陸でもアビサルハンターを作ろう!(先史文明人監修)   作:最大の敵はウルピ

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テラ文明編です。


第四種接近遭遇、あるいは同行者との出会い

『警告、休眠プログラムが三分後に起動します』

 

 システムの自動音声が響く中、先輩に最後の言葉をかける。

 

「手を放したくない。……私がいつも言っていることでしたね」

 

 イシャームラの前で佇むルゥ先輩の手を、あの時と同じように握る。……放したくない。そう思いながらも、時は過ぎてしまう。結局、ルゥ先輩と私の願いは違った。

 

「全てが静寂に還り、暗闇の中、混沌から秩序が生まれた先で。私たちは再び手を繋げるんです。何があっても、私達は再会できる。……そのことを、忘れないでください」

 

『間もなく、リアルタイム翻訳プログラムは終了いたします。速やかに必要事項の引継ぎを行ってください』

 

 手を放し、ルゥ先輩と別の道を進む。庭園に座して目を閉じれば、封鎖された区画の中で一人きりだ。石碑を解析しようとするだろうシーボーンに対して望ましい未来を見せるため、意識を無数の分岐へアップロードする。もしかしたら、シーボーンが私の器を構築する可能性もあるし。

 

 施設は稼働を続けるが、私の体と意識は穏やかに眠りに就く。施設及び石碑が外部から干渉されたとき、再び目を覚ますように。

 

 意識を現状のプライマリレベルからターシャリレベルへ。石碑のコア部分へ意識を潜行させる、事実上の休眠状態だ。人間でいうところの呼吸、つまりこの複合施設の管理維持は行うが、私という意識が顕在化することはない。

 

「また、会いましょう。ルゥ先輩」

 

 静かに、穏やかな眠りへと落とす。そうして私は、可能性の中に身を溶かしていった。

 

 

 


 

 

 

 だから──

 

「セカンダリレベルへのメンタル移行を確認。今再び、星たちの瞬きを……おや?」

 

 ()()()()()()()。意識が突如として浮かび上がったとき、私は酷く困惑していた。セカンダリレベル……要は、夢を見ている状態。明晰夢が適切かな?

 

「(未知の言語)えっと……なんて言ってるの?」

 

 目の前には、困惑した表情でこっちを見ている少女。エーギル人だけど、エーギル出身じゃなさそう。宗教っぽいデザインの服でもないし……もしかして、なにかのトラブルで起こされた?

 

「(未知の言語)ここ、あの教会の連中が言うところの大群ってやつです? 一応ぶんどった教典は読んでみたけど、抽象的だったし……」

 

『えっと……これで通じるでしょうか?』

 

 前の経験を活かして、エーギル語で話してみる。……通じてなさそう。自動翻訳プログラムのありがたみを感じる。

 

「エーギル人なのにエーギル語が通じないというのは、不便なものですね。……でしたら、日本語でしょうか。極東地域はあったはずです。サイバーニンジャ、でしたか』

 

 お互いに言語が通じずどうしたものかと困っていたが、こっちから歩み寄るのが手っ取り早いだろう。虹六コラボだと、英語が古い訛りのヴィクトリア語って言われてたはず。

 

「試してみましょうか。これはどうです?」

 

「(未知の言語)極東語……? そっちは詳しくないんですよね」

 

 大体のニュアンスは判別できた。相手も、対話する意志がこちらにあると判断したのだろう。警戒は僅かに解かれている。

 

「確か、ヴィクトリア語、でしたか。多少の訛りはあると思いますが」

 

 続いて前世の記憶を頼りに英語で話してみれば、反応は顕著だった。

 

「(英語に似た言語)よし、話せる相手! それで、これはどういう状況か分かる……?」

 

 さて、ここからが問題だ。正直な話、相手の文明レベルが分からない。だいたい前世くらいって想定すれば問題ないのだろうけど、源石関連の技術がどの程度かが把握できていない。前回は彼が相手だったから私やルゥ先輩の"紺碧の樹"プロジェクトもだいたい知っている前提で話したけど。この接触は明らかに事故だし、国家としてのエーギルには属してなさそう。なんだっけ、あのマーク。後に阻隔層を突破することになる企業だったよね。

 

「ひとまず、夢みたいなものだと思っていただければ」

 

「夢に、似ている……? これ、やっぱり死んだんじゃ……

 

 ぼそりと呟かれた言葉から、なんとなく察した。

 

