陸でもアビサルハンターを作ろう!(先史文明人監修) 作:最大の敵はウルピ
「そろそろ"フィールドワーク"も打ち止めですかねー?」
ゴーティの故郷であるイベリアにおける、16度目の戦闘。高校の長期休暇を利用した地元への帰省……を装ったイベリア近海の探索は順調に進んでいた。教会で倒れ伏す集団の中でもローブを纏い、司教と呼ばれていた男の持ち物を漁る。懐に仕舞われていた鍵を拾い上げて床を注視すれば、巧妙に隠された跳ね上げ扉があった。鍵をさし込んで露になった階段を降りていけば、足場は海水の浸食による自然の段差に変わっていく。
『以前はエーギルの技術を確保することができました。今回もそうであればいいのですが』
先史文明の技術を解析して利用するエーギル。その技術を解析するなんて二度手間だと、言語化した際の馬鹿馬鹿しさに笑いがこみ上げる。そも、当の先史文明を知る人物が私なのだ。このフィールドワークも、現文明においてどこまでの技術が許容されるかの調査が大きい。
「ここまで深い場所にあるなら、決まって相応の成果を有していますからねー。結果が楽しみです!」
海底洞窟に降り立ち、研究施設を見回す。机に散乱している研究資料は多くがイベリアの錬金術師たちが遺したものだが、いくつかのものは整えられた書式とエーギル語で記述されていた。
「期待通り!」
資料を回収し、いくつかの研究設備は解体した後でドローンに運ばせる。こうして深海教会から研究成果を簒奪するのにも慣れた。許可のない人体実験は違法だから、隠れてやる必要がある。ただ、そうした隠蔽に時間やコストをかけて発覚のリスクを負うくらいなら、もう既にやっているところから奪ってくればいい。そもそも、そうした倫理に反する行動をしている連中だ。倒すのは善行に含まれるだろう。
資料をパラパラと捲り、内容を読み込んでいく。最初は持ち込んで手元に置いておいたエーギル語の翻訳資料は、もう必要なくなっていた。
「シーボーン化の実験と……これ、どういうニュアンスです?」
『大群の呼び声、ですね』
石碑を取り出して手を放せば、ゴーティの周囲を漂い出す。独り言のように呟いた彼女は、納得を得たように頷いて資料を再び読み込み始めた。
エーギル人の深海司教だったのは見た目で判別できた。幸運なことに、どうやら島民だったようで、エーギルの文明水準も相まってけっこういい所まで研究は進んでいた。シーボーン遺伝子関連の諸々もあって、価値はそれなりに高い。
「シーボーン遺伝子の形質支配とその抵抗に関する……人為的に自身のシーボーン化を次の段階に進めるための研究みたいですね」
恐魚ではなく、かの先哲にして深海教会の始祖のような存在に。まあ、ここの研究者が深海教会の始まりを知っていたかは分からないけれど。
『遺伝子嵌合研究としては、実際に試すのに十分な知見へ達したと言っていいでしょうね。ここまでの成果が手に入るのは望外でした。まさか、接部自動調整点まで手を伸ばせる可能性を見出だせるとは』
「シーボーン化している以上、変異の影響は受けますし。人の形を保つためにも……アビサルハンターでしたっけ。あれの技術を取り入れる必要はありますからね。就職できないのは困ります」
鱗獲用の蓑のフードを被り、教会を出る。彼女が持ち出したこれらを裁判所に見られれば、間違いなく深海教会に属する者としてしょっ引かれるだろう。なので、岩礁に擬態して移動する必要があるわけだ。独特な造形と色合いは伝統的な技術によるもので、複製は難しい。彼女の使い込んでいるこれは、フィールドワークをするにあたって欠かせないもののひとつだった。
「おはよーございます!」
長期休暇明けというのは、いつの時代も憂鬱になるものだ。クルビアが前世におけるアメリカであるように、高校も4年制である。とはいえ、ゴーティにとって余裕があるとは言い難い。学力的な問題というには彼女の有している知性は格段に高く、そしてそれを十全に使うのに時間を要するからだ。
元気のいい挨拶に対して返ってくる反応は、密やかな声と噂話。科学部の変人にして最後の部員だと眉を顰める者と、学年トップクラスの天才と妬む者に大別される。科学部の部費を大量に引っ張ってきた代償として大量の退部者を出した原因たる彼女は、我関せずと席に着き、印刷してきた学術論文に目を通し始めた。
人生で一番世話になっている人が誰かと問われれば、ゴーティは躊躇いなくアーレンツ・パルヴィスを挙げるだろう。"紺碧の樹"こと養育者のモデルを構築したルゥ先輩や深海教会を立ち上げたマルトゥスも候補には入るが、ゴーティ自身には直接の面識がないのでカウントしない。
