陸でもアビサルハンターを作ろう!(先史文明人監修)   作:最大の敵はウルピ

1 / 9
紺碧の樹の統合回顧で新秘宝が追加されたので書きました。


深海の根源、あるいはフライドチキンの調理担当

()()()()()()()、そろそろ揚がります」

 

 技術とか衛生とかの関係で()を捌くのは店長しかできないから、私は揚げたり焼き鳥にしたりだとかの調理担当だ。チキンのためのフライヤーに、ラーメンを茹でたりスープを作ったりする鍋がいくつか。店といっても個人経営のこじんまりとしたところだ。そもそも、店長も私もお互いに研究者としての副業だ。

 

 亜空間航行技術すら有する星間文明で、意識だけの宇宙遊泳もできるというのに。それでも私たちはこうして、古いレストランで料理をしている。最初はオーブンがあるだけの店で、当然ながら食品の合成設備なんてない。店長が一人でやっていたそこに、フライパンや鍋やら諸々を作って持ち込んだのだ。

 

「豚骨スープは完成。麺は……もうちょっとですね」

 

 一見すると不審者と言えるような、フードを被ってマスクを着けた人物。開店すれば三回に一度くらいのペースで来るその人がいつもラーメンを頼むせいで、この店を代表するメニューのひとつがそれになってしまった。スープは鶏ガラ。……あの人、カップ麺を口で作るのが得意とかほざいていたな。フライドチキンとラーメン。明らかに健康に悪いと、一緒に来ていた彼女に窘められていたのを覚えている。苦笑しつつ、じゃあこれでと串に刺した焼き鳥を食べていて、お互いに食べさせ合っていたあたりでコーヒーが欲しくなった。帰り道、リボン付きカチューシャを着けた彼女が手を差し出せば、フードの不審者は当たり前のようにその手をつなぐ。

 甘ったるい空気のふたりの話はともかく。店長に料理を教えてもらったおかげで、私が属する研究チームのチーフ──ルゥ先輩ことローレンティーナさんに美味しい手料理を振舞えたのはけっこう心が躍った。合成施設に登録して、あっちの食堂で出せるようにもできたし。

 店でうろ覚えレシピを提案して、試行錯誤してみたり、ささやかで、知り合いしか来ないような店だけど。そこで過ごす日々は、かけがえのない思い出だ。

 

「ふぅ……このあたりで休憩しましょうか」

 

 作業も一区切りついたので、タオルを手に取り汗を拭う。この店に来る人間はそう多くなく、だいたいが知り合いだ。つまるところ私達の店に来るような人間は、この時代に人と親しく接するような珍しいタイプだけと言っていい。オラクル、プリースティス……ルゥ先輩は、私が無理を言って連れてきたっけ。なんだかんだで次も来てくれたのは、嬉しかったな。

 ──ちょっと、複雑な気分だったりする。こうして話して、研究をして。そんな私たちの未来は、ちゃんと残ることはない。悪い言い方をすれば、踏みにじられる。情が湧いたとかそういう理由で。

 もちろん、私達の内の誰かの計画が成功する可能性は識っているけれど。

 

 店を閉めて、次の開店日を確認する。どちらかが来れなくなるかもしれない。そんなことは承知の上で、次の予定を立てる。お互いに無事であるようにという……祈り? オラクルやプリースティスといったコードを使っているのだから、願掛けの一つもしていいだろう。

 

 

 ターミナルからスターゲートを用いて、タロスからタロⅡを経由しテラへ。ゲートにはいくつも接続不良の場所が表示され、滅びが迫っていることを実感させる。今はまだ、星間ターミナルのいくつかとの通信途絶ではあるけれど。そう遠くないうちに、ハビタブルゾーン軌道上の艦隊も危うくなるだろう。憂鬱を覚えながらも、海から下部マントル層の複合施設へ。最下層、"紺碧の樹"が根を伸ばす庭園が、私の常駐する場所だ。

 蔓延の枝──その名がまだ名付けられていない胎生大樹を一瞥した後、目を閉じる。周囲には無数の文字が並び、それらが壁のように私を取り囲んだ。

 