「さて、鞄を持っていらしたようですが。なんらかの調査で来ているのなら、資料が入っているのでは?」

 

「資料ね、確か鞄に……あった。ここ、夢じゃなかったっけ?」

 

 渡された資料を読む。一通り流し読みすれば、おおよその推測できる文脈から言語の習得はできた。石柩から出てきたドクターほどじゃないけど、システム管理者としてリアルタイム翻訳プログラムの管理もしてきたのである程度は言語習得に長けているつもりだ。

 

「ゴーティ・フラウィス。イベリア出身のエーギル人ですか。クルビアの高校に通っていて……やはり、大いなる静謐の以後ですか」

 

「昔見た恐魚に興味を持って、故郷の漁村を出たんです。クルビアなら、学力とある程度のお金さえあればなんとかなりますから……あ、恐魚の説明は」

 

「いいえ、釈迦に説法……慣用句は控えた方がいいですね。陸上文明の拙い区分と分析を聞くことは、現状の理解に不要ですから。……長々と言葉を弄さなくて済むというのは、慣用句の便利なところでしたね」

「それで、大学に推薦で入るためにもある程度の実績を残さなければならないと、長期休暇を使って帰ってきたイベリアでの調査中に、シーボーンに襲われたと」

 

 恥ずかしながらと苦笑する彼女は、自分が死んだと思っているのだろう。鉱石病(オリパシー)で死んだならともかく、シーボーンに襲われて死んだなら自我が明確に残らないだろうに。

 

「意識を失う前に、海底で何かに触れませんでしたか?」

 

「そうですね。言われてみれば、なにか触ったような……すごい滑らかな質感で、なんだろうとは思ってましたけど」

 

「運がよかったですね。あれは石碑と呼称される……未来予測が可能な装置です。偶然にも石碑に接触して私と接続が確立されたのでしょう。ターシャリレベルに眠る私を起こしたのは……石碑を解析中のシーボーンと同化したからでしょうか。ニューラルリンクでの接続になったのでしょうね」

 

 それを聞いた途端、ゴーティの顔が青ざめる。

 

「同化ってことは……私もあの恐魚みたいになっちゃうってことですか!? あんな、群れに追従するしかない……」

 

 真っ先に心配するのが自我じゃなく自由がないことなあたり、だいぶイカレてるとは思うけど。そうでもなきゃ、シーボーン化や石碑の情報量でとっくに廃人だ。こうして情報のやりとりをしているだけでも、脳には凄まじい負荷がかかっている。普通に会話できている時点で、自らを失っていないことは確定していた。

 

「さっき、資料としてイベリアでのレポートを出した時、執筆者として自分の名前や所属もちゃんと載っていたでしょう? それに、来歴も流暢に語れました。なら、今のところは大丈夫ですよ」

 

「同化によるニューラルリンクの確立ってことは、侵襲的な手段が用いられてますよね……?」

 

 そこに自分で気付くあたり、話がスムーズで助かった。私が大丈夫だと断言したのもそこにあるし。

 

「シーボーンに襲われて海に落ちたなら、それなりに体が損傷しててもおかしくないと考えるのは当然の帰結です。そのあたりを同化とかで作り直してる過程に接続が含まれ……」

「……あ」

 

「あってなんですか、そんなよく考えればちょっとマズいかもな―みたいな声!」

 

 いや、生存するにあたっては全く問題ないんだけど。ミヅキとかアビサルハンターみたいな感じになるので……

 

「いえ、アーツ適性の欠落が発生しますね。今後、アーツユニットは使えないと考えてください。アーツっぽいことはできるようになりますが」

 

「あー……まあ、アーツ適性は……不便ですけど命の代わりってことで」

 

 このあたりは、実際に目を覚ましてから本能的に分かるはず。身体機能の一部として、当たり前のように使えるようになっている。改良ゲノムの構造と組成を試してみたから、現状の進化段階のシーボーンより数段上の性能を有するはず。それに、私の有する知識もいくつかインプットしておいた。この体が壊れて、中途半端なところで世界の推移を見られなくなるのは心残りが残る。

 

「さて、修復も終わったことですし。続きは起きてから話しましょうか」

 

 意識をプライマリレベルへ移行。これで人の形を捨て去っていたら、その時はその時だ。この浮上自体が事故のようなものだし、私は再び"紺碧の樹"に進展があるまで眠っていればいい。

 

「……えっと、おはようございます」

 

