸の挙動に気付かないようにするためだった。

 

(投擲と同時に接近したのも、糸の存在をカモフラージュするため。右手のナイフを囮に、投擲したナイフを糸で戻して後ろから当てるためか)

 

一撃さえ当てるのがこの個人訓練のルール。仮に本物のナイフを糸で戻したとしても、大した威力にはならない。そもそも、引っ張っても刃の部分が当たるかどうかも定かではないのだ。

 

それでも、虚を突いて攻撃を当てた時点で、烏間先生は一撃当てたと判定するだろうと司は予想していた。実際、糸の存在に気づいた烏間先生はそれを攻撃と判断し、対処しようとしている。

 

「これで!」

 

司が声を張り上げ、右手のナイフで烏間先生の心臓を突き立てるが、当然のようにそのナイフの側面を左手で弾かれた。勢いよく弾かれたナイフは司の手から離れるが、司が左手を引き寄せれば本命が来る。

 

(⋯⋯引き寄せていない?)

 

司が左手を動かす様子はない。烏間先生の疑問と共に、()()のナイフが現れる。

 

先程ナイフを持っていた右手の袖から

 

「なッ!?」

 

既に右腕は至近距離にあり、司は()()()()()()()()()()()()()()伸び切っていない右腕を完全に伸ばして心臓を狙う。

 

烏間先生の左手はナイフを弾いたせいで対応に間に合わない。意識が後ろに向いている以上、この距離でのナイフの一撃は躱せない。  

 

「⋯⋯マジかよ」

 

躱せないという司の予想は当たっている。だが、烏間先生の反応速度は常人のソレを遥かに上回っていた。ただそれだけだった。

 

司の本命の一撃は、手首を右手で掴まれて心臓ギリギリの距離で停止していた。

 

「降参⋯⋯」

 

諦めたような司の声に、烏間先生は掴んでいた手首を離してゆっくりと息を吐いた。それは安堵にも緊張にも見えるが、司にははっきりとは分からない。

 

「あ~あ、結構自信あったんだけどな〜」

 

「いや、俺もかなり危なかった。どこまでが計画だったんだ?」

 

「最後に手首を掴まれる所以外は計画通りでしたよ。烏間先生なら、糸の存在に気付くと思ったし、あの距離感なら左手でナイフの側面を弾いてくると思いました」

 

「最初に距離を取ったのは、このためか」

 

本命の一撃を確実に決めるには、右手のナイフの側面を左手で弾かれるのが絶対条件だった。近すぎては手首を掴まれるし、遠すぎては左手で弾く以外の対応をする可能性がある。

 

絶妙な距離・タイミング・距離を詰める速度、それらすべてを調整することでナイフの側面を左手で弾く最適解を、烏間先生が選ぶように司は誘導したのだ。

 

「めちゃくちゃ大変でしたけどね。ホントは自分だけでやりたかったんですけど、律の手を借りました」

 

「烏間先生の体格や腕の長さ、姿勢や重心などから計算し、最も可能性の高い距離を導き出しました。ただし、これは可能性を高めるための計算であって、実際に烏間先生を誘導できたのは司さんのブラフがあってこそです!」

 

「補足説明どーも」

 

ズボンのポケットから取り出したスマホから、モバイル律が補足説明をする。今回の模擬戦は、律の計算能力と司の駆け引きがあってこそ成立したものであることは間違いない。

 

「大したものだ。ここまでの駆け引きを本番で成功させるのは、訓練された大人でも難しい」

 

「まぁ、烏間先生の反応速度を見誤って失敗しましたけどね。律の計算を鑑みればあり得ることだったのに、見逃した俺のミスですよ」

 

「君はそう謙遜するが、正直予想以上のものだった。きっと今後の暗殺で大きな武器になる」

 

「そう言ってもらえると、少しは気が晴れますよ。ちょっと疲れたんで、今日はこれで終わりで良いですか?」

 

「元々、今日は模擬戦だけのつもりだったから構わない。模擬とはいえ、実戦に限りなく近いと精神的な疲れが溜まる。明日のためにも今日はゆっくり休みなさい」

 

「⋯⋯そうさせてもらいます」

 

重そうな足で帰路につこうとする司の後ろ姿を見て、ふと思ったことを烏間先生は問いかける。

 

「一ついいか?」

 

「良いですけど、何です改まって?」

 

「最後の攻防で、本命と同時に糸のブラフを使えば、前と後ろの同時攻撃になったはずだ。何故糸を使わなかったんだ?」

 

「俺が投擲したナイフに糸を括り付けたのは、ブラフのためであって攻撃するためじゃありません。

糸を引っ張ったとしても、致命傷になりうる攻撃にはならない。このルールは一撃当てれば勝ちですけど、数ミリ触れたから勝ちとか、そんなしょうもない勝ち方したくなかったんですよ」

 

「⋯⋯そうか。すまない、態々そんなことを聞いて」

 

「別に良いですよ。さようなら烏間先生」

 

「あぁ、さようなら」

 

今度こそ帰路についた司を見届けて、烏間先生は旧校舎に向かう。

 

(身体能力以上に、駆け引きの上手さが彼の力だな。やはり授業では手を抜いていたのか、赤羽業同じタイプの暗殺者⋯⋯(殺せんせー)の言っていたような懸念など、とても感じられない)

 

「いや、待て⋯⋯⋯⋯そもそも俺は、模擬戦をしていたはずだ」

 

単純な攻撃であれば当然対応するが、ある程度良い攻撃が来れば当たるつもりだった。だがいつからかは分からないが、最後の本命の一撃に、それもただの学生相手に、烏間惟臣は本気で止めていた。

 

何故そんなことをしたのか?そんな疑問が思い浮かぶが、その答えがその場で出ることはなかった。

 

 

 

 

オマケ

 

〜模擬戦終わりの帰り道にて〜

 

「あ~負けた負けた。やってられんねーよ。あの人強すぎ」

 

「それは良かったですね!」

 

「えっ⋯⋯何?毒舌モードでも追加された?」

 

「既に搭載済みですが、司さんに律と呼んでもらえたことが嬉しいんです」

 

「あ~、そういや言ったっけ。名前なんて呼びやすくて変じゃないきゃいいだろ。逆に恥ずいわ」

 

「この調子で司さんとも仲良くなっていきます!」

 

(アレ?なんか俺⋯⋯チョロくね?)

 

自分が絆されているのではないかと疑問に思ってしまい、司はしばらく友達とは何かと考え始めた。そのことを悠馬と前原に話し、前原には『お前そんなキャラじゃねーだろ』と爆笑され、悠馬には『そっか⋯⋯ついに一人でも友達出来たんだな』と涙ぐみながら喜ぶまで、あと一日。

 

 

暗殺教室を知っていますか?

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