「演算モジュールに接続。当然ながら、各種設備は異常なし。研究の方は、深度演算の申請が4件で……いえ、これは私がやらなくても問題ありませんね。単純に見積もりが甘いだけで」

 

 今は先輩たちがタロスで巨獣を生物の生育環境とする実験を行っているから、ここの研究施設は私と数名の研究者しかいない。私がこうして外出している間の設備は自動制御でも別に問題はないし、他の人は仕事上の付き合い以上のことを好まないから支障もないが……

 現状のワンオペ管理環境についてはともかく。多様な生態系を確保することによる惑星改造計画が現行のプロジェクトだ。本来の"紺碧の樹"。その中でもルゥ先輩の"養育者計画"がメインプランとして進んでいる。……それが私達の文明のタイムリミットまでに、間に合わないだろうことを除けば。

 

「ミヅキローグにおける『一瞥』。複写機録の……『失われた石碑』でしたか? 流石にタイトルまで覚えてはいませんが」

 

 黒曜石を思わせる光沢と、その表面に走る碑文。幾千万の可能性を提示し、並行世界の安全な観測を行う。安全な、というのは安全でない観測もあるわけだが……これについてはわざわざ言わなくても問題ないと思う。サルカズローグのそれや"観測者"が安全でない方だ。

 

「管理者権限により、深度演算へ移行。分岐の整理と再構築を開始します」

 

 発散的思考と呼ばれていたそれは、あくまでシーボーンが石碑を解析してその結果を出力しているだけだ。本来の機能はより実用性を有している。思考を直接アップロードし、その分岐における未来へ訪れること。スパイラルアーム末端──つまり渦巻銀河の端にあるような文明を覗いたりと、意識を他の星の文明にアップロードすることはとうに技術として確立している。なので、この深度演算は分析と情報処理能力が重要になってくるわけだ。特に、この情報処理が厄介で、リンチピン治療で指向性が発生している思考パターンではすべての分岐を把握することができない。

 

「……とはいえ、まだルートは構築されませんか。未だ、分岐条件は発生せずと」

 

 現状で観測可能な結果が示すのは、文明の滅亡だった。墜落した都市、垂れ下がる空、燃え盛る大地。消えゆくスターゲートや砕けたスターリング、断裂した航路網……生命や情報すら消え去った終点を、数え切れないほど知覚する。

 私の目的とする分岐、新たな宇宙の再構築。濁心スカジのモジュールで示された可能性であり、"紺碧の樹"プロジェクトで私が提唱したのがそれだ。ロマンチストだなんて言われたけれど、そうじゃなきゃレストランのメニューにフライドチキンを加えようと試行錯誤なんてしていない。

 ついでに言えば、観測者──この時代の正式な呼称や詳細な情報はあるが、私にはこの呼び方をする必要性があるわけだけど──に関するあれこれが絡んでくることから、未来の詳細な演算は私が最高効率で行える。

 

「先は長いですね」

 

 この世界及び次元に由来しない観測方法によって知識を得ていることにより、知ることによる汚染やパラダイムロストの影響を一切受けずに済む。例えるなら、SCPの記事を読んだところで情報災害を受けることはないようなものだ。あるいは、読んだら怪異が来るタイプの怪談話でもいい。

 そして、そうした経験と実証があるからこそ、私は──

 

「私と同じように。生まれ変わることを望むのでしょうか」

 

 絶対的な終結の先に、未来があると願う。

 

「演算終了。あとは、ルゥ先輩を待つだけですね」

 

 巨獣イシャームラ。あれを使って新たなアプローチを試みるかは……どうしたって、辛い判断になる。当初のプログラムから大幅に外れることになる。『集団的進化を個体の当然変異により推進し、個体が抱える難題を集団的知性により解決する』というルゥ先輩の提唱するモデル自体は継続可能ではあるけど、それでも不確定性を孕むことになってしまうのは否めない。

 

「おや、制御システムのリクエストを確認。おかえりなさい、先輩」

 