 そして、深い海の中で目覚めを迎えた彼女は。セカンダリレベルで邂逅したときと全く同じ姿でそこにいた。

 

『おはようございます、ゴーティ。やれることは把握できましたか?』

 

 私の声は、彼女の思考に直接伝わる。伝達も問題ないし、さっそくチュートリアルだ。よもやイベリアの陸地で無節操にシーボーンの力を試してみるわけにもいかないし、ここである程度の把握は済ませておかないと。行使はともかく、制御まで最初から完璧とは限らないから。

 

「水中でも呼吸できるようになってるのと、周囲の微生物への干渉ですね。ここは海なので確認はしてませんけど、大気中の微生物にも可能だと思います」

 

 足元から、無数の植物や棘皮動物のようなシーボーンが環境を塗り替えていく。異様でありながらも美しい光景は、私達が当初求めていた結果に近い。

 

「その応用として、微生物が有するたんぱく質を変質させて……」

 

 次の瞬間、変質した地面やゴーティの周囲から何本もの長大な刃が剣山のように突き出てくる。骨を思わせる色合いのそれは鋭利さと頑丈さを兼ね備えていて、水流を乱さないほど静かだった。

 

「こんな風に、キチン質の刃も作れます。一度干渉した微生物であれば、今いる場所と離れていても、遠隔で変質させられるみたいですね」

 

 そうして次々と移り変わる環境は、立ち並ぶ鋭刃が灰と化したことで終結する。あるいは喰塵と呼ばれるシーボーンの形態の一つを、微生物の分解によって疑似的に再現した業がこれだ。生成されるエネルギーは焼け跡を残し、灰となった残骸は海流に流れて消えていく。

 

「現状で思いつく、能動的に可能な変容はこれくらいですね。あとは、そうですね。これのおかげで環境の影響を受けにくくなりました!」

 

 視線は魚のように周囲を回遊するタブレットサイズの石碑へ。

 

『順調に進展しているようですから、石碑の扱いへ進みましょうか。とはいえ、あそこで私と話したのとおおよそ同じです。あのサイズのものは持ち歩けないので、小型にしたこれを使うことになります」

 

 ゴーティの目の前に小型の石碑を動かす。別に直接触れなくても、ある程度の距離にいれば接続は保ったままだ。

 

『なるべく近くに置いておくのをお勧めしますよ。遠くに置きすぎると、あなたの体が動かなくなりますから』

 

「……はい?」

 

 そういえば、言ってなかったっけ。ミヅキローグの験潮の司教や、シーボーン化したマルトゥスの有する能力が近いかな? あれらを参考にした。Ama-10みたいな共生構造体にするには、残念ながらリソースが足りなかったんだよね。

 

『その体は死に瀕すると休眠状態となり、一定時間の経過で回復します。あと、シーボーン自体の特性として鉱石病に感染しないです。とはいえシーボーン化している以上、身体が変異する可能性があります。そちらは遺伝子嵌合研究の技術で解決できますが』

 

「はぇ~、便利ですね」

 

 ずいぶんと軽い調子で流された。私が言うのもなんだけど、よかったのかな。

 

「今回みたいなフィールドワークでやらかしても、四肢が無くなったり命を落としたりしなくなるんでしょ? 嬉しい限りですよ!」

 

 それは……そう。"紺碧の樹"プロジェクトがイシャームラを用いた方針に転換したときも、前世の倫理観にあてはめれば悍ましいことをいくらでも積み重ねてきた。研究員が事故で損失してしまうことだって、何回か見てきたし。そう考えれば、科学者自身の命が失われないことの価値は大きい。

 

「ですよね! なので、こうして私が死ななかったうえに先進的な結果を得られたのは幸運でした! それに、身体の変異も解決できる技術があるんですよね。なら問題ないです」

 

 価値観を共有できる人でよかったと、ゴーティは安堵の息を吐く。……彼女の高校生活が、ちょっと不安になってきた。話している間にも石碑の運用に関するチュートリアルは進めているけど、あくまでアカウント権限を有しているだけだ。私のところまで来て、一緒に中枢処理プロセッサの役割を果たしてってわけじゃない。なので、いつもやっていた事務手続き案内と同じことをクルビア後で話せばいいだけだ。……面倒なので、彼女にはエーギル語の学習も済ませてもらおう。

 

『──石碑の方も問題なし。流石に、ディシジョンの策定までやると脳が焼き切れてしまいます。それは、私の望むところではありませんから』

 