嵌合体実験に関するパルヴィス先生の論文は、シーボーンと源石由来の生物という大きな隔たりはあれど、とても参考になった。また、公的にどこまでやっていいのかの基準が示されるのは社会に身を置く中で重要だ。錬金術師たちの遺した資料は参考文献として挙げても問題ないが、明らかに人体実験由来と分かる深海教会の成果はうまくぼかさなきゃいけない。
主に薬品を扱う第一科学実験室を私物化できるだけの、つまり自分以外の全員が部を辞めたことで、大量の部費を薬品の調合に充てることができた。
深海教会の連中から奪った人体実験の資料を参考にしたこともあり、造血障害の治療薬や神経活性剤は有用なものを開発できたと思う。そのこともあって、薬理学の分野ではゴーティ・フラウィスの名が着実に知られてきている。
科学実験室でできることはこうした薬品の調合だが、他にもやらなければならないことはある。
これからのことを考えるうえで、最も重要なのは何か。それは、大学を卒業することだ。将来の展望がどうこうとあっても、卒業要件を満たしていなければ絵に描いた餅でしかない。
進路調査表には、トリマウンツ工科大学の文字。第二志望にはアイアンフォージ工科大学を書いてこそいるが、第一志望に大きな比重を置いている。
「成果、足りますかね~」
奨学金を得て大学に通う。イベリアからほぼ身一つで来た彼女にとって最低限の事項は優に満たせていた。それどころか、クルビアにある製薬企業のいくつかから大学卒業後の就職先について話をされてもおかしくはない。……その程度では、目標には到底及ばないが。
「学位二つ程度はスタートライン、みたいですし」
ライン生命は最先端のテクノロジー企業であり、その採用基準からして準備は多いに越したことはない。ライン生命が研究員の自主的なプロジェクト立案と自由な研究を奨励しているとはいえ、それにはある程度の評価が必要だろう。雑用係同然に働かされる期間を減らすためにも、そうして自身のプロジェクトを持てると判断されるくらいの実績は必要と判断するのは当然の帰結だった。欲を言えば、大学の時点で何かしらのプロジェクトに参加しておきたい。アステジーニの経歴が理想形だ。
そのためにも。
「なんですか、現代アーツ理論って……」
『助けて、オラクル、プリースティス……』
ゴーティにも私にも縁の遠い、アーツ学をどうにかしなければならない。思わず開発者に助けを求める程度には苦戦中だ。
放課後の科学部部室で、アーツ学の教科書や大量の副読本を開く。源石が人体に齎す影響だとかは問題ないのだ。伊達にパルヴィス先生の論文を読んでいない。ただ、アーツ学が別なだけで。
私はそもそも源石関連のプロジェクトに関わっていないし、イベリアの漁村出身のゴーティもオリジニウムアーツに縁がなかった。よって高校にいる他の生徒と違って高校でアーツ学の基本から学び始めることになり、私の知識も使えないわけだ。
ローキャン・ウィリアムズが講演していたことから分かるように、アイアンフォージ工科大学は源石アーツの分野で特に知られている。リターニアの……それこそフレモント教授が教鞭をとっているアインヴァルトのルートヴィヒ大学と比較すれば、アーツ技術よりアーツ工学の分野に多分に寄っているのが差別点だろう。
トリマウンツ工科大学も同じくアーツ学が学部として存在している。つまり、入試においてもその知識が求められることは確実。そのため、私とゴーティは必死に上梓──つまりは現代アーツ理論の本を読み込まなければならなかった。
私達の頭脳であれば、リターニアにおける、つまりは世界基準とも呼べるアーツの主要な系統の暗記程度は簡単だ。ぱらぱらとページを一通り捲るだけで覚えられる。問題は、詳細だ。生理変化系統や回復治癒系統のアーツは、生物構造について知ったうえでアーツが絡んでくる。私達はここがネックで、養育者計画に関連するシーボーンやエーギル人の構造と比較して、ティカズやタロⅡから来た生物といった源石で人間の情報を獲得した生物への理解が万全と言い難い。
この系統かつ記述形式の問題が出てきた場合、私達は相当の苦戦を強いられる。受験を考えるなら出来ない問題は捨てろと思うかもしれないが、トリマウンツ工科大学でも源石アーツは必修科目だ。なので、ここを捨てると後々にひびくのは分かり切っている。
テラ文明において欠かせない分野であることからそれも当然だが、源石が無くとも生きていけるだろうとお互いに愚痴をこぼしたことも一度や二度じゃない。
まさか前世の受験勉強の苦しみを再び味わうことになるなんて、夢にも思わなかったな。いや、勉強するのは私じゃないけど。