 深度演算を終了し、先輩を迎えに歩く。この場所が広大なのもあって、誰かに直接会いに行くようなことをする人間は私くらいしかいない。ステップを踏みながら、歌を紡ぐ。星々の破滅に際して発せられる音。その韻律を奏でながら長い通路を上っていけば、黒のボディースーツを着たルゥ先輩を視界に捉えた。

 

「また直接来たのね。こうして触れ合うことが嫌ではないのだけど、つながりを確かめるのなら」

 

「分かってますけど、こうして一緒にいたいんです」

 

 彼女の手袋越しに、指を絡める。……いつもの癖だ。不安なときは、強く手を握って震えを誤魔化そうとする。きっと、十分なデータが取れたのだろう。計画を変更するに足るだけのデータが。

 

「……先輩。大丈夫です。私が提案したことじゃないですか。それに、私が絶対に諦めないだろうってことも」

 

 他者とのつながりによって自己を社会に位置づけようとする時代はとうに去っているから、気づかれるはずもない無自覚の挙動なんだろうけど。こうして私が後ろをついて回ったり、抱き着いたりするようになって。自分でもそうした癖は把握している、と思う。それでも直さないのは、その必要がないからか、あるいはそれに気づく機会がある人になら知られてもいいと思っているのか。

 

「全てが静寂に還り、暗闇の中、混沌から秩序が生まれた先で。私たちは再び手を繋げるんです。何があっても、私達は再会できる」

 

 本来ならそれなりの時間が必要な生態サンプルの環境適応分析は、石碑の演算によって大幅に短縮することができた。よって、あとはリーダーであるルゥ先輩がどうするかの方針を定めるだけだ。現状維持か、あの何キロメートルにも及ぶ巨獣を利用するか。

 有限な時間の中で、積み重ねてきた道筋を外れる。その決断をすることが、どれほどの重責かは分かっているつもりだ。

 

「デシジョンC/7318495」

「生態システムの構築から、進化による存続への移行」

 

 その名は既に、先輩とオラクルによって決定された。そこに立ち会えなかったのは、ちょっと残念だけど。

 

「教えてください。その鍵となる名前を」

 

 だから。後は私もそれを知り、ともに背負おう。

 

「……………………」

 

 石碑を用いた試算を私が行っている都合、私に話すことは即ち正式な決定となる。重い空気と長い沈黙の末に、先輩は口を開いた。

 

「Ishar-mla」

 

 そして、先輩がそうしたのなら私もすることは決まっている。懐に入れた、石碑の子機。メインサーバーに接続する端末となるそれを取り出して手を放せば、妖精のようにくるくると私の周囲を飛び回る。

 

「──現行の分岐を破棄し、"紺碧の樹"のメインプランをイシャームラを用いた進化へ設定」

「デシジョンの再構築と策定を開始」

 

 小型の石碑は幾度もパターンを変えながら、燐光を発し続けていた。

 

「ねえ、そういえば」

 

 簡単なセットアップは先輩がいるうちに済ませてしまおうと、思考をプログラムに滑らせている最中。先輩から声がかかった。

 

「あなたのコードは決めたの? しっくりこないって言って、ずっと後回しにしていたでしょう。私がこうして決断を下したのに、あなただけ保留というのは不公平じゃない?」

 

 いたずらっぽく言われたそれに、作業の速度が少し遅くなる。こればかりは本当に、しっくりこなかっただけなんだけど。いい感じにかっこよかったり、呼びやすかったりするやつが決められない。色々悩んだ挙句、この名前を使うのは自分でもどうかと思う。けど、まあ。結局はこれが一番いいかなって。

 

「そうですね……でしたら、"スペクター"で。分岐を飛び回る亡霊。終着の先で、また会うことへの決意。そういう、()()()意味を込めて」

 

「そう……いい名前ね。スペクター」

 

「ありがとうございます。()()()()()()()()先輩」

 

 言葉にしていない、私以外には伝わるはずのない最後の意味は……私の中でだけ完結した遊びってことで。




帰溟スペクターのコーデ『対なる一人』が好きです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。