「非決定性多項式時間の問題でしたね。……あれ、解決できるんだ。凄い技術ですねぇ。それに、言語学習も。エーギルも似たようなことができるんでしたっけ」

 

 だいたい200年ほど前のものではあるけれど、都市としてのエーギルの話なら私もできる。ほんのわずかな接触だったから、それほど詳しくはないけど。

 石碑の使い方とアカウント権限の付与の説明も終わらせて……そうだ。

 

『最後に、アンケートに答えてくれませんか? そう思うか、そう思わないかの二択で構いませんよ』

 

 頷いたのを確認して、質問を始める。そう、確か──

 

『──文明の第一義的な目的は、存続である』

 

 


 

 

「──じゃあ、裁判所に見つからないように帰りましょうか!」

 

 アンケートも終えて、ゴーティは近くを漂っていたフード付きの上着を掴む。独特な造形と色合いのそれは岩礁を模しているようにも見えて、これで隠れて海へ侵入したのだろうことは想像に難くなかった。こんな感じの秘宝があったような……遠距離オペレーターの迷彩だっけ。強かったから記憶に残っている。

 

「これですか? これは、浅瀬で大きな鱗獣を捕まえるときに身に付ける蓑なんですよ。イベリアの海民のものなので、案外警戒されないんですよね」

 

 持っていた機材が壊れていないかを軽く確認すれば、陸へと戻る用意は整え終わる。当然だが、海の調査をする以上はどれも防水加工済みだ。どれも密閉を徹底していて、いくつもの層構造は機材が侵蝕されるのを防ぐためだろうことが伺える。

 

「……そういえば、あなたをなんて呼べばいいですか?」

 

 そっか、名乗ってなかった。とはいえ、スペクターだとロドスアイランド製薬に来るアビサルハンターと被るし……なんかこう、プリースティスとPRTSみたいな……

 

『System_Primitive_Caerulaarbor_Terminal』

『SPCT』

 

 PRTSから、ServiceをSystemに。Rhodesisland(ロドスアイランド)からCAERULA ARBOR(紺碧の樹)に変えただけだけど。端末っぽい名前になったと思う。

 

「では、SPCT。帰りましょう! 私の記憶からこのあたりの地形は分かるでしょうし、ガイドお願いします」

 

『えぇ。そうですね』

 

 周囲を漂っていたシーボーン達から、海流に逆らって離れていく。大群は同族を引き留めようと囁きかけるが、気に留めない様子でそれを振り切る。

 

「……私、やっとわかったんです。私自身の始まり。なんで、私の産まれた場所から離れようとしたのか」

 

 ぽつり、と語り出す。海流を揺らして紡ぐ言葉は、彼女が彼女として自己を認識している由来だった。

 

「科学の道において、犠牲は避けられません。被験者の死や、科学者自身の死。そして、研究成果の転用によって齎される戦争の災禍もそうです」

「私が、恐魚に惹かれたのも同じ理由かもしれません。個体の死と、それを糧とした大群の新たな進化の変遷。そういうサイクルに、あの時の私は美しさを見出だしたんだと思います」

 

 強く、自身の根底に刻み込まれているもの。シーボーンとして決定づけられた"存続"というラベルを、彼女は確固たる自我によって塗り替えていた。

 

 海から陸に上がり、岸辺を歩く。潮風が外套を揺らすが、誰かに気付かれる様子はない。上を見れば、散りばめられた満天の星。偽りの空にして、いずれ引き裂かれるヴェールが夜の海を輝かせる。

 

「こうして言葉にできたのは……生命は永遠じゃないけれど、万物の終着に先があるって分かったから。だから……"宇宙"で合ってます?」

 

『そうですね。どこまでを世界と捉えるかによりますが、言語としてはそれで相違ありません』

 

 きっと、その目は視界に映っている星ではなく、その先へと思いを馳せていた。

 …………実際に言葉を交わしてみると微妙に愛着が湧くというか。なまじキャラクターとして好んでいる分、文明の優劣と個体としての好悪は別になる。たぶん、偏見や文明としての程度の低さを見れば、テラ文明へのどうでもいいかなってポイントは溜まっていくだろうけど。そこに生きる個人としては、好ましく思うよ。

 

「"宇宙"を再構築するなんて、一番すっごいじゃないですか!」

「だから、私も見てみたいんです。最果ての先の景色を!」




ゴーティの綴りはGhotiです。
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